女の乱暴な言葉の連呼により爆発した地面。
その真上に立っていたメルは……。
煙でどうなっているのか見えない。
不死身とされる吸血鬼だが、霧に変貌する力が使えない状態で果たしてあの爆発を耐えられるのか。
茂みに隠れていたまつり達も戦況が見えず、不安に駆られ、つい衝動的にメルの名を叫んでしまう。
「あら、そこにいたのね。あなたたちも今すぐ、一瞬で、一秒で、瞬く間に、刹那に、瞬間的に屠ってあげる」
女の耳に届いた叫び。
その聴覚からの情報だけで三人の位置を特定する。
そして、扇子で口元を隠してほくそ笑んだ。
「あら?」
女が目を細めて爆煙の中を見つめる。
「意外と強い、堅い、しぶとい、我慢強い、粘り強い、豪傑、剛力、強力、怪力」
少し意図がずれ始める単語の羅列。
しかし、想像以上にやるな、と賞賛しているのは伝わる。
「そうね、弱い者には弱い者で十分」
と女は呟くと、塔の入り口で戦況を伺っていた下っ端達にメル以外の者達の排除を命令する。
その指示に従い、下っ端達が奥の茂みのまつり、アキロゼ、はあとを狙って発砲などを始める。
「三人とも逃げて」
消滅し始めた爆煙を吹き飛ばしてメルがその下っ端の先頭集団を強襲すると味方にそう告げる。
飛び出したメルに怪我の後はまるでない。
どうやら吸血鬼の不死身伝説はほぼ真実のようだ。
「で、でも……」
「早く!」
渋る三人に有無を言わせずもう一度叫ぶ。
流石にここまで指示されて行動しないわけにはいかず、渋々ながらに急いで塔から離れていく。
それを追って下っ端達が駆け出す。
止めに入るメルだが、扇子女がそれを許可しない。
「防御、妨害、防衛、防壁、巨壁、絶壁、鉄壁鉄壁鉄壁鉄壁鉄壁鉄壁!」
突然出現した巨壁に行く手を阻まれる。
霧に変化して超える以外に壁を乗り越える手段はない。
だが、きっとその隙を突かれる。
敵の力が未知数故に、そう発想する。
これ以上三人を援護できない。
「私が相手をしているの、余所見は失礼よ。ドラキュラさん」
「メルはメル。ドラキュラなんて名前じゃないから覚えておいて」
「あらそう? それなら名前だけ覚えておいてあげるわ」
ドラキュラ、と言う単語に反応するメル。
そう、ドラキュラとは吸血鬼そのものではなく、吸血鬼だった者の名前であるからだ。
ドラキュラは男性吸血鬼の固有名詞。
それに対し、メルはメルという名の女性ヴァンパイア。
BANパイアではなくヴァンパイア。
「そうね、何か武器が欲しいわ」
扇子を投げ捨てて女が笑う。
そして右手で何かを掴む。
その手には何も握られていないが、重い何かを持っているかのように動く。
だが、女がその手を大きく振るい、なぎ払うような動作をする。
すると、女の右手から次第に何かが形を構築し始め、どんどんどんどん長くなり――
「ベーオウルフの超剣」
数メートルある女とメルとの間にも収まりきらないような長身の巨大剣が生成された。
それを、軽い間に付けておいた勢いに乗せて大きく薙ぎ払う。
気付けばメルの背後の壁は消滅していたが、それでも足では回避しきれないほどの巨大さ。
大剣がメルを引き裂いたが、やはりその瞬間に体が霧となり姿を消す。
女の大剣もメルの殺生に失敗するとこの世界から紛失する。
「私が口にしないと創造できないと思ったのかしら。そんな面倒くさくはないわよ」
メルの姿が見えない中でも、メルに向けて言葉を張る。
「私を勝手に理解した気でいると、足を掬っちゃうわよ」
霧と化したメルに忠告する。
失敗の誘発を狙っているのか、実はまだ隠し球があるのか……。
後者だと厄介だが、前者のようにならぬよう注意する以外に為す術はない。
メルは霧のまま世界に身を潜めて女を強襲する。
「――!」
創造女はいくら存在を理解していても、流石に霧状態のメルの居場所を特定できる実力はない。
そのため、突然の一撃を回避することはできなかった。
メルの怪力に弾き飛ばされ、異常な速度で人体が吹き飛ぶ。
「その軽はずみな行動が命運を分けるのよ」
実態を表したメルの背後から女の笑いを含んだ声が聞こえた。
ハッとして振り返ろうとしたが、体が動かない。
またあの力……。
動かせぬ頭。
そして視界に捕えていた吹き飛ぶ女の体が消滅する。
「不動、幻覚」
笑う女が視界に徐々に映り込んでくる。
メルの吸血鬼の力は、ほぼ不死身な時点で規格外だが、それと同等かそれ以上にこの女の能力も規格外だ。
何でも創り上げて、何でも現実に引き起こす力。
しかも限度が不明。
少なくとも、偽物の身体の構築と束縛する事は同時に実現できる。
