そらが入社して一週間が経った。
まさか初出社日から突然自己紹介動画を上げることになるとは思っても見なかったが、あの時の動画撮影は楽しかった。
僅か5、6分程度の短い紹介動画だが、逆にコンパクトにまとめられてよかった。
そして、配信する利点についても理解できた。
それは、動画がほぼ永続的に残るので、いつでも見直せるし、数ヶ月後に知った場合でも、初配信や紹介動画を見る事が可能だ。
その2日後には初めての配信。
初めは雑談配信をした。
始めたばかりだと言うのに、数多くの視聴者がいて正直驚いていた。
目の前にいないのに、なぜか近くに感じられる。
コメントが流れる様子を見て、そしてそのコメントの内容を見て、世界の暖かさを実感できた。
歌ってみた、も投稿した。
有名な曲をカバーして投稿すると、やはり曲の人気度もあって再生回数が飛躍的に伸びた。
コメントには、歌声が綺麗、歌声が可愛い、歌い方が上手などの能力的な点を褒める人から、MVに感動した、絵が綺麗、曲の微かなアレンジが素敵、などの細かい点を称賛するものもあった。
通っていた学校の友達からもメールを貰ったし、初めてのファンレターも早速届いた。
アイドルの実感が持てたその瞬間は何よりも嬉しかった。
大きなライブはまだ決まってないけど、近々動画配信のライブはできるらしい。
夢に向けて、まだまだ足を止めていられない。
だけど、今日と明日はオフ。
えーちゃんに言われたため、少し変装して出かけることにした。
特に目的はなく、もし面白そうな子がいればスカウトしてみようと考えている。
とは言え、オフはオフ。
取り敢えず今日の計画は、まず神社巡りでもしてお参りしつつ、いい時間になったら猫カフェにでも行こうと考えていた。
神社に行くときは決まったルートがあった。
周辺の神社はすでに巡り尽くしているため、周回に時間はかからない。
まずは商店街を通る。
大勢の人で賑わう通り。
幾つもの店で呼び込みが行われ、一部のセールに大勢の客が押し寄せている。
「ああ、あああああっ……もぅ……」
ふとそこでそんな叫び声とため息が前方から聞こえた。
人混みの中見てみると一人の少女が幾つかの食材を落としてしまっていた。
何故だか知らないが、周囲の人々は手を貸そうとしない。
異様な服装をしているからだろうか?
確かにこんな街中を今時
近付き難いと言えば近付き難い。
けれど、困っているようで放っておけなかった。
「大丈夫ですか?」
そらはそっと駆け寄り、転がった野菜を拾い集める。
そしてそっと差し出して表情を見ると、相手は顔面蒼白になっていた。
「だ、大丈夫ですか⁉︎」
余計に心配になり、更に声を大きくした。
彼女は拾いかけていた野菜を手からポロポロと落とし「あ、あああ、ああああ」と喉を震わせる。
絶対に大丈夫じゃない、そう確信した。
「あ、だだ、いやっ、あの、だい、ああ、いえ、はい……」
ガタガタと震えながら少しずつ身を引いていく。
何かに怯えるような有様だ。
まるでそらがその恐怖の対象であるかのような光景。
「だ、大丈夫です!」
バッとそのメイドは立ち上がり、逃げるように去っていく。
「あ、待って!」
と声を張っても、逃げ足の速さが異常で、既に見失ってしまった。
「…………」
そらは一人残されてしまう。
手には拾ったままの野菜、地面にも拾われていない野菜。
「どうしよう……」
もはやどこへ逃亡したのか見当もつかないメイドを追うことは無謀だ。
しかしお金を払って買ったものをここに置いていくわけにも……
「あ、あのー……」
そこに突然正面から影が差し、一人の少女に呼びかけられる。
綺麗で可愛らしい声に、はい!と声を上げて視線を向けると、そこに一人の獣人がいた。
丁度屈んでいるため逆光で姿が見えにくいが、恐らく頭に付いているのが耳だ。
獣人は世界にもたくさんいるが中々話す機会がない。
学校も基本的に種族でクラス分けされており出会う機会が極端に少ない。
勿論、話そうと思えばいくらでも話せるが、そらはアイドル一筋だったため放課後等は推し活に時間を使っていた。
「はい、なんですか?」
立ち上がり視線を合わせると、少し緊張した態度が目に映った。
少し紅潮しながら白い髪と耳を揺らしている。
そらは緊張されることに緊張し、自分が何をしたのか非常に不安になる。
「あの、と、ときのそらさんですよね?」
「へ? はい、まあ……」
思わず肯定してしまった。
しかし瞬時にその判断が失敗だったと自覚する。
自ら肯定してしまっては変装した意味がなくなる。
認知度こそ高くないが、数少ないファンはこの世界のどこかにいることを忘れてはいけない。
そらの肯定に合わせて少女の表情が笑顔になる。
逆光を凌ぐほどの笑みでそらを見つめて、
「やっぱり! 私ファンなんです! そらともです!」
と詰めてくる。
声は周囲の喧騒に紛れてそう響いてないが、こんな大勢のいる場所でこの話は続けられない。
「あ、ありがとう……でもごめんね、あまり人のいるところで……」
と、上手くその場から退散しようとするが、
「あ、違います、握手とかじゃなくて、さっきの人のことで!」
と逆に気を使われる。
さっきの人のこと……つまり、メイドの人だろうか?
