歌姫伝承〜ホロの異能大戦ストーリー〜   作:炎駒枸

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23話 おかころの愛情

 完全に自我を失ったおかゆが木陰に横たわり静かに息をしている。

 その微かな呼気の音、攻防戦の中でさえもしっかりと感じている。

 常に意識の端に置いておかないと精神が落ち着かない。

 純粋な心配でもあるが、きっとあの狂人の能力の作用でもあるのだろう。

 こいつの領域にいる限り、自分の感情も他人の感情も全く持って信じられない。

 

「ねぇころさ~ん――」

「うっせえ!」

 

 狂人が盗み取ったおかゆの声を使ってころねに揺さぶりを掛ける。

 存在が歪な男から発される親友――いや、もはや恋人の域まで達する者の声が吐き出されるその果てしない不快感。

 反吐が出そうになる。

 怒りが収まる気がしない。

 

 何度拳を向けても、何度パンチが飛んできても、どちらも一撃も食らわない。

 本当に腕の立つ者は回避が洗練されているからだ。

 

 待っててぉヵゅ、あいつ、すぐに黙らせてやるから。

 

「僕のこと、嫌いなの~?」

「消えろ!」

 

 とにかく鬱陶しい。

 あの温かい声が吐き気を催す存在から発せられると想像するだけで気が狂いそうだ。

 この世界の不純物を即座に排除したい。

 こんな異常者、早急に処理してやりたい。

 

 狂人は何度も挑発や揺さぶりを掛けてころねを惑わす。

 ころねは惑わされてはいなかったが、とにかく怒りが積もりに積もっていく。

 だから、ころねはその怒りにまかせて感情的な攻撃を何度も放つ。

 罵声と共に。

 

 ころねのボクシングの実力も多少は役に立つが、やはり戦闘慣れした相手との対峙は好ましくない。

 試合と暴力は違う。

 ここでは、酷く言えば命の奪い合い。

 相手が自分を殺しに来ると考えると、どうしても簡単に動けない。

 

 拳と拳の横行。

 行き交うパンチ。

 決して当たらない二人の強力な一撃。

 そんな啀み合いが数分にもわたり続いた。

 が、いずれ終わりは来る。

 永遠と拮抗したままでいるはずがない。

 

 きっかけは狂人の挑発に怒りが爆発したころねの全力突撃。

 命中すれば確実に一発K.O.をとれた。

 しかし、やはり挑発は狂人の作戦。

 敵の精神異常を引き起こす能力の支配下で感情を晒すことは危険だった。

 

 どうやったのか、ころねの動きがまるで読まれているかのように狂人は身を翻し、ころねの強力な一撃を回避、そして勢いの殺し切れていない彼女の足を引っ掛け、転倒させる。

 

 衝撃が少し強く、右足を挫いた。

 少し痛い。

 いや、案外痛い。

 痛みの発症時は衝撃に体が驚いてしばらく動かせなくなる。

 ただし、強い痛みは後に来ることもある。

 

 ころねも例によって痛みに悶えたりはせずとも、負傷部分を押さえて転んだまま動かない。

 そのころねの真上に立ち拳を構える。

 どこを狙っているかは不明。

 でも、力が強ければ頭蓋を砕けるし、鳩尾に上手く殴り込めば人を死に至らしめる。

 男女の体格差を考慮しても、今の状況はピンチ過ぎる。

 

「人が動物なんかに負ける訳ねえんだよ……」

 

 狂人がころねを見下ろし拳を構えた。

 もう防御しかできない。

 若しくは反射神経に任せて回避をするか。

 

「……なんだ?」

 

 男が拳を止めて振り返った。

 その理由は、カチャッ、と言う聞き覚えのある音と妙な感情の気配。

 

「ぉヵゅ……」

 

 もはや意識なんて無いのかもしれない、そう思っていた。

 そのおかゆが、色の無い眼を伏せたまま、「あの銃」を男に向けて構えていた。

 どこまで心が侵食されているのか分からない。

 でも、確実に崩壊している最中でさえ、ころねのピンチをなんとかしたいと言う強い意志を感じる。

 手は震えていない。

 弾さえ入っていれば、命中するだろう。

 

「……僕の領域でまだ……」

 

 おかゆの感情、愛情を持った動作に狂人が怒りの片鱗を見せる。

 

「だがどうやらその銃には弾が入っていないとみたな」

 

 何故?

 何を持ってその確信を得たのか。

 いや、間違ってはいないが、それがバレるとまずい。

 

「入っているなら撃つといい!」

 

 自分が得た確信に絶対の自信を持って狂人が拳を再度振り上げた。

 おかゆの持つ銃を背後にして。

 

 無理だ!

 

 ころねは悟った。

 せめてもの抵抗は反射で起こるガードと視界の封鎖だけ。

 目を閉じて、首を捻って、目の前を腕で覆って……。

 

「オラッ――」

 

 

 パァン!

