15話より、伏線回収。
森を駆ける黒い影。
非常に素早い。
はあと、アキロゼ、ミオが目撃したあの黒い影。
黒い髪と赤い瞳の恐ろしい印象をこの薄暗い森が更に引き立てる。
森の中を無策に駆け回り、その影が辿り着いたのは塔の南側。
茂みに隠れたりせず、当然の如く正面突破。
「魂魄ヲ染メシ闇色」
その闇の存在が放つ闇の覇気に塔の見張りの者達が侵され、仲間割れをした後力尽きて倒れる。
同じ要領で塔の見張り達を気絶させながら、南門まで辿り着いた。
扉は閉じていたが、敵が流れ出てくる際に勝手に開いてくれた。
ありがたい行為に感謝……できる状態にはないため、黒の影は無言で門前突破を謀った。
「昏倒スル闇風」
闇の気配ある追い風を受けながら扉の入り口に突撃。
その際に近づいてきた敵達は謎の追い風に触れた途端に目眩や吐き気に襲われてうめき出す。
難なく塔内へ侵入。
あれ?
でも、なんでこんなことしてるんだっけ?
ここに用事があったことだけは記憶の片隅にあるけど……。
「静かにしてくれんかの。患者の安静のためにも」
侵入を許してしまい、一階の広間に集い始める数多の敵兵達。
そんな彼ら彼女らに一人の白衣を着た老人が注意する。
発言と衣装から察するに、医者だ。
「おぬしも暴れるでない」
黒い影に近づいて、目を見て、素直に頼み込む。
その光景に空間はしばし停止した。
敵兵達は静まり、誰一人として反論はしない。
が、黒い影は自我が薄れているため人の話を聞く余裕など無い。
「魂魄ヲ染メシ闇色」
人の心を侵食する闇色の覇気。
それをまた放つが、この医者、無駄に強すぎて効果が無い。
「先生! もう大丈夫です!」
医者の老人の後ろから、看護婦らしき女性が声を掛ける。
「おお、そうか……。ところでおぬし、名前は?」
報告を受け、何やら戦闘準備に入る様子。
そして、ふと、対峙する黒い存在に名を尋ねた。
答えるか、答えないか――
「黒上フブキ」
白上フブキの裏人格。
闇因子と、ころねの倒した狂人の狂気に染まり、変貌したフブキ。
塔一階、大広間の戦い。
黒上フブキ(白上フブキ)対医者。
皆(シオン以外)がそれぞれの敵と対峙する以前に開幕していたのである。
だが、シオンを除いた場合でも、塔への最速到達はフブキではない。
となると、残りはもう、一人しかいない……。
*****
湊あくあ。
人より少しコミュ障で、人より少し抜けていて、人より少し臆病だけど……。
人より少し努力家で、人より少し親切で、人より少し楽しそうでいる。
コミュ障だから人と遭遇したくなかった。
抜けているから交戦したくなかった。
臆病だから隠れ続けたかった。
努力家だからなんとかしたかった。
親切だから窮地に駆けつけたかった。
流石に楽しくは……ならないけど。
この五つを同時に果たすことができれば良い。
それが可能なら最も楽。
本があるから塔の場所は分かる。
最短ルートでたどり着ける。
では、人と会わず、戦うこともなく、ずっと隠れながら、シオンの本を探し出し、取り返すには?
実は至極簡単なことだ。
シオンに未来を見る力は無いが、会社の置かれた立場を考えれば未来に起きる困難はある程度予想できる。
だから、マリンにあのペンダントを持たせていた。
同じように、大親友であるあくあに細工した小道具を持たせていても不思議は無い。
なら、どんな小道具だろうか?