「え、あの人の?」
「はい!」
まさか行き先がわかると言うのだろうか?
だとすれば、是非ともこの荷物を返してあげたい。
「あの人この辺だと割と有名で、よくドジする駄メイドなんですよ」
「だ、駄メイドって……」
「しかもそのくせコミュ障で、さっきみたいに人に話しかけられると逃げちゃうんですよ」
なるほど、と失礼ながらも納得してしまう自分がいた。
道理で周囲の人が手助けしないわけだ。
過去にも数度似たような事が起こったのだろう。
商店街の人々はそれを認識しているからこそ手助けしなかったのだ。
でも、例えば同じ人がいつも根気強く優しく接してあげれば、いつか打ち解けそうな気はすると思うが……。
メイドをやるくらいなら、それくらいの能力程度は保持していそうだ。
「あの人の行き先って分かる?」
少し悩んだ素振りを見せて、そらは少女に尋ねる。
神社巡りはできなくなるかもしれないが、やはりこの荷物は返してあげるべきだ。
「はい、なんとなく予想は付きます」
「あ、それじゃあーー」
「私が行きます」
「え、いやでも……」
「あの人コミュ障なんで、二人で行くとまた逃げると思いますから」
丁寧に断りを入れて一人でいくことを提案してくれる。
もしや、これから仕事だと勘違いしているのか?
でも、確かに彼女の発言は一理ある。
とすると予想のつく彼女に任せるべきかもしれない。
「えっと、それじゃあ悪いけど……」
「はい、任せてください」
途中まで言いかけると、少女は元気にそらの持つ荷物を取ってその場を去ろうとする。
振り返るとふさふさの主に白い尻尾が初めて目前に現れる。
おおぉ……、と思いながらその尻尾を見ていると、彼女は頭だけ振り返り、
「あ、私、
そう言うと、メイドが消えた方向と同じ方向に走り去って行った。
「しらかみ……しらかみ……」
彼女の名を記憶のどこかで見た覚えがして何度か呟いた。
その名前がファンレターに記されたものだとしったのは次の出勤日だった。
「……ん?」
一難が去り、また歩き始めようとすると、地面にあと一つだけ野菜が落ちていることに気付いた。
あっ、と叫んで慌てて拾おうとしたその時ーー
シュバッ、と何かの小動物がその野菜ーー正確にはニンジンを盗み取った。
「あっ!」
その正体は白くて丸い兎。
どこに足があって、どう跳躍しているのかわからない形だが、そんな兎がニンジン一つ咥えてぴょんぴょんと商店街を飛んで行く。
思わず追いかける。
見た目通り移動速度は速くないが、人と同じほどの速度で逃げていく。
そらも運動が得意なわけではないため、必死に走ってやっと距離を保てる程度だ。
しばらく追い続けるうちに、段々人気がなくなり、風景も変わっていく。
やがて辿り着いたのは人気のない小さな公園。
遊具も僅か二つでブランコと滑り台のみ。
あとはベンチ。
周囲には草むらや木があり、少し外れ地域に足を踏み入れたようだ。
「……こ、ぺこ……」
ふと公園の隅から話し声が聞こえた。
笑っているようにも聞こえる愛嬌のある声が微かに響く。
ニンジンを咥えた兎もどうやらそこへ向かったようなので、恐る恐る接近した。静かに、身を潜めながら。
「あ、ニンジンくれるぺこ? ありがとぺこ~」
茂みに隠れ、その姿を目にしそらは仰天する。
うさ耳を生やした三つ編みの獣人がそこにはいたのだ。
いや、問題はそこじゃない。
少し太くて丸っこい眉毛も気になるが、何よりは三つ編みツインテールに刺さったニンジン。
そして、その少女にニンジンを献上する先程の盗っ兎(盗っ人)。
「ん~、やっぱりニンジンうめぇぺこだな~」
献上されたニンジンをカリカリと齧りながら周囲の小さな兎たちに笑顔を振りまく。
異常な様相に目を剥きながらもその笑顔の可愛らしさには素直に見惚れてしまった。
