4期生の移動速度は、他のチームに比べると2、3倍は速い。
体力の最大の不安となるルーナはココが担いでいる。
そして、ココ、かなた、トワは羽を使って空を飛べる。
わためだけが強制的に走らされるが、訳あって非常に速い。
「ちょっとー! なんかわためだけ大変な思いしてない⁉︎」
下の方から何やら文句が聞こえる。
羽を持つ者達が羨ましいのか。
しかし、そんなわためも、決して疲れている様子はない。
言ってしまえば、まだ全力疾走ですらない。
「飛ぶのだって体力は使うんだぞー」
勿論、走ることに比べれば、消耗する体力は少ないが。
「畜生は乗せてやんねぇぞ」
「ジャイアンみたいなこと言わないでよ!」
ココのニヤけた表情でのジョークにわためが的確な返しをする。
その様子を見てクスッと、他の3人が笑っていた。
「お、そうだルーナ。おめえこれ持っとけ」
ココが飛行中にポケットから石を取り出し背中の上のルーナに手渡す。
「え、な、なんでなのら? ココちゃが持ってた方がいいと思うのらけど」
ルーナは自分が最も防衛にも逃亡にも向かないと自覚している。
実際にそうかもしれない。
だが、論点は、少しずれている。
「このまま何もなく済むはずがねえんだよ」
「としたら、まず間違いなくココが戦線に出るからね」
かなたはココの背後に付きながら、付け加えた。
さすが同居するレベルの仲。
理解力がある。
「そしたら敵に石の受け渡しを見せない方がいいって訳か」
更にかなたの背後に付いて飛ぶトワも手を叩いて把握を示した。
わためは聴こえているのかいないのか、無言で下を走っている。
因みに、今更ながら補足しておくと、空を飛ぶと言っても、建造物よりも高くは飛んでいないため、見つかる確率はあまり変わらない。
結局、短い話し合いの結果、トワが石を持つこととなった。
トワ以外、誰も不満はなかった。
さて、あっという間に街中を抜け、南西の小さな丘が見えて来た。
見晴らしがいい丘だが、滅多に人が寄り付かない特殊な場所。
もし身を隠すならここ。
ここがダメなら、恐らくどこへ逃げてもダメ。
それほど地味な場所なのだ。
到着し、まずは人影を確認した。
誰もいない。
「……よし、一応こっち側に回ろう」
かなたが丘の裏側に回ることを思慮した上で提案した。
人目につかない最適解だ。
街と反対側の丘の斜面にいれば、街側からは見つかりにくい。
そこで一休み、そう決めて動こうとした時、ココの予言が的中する。
「「うっ‼︎」」
突如、5人に耐え難い負荷がかかる。
その過重に足が崩れ、全員が地に手をつく。
だが、それだけでも耐え切れず、遂には全員地に無理矢理寝かされた。
地面が草なため、コンクリートほどの痛みはないが、やはり所々に石が押し付けられ、痛みを伴う。
「いい場所に逃げたな。で? 誰が石を?」
空から声がした。
何故、皆が皆空から現れるのか、などと言う疑問は誰も持たない。
そんな状況ではないから。
まず、登場の仕方が派手……と言うより、力強い。
丘の天辺(と言ってもそこまで高くはないが)に地響きをさせて、脚が陥没しそうなほど力強く落下してきた。
大地が揺らぐが、5人は圧力で動けず、蹌踉めく事すらなかった。
「あんだ……オメェ」
ココが圧力に抗い、頭を微かに地から浮かせた。
そして、鋭い視線で男を睨む。
その目を、男は睥睨していた。
「俺? 何でもいいだろ。それより石を寄越せ」
「しらねェな……」
「「ぐっ‼︎」」
ココの反抗で、更に圧力が増す。
微かに持ち上がったココの頭も再度地面に伏す。
「口答えするたびに重力を加算する。石を出せ」
生まれつき強靭な肉体を持つ龍族と違い、他4人は簡単に潰れてしまう。
ココの裁量で測ることはできない。
「……テメェ……何でわかったんだよ」
ココが白状するように質問返しをした。
反感を買わぬように、言葉を選ぶ。
「ストーキングだ。お前らよりも遥か上空からな」
ずっと、見られていた。
遥か上空からか……。
「チッ、わぁった。石渡すから解け」
「妙な動きをすれば……分かるな?」
男の忠告と同時に、5人が超重力から解放された。
5人が、ゆらゆらと立ち上がった。
「おいトワ、石貸せ」
「マジで渡す気?」
トワが躊躇う。
その反応に他3人も同様の表情でココを見た。
「さあな」
上手くいけば、渡さない。
失敗すれば、取られる羽目になる。
ココは4人を見渡し、男を睨む。
「おい」
「……何だよ」
「お前が持って来い」
「ぇ……」
男が、ルーナを指差す。
ココとかなたの力んだ様子を見切ったようだ。
ルーナは弱々しい声を漏らして困惑した。
色の違う目が、淡く揺らいでいる。
「……ルーナ、持て」
「ぇ、こ、ココちゃ……」
恐怖で意識が朦朧としてきたのか、脚が震え、一瞬よろめいた。
でも、ココは石をルーナに押し付ける。
そして、わために目配せした。
わためは、何も分からず見つめ返した。
この状況。
不幸中の幸いを一点挙げるならば、それは男が街側にいないこと。
街へ逃げる道が、まだ切り開かれていること。
相手が最大限の隠密行動を図ったが故に出来た穴。
ルーナが一歩踏み出る。
その背後にココが立つ。
不安げで虚な視線がココに向けられる。
そのルーナの桃髪をココが撫でた。
「怖いのは一瞬だ」
「ぇ?」
どう言うこと?
