歌姫伝承〜ホロの異能大戦ストーリー〜   作:炎駒枸

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39話 悪魔的

 夢は宇宙一のアイドル。

 

 

 今も、昔も、これからも、決して変わることのない夢。

 

 

 どんな天変地異が起きても、何かに挫折したり、暗礁に乗り上げたりしても、夢は変わらない。

 

 思い描く理想の自分になれるまで――。

 

 

 

 もう随分会ってない。

 

 コラボでは何も考えず、楽しく配信してるけど、練習が無くて直接会う機会はない。

 励ましや、応援の言葉はいっぱいに貰ったし、もう割り切ってはいる。

 ライブも間近。

 皆の所へ行って、何か激励でもしようかと、何度も思った。

 けど、却って気まずい雰囲気にならないかが心配で、足がすくんだ。

 

 それに、何より……皆の前でまた泣いちゃったら……。

 

 だから、通話で話した。

 皆、頑張ってって。

 ライブ見て、手叩いて、応援するからって。

 

 そう、配信があるから、パソコンの前に座って、皆の勇士を見届けるから。

 せめて、自分に出来ることを。

 それに、先輩たちのカッコ良い姿も見たいし。

 

 

 

          *****

 

 

 

 ……ライブ、とうじつ。

 

 よい天気。

 とても清々しい朝に始まり、夕方まで雲一つ出ることは無かった。

 ただ寒いだけの冬の日だった。

 ライブには絶好の気候とも言える。

 ねねは、少し早めに待機所に入り開演を待った。

 

 ライブに出ないメンバーは、今何しているだろう?

 ねねみたいに、待期してるのか?

 

 ライブに出るメンバーは、今頃どうしているだろう?

 ねね以上に緊張しているのか?

 

 あと20分――あと15分――あと10分――あと5分――。

 

 開演時間が徐々に近づく。

 それと同時に緊張が走る。

 手に汗を握ると、喉が渇く。

 拍動を聞くと、呼吸が速くなる。

 

 照明を暗くして、ライブ会場のように。

 他の部屋でさえもカーテンを閉めて、必要ない光を抑えて。

 防音室の中で、雑音を遮断して。

 

 ライブただ一つに全集中力を捧げる。

 わくわくどきどき。

 

 防音室だから、ほぼ無音。

 そこそこ長くなるだろうけど、少なくとも今は換気扇はいい。

 パソコンの画面が明るい。

 薄暗い部屋に、明るいパソコン。

 その画面に、薄らと映る自分がいた。

 ……よく見えないが、あまりいい顔をしていない、ように見える。

 

 早めにお風呂も済ませて、準備は万端。

 

 さあ!

 始まる!

 花が咲く!

 

 

 ――――。

 

 

 1曲目――。

 Dreaming Days。

 9人の先輩方が、可愛い衣装で、華やかに登場する。

 アイドルとしての新たな一歩。

 新たな世界を開拓する夢のような時間の幕開けだ。

 

 美しすぎる。

 流石先輩方だ。

 

 2曲目――。

 Candy-Go-Round。

 また違う5人の先輩方の見せ場。

 愛嬌のある曲にぴったりの演出と振り付けが魅了してくる。

 

 可愛すぎる。

 流石先輩方だ。

 

 3曲目――。

 さくら色ハイテンション!。

 みこ先輩の曲だ。

 曲名通りテンションを上げられる曲。

 他2曲も素敵だが、この場にこの曲を持ってきたことがエリート。

 当然、歌もステップも先輩として憧れる。

 

 気持ちが高ぶる。

 流石先輩だ。

 

 4曲目――。

 ぺこらんだむぶれいん!。

 ぺこら先輩の曲だ。

 曲調が激しくて、踊りながら歌うのは大変そうだ。

 でも、いつもの元気な姿で、苦悶の表情一つ無くステージを跳ね回る。

 

 躍動感に満ちている。

 流石先輩だ。

 

 5曲目――。

 ぺこみこ大戦争‼。

 ぺこみこの曲だ。

 二人の戦友的な友情を感じる。

 乱闘のようで、ただのじゃれ合いのよう。

 これこそぺこみこ。

 