そう、シオンがあくあにプレゼントした物がある。
地味な色且つ可愛らしく、あくあらしい帽子。
あの陰キャップ。
この陰キャップ、つばを深くかぶってよく顔や視線を隠していたが、その生活の中であることに気付いた。
割と早く。
その効果――「他人の意識から外れることができる」。
隠密行動に最適の性能。
これを使って、あくあは最短距離で一切の戦闘を起こさずに誰よりも早く塔内に侵入した。
森の入り口にいた仮面の男性を信じて地下への道を探した。
塔内には複数の人間がいたが、誰もあくあに気がつけない。
だからこそ、無防備にも塔の構造の会話や、これからどうするかなど、作戦会議を堂々と行う。
男性の言ったとおり、地下は二階までで、最下層に金庫があるらしい。
専用の鍵で開閉可能。
見張りは二人。
鍵の位置は地下一階。
鍵こそ容易く手に入ったが、金庫ばかりは人がいると開けられない。
長時間待期した。
その場で、何度も見張りが交代するのを目撃した。
待てども待てども人は立ち退かない。
ここは防音室でないのでたまに上階からの音が漏れるが……いつからか、その騒音と振動が大きくなっていた。
上で何かが起きている。
きっと誰かが荒らしているんだ。
心配だったが、ここで幸運なことが起きた。
一人、誰かが駆け込んできて、見張りをなくして上の応援に行くように指示する。
それにより、金庫の見張りは零となり、無防備になる。
金庫へ辿り着くには、計二つの鍵を開ける必要があるため、敵殲滅が優先だと考えたのだろうが、まさか内側に既に鍵を持った敵が居るなんて思わないだろうな。
金庫への侵入は成功。
本も発見。
センサーも無く、スムーズに作戦進行。
鍵を閉め、鍵を定位置に。
地下と一階を繋ぐ道の扉のパスワードは盗み見たため既知。
隠し扉をでて、目の前の光景に唖然とした。
「混濁スル明暗」
「え?」
聞き覚えのあるような……無いような……。
いや、少し声のトーンが違うけど、聞いたことある。
フブキ先輩の声だ。
「魂魄ヲ染メシ闇色」
また同じ声。
間違いない。
何故か暗くてよく見えないが、ここで暴れているのはフブキ先輩だ。
「困惑ノ晦冥」
まただ。
しかも今の言葉で世界が暗闇に閉ざされた。
あくあは元々存在がバレないため、ただの迷惑な靄だ。
だが、さっきまでの微妙な明るさの間に状況把握は完了した。
フブキの単独潜入により塔内は混乱状態。
逃がさないために両門は閉鎖。
しかも一度に複数を相手にしている。
ただ、問題が二つ。
一つは門と関係して、退路が無いこと。
二つ目はフブキの様子から、既に限界を超えていること。
潜入方法も、あの能力も完全に未知の領域だが、急いでここをでなければいけない。
しかし、折角隠密状態のあくあが出て行くのは勿体ないし、そもそも論あくあに戦闘能力が無い。
もっと言えば逃げ力も大して無い。
兎にも角にも、優先順位的にまずは退路の確保。
門の開け方も盗んできたあくあなら、開門をすること自体は余裕だ。
肝心なのは、開門をはじめてそれに対応されるまでに二人が脱出する必要がある。
「……いや、その前に」
あくあは真っ暗で動けない今のうちにある行動を取る。
スマホを取り出して、えーちゃんに連絡。
数コールの後に応答があった。
そう、この塔の付近または塔内では電波が通じる。
正確には森の中だけ電波妨害を受けてしまう。
「……あ、も、もしもし、えーちゃん……?」
あまり慣れない通話なため、初っぱなからコミュ障を披露していく。
しかし、相手がえーちゃんで上手く会話を展開させてくれたため、すぐに本題に入れた。
「本は取り返したんだけど、シオンちゃんが……多分まだ塔の上にいると思うの……だから……」
向こう側からは複数の声が聞こえる。
スピーカーにして聞いているのかも知れない。
何度か相槌や考察の声の後、承諾を得られた。
……?
何の承諾かって?
シオンを塔のてっぺんから引っ張り下ろしてもらうことに関しての承諾だ。
これでよし。
さて、次は……。
あくあは明るくなり始めた広間の先にフブキが立っていることを視認して門の操作に向かう。
帽子をしっかりと被り直して操作場所へ向かう。
とは言っても、扉の側だが。
それまでなんとか、どうにかしてください。
「混沌タル宵闇」
あくあの背後ではフブキの声が聞こえる。
もう周囲の下っ端達は手を出さなくなっている。
代わりと言っては何だが、あの医者がタイマンを張っている。
黒上の技により、医者に薄い闇色の靄が降りかかる。
その靄はまるで縛るように医者に纏わり付く。
「ホールド」