と、ルーナが問い返す前に、事は発展した。
「オラァッッ!」
「ん"な"あ"あ"あ"あ"あ"あ"ぁぁぁ」
ココが、目にも留まらぬ速さでルーナを担ぎ上げ、町側へ全力で投げた。
ルーナに対して過保護なココが取るとは思えない行動に、誰もが仰天した。
「重力!」
男が即座に重力をかけたが、ルーナだけが既に能力の範囲外に出ていた。
空中を飛んで、このままでは逃げるどころか、結果地に衝突して死ぬ。
ココもかなたもトワもわためも、重力に押さえつけられ動けない。
「オメェらはちったぁ我慢しろ!」
ココがパワー全開で重い重い重力の中立ち上がった。
まるで負荷を無視して男目掛けて拳を向けて殴りかかった。
「「ぐあああっっ‼︎」」
背後で3人の呻き声が聞こえる。
増加していく重力値。
だが、ココはそれを振り払って男を殴……れなかった。
男がココの拳が直撃する寸前で重力の方向を変えた。
そのため、4人は突如重力から解放されるが、ココは男と反対側に体を引かれた。
来た!
「わため!」
叫ぶ前に、わためは行動していた。
先程の目配せの意味、もう理解したようだ。
角巻わため――能力・突進。
その速度は、何とか目で追える程度。
わためが落下し始めているルーナをキャッチするために、遥か遠くへと猛ダッシュしていく。
ルーナの落下は次第に速度を増すが、わための桁違いの走力であっという間に落下予測地点に到着。
アニメなどのように、そのタイミングでキャッチできれば尚格好いいが、そう上手くは噛み合わない。
ただ、数秒その場で待機し、わためが見事に降ってきたルーナを受け止めた。
遥か遠く、わためが親指を立てる姿が、小さく見えた。
「ざまあみやがれ、これで石はこっちのもんだ」
苦い表情をした重力師を煽った。
トワは、重力に潰された身体が痛むらしい。
後方で体のあちこちを気にしていた。
しかし、かなたはと言えば、案外外傷なさそうに普段通りにしていた。
「……まあ、石は他の奴に任せるとするさ」
男は闘志を燃やした。
容易く見逃すとは誤算だ。
わための速度は追えないと判断したのか。
このまま3対1でやり合うのは、戦力の無駄遣い。
ココ以外に重力師の圧力を耐えれる者がいない。
「おい、天使も悪魔も、わための後追え」
ココが一人で受け持つことを決意し、目を鋭くして言った。
「は? 何言ってんの?」
トワが絶対できないと痛む腕を抑えながら、顔を険しくした。
かなたも同様にして、拒否した。
「パワーあるごりらはまだしも、トワ、おめぇは流石に相性が悪すぎる」
「ごりらゆうな」
ココの正論に、トワは押し黙る。
代わりにかなたがどうでもいい事に反応したが。
「重力」
「「ぐっ!」」
また、世界の掟が歪む。
心なしか、今までより重い。
いや、重くされたんだ。
ココが暴れ回るから。
ココ一人なら、重力を上回るパワーで無理矢理動き回ればいいが、先程のようなやり方を続けては、他二人が持たない。
誰も石を持っていない以上、無闇に動く必要はない。
むしろ愚策だ。
筋肉が潰れる……。
骨が折れる……。
ような重圧。
「しかしお前……」
「漆黒の魔弾」
男の言葉に偶然被って、トワが震える右腕を力任せに持ち上げ、漆黒の小さな球を放った。
その弾はゆっくりと男に近づいていく。
到底命中するような速度ではない。
しかし、トワはもう顔も腕も上げられないほど重力に抑えつけられている。
いや、トワだけでない。
「……なんだ?」
男は一切驕ることなく、魔弾とトワの動向を窺い、最大限の警戒を見せる。
「ブラックホール」
何も見えない。
地に伏して、視界は真っ暗だが、放ったタイミングと発射速度から約今と推測してトワがワザを発動。
魔弾が全ての重力を収集しはじめる。
重力師の能力も無視して、全員の身体がブラックホールに吸い寄せられる。
かなたとココはその場で踏ん張るが、重力で四肢を捻ったトワは軽々と引力に持ち上げられた。