 愉快痛快が溢れる。

 流石先輩たち。

 

 

 ここまで、じっとライブを見つめていた。

 気付けば時計の針はかなり進んでいる。

 心拍数は上がる一方だが、汗は流れなくなった。

 瞳孔が開き、凝視するように画面を必死に追っている。

 感情が騒がしい。

 

 あと5曲。

 何を考えているのか、自分でも分からないが、10番目の曲がBLUE CLAPPERだ。

 

 何か、恐怖に追われるような思いで、ライブを見ている。

 

 でも……同期の応援はしないと。

 

 

 ――。

 

 

 ライブに休憩時間なんて無かった。

 

 

 6曲目――。

 でいり~だいり~!。

 

 7曲目――。

 君と眺める夏の花。

 

 8曲目――。

 For The Win。

 

 9曲目――。

 ヒロインオーディション。

 

 

 どれも先輩たちの魅力溢れるパフォーマンスで、とても感動的だった。

 ……凄い。

 あの舞台……。

 ……まるで遠い……。

 

 まるで遠いあの舞台……。

 

 

 そして――

 10曲目――。

 

 B L U E C L A P P E R。

 

 一番よく見る三人が、画面越しに映る。

 まるでアイドルのように。

 

 ラミィ、ししろん、おまるん。

 三人が、楽しそうにトークを繋いでいる。

 楽しそうに、面白そうに、とても元気に。

 

 目が、離れない。

 口が、閉じない。

 体が一瞬動かない。

 

 こんな場で、悲しい話は絶対に持ち出さない。

 体が、震え始めた。

 口が震える――何か言いたそうに。

 手が震える――何かに触れたそうに。

 

「……ぁぁ」

 

 いいなぁ…………。

 三人は素敵なステージに……

 

「……」

 

 立って。

 

『『『BLUE CLAPPER』』』

 

 始まる。

 手を叩く用意は出来てる。

 この震える手が、構えてある。

 焼き付ける目はちゃんと着いている。

 この、視界の遮られた目が。

 コールする口はある。

 この、必死に喉奥に感情を押さえつける口が。

 

『『『手を挙げてCLAP YOUR HANDS――』』』

 

「――っ」

 

 パソコンの画面が切り替わった。

 

「……ぅぐっ――!」

 

 世界に蜃気楼が立つ。

 もう何も見えない。

 音が聞こえる。

 自分の嗚咽が。

 

「ごめん……」

 

 震える手は、合わさること無く、目元に添えられる。

 

 泣いた。

 思いっきり泣いた。

 喉がかれるほど泣いた。

 泣いて泣いて、泣き疲れても泣いていた。

 

 

 どうして…………。

 

 

 

          *****

 

 

 

 目が覚めると、寝室にいた。

 カーテンが閉じている。

 目が痛い。

 体力が少ない。

 脱力感が激しい。

 お腹がすいた。

 動きたくない。

 

「……」

 

 意識の覚醒がようやく始まり、自分がこの疲弊状態に陥った経緯を思い出した。

 

「……そっか」

 

 軽く苦笑するように、喉を動かすと、少し掠れた声が出た。

 寝起きもあるが、やはり泣きからしたことが主な原因。

 

 あの後、ライブはどうなっただろう?

 気になるけど、もう調べることさえも怖い。

 ネットを開けば、きっと取り上げられている。

 もうネットも開けない。

 

 重たいため息が一つ。

 布団がくしゃくしゃだ。

 服も昨日のものだ。

 もう、何をするにもやる気が出ない。

 

「はあ……」

 

 手も叩けなかった。

 仲間を、最後まで応援できなかった。

 それが、「今回のこと」と同じくらい、ショックだった。

 

 でも、何が何であれ、仕事は仕事。

 ……行かないと。

 

 重い足を動かして、服を替え、靴を履き、外へ出た。

 

「寒っ……」

 

