夢は宇宙一のアイドル。
今も、昔も、これからも、決して変わることのない夢。
どんな天変地異が起きても、何かに挫折したり、暗礁に乗り上げたりしても、夢は変わらない。
思い描く理想の自分になれるまで――。
もう随分会ってない。
コラボでは何も考えず、楽しく配信してるけど、練習が無くて直接会う機会はない。
励ましや、応援の言葉はいっぱいに貰ったし、もう割り切ってはいる。
ライブも間近。
皆の所へ行って、何か激励でもしようかと、何度も思った。
けど、却って気まずい雰囲気にならないかが心配で、足がすくんだ。
それに、何より……皆の前でまた泣いちゃったら……。
だから、通話で話した。
皆、頑張ってって。
ライブ見て、手叩いて、応援するからって。
そう、配信があるから、パソコンの前に座って、皆の勇士を見届けるから。
せめて、自分に出来ることを。
それに、先輩たちのカッコ良い姿も見たいし。
*****
……ライブ、とうじつ。
よい天気。
とても清々しい朝に始まり、夕方まで雲一つ出ることは無かった。
ただ寒いだけの冬の日だった。
ライブには絶好の気候とも言える。
ねねは、少し早めに待機所に入り開演を待った。
ライブに出ないメンバーは、今何しているだろう?
ねねみたいに、待期してるのか?
ライブに出るメンバーは、今頃どうしているだろう?
ねね以上に緊張しているのか?
あと20分――あと15分――あと10分――あと5分――。
開演時間が徐々に近づく。
それと同時に緊張が走る。
手に汗を握ると、喉が渇く。
拍動を聞くと、呼吸が速くなる。
照明を暗くして、ライブ会場のように。
他の部屋でさえもカーテンを閉めて、必要ない光を抑えて。
防音室の中で、雑音を遮断して。
ライブただ一つに全集中力を捧げる。
わくわくどきどき。
防音室だから、ほぼ無音。
そこそこ長くなるだろうけど、少なくとも今は換気扇はいい。
パソコンの画面が明るい。
薄暗い部屋に、明るいパソコン。
その画面に、薄らと映る自分がいた。
……よく見えないが、あまりいい顔をしていない、ように見える。
早めにお風呂も済ませて、準備は万端。
さあ!
始まる!
花が咲く!
――――。
1曲目――。
Dreaming Days。
9人の先輩方が、可愛い衣装で、華やかに登場する。
アイドルとしての新たな一歩。
新たな世界を開拓する夢のような時間の幕開けだ。
美しすぎる。
流石先輩方だ。
2曲目――。
Candy-Go-Round。
また違う5人の先輩方の見せ場。
愛嬌のある曲にぴったりの演出と振り付けが魅了してくる。
可愛すぎる。
流石先輩方だ。
3曲目――。
さくら色ハイテンション!。
みこ先輩の曲だ。
曲名通りテンションを上げられる曲。
他2曲も素敵だが、この場にこの曲を持ってきたことがエリート。
当然、歌もステップも先輩として憧れる。
気持ちが高ぶる。
流石先輩だ。
4曲目――。
ぺこらんだむぶれいん!。
ぺこら先輩の曲だ。
曲調が激しくて、踊りながら歌うのは大変そうだ。
でも、いつもの元気な姿で、苦悶の表情一つ無くステージを跳ね回る。
躍動感に満ちている。
流石先輩だ。
5曲目――。
ぺこみこ大戦争‼。
ぺこみこの曲だ。
二人の戦友的な友情を感じる。
乱闘のようで、ただのじゃれ合いのよう。
これこそぺこみこ。
愉快痛快が溢れる。
流石先輩たち。
ここまで、じっとライブを見つめていた。
気付けば時計の針はかなり進んでいる。
心拍数は上がる一方だが、汗は流れなくなった。
瞳孔が開き、凝視するように画面を必死に追っている。
感情が騒がしい。
あと5曲。
何を考えているのか、自分でも分からないが、10番目の曲がBLUE CLAPPERだ。