医者が右手を靄に翳すと、黒上の放った靄を全て吸い取った。
「リバース」
重ねて左手を翳す。
すると、先程の靄が、黒上に掛けられる。
束縛するような黒掛かった靄。
同じ技なら同じ技で防げる。
黒上はもう一度同じ技を吐いて相殺した。
「混濁スル明暗」
再び世界が薄暗くなる。
その暗闇に紛れて黒上が医者に忍び寄る。
「紺碧ノ鉄拳」
右手に紺碧の気を纏わせてその拳を医者にぶつけた。
「ホールド」
それを右手で容易く受け止める。
そして、
「リバース」
左手が黒上の右手と全く同じ妖気を纏って黒上の腹に打ち込まれた。
「ぐぁっ!」
黒上が軽く後方に飛んだ。
更に、その場で倒れ込む。
もはや完全に限界か――。
ギギギギギギギギギギギギギギィィィィィィ。
重たい鋼鉄の何かが開く音がした。
「誰じゃ、門を開きおったのは」
医者が叫んだ。
暗闇も晴れはじめ、踞るフブキも視界に映る。
逃げられるその前に仕留めなければ。
その判断は速かった。
即座にポケットからグレネード弾を取り出してフブキの側へ放り投げる。
フブキはもう動かない。
もはやここまでか――。
白上としての意識はもはや無いが、そう思った。
「フブキちゃん!」
咄嗟に叫んだとき、そう名を呼んでいた。
爆弾を投げる前に掛けだしていたが、あくあがフブキの下に辿り着いたのは爆弾が空中にあるとき。
人一人を抱えて即座に離れられるはずが無い。
あくあが帽子を取ると、姿が現れ辺りが騒然とするが、それも一瞬。
刹那後の爆発で騒音はかき消された。
爆発の瞬間、黒上が最後の力を振り絞る。
「懇命ノ啼き聲」
ドスのきいた咆哮だった。
それがこの日最後の黒上の声。
でも、それが二人を救ったのなら、代償としては安い物。
懇命。
あくあのこのときの思い――即ち声。
それは、どうにか爆弾を回避したいというただの生存欲求。
フブキの闇の力がそれを叶えて見せた。
爆発寸前で二人の体が扉の方に吹き飛んだ。
直後に爆破。
爆風で体は更に高く飛び、門を飛び出して地面に打ち付けられそうになる。
この勢いで地面に落ちれば骨折ですむかどうか……。
「あくあちゃん!」
「フブキ!」
地面に直撃しそうな二人が飛び出してきたところを、丁度茂みの中で目撃した三人。
その内の二人が俊足で飛び出して、それぞれを上手く抱えてキャッチした。
「お、おかゆ⁉ ミオちゃんも」
あくあが自分を奇跡的にキャッチしてくれた相手を見て、勝手に運命を感じてときめく。
そして、隣の仲間にも驚く。
「大丈夫?」
「だぁぁぁぁぁぁっ!」
「フブキ……」
おかゆの心配は杞憂のようだな。
あくあは赤面して甲高い声で絶叫した。
それに対し、ミオはフブキの灰色の髪と汚れた服や肌を見て静かに呟く。
「あ、あぐあちゃん……一応こぉねもいるでな……?」
勝手に緊張するあくあに背後から近寄り、何気なく圧を掛けるころね。
安定のおかゆ争奪戦か……。
「まだいるぞ!」
そこへ門の方からそんな一声が。
「あ、YABE」
「うそ、また敵」
あの医者ではないが、数名の下っ端が門から出てくる。
ミオとあくあは焦燥に冷や汗を流し、ころねとおかゆは視線を鋭くして交戦の可能性を考えて体勢を取る。
「みんな、本もシオンちゃんも大丈夫だから逃げるよ!」
「え、でも……」
「いいから!」
あくあが全員に指示を出す。
一瞬逡巡したが、全員その意向は了承。
ただし……
「でも、フブキが……!」
ミオが嘆く。
意識の無い人間を運ぶには相当のパワーが必要。
四人にパワーは大して無いし、あったとしても人を抱えていればすぐに追いつかれてしまう。
かといって、一人ここに置いていくわけには……。
「…………なら」
しばし悩んで、あくあがそっと動く。
三人に頼んでフブキを急いで茂みに移動させてもらうと、そのフブキに陰キャップを深くかぶせた。
すると、一瞬で姿が消える。
「――‼」
「説明は後! これで大丈夫だから!」
四人で茂みから飛び出して注目を浴びる。
敵の注意を引いて更にフブキから意識を逸らさせる。
予想通り追っ手は四人を追いかける。
追っ手が目撃しているのはあくあとフブキのみ。
しかも黒上とミオが遠目から見ると似ているため、二人の仲間が増えたように錯覚する。
よって隠したフブキを探そうとする者はいない。
ころねは体力に自信があるが、あくあとミオとおかゆはそうでもない。
特にあくあとおかゆは辛そうだ。
運よく視界から逃れられなければ、きっと真っ先に捕まっていたことだろう。
「ねえあくあちゃん、フブキちゃん迎えに行かないの」
呼吸を乱しながらも走り続ける一同。
