歌姫伝承〜ホロの異能大戦ストーリー〜   作:炎駒枸

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54話 鬼神の覇気

 

 また、走っている。

 本日、何度目だ?

 冷静になれないから、たった3の数も出てこない。

 

 重力師からの逃亡。

 カオスからの逃亡。

 そしてこいつからの逃亡。

 

 逃げ続ける今日。

 ルーナ姫は、走り回っていた。

 本日の走った距離はダントツで一位だろう。

 体力に自信が無いのに、よく頑張っている。

 自己防衛のためだとしても。

 

 だが、もう、足が……。

 

「ったく、逃げ回るだけの臆病な奴に殴られるとは……Kも何やってんだか」

 

 ルーナを追って来た大剣を振り翳す大男。

 肩にその大剣を乗せ、大きくため息をついてみせた。

 

 まるでルーナは尽く危機を退いて来たようだが、実際のところは全て逃げただけ。

 確かに退いてはいるが、方法は……他人任せ。

 

 しかし、それもこれまで……。

 どうやら、年貢の納め時だ。

 目の前に落ちる巨大な影。

 目前まで男が迫っている。

 

「おい、石の二つをお前たちが握ってるはずだ。どこに隠した」

 

 大剣の先を鼻先へ突き付けて安い脅しをかける。

 その目はあまり期待していない。

 言わなければ斬りつける、そんな感情を隠す気配は微塵もない。

 

「し、しらねぇのら……」

 

 ルーナは我が身の危機にも仲間を売らない。

 その覚悟と確固たる決意だけは、大層なものだ。

 姫として、そして人として誇れる心の持ち主だった。

 

「しらねぇか……」

 

 数秒、剣を突き付けたまま、睥睨する。

 その双眸から覚える畏怖感にルーナは戦慄し、涙を滲ませた。

 二色に輝く涙で視界が潤むが、まだ諦めない。

 一瞬一秒でも、長く、時間を稼げ。

 

「……つまんねぇな」

 

 男が大剣を振り上げ振り下ろすまで、約2、3秒。

 脳天から真っ二つに引き裂けそうな斬撃を滲む視界の中、間一髪後方に飛んで回避し、そのまま受け身……は上手く取れないが、ちょっと転げて走った。

 

 もう、到底動かないような脚に鞭打って。

 怖くて、辛くて、泣きそうで、折れそうな心を必死に括り付けて。

 道路に散らばる車を盾に身を隠しながら、遅くても走る。

 細い路地に入ると、格好の餌食となるから、小道は使えない。

 

「往生際の悪い……」

 

 男は走るルーナの背を睨む。

 それを追跡して迫り来る。

 男女差と体格差で圧倒的な走力差を見せつけ、距離はすぐに詰まる。

 しかも、障害物となる車を全て、素手で左右に押し退けて進んで来るのだ。

 

 大剣と言い、車を片手で押す様と言い、どんな怪力だ。

 

 脚が突然ふらつき、ルーナは地に手をついた。

 震える脚が告げる。

 もう限界だ。

 1分ほどは休まないと、もう走れない。

 そんなレベル。

 涙に紛れて、汗が噴き出る。

 

「なあ、あんたの仲間に剣士がいるだろ」

「い、ねぇのら」

「そいつの場所さえ吐けばこの場は見逃してやるよ」

「……だから、いねぇ、って……言ってるのら、よ……!」

 

 何が目的であやめを狙うのか、皆目見当もつかないが、どんな理由であれ、仲間は売れない。

 仲間を売ることと、仲間に託す事は、意味が違う。

 

 息も切れ切れで、ルーナは強く言い切った。

 もはや、これまでか……。

 脳裏をよぎる走馬灯。

 

 いやまだ!

 もう一度避けてみせる。

 また、逃げてみせる。

 闘えないけど、コイツをルーナが、ずっと引き受ければ!

 

「残念だ」

 

 大剣が振り下ろされる。

 予備動作なし。

 その時間、僅か1秒。

 さっきとは速度が違う。

 無理だ、反応できない。

 

 キキィン!

 

 …………。

 

 それは、紛れもなく、刃と刃が交わった音だった。

 だが、その音よりも、ルーナの耳に強く響いた音は、ただの風音。

 強く吹き付ける風の正体が分かった時、堪えていた涙が、形を変えて溢れて来た。

 

「余に、何か用?」

 

 男の大剣を二本の刀で受け止めているのは、男の求めたあやめ。

 紅く煌めく双眸が男の笑みを見上げた。

 

「ルーナ! 大丈夫か!」

 

 運転を放棄して、捕まえたルーナをスバルは案じた。

 見つけた、声の主を!

 

「しゅばっ!」

 

 スバルに抱き付いて、涙を拭うルーナを、スバルは自由にさせた。

 

「スバル、行って!」

「ああ、任せたぞ」

 

 スバルはあやめを置き去りに90度大きく旋回。

 事務所へとルーナを連れ帰る。

 

「ぁ……でも、あやめちゃ先輩が……」

「いいんだ! そのために来たんだから」

 

 あやめではなくスバルが答え、ルーナの憂慮を無視して車を進めた。

 ルーナの安堵と共に胸に押し寄せる感情。

 

 ……また、人に任せて逃げるのか。

 

 ルーナの涙とスバルの汗を散らして、車は上空を走り去っていった。

 

「待っていたぞ!」

 

 あやめの登場に歓喜し、笑みをこぼす男。

 一度後方に飛び、鋭い目つきで大剣を構えた。

 

「何で余を?」

 

 あやめの率直な疑問に男は不敵に笑う。

 

「俺たちに下った令は敵の抹殺。だが、ホロライブと言うチームの中に剣を扱う者はたったの1人だと知った」

「ふ〜ん……つまり剣士としての性、ってこと?」

「ああそうだ、俺と闘え鬼神剣士!」

 

 闘争心剥き出しで歯を光らせるその姿はまさに獣。

 大剣携え、鬼を撃つ気だ。

 

「…………」

 

 あやめはしばし無言でいた。

 どう、対処するか。

 

「俺はJ(ジャック)。能力は無、力を無に帰す能力だ」

 

 なんだ、急にネタを明かしやがって、余裕か?