 予想以上の寒波。

 天気予報なんて見てなかった。

 空は相変わらず青い。

 近年、余り雪が降らない。

 

「……」

 

 鍵を閉めて、会社へ向かった。

 

 

 

 更に後日。

 

 

 

 実は、この日と次の日は何もない、所謂休日。

 家から一歩も出る気にならなかった。

 灰のように心が塵と化して、どう接着すれば良いか悩んでいる真っ最中。

 

 きっと皆心配している。

 

 でも――治る兆しが無い……。

 

「配信も……気まずいな……」

 

 最近元気が無いこと、ねっ子たちも心配してた。

 でも……配信したい……。

 

 結局、ずっと虚空を見つめていただけ。

 虚無の時間を得るのは、心に深い傷を負ったとき。

 自分で簡単に直せるものではない。

 

 ピンポーン――

 

 と、滅多にならないインターホンが騒ぐ。

 

 こんな日に、誰だ?

 何か、宅配便、頼んでたっけ?

 

 備え付けのモニターを沈んだ目で数秒見つめると、知っている顔が脳内に投影された。

 画質が綺麗ではないが、そこに映るその人は、確かに紫色の髪をしていて、黒くて可愛い帽子を被っていて、角度が悪いけど少し吊り目で……。

 すごく優しい、大好きなあの先輩。

 カッコいい、あの先輩。

 トワだった。

 

 力の入らない右腕を懸命に持ち上げて通話ボタンに指を乗せる。

 そして、もう一踏ん張りして、ボタンを押す力を加える。

 

「どうしたの……?」

 

 絞り出した声は少し掠れていて、ねねの精神状態と健康状態をそっくりそのまま表していた。

 特に予定も無かったため、まず第一に何故訪問してきたのかが謎だった。

 第二に急すぎて即興で平常を装えなかった。

 変に……心配かけちゃってたらどうしよう……。

 

『あー、ちょっと気になったから来てみたわ』

 

 っぽい。

 そんな感じがするし、した。

 ……どうしようか。

 

『取り敢えず開けてー』

 

 普段通りの声質。

 落ち着くけど、不安にさせられる。

 そう言われると、断れないけど。

 

「ちょっと待って」

 

 通話を切り、目元を確認しに洗面所へ。

 目の下のくまが微妙に目立つ。

 それに、部屋を出たら少し冷えた。

 でも、そのまま玄関口へ駆ける。

 外が近くなると余計に冷える。

 けど、扉を開く。

 

 風の移動が起こり、すっと吹き抜ける。

 そして、外の明るさが薄暗い玄関に侵入し、ねねの顔を鮮明にする。

 

 開いた扉の目前に、トワが立っていた。

 

「…………」

「…………」

 

 無言で互いに見つめあった。

 その刹那の間で吹いた風がとても体を冷やす。

 何故か、トワとねねの視線の高さが同じだ……。

 

「さすがに寒いでしょ……?」

 

 ねねは無意味に一度背後を振り返った後、トワを玄関内に入れて扉を閉めた。

 玄関の灯りをつけ、少し場を明るくする。

 一人暮らしの玄関に靴は多くない。

 散らかることがないので、あまり汚くならない。

 

「今日朝食べた?」

 

 数秒様子を窺っていたが、気分の暗さと顔色の悪さから色々想像できたようだ。

 まだ出会って1年も経っていないけれど、仲の良さはもう何百年もの付き合いのそれだ、誤魔化しも効かない。

 

「うーん……」

 

 眼を合わせずに、ちょっと唸った。

 一瞬の迷い。

 どう返答するかの迷いが言葉、表情、行動の全てに現れた。

 

「ちょっと上がるよ」

 

 トワがねねを宅内に追いやるように靴を脱いで上がる。

 ねねは咎めることなく、リビングへ案内した。

 

「案外綺麗やん」

 

 トワが一言口にした。

 どんな部屋を想像していたのか。

 ねねに汚部屋のイメージは皆無。

 とすると、やっぱり精神へのダメージと連動していると考えたのかもしれない。

 実際、部屋は普段に比べると汚い方だった。

 

「まあええわ、はいこれ、朝ごはん」

 

 ……?