「でも困ったわね。行動を封じても攻撃が一切効かないようじゃあ、どうしようもないのよね-」
困った困ったと何度も口にしながら滞ってしまう現状を嘆く。
嘆くように言うが、本心では策がある。
「誰か、杭か槌、若しくは両方を持ってきなさい!」
部下に命令する。
その確実な選択にメルの体に冷や汗が伝う。
「吸血鬼でも死ぬときは死ぬのよね? 心臓に杭を打たれたとき、とか」
メルの目を見て口角を上げる。
いつの間にか手には扇子が握られていた。
やがて部下が槌を持ってきた。
それを受け取り、扇子を捨てると、片手に杭を現出させる。
「死は怖い? 大丈夫、きっと一瞬よ」
創造女がメルの心臓の位置に杭を翳し、槌を振りかぶる。
もう逃げられない。
避けられない。
得意の『とっておき』も使えない。
女の腕と槌が振り下ろされる。
ヒュッ、とメルの顔に風が吹く。
目前を何かが通った。
死を覚悟し、メルは眼を瞑った。
それと同時、メルの体が解放され、杭と女の右腕がその側に落下。
「随分と残虐な真似をするお友達がいるのね。不快、不愉快、不祥、卑しい、嫌らしい、鬱陶しい、煩わしい、妬ましい、腹立たしい!」
女が能力を一度全て白紙にして左手にいつもの扇子を現出。
それをひとたび翻せば嵐のような暴風が吹き荒れる。
その圧倒的風力にメルの体は宙に浮き、これは偶然だが森の方へ吹き飛んだ。
「いてて……」
メルが痛みに顔を歪め、泥汚れを叩く。
「大丈夫ですか、メル先輩」
暴風が止み、突如メルの前に姿を表したのは、小柄の可愛い可愛い後輩だった。
「るしあちゃん!」
なんと最高のタイミングで魔界仲間であり後輩のるしあが助っ人に来てくれた。
「完璧すぎるタイミングね。偶然とは思えないわ」
扇子を捨て、切断された右腕を元通りに嵌めて再生させながら言う。
その目は今までより少しだけ鋭く見えた。
「タイミングは偶然ですけど、この場所に来たのは見えたから」
「見えた……?」
るしあの不可解な発言に女よりもメルが眉を顰める。
「ぺーこぺこぺこ」
奇妙な高笑いが響く。
甲高い、最近聞き慣れ始めた声。
「共感覚・
茂みから登場し、自身の瞳を指してあまり無い胸を張る。
その瞳――生まれつきの特殊な兎型の瞳が少しだけ煌めいている。
共感覚が作動している証拠。
ぺこらがウサギと意思疎通できる通常の力に加えて、生まれながらに所持していた力。
ある一定の範囲内にいるウサギの視覚や聴覚を自分の感覚のように共有してもらう力。
今回はまつりが連れていた野ウサギの視覚と聴覚を借りたのだ。
「メルメル!」
「「メルちゃん」」
ぺこらの後ろから更に三人、先程森の入り口の方へ走っていったはずのまつり達も出てくる。
「みんな!」
「……そう、あなたが蹴散らしてくれたのね?」
メルが同期の声に叫び返す。
背後から追っ手が来る気配はない。
そこから創造女も悟ったのだろう。
途中でぺこらとるしあが三人と出会い、片付けたのだと。
「そうです」
るしあもぺこらのように無い胸を張る。
敬語を使う辺りはぺこらとの性格の差を感じる。
「それで? 選手交代? それとも複数人掛かりで?」
何人同時に相手しても構わない、と言いたげな様相で問う。
「どうですか、メル先輩。ぺこらは戦力外通告してますけど」
「ちょっと! 事実でも言い方に気をつけるぺこ!」
るしあの何気ない言葉に後ろからぺこらが愚痴をこぼす。
「正直三人も対人は……」
メルはようやくゆっくりと起き上がりちらとぺこらの後方の三人を見る。
視線が合う同期の者達はうんうんと首を縦に振る。
まあ、メルの指示に素直に従って逃げていた時点でそうだろう。
こんな戦力外通告の話を大々的に行うことは本来危険だが、この場に於いては恐らくその危険は無い。
理由として挙げられるのは、この一対二の構図。
創造女にメルとるしあを相手にしつつ他四人を狙うことは恐らく不可能。
部下達の乱入は、あの女の能力の規模から、もう考えられない。
あんな暴風を起こす女の攻撃対象の側に近寄ることは自らを危険に晒すし、遠距離からの狙撃などは位置的に難しい。
「それじゃあ二人同時って事で良いわね?」
何度目になるだろうか。
またしても右手に扇子を現出させて口元を隠すと二人を恍惚とした眼で見つめた。
その艶めかしい目つき、未知なる存在との交戦に感情が高ぶっている。
「不死の者を同時に二人相手するだなんて、初めてでゾクゾクするわね」
るしあとぺこらの登場以降やけに女が饒舌だ。
もしや、動揺しているのか?
