「待ってよシオンちゃん」
箒を手に事務所を出ようとするシオンを、あくあが呼び止めた。
シオンは軽く帽子に触れた後、あくあの方へ振り返る。
「ん、何?」
「せめてどこに行くのかくらい教えてよ」
2期生で、この拠点に残って防衛に回ろうと、一応予定していた。
なのに突然、嫌な予感がすると言って出て行かれては堪らない。
きっと凄い考えが、彼女にはある。
でも、せめて行き先くらいは知りたい。
「じゃないとまた……」
また、あの時みたいになったら……。
「……決めてない」
「え、どういこと?」
折角答えてもらっても、理解できない。
まさか、無策?
「行く場所は決まってないってこと」
「じゃ、じゃあ何しに出ていくの?」
「ほら、やっぱり結局それも聞いてくるじゃん」
先程、せめて行き先だけと、そう言ったのに。
結局全て話したら、意味ない。
「……分かった」
「何が……?」
繋がらない返答にシオンは眉を寄せた。
「あたしも行く」
「は? 何で?」
「何するのか教えてくれないなら、自分で確認する」
「危ないから」
「やっぱ危ないんじゃん! なら尚更……」
自覚はある。
シオンはあくあよりも、断然強い。
同じ状況でも、危険度は異なる。
「……」
無視して行っても、あくあはシオンについて来られないため、問題ない。
だが、もしあくあがシオンを追って独り身で街に繰り出せば、余計に危険。
何故自分がここを離れるのかを考えるのなら、もう連れて行くしか……。
「……分かった」
こんな時、仲の深い友人って、ほんと困るよね。
お節介でさ。
ま、助かってるけど。
あくあの顔がぱぁっと明るくなった。
お互いにお互いの事好きすぎぃー。
「でもその代わり、指示に従って」
「まかせんさい!」
何の自信だろうか?
シオンは事務所を出て、箒にまたがる。
背後には、陰キャップを被ったあくあも。
二人はそのまま、どこかへ逃避した。
その様子を、医務室の窓から眺めていた三人。
ちょこ、スバル、あやめ。
部屋の明かりはつけずに、小さな照明器具で明かりを確保して話し合う。
「シオンの考えは多分、余でも理解できないから」
あやめは遥か彼方へと飛び去った、シオンだった光を見つめて呟いた。
「だよな……」
スバルは瞳に影を落として頷いた。
ちょこは懐中電灯を使いながら、医療体制を簡単にだが整えている。
よく見えないが、ガサガサと音だけは響く。
「気になるなら行ってもいいわよー」
その雑音の中から、ちょこの声が届く。
スバルの目を見ていたかのようなセリフだった。
「は? 別に気には……いや、してるけどさ……」
壁に寄り掛かっていたスバルが素早く身を起こしたが、すぐに脱力して肩を落とす。
集団行動とは言え、不安因子は大量にある。
特に仲の良いメンバーは、弱点もよく理解しているため、永遠にその疑念は尽きることはない。
「スバル一人で行ったところで――」
「あやめ様も連れてけば?」
「そしたらちょこ先が大変だろ」
優しさには感謝するが、ここが陥落したら……
「別に良いんじゃない? ここ、潰れても」
「「……」」
正直、三人ともそれが頭に過ぎった。
「簡易的な医療セットはちょこが持ってるし、重症患者も能力で何とかなるから」
「……確かに、わざわざ避難場所がここである意味はないかもしれない」
「いやでも、集合場所がいるだろ? 怪我した人がどこへ行けば良いのかとかさ……」
迂闊には選択できないことをスバルは提言した。
ここを捨てるにしても、突飛な行動だ。
守れるに越したことはないのだから。
「そもそも、シオンの目的も分からない中で動くのは危険じゃないか?」
「……いや、でもシオンはここにいない方がいいと思う」
「そうよね……」
シオンがここの防衛のために場を離れたのなら、それこそ捨てられない。
だが、そんな可能性、発言者のスバルですら考えていない。
もしそうなら、言うはずだ。
言わないことに利益がない。
「ちょこ先生がいるからって理由で2期生をここに置いたけど、正直、余もシオンも中では充分腕が立つ方」
「同じ持ち場に固めて置くのは、勿体ないよな……」
そんな理由でシオンが動いたわけではないが、結果としては良かったのかもしれない。
あくあまで付いていくのはシオンとしても誤算だったろうが。
「でも、だからって簡単に捨てる事は……」
容易に決断できない事態に陥っている。
事は重大。
棄てて占領された拠点に、誰かが戻ってきてしまったら?
