「てってってってっ、てっててっててっ、てってってってっ、てっててっててっ…………」
ご機嫌な様子でリズムを取りながら人気のない道を歩くそら。
最後の神社も参拝を終えて、現在は猫カフェに向かう途中。
人混みの中ではこうも簡単に声を出しはしないが、周りに人っ子一人いなければ唄いたくなる。
これは誰しも経験した事だろう。
今から向かう猫カフェはここからそう遠くはない海の近くにある。
この道や、カフェの側の砂浜にはあまり人は立ち寄らないが、カフェそのものは大通りを曲がった位置にあるので割と目立ち、それなりに有名である。
「てってってってっ、てっててってーーいてっ!」
唐突に、頭に何かが降ってきた。
「ったたた~……何……? 本?」
頭に衝突し地面に落ちた落下物を拾い上げる。
見た瞬間に本だと分かったが、見た目が黒々としていてなんとも禍々しい書物だった。
頭上から落ちてきたにも関わらず、綺麗に閉じられており不気味さを覚えた。
頭上を見上げるが、そこには快晴の空があるだけ。
雲もなければ、影だってない。
空高くにもし飛行機があって、そこから落下してきたのだと仮定すると、そらはまず助からない。少なくとも、痛いでは済まない。
どちらが表紙かと表裏も分からずクルクルと見ると、両面に薄く細い線で魔法陣が描かれていた。
ぱっと見魔法の書物だが……。
この世界に魔法があることは知っている。
知っているが、それを扱える者は世界に100人に満たないとも言われるほど特殊な力だ。
人生の中での遭遇率は極めて低い。
「いやいや、まだ決まってないしね」
かぶりを振って即決を阻止し、そらは真実を確かめるためにその本を開こうと手をかける。
「ん? んっ! ふっ……!」
一度ページを捲ろうとすると手が滑って開けなかった。
もう一度、少し強く持つと手は掛かったが、何故か本がびくともしない。
どんなに力を加えても、持てる限りのパワーで引き千切るようにしてもその本は中身を見せてくれない。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!」
「ひゃっ‼︎」
急な絶叫に耳を貫かれ、そらは本を投げ飛ばして肩を跳ねさせる。
「ちょっと~~!」
声のする方を恐る恐る向けばそこには一人の少女がいた。
少し怒り気味の表情で近づいてきて、そらが投げ飛ばした本をパッと拾った。
「ちょっと~、他人の本を無理矢理開けようとして破くとかやめてよ~、マジでさーあー」
本をパラパラと捲り、破損箇所がないかを確認する。
そして、一切の変化が見られないことに安堵するとそらの顔を見て、
「今回は破れてなかったからいいけど、今度からは気を付けてよ」
と忠告し、そそくさと去っていった。
「…………」
通路の先の角を曲がっていく少女の背をじっと見つめて、呆然としていたそらは、少女が何故本を開けたのか不思議でならなかった。
あれほど固かった本をあんな華奢な体で……。
外見も普通の少女、感じる雰囲気や衣装等も含め、特に目立つ点はなかった。
「…………」
まあ、世の中には不思議がいっぱいということだ。
適当に自己完結させてカフェを再び目指す。
やがて猫カフェに着いた。
1時間ほど堪能したが、それを事細かに説明してもつまらないだろうし、説明がしにくい。
ただ単に余暇を小動物との戯れによって埋めただけにすぎない。
寧ろ、晒すべきはその後。
カフェを出て、ぶらりと砂浜を歩いた時だ。
波打ち際で潮風を受けようと砂浜へ向かう途中、微かな波の音を遮るように爽やかな弦楽器の弾ける音が耳に届いた。
潮風を求めていた足が、途中からその音を求めて歩いていることに気がつく。
囁くような心地よいリズムとメロディー。
そして何より、目の前に見え始めている砂浜と海がその音の本質とも言えるような部分に直接作用しており、頭の中を様々な妄想が跳ね回る。
視界が開け、砂浜が目の前に広がった。
だが、一目散に目に飛び込んできたのはそんな景色の中に座る、一人の少女。
遠くて分かりにくいが、何かしらの動物の耳。
主に黒い髪。
まるで神様かのような神々しさと、それに見合った、けれども華々しい装い。
そんな素敵な少女?女性?が何かしらの弦楽器を奏でている。
少しずつ歩みを進め、その人に近づくと当然相手側もそらに気付く。
しかし、演奏の手は止まらず、どんどん音が大きくなる。
相当の距離まで接近すると、自分が音に引かれた理由がわかった。
その楽器が、ウクレレだったのだ。
そらはピアノが弾けるが、それと同時に実はウクレレにも興味があった。
ウクレレは練習中で、上手く弾けるわけではないが、結構気に入っていた。
そして目の前の少女も……。
「こんにちは」
突然、手の動きを止めて挨拶した。
「こ、こんにちは」
言葉をつっかえさせる。
外見年齢はそらと同じくらいだが、雰囲気が大人だ。
なんとも素敵な女性だ……。
「ウクレレ好きなの?」
「はい……」
親切さのある微笑に見惚れて、返事の声が弱くなる。
さぁっ、と潮風が吹くと、二人の髪が優しく撫でられる。
ざぁっ、と波が寄せると、二人の心がそれぞれ和んでいる。
「ウチも今練習中なんだけど……なんかいいよね」
「わかります! うまく説明できないけど、なんか素敵ですよね」
「うんうん」
何故か意気投合して笑い合う。
今日の出会いの中で最も心地良い出会いだった気がする。
その後は、彼女のウクレレを聞きながらを時を過ごした。
特に何か話したわけではないが、非常に充実した時間だったと思える。
結局その日はそれでお終い。
そして翌日も大きな出来事はなかった。
強いて言うなら、誰にもスカウトできなかったことだけだ。
そんなこんなで、2日のオフはあっという間に過ぎ去っていった。
そして、出勤日。
早朝から事務所に呼ばれ、そらはウキウキしながら向かっていた。
打ち合わせの内容が既に報告されているからだ。
最近はえーちゃんとも打ち解けて、互いに名前で呼び合う仲にもなった。
主要人物が集まると打ち合わせが始まる。
「じゃあ早速、初ライブについてですけど、開催地はエルフの森になりました」
「おおー、エルフの森!」
初ライブのロケーション報告に目を輝かせて喜ぶ。
世界は広い。
そのために、そらにも未開拓の地はいくらでもあった。
天界や魔界を始めとした様々な未開拓の地の内の一つがエルフの森。
初到達の地で初ライブだなんて、最高すぎる。
「嬉しそうで何より」
「そりゃあ勿論! 絶対楽しいライブにするからね」
「うん、異論も無さそうだし、この話はもういいかな」
本来、この場でそらの意見を聞き、その意見を尊重して打ち合わせを進めていくのだが、彼女が既に満足そうなので、その点は省略された。
「じゃあ今度は本題」
「……? これが本題じゃないの?」
えーちゃんの発言にキョトンとする。
しかし、そんなそらを置いてえーちゃんは扉の外に向かって「入ってきて」と声をかけた。
ガチャッと扉が開き、現れた者が最初に発した言葉、それが、
「はろーぼー、ロボ子だよー」
だった。