何か、恐怖に追われるような思いで、ライブを見ている。
でも……同期の応援はしないと。
――。
ライブに休憩時間なんて無かった。
6曲目――。
でいり~だいり~!。
7曲目――。
君と眺める夏の花。
8曲目――。
For The Win。
9曲目――。
ヒロインオーディション。
どれも先輩たちの魅力溢れるパフォーマンスで、とても感動的だった。
……凄い。
あの舞台……。
……まるで遠い……。
まるで遠いあの舞台……。
そして――
10曲目――。
B L U E C L A P P E R。
一番よく見る三人が、画面越しに映る。
まるでアイドルのように。
ラミィ、ししろん、おまるん。
三人が、楽しそうにトークを繋いでいる。
楽しそうに、面白そうに、とても元気に。
目が、離れない。
口が、閉じない。
体が一瞬動かない。
こんな場で、悲しい話は絶対に持ち出さない。
体が、震え始めた。
口が震える――何か言いたそうに。
手が震える――何かに触れたそうに。
「……ぁぁ」
いいなぁ…………。
三人は素敵なステージに……
「……」
立って。
『『『BLUE CLAPPER』』』
始まる。
手を叩く用意は出来てる。
この震える手が、構えてある。
焼き付ける目はちゃんと着いている。
この、視界の遮られた目が。
コールする口はある。
この、必死に喉奥に感情を押さえつける口が。
『『『手を挙げてCLAP YOUR HANDS――』』』
「――っ」
パソコンの画面が切り替わった。
「……ぅぐっ――!」
世界に蜃気楼が立つ。
もう何も見えない。
音が聞こえる。
自分の嗚咽が。
「ごめん……」
震える手は、合わさること無く、目元に添えられる。
泣いた。
思いっきり泣いた。
喉がかれるほど泣いた。
泣いて泣いて、泣き疲れても泣いていた。
どうして…………。
*****
目が覚めると、寝室にいた。
カーテンが閉じている。
目が痛い。
体力が少ない。
脱力感が激しい。
お腹がすいた。
動きたくない。
「……」
意識の覚醒がようやく始まり、自分がこの疲弊状態に陥った経緯を思い出した。
「……そっか」
軽く苦笑するように、喉を動かすと、少し掠れた声が出た。
寝起きもあるが、やはり泣きからしたことが主な原因。
あの後、ライブはどうなっただろう?
気になるけど、もう調べることさえも怖い。
ネットを開けば、きっと取り上げられている。
もうネットも開けない。
重たいため息が一つ。
布団がくしゃくしゃだ。
服も昨日のものだ。
もう、何をするにもやる気が出ない。
「はあ……」
手も叩けなかった。
仲間を、最後まで応援できなかった。
それが、「今回のこと」と同じくらい、ショックだった。
でも、何が何であれ、仕事は仕事。
……行かないと。
重い足を動かして、服を替え、靴を履き、外へ出た。
「寒っ……」
予想以上の寒波。
天気予報なんて見てなかった。
空は相変わらず青い。
近年、余り雪が降らない。
「……」
鍵を閉めて、会社へ向かった。
更に後日。
実は、この日と次の日は何もない、所謂休日。
家から一歩も出る気にならなかった。
灰のように心が塵と化して、どう接着すれば良いか悩んでいる真っ最中。
きっと皆心配している。
でも――治る兆しが無い……。
「配信も……気まずいな……」
最近元気が無いこと、ねっ子たちも心配してた。
でも……配信したい……。
結局、ずっと虚空を見つめていただけ。
虚無の時間を得るのは、心に深い傷を負ったとき。
自分で簡単に直せるものではない。
ピンポーン――
と、滅多にならないインターホンが騒ぐ。
こんな日に、誰だ?
何か、宅配便、頼んでたっけ?