それこそ崩壊が近くなり、勝機は薄れる。
危惧すべきは他にも山ほど。
特に実力に自信のないスバルは、強い決定権を持てない。
「賭け」
「……は? なんて?」
「賭けだよ、賭け」
「あやめ様?」
暗がりの中、窓のそばへ歩み寄り、黒い夜を眺めるあやめ。
薄い月明かりに瞳を輝かせる。
「まだ余たちは敵という存在を一度も確認していないけど、間違いなく闘い慣れした屈強な戦士のような者たち」
「……そうね」
「そんな強敵相手に、逃げ道のないこの裏世界」
「言ってしまえば絶望的だな」
文字通り明かりの少ないこの世界に囚われている。
「みんなで寄って集って全力を出して、必死に頭を使っても、まだ敵わないと思う」
「……あやめやシオンならまだしも、スバルやちょこ先とかはな」
「否定できないわね……」
悔しいが、実力差だ。
「余たちにもう一つ必要なもの、それが、運」
「運……か」
「それで『賭け』と?」
あやめは最後、そっと頷いた。
瞳の揺らぎで、その行動が首肯だと判断できた。
「『ちょこ先生を置いてこの場を離れてもここが陥落しない』に賭けて、余とスバルが街へ繰り出す」
「賭け事に勝てる運をここで発揮するってことか……」
「因みに、もし、失敗したら?」
「……宝くじは、当てたいから買うよね?」
失敗は眼中にない。
心のどこかで信じてなければ、賭け事なんてしないし、乗らない。
「そんな言い方すんなよ……退きにくいだろ」
「ホントに――」
姿はよく見えないが、困ったもんだと、声で表情が見えた。
多分呆れ顔だ。
でも多分、苦笑している。
「ちょこ先」
「スバル」
二人は盲目状態でも見つめ合い、意思疎通を図る。
どうやら、できたようだ。
「それじゃあ、早速動こうか」
「そうしよう」
あやめとスバルは特にない準備を即座に終え、そそくさと一階へ降りていった。
「……そういえばスバルって、能力あるの?」
1人残ったちょこは、独り言を呟いた。
スバルは気掛かりで助けに行きたい、と内心が漏れ漏れだったが誰をどう助けるつもりだろうか?
囮役でも買って出るのか?
まあ、そこは信じて任せるとして……。
ちょこは窓際で外を眺める。
事務所入り口を見下ろし、二人が出て行くところを見届けるために待機。
「……」
一向に出てこない。
まさか、別口を使った?
いや、でも、意味ある?