それはつまり、畳みかけるなら今、と言う合図。
「るしあちゃん!」
「メル先輩!」
互いに呼び合うが、視線は女に釘付け。
この戦場での第二ラウンドもまた、始まった。
先手は創造者。
左手を二人の丁度間辺りに翳すと、二人を潰すべく一台の大きなトラックが上空に現れる。
当然普通のトラックなので、空中に放り出された途端に自由落下を始め、二人を容赦なく潰しに掛かる。
しかしながら、メルもるしあもまるで動じない。
回避するまでもないと言いたげな目つきでその場に留まる。
結果、二人の頭上にトラックが落下し、もの凄い音を立てて地を揺らした。
土煙が舞い、多少の風が吹く。
創造女は一切慢心すること無く、寧ろ警戒心を高める。
どうやら、今の行動はどちらかと言えば挑発に近いようだ。
幽体離脱や死者蘇生、幽体化などが可能なネクロマンサー。
霧や靄に化け空気のような存在となるヴァンパイア。
物理的な攻撃や魔法は一切通用しないことなど考えれば分かる。
「っ――!」
もはや存在が能力制限を圧迫するため無駄と化したトラックを消滅させたその瞬間、背後から猛烈な圧を女は感じた。
その圧の正体が大きな鎌を振り下ろし、女はそれをなんと扇子で受け止める。
更にその隙を突いてメルが怪力を駆使した強力な一撃を見舞おうと試みる。
が、女とメルとの間に大きく硬質な――それもダイヤモンドのような盾に阻まれた。
次いで女は扇子で押さえていた鎌を上手く軌道を逸らして地面に突き立てさせる。
勢いよく鎌は地に刺さった。
その鎌の持ち主――死神のような漆黒のマントに身を包み淡く青い炎を纏った骸骨の幽体は、数秒で鎌を引き抜くが、それまでの僅かな時間で女は扇子を消滅させ、両手をパンと合わせる。
刹那、眩い閃光が一体を包んだ。
その光を浴び、るしあが生み出した幽体は消滅、るしあの幽体化は解除、メルの吸血鬼の力は一時的にだが失われた。
「ふっ!」
全員が聖なる光に視界を奪われる中、光の生成者本人は自由に動く。
盾を消滅させ剣を現出。
それを動けない且つ近場にいるメルに振り下ろす。
「ぉっ!」
しかし、何かと接触し体が蹌踉けたためにギリギリの位置で外す。
光の効果はやがて無くなった。
「小賢しいわね」
視界が開け、全員が見渡せるようになると創造女はメルでもるしあでも無く、奥の方、ぺこらに向かって愚痴を吐いた。
当のぺこらはべー、と舌を出す。
何が起きたか軽く解説すると、今の閃光でメルのみに危険が迫ったが、その際、ぺこらが野ウサギを使役して女に体当たりさせたのだ。
ウサギ特有の聴覚と、嗅覚を使い、更に死角から突進すれば可能だ。
「お姉さんだって十分小賢しいと思うけど?」
るしあが自分の手を見ながら呟いた。
聖なる光を浴びて少し痺れたらしい。
メルも同じく。
だが、光の効果は消え失せたので、また先程と同じように力が使える。
「でもるしあちゃん、よく考えてみて」
またいつ聖なる光を発するか、という恐怖からるしあは少し消極的になる。
そんな内心を見透かしてメルが気づきを口にする。
「発光に制限が無ければ常に打ち続けて圧勝になるはずだよ」
「……なるほど、確かに」
るしあの視線がメルへ向き、そして女に移る。
よくよく考えれば確かにおかしい。
無制限に使用できるならこんな時間を掛けずにとっとと始末すれば良い。
それをしないのは恐らくできないから。
では何故できない?
そう、能力の使用制限。
なら発動させられる条件は?