備え付けのモニターを沈んだ目で数秒見つめると、知っている顔が脳内に投影された。
画質が綺麗ではないが、そこに映るその人は、確かに紫色の髪をしていて、黒くて可愛い帽子を被っていて、角度が悪いけど少し吊り目で……。
すごく優しい、大好きなあの先輩。
カッコいい、あの先輩。
トワだった。
力の入らない右腕を懸命に持ち上げて通話ボタンに指を乗せる。
そして、もう一踏ん張りして、ボタンを押す力を加える。
「どうしたの……?」
絞り出した声は少し掠れていて、ねねの精神状態と健康状態をそっくりそのまま表していた。
特に予定も無かったため、まず第一に何故訪問してきたのかが謎だった。
第二に急すぎて即興で平常を装えなかった。
変に……心配かけちゃってたらどうしよう……。
『あー、ちょっと気になったから来てみたわ』
っぽい。
そんな感じがするし、した。
……どうしようか。
『取り敢えず開けてー』
普段通りの声質。
落ち着くけど、不安にさせられる。
そう言われると、断れないけど。
「ちょっと待って」
通話を切り、目元を確認しに洗面所へ。
目の下のくまが微妙に目立つ。
それに、部屋を出たら少し冷えた。
でも、そのまま玄関口へ駆ける。
外が近くなると余計に冷える。
けど、扉を開く。
風の移動が起こり、すっと吹き抜ける。
そして、外の明るさが薄暗い玄関に侵入し、ねねの顔を鮮明にする。
開いた扉の目前に、トワが立っていた。
「…………」
「…………」
無言で互いに見つめあった。
その刹那の間で吹いた風がとても体を冷やす。
何故か、トワとねねの視線の高さが同じだ……。
「さすがに寒いでしょ……?」
ねねは無意味に一度背後を振り返った後、トワを玄関内に入れて扉を閉めた。
玄関の灯りをつけ、少し場を明るくする。
一人暮らしの玄関に靴は多くない。
散らかることがないので、あまり汚くならない。
「今日朝食べた?」
数秒様子を窺っていたが、気分の暗さと顔色の悪さから色々想像できたようだ。
まだ出会って1年も経っていないけれど、仲の良さはもう何百年もの付き合いのそれだ、誤魔化しも効かない。
「うーん……」
眼を合わせずに、ちょっと唸った。
一瞬の迷い。
どう返答するかの迷いが言葉、表情、行動の全てに現れた。
「ちょっと上がるよ」
トワがねねを宅内に追いやるように靴を脱いで上がる。
ねねは咎めることなく、リビングへ案内した。
「案外綺麗やん」
トワが一言口にした。
どんな部屋を想像していたのか。
ねねに汚部屋のイメージは皆無。
とすると、やっぱり精神へのダメージと連動していると考えたのかもしれない。
実際、部屋は普段に比べると汚い方だった。
「まあええわ、はいこれ、朝ごはん」
……?
トワはずっと持っていたらしい袋からおにぎりを二つ取り出した。
コンビニのロゴが入った、よく見るおにぎり。
最初は躊躇っていたが、トワの軽い促しで食べ始めた。
「ねね今日休みでしょ?」
「うん……。でも……何で知ってるの?」
無言が気まずいとか、空気が悪いとか、そんなノリではなく、純粋に訳あってねねに声をかける。
するとねねは、おにぎりをゆっくりと食べながら頷く。
トワが訪問した時から、どうして知っているのか不思議だったので丁度いい。
パリパリと、海苔を齧る音がする。
それと、おにぎりの具のニオイも。
「マネちゃんに聞いた」
「あー……」
納得。
でも、じゃあ用事は?
そう聞こうと思ったが、口にごはんが入っているから少し黙った。
その短い時間の間にトワが次に進めた。
「それでさ、今からちょっとさ、カラオケ行かん?」
「……え、今から?」
「今から」
意表を突かれ、ごはんの嚥下に失敗しかけた。
でも大丈夫。
それよりも、今からか……。
特に予定もないし、調子が乗らない以外では断る理由がない。
だからより頭を抱えた。
調子乗らないからって断りたくない。印象が悪いし。
でも、今行くのは何となく気分が乗らない。
やっぱり少し自覚してたけど、鬱気味らしい。
「無理にとは言わんけど、気分転換になるかなって思って」
内情を察しての一言。
好意を無下にはしたくない。
でも、そんな感情で歌って楽しいかな……?
……。
「……行こうかな」
気付けば、完食していたおにぎり。
そのゴミが、手元に残っている。
そのビニールをちょんといじりながら、答えた。
うん、美味しかった。多分。
「じゃ、準備して行こか」
トワが席を立った。
フローリングと椅子の脚が擦れる音が、微かに鳴った。
続いてねねも立つ。
ゴミはゴミ箱へ。
そして、軽く外出準備を。
……一瞬で終わった。
二人で玄関を出て、ねねは施錠した。
ちょっと肌寒い空気と、いつもより眩しい日光。
足が重い。
顔色が悪い気がする。
「行こか」
トワが先導するように歩き始めるが、すぐに横並びになる。
ねねの歩速が遅いから、きっと合わせてる。
優しさが溢れている。
ここまで仲良くなると、無言の時間も苦しくない。
でも、折角なら会話を弾ませたほうが有意義だ。
「ねねねは最近覚えた曲とかある?」
カラオケから連想したのか、そんなごく普通の話題。
こんな時、いつも、何でも、親切心に感じてしまう。
「トワワ先輩の曲」
「はやっ! マジで⁉︎」
「カッコよかったから」
トワは嬉しさ以上に驚いている。
少し声が大きくなったから、確実に。
相変わらず、二人は歩幅を合わせて歩く。
「ってかさ、ねねねもまたオリ曲出すんでしょ?」
「あー、うん」
またしても、ねねの単純な相槌。
話は聞いてそうだが、返答の内容が薄い。
いつもの明るさというか、いい意味で幼さ?的なものがない。
……でも、指摘することは野暮……?