 トワはずっと持っていたらしい袋からおにぎりを二つ取り出した。

 コンビニのロゴが入った、よく見るおにぎり。

 最初は躊躇っていたが、トワの軽い促しで食べ始めた。

 

「ねね今日休みでしょ?」

「うん……。でも……何で知ってるの?」

 

 無言が気まずいとか、空気が悪いとか、そんなノリではなく、純粋に訳あってねねに声をかける。

 するとねねは、おにぎりをゆっくりと食べながら頷く。

 トワが訪問した時から、どうして知っているのか不思議だったので丁度いい。

 パリパリと、海苔を齧る音がする。

 それと、おにぎりの具のニオイも。

 

「マネちゃんに聞いた」

「あー……」

 

 納得。

 でも、じゃあ用事は?

 そう聞こうと思ったが、口にごはんが入っているから少し黙った。

 その短い時間の間にトワが次に進めた。

 

「それでさ、今からちょっとさ、カラオケ行かん?」

「……え、今から?」

「今から」

 

 意表を突かれ、ごはんの嚥下に失敗しかけた。

 でも大丈夫。

 それよりも、今からか……。

 特に予定もないし、調子が乗らない以外では断る理由がない。

 だからより頭を抱えた。

 調子乗らないからって断りたくない。印象が悪いし。

 でも、今行くのは何となく気分が乗らない。

 やっぱり少し自覚してたけど、鬱気味らしい。

 

「無理にとは言わんけど、気分転換になるかなって思って」

 

 内情を察しての一言。

 好意を無下にはしたくない。

 でも、そんな感情で歌って楽しいかな……?

 ……。

 

「……行こうかな」

 

 気付けば、完食していたおにぎり。

 そのゴミが、手元に残っている。

 そのビニールをちょんといじりながら、答えた。

 うん、美味しかった。多分。

 

「じゃ、準備して行こか」

 

 トワが席を立った。

 フローリングと椅子の脚が擦れる音が、微かに鳴った。

 続いてねねも立つ。

 ゴミはゴミ箱へ。

 そして、軽く外出準備を。

 ……一瞬で終わった。

 

 二人で玄関を出て、ねねは施錠した。

 ちょっと肌寒い空気と、いつもより眩しい日光。

 足が重い。

 顔色が悪い気がする。

 

「行こか」

 

 トワが先導するように歩き始めるが、すぐに横並びになる。

 ねねの歩速が遅いから、きっと合わせてる。

 優しさが溢れている。

 

 ここまで仲良くなると、無言の時間も苦しくない。

 でも、折角なら会話を弾ませたほうが有意義だ。

 

「ねねねは最近覚えた曲とかある?」

 

 カラオケから連想したのか、そんなごく普通の話題。

 こんな時、いつも、何でも、親切心に感じてしまう。

 

「トワワ先輩の曲」

「はやっ! マジで⁉︎」

「カッコよかったから」

 

 トワは嬉しさ以上に驚いている。

 少し声が大きくなったから、確実に。

 相変わらず、二人は歩幅を合わせて歩く。

 

「ってかさ、ねねねもまたオリ曲出すんでしょ?」

「あー、うん」

 

 またしても、ねねの単純な相槌。

 話は聞いてそうだが、返答の内容が薄い。

 いつもの明るさというか、いい意味で幼さ?的なものがない。

 ……でも、指摘することは野暮……?

 

「……ごめん、ちょっと黙っとくわ」

「……なんで?」

「え、鬱陶しいかと思ったから」

「そんな訳ないじゃん。寧ろ永遠に独り言言っててもいいよ」

「それはトワがやだわ」

「あははっ……そうだよね……」

 

 最後にねねが僅かに笑顔を見せた。

 そのことにホッと安堵したが、胸の内に抑えて、態度には示さない。

 回復の余地は十分にある。

 やっぱりねねは、挫けても簡単に倒れる人じゃない。

 それを再確認できて、一人更に安心する。

 ねねには未だ、光は薄くみえるかもしれないが、トワにはしっかりと見えた。

 彼女に眠る力が。

 

「ちなみに、いつもの場所ね、今更やけど」

「あ、うん」

 

 別にどこでもよさそうな顔をしていた。

 でも、少し足取りが軽くなったのでは?