そのまま自らブラックホールに吸われては、本末転倒。
ココが体を捕まえて必死に引力に抵抗した。
そして、その結果男だけが流される状況となる。
が、やはり重力師だけあって、簡単には終わらない。
男がブラックホールを自身の操作した重力で包容。
一旦ブラックホールの効果を相殺し、その中にブラックホールとは反対方向に向かう重力を少しずつ加え、ブラックホールを掻き消した。
「オラよっ!」
タイミングを見計らい、ココがトワを街側へと再度投函した。
「ちょっ、ココ⁉︎」
「あいつはもう無理だ、四肢がイってる。今のはナイスだが早く戻って先生に診てもらった方がいい」
「なら何故投げたし!」
「羽は生きてんだ、こうでもしないと無理しやがるから」
ココなりの良心だ。
まあ、その予測は的中だ。
トワは流石に観念して、覚束ない飛行で事務所へ向かった。
「……かなたそ、お前も退け」
「イヤだ」
「我儘言ってんじゃねえぞ、戦力の無駄遣いだ。私が自由に動けるように退け」
「でも……!」
ココの言い分は一理あるどころではない。
かなたの感情論は今は不要だ。
でも、4人が退却を拒んだのは、全員感情論。
皆の思いは一緒だ。
……ココ一人に任せていていいのか、と。
「まったく……厄介な奴だ」
男が、額に手を当て首を振った。
やれやれ、と。
「お前のことは知っているぞ」
「あ?」
「…………」
ココとかなたで、全く逆の反応をした。
それが、男の目には極めて強く印象に残った。
「あれだけのことが有れば、流石に多くの目に留まる」
「……は、そんなことか」
動揺が、微かに走って心が騒ついたのは、事実だ。
だが、それがどうしたと言うか。
驚いたが、もう落ち着いた。
「お前も大変な奴だな」
「なんだ? 私にそんな精神攻撃が効くとでも思ってんのか?」
「お前には効かずとも……」
ココが透かした態度で躱そうとしたが、男の視線がココの真横下辺りに移ったのを見て顔を顰めた。
視界に映る、天使の頭。
白い髪を所々青色が装飾していて、独特の手裏剣のような天使の輪が浮いていて……いつもの「ような」姿が。
「……おい天使公。安い挑発だ、乗んなよ」
「……うん」
かなたは、歯を食いしばった。
自慢の握力で強く拳を握り、必死に湧き上がる感情を堪えた。
忍耐力は、ある方だ。
「それにしても残念な奴だ」
「残念……?」
「おい天使……」
「ああ、残念でつまらない生き方だ」
「天使……!」
「努力も犠牲も無駄な事だったと……」
「かなた――!」
男の止まらない誹謗にかなたが次第に痺れを切らし始める。
ココが必死に激情を抑えるように、何度も、語気を強めて忠告した。
それでも、かなたにこの感情を堰き止めることはできなかった。
ココはかなたの肩を掴んで、言い聞かせようとしたのだろう。
伸ばしかけたココの手は、宙に浮いたまま震えていた。
そして、ココの目の前に、かなたの伸ばした手がある。
止めに入った筈のココが……かなたに止められた。
かなたの勇ましく、力強く、張られた腕が、ココの前に立ち塞がる。
男はその展開に言葉を止めた。
挑発はもう、不要だと感じたのだろう。
「ただの挑発だ……どうせ何も思っちゃいない、気にすんな……」
ココの言葉は何故か辿々しく、覇気がない。
何故か……。
何故か……ね。
皮肉な。
「別に、残念じゃない」
「……」
かなたの紡いだ言葉に、ココは聴覚を過敏に反応させて聞いた。
まるで言葉一つから、かなたの感情の全てを欲するように。
「残念なことも、無駄なことも、犠牲なんてものもない」
「ある」
「ない」
「いや、ある」
「ない」
会話から外れたココが、珍しく不安そうに、成り行きを見つめていた。
「失敗や後悔があるから成長してきたし、報われなかった努力は励んだ実績が残ってるし、犠牲なんて呼べることやものは存在しなかった」
「得たものよりも、感じた負の感情の方が大きいのでは? どう考えても不釣り合いで勿体ない思考だ」