追っ手からは逃れているため、今なら人を抱えても歩ける。
フブキも意識が無いため誰かが運ぶ必要がある。
そう思いおかゆが隣で走るあくあに聞いた。
「今すぐ行きたいのは山々なんだけど、まだあの周囲には人がいるだろうから……」
と、引き返しに反対する。
これは敵への恐怖ではなく、陰キャップへの信頼。
見つからないと確信できるから、この場でいったん退くことを選択できる。
四人は、森を抜けて助っ人を呼び、再度フブキを迎えに戻る作戦を念頭に走った。
*****
呼吸音も聞こえなければ、姿も見えない。
まず誰とも接触しないと言い切れる位置に寝かせたフブキ。
髪の色は中途半端な灰色。
瞳も中途半端に赤茶けたような色。
四人が走り去り、追っ手もその場から消えていった。
そして静まりかえる森と塔。
「……やっと見つけた」
そこへ一人の男。
「船長のペンダントにあくたんの帽子」
握りしめたペンダントを見て安堵の吐息を漏らす。
この台詞から分かること、それは……
「見つけたのが俺でよかったな、フブちゃん」
そう、「見えている」ということ。
「帽子も回収だ。ペンダントほどじゃないが、やっぱ危険だ」
そう言ってフブキから陰キャップを外す。
同時にフブキの姿が露わになる。
「見えていた」通りの外見だ。
変わってしまって……。
「……流石にこのままはまずいな」
姿の見える状態。
心が闇因子と狂気に染まっている状態。
そして塔の付近であるこの場所。
以上の三つが問題。
まずは黒上から白上に完全に戻す必要がある。
狂気さえ取り除けば元に戻る計算。
除去法は知っている。
狂気は心を侵食して腐らせて行く。
狂人以外がそれを防ぐには、心に強く残るなにかを鮮明に保つこと。
狂気で腐らないほど大好きな何か。
おかゆの回復理由もこれが原因。
しかし、フブキの大好きなもの……。
まず浮かんだのはミオ。
しかし、呼び出せるにしても基本秘密裏に動いている以上それは大胆すぎてできない。
次はロリ。
うん、好きなのは分かるが、今は論外。
その次に浮かんだのはミオの唐揚げ。
フブキの記憶に干渉して過去から引っ張り出すことはできるが、頻繁にフブキが食べているわけではないのでそれを取り出すと不自然さが残る。
過去から取り出せば、当然その存在は消えてしまうのだから。
「……他にフブちゃんの好きなもの……」
男は顎に手を当てて唸る。
「……あとは雪見のでえふくぐらいしか浮かばねえな」
それ以外はもうどうしようもない域にある。
大福程度で治療できるか半信半疑だが、取りあえず実行。
自分の魔法も混ぜれば多分なんとかなるだろう。
フブキの記憶を念写しその中で最も新しい大福の存在を探す。
二個セットなため、一つ無くなると妙だが……。
「お……おかゆん、ナイス」
おかゆが大福を盗み食いして、それが発覚しフブキが怒っている場面。
そこに一つの残りがあった。
更に数分巻き戻し、フブキが購入し冷凍庫にしまう所まで。
そして、そこから大福を一つ、引っ張り出す。
「悪いな、折角買ってたのに」
謝罪を入れて、大福を手に……は持たず浮遊させたままにする。
最後に奇妙な魔法を掛けて出来上がり。
フブキの口に浮遊状態で放り込み、自主的な飲み込みを促す。
少し時間は掛かったが、言ってしまうと、それでなんとかなった。
「じゃ、あとは運に任せてな」
最後にフブキをテレポートさせて完了。
移動先はある程度出口に近いが、森の中。
理由は先も言ったとおり、基本的には秘密裏の作業だから。
「ふう……さて、どうなるか……」
男は最後の波乱を予期して天を見上げる。
最後に後一度、手助けが必要かも知れない。
「ま、その前にペンダントと帽子を燃やしとかないとな」
シオンがプレゼントした物を焼くことに罪悪感があるが、自分が持ち続けるのは大問題だ。
こうして、フブキとあくあは単独行動ながらも任務に強く貢献していたのだった。
どうも、最近執筆が少し早い作者です。
でもまた速度が落ちるかもしれません。
さて、今回はようやく行方知れずだったあくたんとフブちゃんの回でした。
おかゆんところさんの小道具もそうですけど、あくたんも帽子もやっぱり分かりやすい伏線でした。
もう少し凝ったものを作りたかったんですけど、ネタが浮かばなくて……。
フブちゃんの黒上化はもう製作当初から考えてました。
あと、技名を考えるなら、必ず最初に「こん」を入れることも。
それと、前回の後書きで次回みこちかも、みたいなこと書いてましたが、あれはきっと夢なんです。そうなんです。
ですので次回にご期待ください。
それでは、