 

 

 おかゆが引き金を引くと同時に戦況は大きく変化した。

 

 まず狂人。

 ころねの心の欠片からあの銃に弾が無いことは判明したが、音が鳴ることまでは知れなかった。

 それはころねの感情が完全に崩壊していなかったことと、偶然男が得た欠片にその情報が含まれていなかったから。

 よって、狂人もその銃声に驚き、ついうっかり、ころねと全く同じ反射動作を起こしてしまう。

 

 次に奇跡の救済。

 銃声と同時、まるでタイミングを見計らったように一つの影が茂みから飛び出し身軽に動けないころねを抱えておかゆの側へ飛んだ。

 

 二つの偶然が重なって起きた奇跡だった。

 

 そして、奇跡の内の一つ。

 この場に現れた救済者とは、この二人にはやはりこの人、

 

「――ミオしゃ!」

 

 ゲーマーズ残りの二人の内の一人、大神ミオ。

 

 ころねは自分がおかゆの隣まで移動して初めてミオだと気付いた。

 

「ごめん、ちょっと前から隠れてたんだけど、出るタイミングがずっと見つからなくて」

 

 どうやら見計らったように、ではなく、見計らっていたようだ。

 お陰でころねのピンチはどうにかなった。

 

 おかゆは今の発砲(音だけ)後完全に脱力し、また微かな呼吸音のみを鳴らし始めた。

 

「クソっ――やっぱり弾なしじゃねえか!」

 

 男が騙された事に怒り狂い、更に続けて人格を変えると――

 

「しかもなんで、なんで! なんでまた僕の狂気に染まらないの! 今日で三人目なんてあり得ない!」

 

 と、感情整理ができていないような怒号に合わせて三人、特にミオを睨みつけた。

 

 しかし、ミオもころねも全く相手にしない。

 おかゆは当然。

 

「ぉヵゅ、ありがと」

 

 色褪せて、特有のキラキラさえも輝きを失ったおかゆの目。

 その目を覗き込み、銃を手にしたおかゆの手を握り……。

 先刻の愛情に感謝して、お礼だけ……のつもりだったのだけれど……。

 男の感情崩壊によるものなのか……少し気が動転していたのもあって、おかゆの頬にそっと口付けをした。

 ミオは少し頬を赤らめて「ぉぉ……」と言って視線を逸らせた。

 人前で普通はしない。

 いや、絶対しない。

 でも、ついうっかり……。

 

「ぉヵゅ……?」

 

 何か変化を、肌で感じ取った。

 ころねの語気にミオも狂人も同等の反応を見せた。

 同じようにおかゆに視線を落とす。

 

「ん? 何?」

 

 ころねの微かな呼びかけに、いつも通りの声が、優しく温かく、落ち着く声が聞こえた。

 そう、いつもの声が聞こえた。

 いつものおかゆがそこに居た。

 

「ぉヵゅーー!」

「うぇあ! 何さ急に」

 

 突如飛びかかって抱きつき頬ずりを始めるころねに動揺を隠せない。

 ころねは尻尾を一心不乱に振っている。

 それに対し、おかゆは動揺と困惑、照れにより顔が真っ赤に染まる。

 

「なんで⁉ なんで僕の、僕の! 僕の僕の僕の僕の僕の! 僕の、精神、崩壊を、修正、でき、るん、だ、よ!」

 

 何度も何度も何度も地団駄を踏んで感情を完璧に吐露する。

 狂人の方が感情が追いつけていない雰囲気さえある。

 

「ぉヵゅ、よかったよ-」

「おかゆ……」

「ちょっと、ホントに何があったの?」

 

 

 狂人が怒り狂っている間で、ころねとミオは現在の戦況と、そこに至った経緯を簡潔に説明した。

 

 

「それは……ごめん」

 

 経緯を知り、当然責任感を覚える。

 二人は気にしなくて良いと、慰めてくれるが、罪悪感は消えない。

 でも、相手が気の許せる二人だったから、ここはありがとうと言って話を流すことができた。

 もし他の出会ったばかりのメンバーだったなら、きっと気が気でなかっただろう。

 

「ころね、脚は――」

「少しは大丈夫。激しく動かなければ」

 

 ミオところねはアイコンタクトして小声で話す。

 

「ふんっ! まあ何人来ようと、狂気から解放されようと、俺と殴り合うことすらできない二人なんざ敵のうちに入んねえよ!」

 

 狂人が戯れ言を吐く。

 まあ、戯れ言とは言ったが事実ではある。

 おかゆが運動が得意かは、精神崩壊の破片から分かるし、ミオが張り合えないことはずっと隠れていたことから想像がつく。

 ころねも拳を喰らえばひとたまりもないが、今の身体能力なら確実に避けられる。

 おかゆの飛び道具も無力であることが判明。

 

「オラ行くぞ!」

 

 無駄に宣言して駆け出す。

 特に卑怯が嫌いな性格ではない。

 ただ、自分の力を誇示したいだけ。

 

 先手必勝と言わんばかりの狂人の素早い動き。

 状況を理解していたミオところねは咄嗟に飛び出して回避できたが、おかゆはワンテンポ遅れて回避できなかった。

 ――かのように見えた。

 

 おかゆに防衛手段が無い?