……分からない。
いや、でもきっと連発はできない。
直感だが……。
あまり考えるのは得意ではないが、勘だけは頼りにできる。
今挙げている勘とは「何となくの勘」ではなく「本能的な勘」だ。
「さて、それはどうかしら? 本当に?絶対に?確実に?必ず?百パーセント?言い切れる?」
だんだんと女の言葉の幅――というか、レパートリー?が少なくなってきている。
妙な話し方をする割に語彙力は大して無いのだろうか……。
「るしあちゃん!」
「はい!」
今度こそ、と息を合わせて飛び出す二人。
真っ直ぐ走るメルと、宙に浮いて直進するるしあ。
距離を取ろうと身構えた女は、またしてもあの不気味な圧を背後に感じ、振り返る。
すると、やはりるしあの使いが大鎌を手にしてそこにいた。
その死者は女を殺害する勢いで鎌を振り下ろす。
しかも狙い目は急所。
温厚に事の進行を図る、正確には生命に関わる行動には注意するホロライブメンバーだが、るしあは少し異なる。
それは人格的な話ではなく、ネクロマンサーとしての思想。
人が死んでも、元のように蘇生できるから。
死を無かったことにできるのなら、殺してしまっても構わないと言う話。
勿論、無闇矢鱈と殺したりはしないが。
創造女は扇子でその鎌を受け止める。
先程も同じ事をしていたが、この硬さと言い、その前の暴風と言い、どんな扇子かと思うだろう。
この扇子自体は主に貰った無実体化できる扇子。
硬質化したり暴風を起こしたりするのは女の創造(想像)の能力。
この世殆どの物質の創造や、事象の引き起こしが可能な能力。
だが、メルとるしあはそんな女の強力な能力の弱点をとうとう見つけ出す。
それは、創造を一度に三種類以上できないこと。
今までの様子を観察すると、一度に二つ以上の創造を実現した試しがない。
わざわざ残像達を消すほどだから的中しているだろう。
鎌を受け止め、一見隙のある女にるしあがどこからともなく出現させたナイフを持って襲いかかる。
すると、るしあと女の間に薄い壁ができる。
るしあのナイフは無実体化できるが、何故かその壁は抜けることができず突き刺さってしまった。
だが今回は三発目がある。
最後にメル。
女は苦々しい表情をしてメルの方を見る。
メルはその怪力を武器に襲いかかった――
「「――‼」」
次の瞬間、あの聖なる光がまた辺りを照らした。
すぐには来ないと推測していたあの光。
またしてもるしあとメルの力が一時的に制限される。
ぺこらも再度危険を感じ共感覚と指揮権の発動準備をした。
のだが……。
今回の光はすぐに止み、女の強襲は無かった。
いや、それどころか光が薄れて良好となった視界に映ったのはよろよろと覚束無い足取りで二人から距離を取る女の弱々しい姿。
まるで先程までの覇気と強者の余裕を感じない。
塔の入り口に向かい、頭を強く押さえながらよたよたと歩く。
「痛い……痛い……痛い……」
壊れた機械のようにただそれだけ淡々と呟く。
「そうか、創造に使うのは頭。あの能力の使いすぎで最も被害を受けるのは脳」
メルが核心に触れた。
もう相手は虫の息、今この場で確実に仕留める。
塔の方へと逃げる女とそれを援護するように湧き出る部下。
るしあの遣い霊が鎌で多くの部下を峰打ちし、ぺこらの使役したウサギが部下達になかなかに強力な突進を仕掛け、メルが霧となり多くの部下を戦線離脱させながら女に接近する。
「――!」
女が過去に類を見ない圧に頭を抱えて振り返ると、そこにはメルの姿がある。
まずい、と直感できても、頭が痛すぎて、頭痛がひどすぎて何も創造できなかった。
「――」
「…………」
それが最後。
女は、メルの催眠術により、深い深い眠りについた。
それを機に部下達がほぼ撤退。
残った部下は適切に処理したが、塔に帰った敵達はバカでは無かったため、今まで不用心に空いていた扉は閉められてしまった。
「どうする?」
倒れた敵の軍勢を前に、後方にいたまつりが恐る恐る聞く。
扉が閉まった今、道は閉ざされた。
メルとるしあなら扉を無視して侵入した後、扉を開けられるだろうが、正直二人に任せっきりで気が引けている。
それに、聖なる光という弱点があることを知った仲間は、最悪の状況を視野に入れて行動を考え始める。
「……正直るしあは疲れました」
「メルも、体が少しピリピリする……」
実際に二人も戦いの傷跡がまだ強めに残っている。
「じゃあ少しここで経過観察する?」
はあとが茂みに身を少し潜めて提案する。
全員同意した。
が、ぺこらだけは機転を利かせて常に神経を尖らせて警戒してくれていた。
塔の北の扉前。
メル対創造女――決着つかず。
メル&るしあ&ぺこら対創造女――メル、るしあ、ぺこら達の勝利。
よって、
ホロライブ勢力、脱落者、なし。
敵勢力、創造女と部下複数名、脱落。
どうも、作者でございます。
はい、今回はメルとるしあ、加えてぺこらの共闘でした。
強敵でしたが、最後は自爆?してくれて助かりましたね。
ここの戦いは大きな負傷もなくてよかったです。
さて、次はどこの場面を描こうかな……?
というか、個人的に早く4期5期生を登場させたいですね。
だから早く終われー、この章!
それでは、また次回。