出て行こうか数秒悩んだそらだったが、目的のニンジンも食べられてしまったし、何より接触しない方が安全だと判断してその場を静かに退散した。
*****
一見危険そうなウサギの集団から離れ、そらはとある神社を訪れていた。
神社自体はそこそこ大きいが、山奥にあるためあまり人の来ない神社だ。
おにぎり屋さんの前から始まる山道を少し歩いて、石段を登り、境内に入る。
やはり人一人いない。
ぱっと見神主もいないようなので、何となく嬉しかった。
勿論人と話すことは楽しいし、人は嫌いじゃないけれど、この山の中に一人で立って自然を感じることも嫌いではない。
寧ろ大好きだ。
心地よい山風を浴びながらそらはゆったりとお参りに向かう。
小さな川のにかかった小さな橋の上を渡り、神前へと行くと5円を取り出して賽銭箱に投げ入れる。
黙って神にお祈りした。
「……しけてんにぇ」
「っーー!」
突如誰かに罵倒された。
突然何者かに愚痴られた。
周囲を見回し、声の主を探すが、人の姿はどこにもない。
「……?」
不思議に思い首を傾げたそら。
言葉の内容は酷かったが、驚きの方が強かったため不快感は然程ない。
そらは気味悪くなりそそくさと神社を後にした。
その帰り道、昼食時になりお腹が空き始めたので、山道のそばにあったおにぎり屋さんに入った。
「いらっしゃいませー」
入店すると店番の女の子に挨拶された。
軽く会釈だけして並べられるおにぎりを見る。
店番の子は猫耳を生やした紫髪と紫の瞳をした獣人だった。
今日は何かと獣人との遭遇運が凄いらしい。
「う~ん……」
そらは様々な種類に目移りし少し悩む。
その間にまた一人、来店者があった。
「いらっしゃいませー」
入店のベルがなって気になったので入り口を振り返ると、またしても獣人の女の子がいた。
次に遭遇したのは犬だった。
茶色の垂れ耳に小さいお下げの茶髪、尻尾も当然茶色だった。
今日が獣人記念日になりそうなほどの遭遇率。
そらはこの先も何かあるとついつい思ってしまった。
入店したイヌ科の少女は迷わずにおにぎりを三つほど選んでレジに向かう。
そばで見ていたので当然何を選んだのかもよく見えた。
常連さんだろうか?
「430円です」
「…………」
レジ打ちも早く、イヌ科の少女は財布を取り出す。
店番のネコ科の少女はそれを見つめていたがやがて、
「キミ、よくうちに来るよね」
と語りかけた。
そらの予想通り、やはり常連のようだ。
ただ、見たところによればレジのやり取り以外での会話はほぼ初めてだろう。
話し掛けるきっかけになるほどの常連が選ぶおにぎりか……と、そらは彼女の選んだおにぎりを一つずつ手にする。
その間も彼女たちの時間は動いていた。
「え、あ……はい……おいしいです、ここのおにぎり……」
話されると思わなかったようで、常連の方は視線も合わせずに財布から500円を急いで取り出す。
「そう? ありがとう」
店番の少女は見ていない目の向かって優しく笑いかけた。
「70円のお返しになります」
お釣りとレシートを受け取ると常連さんは会釈して帰っていった。
そらもそれに連なるようにしておにぎりを購入して店を後にした。
今回も読んでくださり感謝しております。
作者です。
さて、今回でババーンと数名のキャラをチラッと登場させました。
誰がいつ加入してくれるのか、はたまた加入はしないのか……。
まあ加入はするでしょうね。
でもどのタイミングで加入するかは秘密です。
さて、次回もいっぱいキャラを登場させるぞー。
あと、やっぱりホロライブとしてギャグは欲しいよね……。
できるかなー?
まあ、次回にご期待……かな?
ストーリーもこの先ガッツリやっていきますから、気長にお待ちください。
あ、それと、一応言っておきますと、毎日投稿の予定はありませんのでそこはご理解を。
それでは、ありがとうございました。