 それはそうだ。

 でも、狂人は頭が異常故に浅はかな思考をしているらしい。

 おかゆの偽拳銃に弾は無い。

 音ネタもバレている。

 

「これあげる」

 

 なら、捨ててしまっても良いだろう。

 

「っと――」

 

 おかゆが見事なコントロールで投げた銃は綺麗な軌道で向かい来る狂人に飛んでいく。

 少し重い程度の銃だが、そんな物体が突然飛んでくれば反射で避けたり、素手で払ったりなどはしてしまうもの。

 その基本に倣って狂人もうっかりその銃を回避するためにワンステップを踏んだ。

 

 その瞬間、彼の真横からミオが奇襲を仕掛けた。

 一瞬戸惑う狂人。

 ミオの腕力は侮っているが、まだ一度も目の当たりにしていない攻撃を想像だけで威力推察して食らうのは危険なため、迎撃に出る。

 多少蹌踉けたが、まだ転倒したりするほど均衡感覚は奪われていない。

 腕の長さを見ても完全に有利だと判断し、拳を――

 

「っ!」

 

 ある程度の距離に来て、ミオが左手にだけ装着していたグローブが伸びる。

 ころねが持っていたあのグローブだ。

 男も知らない、ただ伸びるだけの無駄としか思えないこのグローブの機能。

 それを見事に活かす。

 ミオの無力な奇襲に狂人はまたしても反射を起こし、今度ばかりは平衡感覚が失われると即座に判断しその非力すぎるパンチに防御の構えをした。

 

 その時点で、もう勝敗は決しただろう。

 

 狂人の背後を取ったころねが右手にグローブを付けて、渾身のストレートを放つ。

 

「ぉらよ!」

 

 背後を取り、距離を詰め、上手く自分の身を回して、あのウザったらしい男の腹に綺麗に殴り込んだ。

 

「がぁっ!」

 

 ころねの一撃が上手く刺さればかなり重い。

 見事に鳩尾を抉り、男の体は軽く後方に投げ飛ばされた。

 地を跳ねるように飛んでいき、そして意識を失った。

 

「ふう……宣言通り、一発で決まったで?」

「おお、流石ころさん」

「おかゆも初っぱなナイスだったよ」

 

 三人は男の敗北姿を目に焼き付けてそう賞賛し合う。

 

 ひとまずは一件落着。

 しかし、このまま塔に進む必要がある。

 進んだ先にはきっとまた別の敵が……。

 それに、一つ、悩みの種がある。

 

「色々は歩きながら話そ?」

 

 ミオが行く先を指して歩き始めると、おかゆところねはその後ろを付いて歩いた。

 

「ころね、さっきの人ウチで狂気に染まらなかったの三人目って言ってたけど、他に誰か来たの?」

「あ、それこぉね気になっとったでな」

「え、そうなの?」

 

 ミオの疑問におかゆところねで反応が違う。

 おかゆには記憶が無いためまあ必然だ。

 

「やっぱり分からないか……」

「何かよくわかんないけど、危ないって事?」

「そう」

 

 ミオは頷いてもう一度警戒はしてねと注意喚起した。

 

 

 そのまま進むこと約3分。

 

 ついに塔へ到着。

 

 茂みに身を潜めて様子を――

 

「「「え」」」

 

 美しくシンクロした。

 目の前の敵勢力が全滅した光景を前にして……。

 

 

 

 

 森の南の空間。

 

 狂犬対狂人――ころね負傷。

 

 おかころみおーん対狂人――おかころみおーんの勝利。

 

 

 よって、

 

 ホロライブ勢力、ころね脚の負傷。

 

 敵勢力、狂人脱落。

 

 




 どうも、作者です。
 さて、今回はおかころみおーんでした。
 フブちゃんにも期待した人がいたかもしれませんが、もうすこーし待ってください。
 因みに作者の最推してぇてぇはおかころです。

 まあそんなことはどうでもいいんですけどね。

 それと、書き溜めの方の話ですが、二章の終了までは執筆完了しました。
 適当なタイミングで投稿します。

 基本的には最低でもJPのホロメンが配信していない時に投稿するのですが、それだとどうしても土日に投稿できなくなるんですよね。
 ですのでたまーにこんな日もあります。

 あと、先日みこちが配信内でホロメンが異世界の敵役だったら、的な話していて結構解釈一致でした。
 でも、みこち自分が弱そうって言ってましたけど、この作品ではかなり強者の立ち位置なんですよね……。
 お?
 と言うことは、次回⁉︎

 ではまた。
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