「……ごめん、ちょっと黙っとくわ」
「……なんで?」
「え、鬱陶しいかと思ったから」
「そんな訳ないじゃん。寧ろ永遠に独り言言っててもいいよ」
「それはトワがやだわ」
「あははっ……そうだよね……」
最後にねねが僅かに笑顔を見せた。
そのことにホッと安堵したが、胸の内に抑えて、態度には示さない。
回復の余地は十分にある。
やっぱりねねは、挫けても簡単に倒れる人じゃない。
それを再確認できて、一人更に安心する。
ねねには未だ、光は薄くみえるかもしれないが、トワにはしっかりと見えた。
彼女に眠る力が。
「ちなみに、いつもの場所ね、今更やけど」
「あ、うん」
別にどこでもよさそうな顔をしていた。
でも、少し足取りが軽くなったのでは?
トワの勝手な思い込みかもしれないが。
大通りから少しずれた路地をあと少し進む。
建物によってある程度冬の風が凌げるが、それと同時に日陰も多い。
その代わり、大通りの喧騒が小さいため互いの声がよく通る。
もっと言えば、コツコツ、と鳴る靴音も。
トワがチラッと横を見ると、ねねの肌が少し赤くなっていた。
特に耳や鼻先などの冷気の影響を比較的強く受ける部位。
手には手袋をつけているが、ネックウォーマー他、頭を守る防寒具は一つとして身につけていなかった。
当然と言えば当然のことだ。
「着いた」
言わなくても分かるけど、言う。
だって、着いたから。
店前に人はいないが、駐車場や駐輪場には数台が停めてあり、人は来ている様子。
ねねもトワも似たようなことを感じていた。
「……」
トワが突然、ねねの頭に手を乗せた。
ねねは一瞬肩を跳ねさせて絶句した。
「……」
トワの目が優しく細まって、暖かくねねを見つめる。
周囲に人がいないから、この行動に出れたのかもしれない。
ねねの髪に触るのは初めてではないが、いい髪質だ。
華やかな金髪をトワの手がそれを梳くように撫でる。
同じ場所を数回だけ。
「大丈夫」
それだけ、ぽそっと呟くように……。
飾る必要はなかった。
触れた手から、その眼差しから、想いが伝わるから。
そう、大丈夫。
ねねの目が、仄かに潤んだ。
目元が熱を帯び、頬が紅潮する。
トワの手が、とても冷たかった。
トワの手から、冬を感じた。
なんとなく、さっきのおにぎりの味を思い出した。
「な……何……? 急に……」
俯いて、独り言のように――否、本人にとっては、独り言だった。
それをトワが拾うと、独り言にならないが。
「……ごめん、トワちょっと買いたいもんあるから、先に入っといて」
全く関係のない事に話が逸れた。
独り言を、独り言にとどめて、時は進む。
トワの優しく、冷たくも温かい手がそうっとねねの頭上から離れる。
「じゃあねねも行こうか?」
まだ俯いたまま、でも、それを誤魔化すように前髪をいじり、頬を掻き、目を擦り……答える。
何だか子どもみたいで、すこし胸の内がくすぐられる。
母性に似た何かが芽生えるような感覚。
割と近くの大通りから、車の騒がしさが響く。
「いや、機密事項だから」
「そう……?」
「そう」
ライブ関係の何か?
誰かへのプレゼント?
それともそれ以外?
「常闇ですって言ったら多分案内してもらえるから」
「ん……分かった」
ここまで来たなら、時間も勿体無いから、その用事は帰りにすればいいと思うけれど、言わなかった。
トワが「じゃ」と軽く手を上げて、白い息を吐きながら大通りの方へ駆けて行く。
その急ぐ背中を見送り、ねねはカラオケ屋に入った。
はぁ、はぁ、と通りを走るトワ。
冬場に走れば、吐息は白くなる。
少しニヤッとした。
『いやー、後輩にウソつくとか、悪魔的所業だわ!』
人の耳があるので、嬉しさの言葉は心のうちにしまう。
急がないと、仕事に遅れてしまう。
今日はもう、カラオケに行く時間などない。
上がっていく息と共に速度が上がる。
向かってくる冬風ももはや敵ではない。
『後は頑張れや――』
――――。
『おまえら‼︎』