 トワの勝手な思い込みかもしれないが。

 

 大通りから少しずれた路地をあと少し進む。

 建物によってある程度冬の風が凌げるが、それと同時に日陰も多い。

 その代わり、大通りの喧騒が小さいため互いの声がよく通る。

 もっと言えば、コツコツ、と鳴る靴音も。

 

 トワがチラッと横を見ると、ねねの肌が少し赤くなっていた。

 特に耳や鼻先などの冷気の影響を比較的強く受ける部位。

 手には手袋をつけているが、ネックウォーマー他、頭を守る防寒具は一つとして身につけていなかった。

 当然と言えば当然のことだ。

 

「着いた」

 

 言わなくても分かるけど、言う。

 だって、着いたから。

 

 店前に人はいないが、駐車場や駐輪場には数台が停めてあり、人は来ている様子。

 ねねもトワも似たようなことを感じていた。

 

「……」

 

 トワが突然、ねねの頭に手を乗せた。

 ねねは一瞬肩を跳ねさせて絶句した。

 

「……」

 

 トワの目が優しく細まって、暖かくねねを見つめる。

 周囲に人がいないから、この行動に出れたのかもしれない。

 ねねの髪に触るのは初めてではないが、いい髪質だ。

 華やかな金髪をトワの手がそれを梳くように撫でる。

 同じ場所を数回だけ。

 

「大丈夫」

 

 それだけ、ぽそっと呟くように……。

 飾る必要はなかった。

 触れた手から、その眼差しから、想いが伝わるから。

 そう、大丈夫。

 

 ねねの目が、仄かに潤んだ。

 目元が熱を帯び、頬が紅潮する。

 トワの手が、とても冷たかった。

 トワの手から、冬を感じた。

 なんとなく、さっきのおにぎりの味を思い出した。

 

「な……何……? 急に……」

 

 俯いて、独り言のように――否、本人にとっては、独り言だった。

 それをトワが拾うと、独り言にならないが。

 

「……ごめん、トワちょっと買いたいもんあるから、先に入っといて」

 

 全く関係のない事に話が逸れた。

 独り言を、独り言にとどめて、時は進む。

 トワの優しく、冷たくも温かい手がそうっとねねの頭上から離れる。

 

「じゃあねねも行こうか?」

 

 まだ俯いたまま、でも、それを誤魔化すように前髪をいじり、頬を掻き、目を擦り……答える。

 何だか子どもみたいで、すこし胸の内がくすぐられる。

 母性に似た何かが芽生えるような感覚。

 

 割と近くの大通りから、車の騒がしさが響く。

 

「いや、機密事項だから」

「そう……?」

「そう」

 

 ライブ関係の何か?

 誰かへのプレゼント?

 それともそれ以外?

 

「常闇ですって言ったら多分案内してもらえるから」

「ん……分かった」

 

 ここまで来たなら、時間も勿体無いから、その用事は帰りにすればいいと思うけれど、言わなかった。

 トワが「じゃ」と軽く手を上げて、白い息を吐きながら大通りの方へ駆けて行く。

 その急ぐ背中を見送り、ねねはカラオケ屋に入った。

 

 

 

 はぁ、はぁ、と通りを走るトワ。

 冬場に走れば、吐息は白くなる。

 少しニヤッとした。

 

『いやー、後輩にウソつくとか、悪魔的所業だわ!』

 

 人の耳があるので、嬉しさの言葉は心のうちにしまう。

 急がないと、仕事に遅れてしまう。

 今日はもう、カラオケに行く時間などない。

 上がっていく息と共に速度が上がる。

 向かってくる冬風ももはや敵ではない。

 

『後は頑張れや――』

 

 ――――。

 

『おまえら‼︎』

 

 

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