待てども待てども誰も出てこないことに不自然さを覚え、ちょこは一瞬焦燥感に駆られた。
「……」
まあ、あやめがいて妙な事は起きないだろう。
スバルも頭は良く回る。
策があるのかもしれない。
「ちょこ先!」「ちょこ先生!」
突如、廊下から大声で呼ばれた。
弾けるようにちょこは飛び出す。
「トワ様⁉︎」
スバルがトワをおんぶして、更にその背後をあやめが支えていた。
トワは意識は有るものの、四肢を捻って自力で歩けなくなっていた。
「治療頼む」
「早くベッドに」
ちょこは先駆けてベッドへ。
そして簡単に医療具を用意すると、そこへトワを寝かせる。
「……何があったの?」
片腕に手を翳し、淡い光を放つちょこが静かに問いかけた。
「降りたら事務所の入り口前におったんよ。手を動かせないから扉を開けなかったんだって」
「他のみんなは?」
「……さあ」
「さあって……」
トワの苦々しい表情が映る。
そう、治療のために、この場だけ少し強めの照明をつけている。
だから映る。
「襲われて、みんなを逃すためにココが残って、他のみんなはバラバラ……だから分からん」
口調こそ普段通りでも、その声の震え具合から、内心は読み取りやすい。
片腕の治療が終わり、片脚へ。
「……あやめ」
「うん」
二人が決意の視線を交わしたが、それを見兼ねて――
「助けに行っても寧ろ邪魔になる」
「どうして?」
スバルが感情論を持ち出そうとする前に、ちょこが冷静に問い返した。
「重力師だった……。だからココ以外は力不足で立つことすらできない」
「…………」
「……そう」
スバルもあやめも押し黙る。
ああ、無理だ、それは、確かに。
あやめでも。
片脚が終わり、反対側へ回り、あとは片腕片脚の治療。
「……シオンちゃんとあくたんは?」
「イヤな予感がするって出てった」
「ふーん……で、二人はどこに行こうとしてたん?」
まず間違いなく気づくよな。
「丁度どっかの応援に行くつもりだったとこ」
あやめが横目に窓の外を一瞥して答えた。
案外、脳内では行動手順が纏まっているのかもしれない。
そう思ったから、トワは、
「なら、いいよ。行ってきて」
と、二人の外出許可を出す。
「いや、でも流石に今は――」
と、スバルもあやめも、負傷したトワを見て躊躇する。
そうなるだろうと思っていた。
だが、よく見ろ。
「ありがと、ちょこ先生」
トワは何事もなかったように上体を起こした。
ちょっと腹筋が痛い。
「待って、あと擦り傷とかを軽く手当てさせて」
こんな風に、もう完治する。
「――はやっ」
驚異的速度。
これこそが、ちょこ先生が得た能力――人体干渉、だ。
生物の傷口や患部に触れる事で、干渉できる。
魔法の使用は限りあるが、それでもちょこがいれば医療問題は解決する。
そして、もうトワは動ける。
つまり――
「トワが残るから、どうせ向かう当てもないし」
他の誰がどこにいるか、正直分からない今、トワは直感頼りで動く気にはなれない。
いや、正確には、そんな直感がスバルやあやめほど強くない。
誰かをここに残すなら、トワが最善だ。
初めは渋っていた二人もすぐに決断した。
行動を起こすなら、早めに。
でないと、手遅れになる。
二人は、今度こそ事務所を飛び出して行った。
トワも、擦り傷切り傷の手当てをしてもらった。
「こっちは普通なんやね」
複数貼られた絆創膏を見てトワが笑う。
小さな傷は、魔法を使うだけちょこの負担が大きく、マイナスになる。
怪我を治す代償に、さらに大きな傷を負うのはナンセンス。
しかも、ちょこはまだまだキーとなる。
絆創膏付近は少し濡れている。
傷口を水洗いしたからだ。
消毒は一部の免疫も殺すと言われており、あまり良くないらしい。
唾つけるのは当然、口内の菌を移すことになる。
結局、水流しからの絆創膏が古典的ながら、最も効く。
「……二人は、どこに向かったのかしら」
「さあ……ゲーマーズのとこじゃない?」
「……やっぱり?」
あの二人が、ゲーマーズの中に加われば、OKFAMSの完成だ。
もし小説や漫画内の戦いなら、それは所謂、アツい展開。
ただ、果たしてこの戦乱の中、真っ直ぐ展望塔に辿り着けるだろうか?