かなたが、真摯な目で男を見た。
アイツは、バカだ。
何も知らないのだ。
「入ったばかりの頃、ぼくには感情が無かった」
懐かしんではいない。
感傷に浸ってもいない。
ただ、思い浮かぶ、あの時の自分。
「そんなぼくに今怒れる感情があるのは、ココや4期のみんな、ホロライブのみんな、そしてファンのみんながいるから」
「それはお前のスタートラインが後ろすぎただけだ」
「そうかもしれない」
スタートラインは、人それぞれだ。
それを知っている。
だって、4期生は1期生とは違う時期にデビューした。
「でも、過去と現在で、確実に変わった。変わった姿をぼくは、見てきたし、見てもらってきた」
ココは変わった。
日本語も凄く上手になったし、触れていなかったゲーム機種も、かなたのプレゼントをきっかけに始めた。
歌も上達してきた。
かなたと同棲までしている。
かなたは変わった。
感情を得たし、苦手だったゲームが上手くなった。
ダンスだって上達してきた。
ココと同棲までしている。
「そんなファンの人や、ホロメンや4期生のみんな、それにココがぼくに愛想つかせて、何か言って、居なくなっても、別に構わないし、仕方がない」
もしそうなった時は、きっと自分に非があった。
自分に力が足りなかった。
けど――
「けど!」
もはやかなたの演説会場。
昂るこの感情は、侮辱への怒りか、はたまた、友への激励か。
「何も見ていない……何も知らない……外野のお前たちが好き勝手言うのだけは許せない! お前らや、あいつらが、ぼくたちの活動を非難することは、我慢できない!」
努力を笑うな。
成長を笑うな。
人生を笑うな。
「ココが今まで尽くしてきた事も知らずして、勝手な事言ってんな!」
かなたの語気は相変わらず強くない。
強くないが迫力がある。
感情が強く篭っていた。
怒っていた。
「かなたそ……」
一通り聴き終わり、震える手を、かなたにまた近づけた。
「ごめんココ、どうせ一人以上残るんなら、ぼくが残るよ」
「……」
「だから、戦力の無駄だって言うなら、ココが退いて」
もう、かなたはここから逃げない。
逃げてはならない。
「…………重力師だぞ、潰されっぞ」
「大丈夫、何とかなる」
根拠なく、虚勢であるはずなのに、本当に何とかしそうだ。
「――ったくよぉ!」
「うゅっ!」
いつの間にか、一歩前に出ていた天使。
その隣に並びながらその頭をガシッと掴むと、場違いな女子らしい声を上げてココを見上げてきた。
「退けっつーのにオメェが全っ然退かねぇからだぞ」
「……だってアイツが!」
「乗んなって何度も言っただろ」
「……」
少し膨れているが、ぐうの音も出せない。
「戦力の無駄遣いだから私は帰りてぇ所だが――」
「……ほう?」
ココまでも応戦する姿勢を見せたことに、男が微かに口角を上げた。
かなたは依然としてココを見上げる。
「私の側にいる天使は、今じゃ笑ってねぇと気分が悪いんだよなぁ!」
「は? そんなことで?」
「寧ろこんなことだからだ」
当たり前が、当たり前であること。
当たり前が、当たり前じゃなかった頃。
今が、当たり前なこと。
昔は当たり前じゃなかったこと。
「筋が通っちまったんだな、コレは!」
「……」
「ウチの天使怒らせた分は、高くつくからな」
「それは大変だ」
「泣いて後悔しても知んねぇぞ」
「ココ……」
結局、てぇてぇ、ってこと?
「じゃあかなた、オメェはオメェのために、そして私もオメェのために……」
「逆でしょ逆。ココはココのために、そしてぼくもココのために……」
「ああ? んじゃあもうそれでいいわ」
自分のために、そう言えないし、思ってもいない。
ひたすらに親友思いなのだ、彼女たちは。
ってなわけで、
「かなた」
「ココ」
「「共闘だ」」
大切な今を守るため。
大切な親友の「大切なもの」を守るため。
かなココの共闘が始まる。
作者です。
悲しいですが、私は投稿を続けます。
好なことなので。