「まあいいや、ちょこ先生なんかやることある?」
「いや、何も」
「うそやろ⁉︎」
「することなんて何もないわよ」
怪我人なし、この場を離れる必要なし。
することも、できることもなし。
いつもなら、ベッドに突っ伏して寝るような暇さ。
「トワもどっかの助っ人行こうかな……」
現状打破に貢献できないことが不満となり、トワはそんなことを言い出す。
本心と冗談、半々といったとこだろう。
「じゃあ何か防衛体制をテキトーに整えておいてもらえる?」
「んな雑な……」
その防衛は意味をなさないと、既に切り捨てている。
まだ何もしていないのに。
しかし、することもないので……。
「まあ、折角やし動くか……」
面倒臭そうに立ち上がるトワ。
ちょこは医療器具を片付けていた。
そんなこんなで、約5分後。
「誰かー!」
廊下からいつもは緩いはずの声がした。
トワとちょこが足並みを揃えて廊下へ飛び出すと、そこにはぼたんを抱えたわためとねねの姿があった。
わために外傷はないが、ぼたんは確実に歩けないし、ねねは何故か顔が泣き枯らしたように赤く腫れている。
「トワ様!」
「わため!」
「じゃなくて……ちょこ先生、ぼたんちゃんを」
「早くこっちへ」
奇跡の再会に驚愕するトワとわため。
けれど今はそんな感情はどうでもいい。
負傷者の手当てを。
的確に感情を整理して、わためがねねとぼたんをリードしてベッドへ。
「待って……」
「どうしたの?」
速やかな治療が求められる中、何故かぼたん自身がちょこに待ったをかける。
ちょこの疑問に合わせて、ほぼ全員が首を傾げた。
「……治療ってどれくらいかかりますか?」
「脚だけなら……5分も要らないけど……」
「…………えっと、すんません、お願いします」
素直にぼたんは体を寝かせた。
ふぅっ、と息を吐いて、軽く気持ちを抑えた。
「獅白ぼたんが怪我するなんて珍しいじゃん。どうしたん?」
まさか、触れてはならないとは思うまい。
うっかり話題にしてしまったトワ。
誰もトワを咎められず、ただ、真実を答えるしかなかった。
その間に、ちょこが能力をかけていた。
「中央塔に行ったら、襲われた」
「……それだけ?」
「そう」
「……違う」
「違わないでしょ」
簡潔すぎて何の説明にもならない話に、ねねが口を挟んだ。
すると、ぼたんが少し強めに反抗した。
「ねねが……ねねが何もせずに見てるだけだったから……」
暗闇で俯くねねの顔は、全くと言っていいほど見えない。
それで空気が重いのか……。
確かにそれなら、ぼたんの説明に誤りはない。
だが、ねねが自分に不満を持つことも理解できる。
「ねねちゃんは悪くないでしょ……?」
わためは既に事情を聞いていたのか、ねねにそんな温かい言葉をかけた。
「そんなことない、だってまだ……」
能力を得られていない。
いや、能力がないのは普通だ。
頭を回転させても何も出ないし、地の実力もない。
全く役に立てない。
「ああもう! じゃあそれでいいから!」
ぼたんが少しだけ声を張った。
視線がぼたんに集う中、ねねだけは何かに怯えて萎縮した。
「ねねちゃんが悪かった。でもだからどうするの」
極論、誰が悪かろうと、どうだっていい。
肝心な事は、その次なる手だ。
「誰が悪くてもいいけど、もし自分がダメだったと思うんならせめて――! せめて、自分にできることを自分なりに探しなよ……」
「そうだけど……」
「おまるんにも言われたでしょ……」
遠回しすぎて、まるで誰にも伝わらないあの言葉。
5期生内では伝わっている。
「それに……諦めの悪さは『長所』なんじゃないの?」
自分の得意なものに乗せられたセリフ。
あれは一体誰の曲?
その曲に含まれるそのフレーズは、どんな意味がある?
語気の強まったぼたんと、静寂に包まれる室内。
そして、喧騒に包まれるねね。
「――――っ!」
ねねが部屋を飛び出した。
「ねねちゃん!」「ねね!」
トワとわためだけが、叫んだ。
「……トワ様、お願いしてもいい?」
「ホンマに手のかかる後輩だわ」
ぼたんが少しだけ目を伏せ、語気を弱めてトワに頼む。
トワは満更でもない様子でねねの後を追った。
「ぼたんちゃん……」
「…………」
わためがそっと柔らかい声でぼたんの名を呼ぶが、反応はなかった。
「はい、治療は終わり」
「……ありがとうございます」
ちょこの相変わらずな声にいつもの調子を少しだけ取り戻す。
するとぼたんは、早速ベッドを降り、廊下へ出ようとする。
「待ってぼたんちゃん、そんなすぐに動いたら……」
「……じゃあ、わためぇ、ちょっと付き合ってよ」
「……どこに行くの?」
「屋上」
ぼたんはわための通せんぼをすり抜けて屋上へ向かった。
その途中で自分のデスクに少しだけ寄って……。