 

「何のつもり?」

「俺の事を教えてやったんだ、ほら、掛かってこいよ」

 

 多少のハンデ、と言いたげだ。

 ……しかし、なんて能力だ。

 何も目にしてないが、恐らく怪物級の能力だ。

 だって、力を無に帰すって事は、傷付くことすら無いんじゃ……。

 

「余計に戦意喪失するよ、そんなこと言われたら」

 

 あやめは冷や汗を流す。

 剣のリーチも負けているし、身体能力も多分負けている。

 どう、突破しろと言うのか。

 

「言っただろ、俺はJ。上にQ、K、Aがいるんだ。俺はアイツらには敵わねぇんだよ、これがラストヒントだ」

 

 右腕の袖を軽く上げ、痣を見せると笑って腕をまた隠す。

 突破口の存在を意味するこの暴露。

 人間心理なら得意だけど、弱点模索は得意じゃない。

 

「……まあどっちみち、相手しないと逃げることすらできないんだろうから」

 

 一度納めた2本を抜刀。

 式神がそれぞれの刀に纏わりつき、侵入する。

 だが、相手への攻撃がほぼ通らないと推測できる今現在、本気を出すのはナンセンス。

 一先ず、出方を伺い、弱点や能力の穴を突く。

 これに限る。

 

「久々に手加減無しだ、鬼神剣士、お前も本気で殺しに来い!」

「ごめんけど、余はこの鬼神生、一度も人を殺した事ないんよ」

「そうかい、是非ともその一番になってみたいとこだな、無理だが」

 

 互いの牽制もそろそろお終い。

 

「大滝!」

 

 先攻はJ、卓越した剣撃にも目を見張るが、その巨体では想像できない速度が何よりも印象的だ。

 だが、あやめも刀を手にしてもう何百年と経つ。

 刀一本、斬撃一筋の動きを見切り、回避や受け止める事は造作もない。

 ここでは、背後に人を庇ってもいないので、躱す、を選択。

 あやめが地を蹴り左へ跳ぶと、元いた場所に大剣が叩きつけられた。

 地面が割れる音に合わせてコンクリートの破片が飛び散って来る。

 

「もう一丁!」

 

 簡単に体躯を90度回し、もう一度あやめに剣を叩きつけるが、また回避。

 それを数度行う。

 

「逃げんな!」

 

 Jは剣を交えないあやめに痺れを切らし始める。

 間近の車を蹴飛ばしてあやめに飛ばす。

 それすらも回避、したのだが、そこを突いてJが斬りかかる。

 

「闇凪!」

 

 ここで初めて剣が横振りになる。

 左右への回避より、後方への回避は難しい。

 高さ的に跳躍でも屈んでも命中する絶妙な高度。

 受けよう!

 

 カァッ!

 

 と、2本の刀を地と垂直向きで構えて受け止める。

 2本で受けたのに、音がほぼ一度で鳴った。

 それは、衝撃を2つの刀に見事分散させた事を指す。

 到底簡単に成せることではない。

 熟練の剣士の証だ。

 

 しかし、一撃が重い。

 上手く分散させてもなお、脚が後方へずれ込んでゆく。

 力量差で押される。

 やはり、強い。

 

「避けてばっかじゃ勝てない事くらい、分かってんだろ?」

 

 疲労蓄積はあまり望めない。

 それは承知だが、なんせ明かされた能力が……。

 

「……」

 

 あやめは眉を顰めた。

 不可解な点を発見してしまったのだ。

 車を軽々蹴飛ばせることから、能力自体は嘘ではないだろう。

 だが、それができるのなら、あやめが刀を受け止めた時その力を無に帰せばよかった。

 でもしなかった。

 数少ない剣士との闘いを愉しむためかと思ったが、それだと最初に言った「久々の手加減無し」が嘘になる。

 まだ本気とは思わないが、剣術以外の力を出し惜しみするとは思えない。

 

 まさか、剣は能力の対象外?

 いや、剣だけ、とはならないか。

 それだとむしろ高度な魔法だ。

 なら、何故?

 もしかすると、コイツに攻撃が通じない、と言う思考そのものが間違い?

 

 ……。

 

 刃がJを切れるか試して……。

 いや、待て待て、もっと考えろ。

 

 Jは肌に傷が殆ど見当たらない。

 さっきの瓦礫粉砕時の残骸の飛翔から、擦り傷ひとつなしは不自然。

 小さな傷一つのために避ける素振りなど微塵も見せていないのだから。

 つまり、そのダメージは一切受け付けていない。

 

 だが、腕には痣があった。

 本物の痣だ。

 しかも、あれは相当の衝撃だったと窺える。

 ……とすると、コイツの能力制限はまさか!

 

 早計かもしれないが、一度だけ解放してみようか。

 

「あんた、もしかして、強すぎる衝撃は防げない?」

 

 試せばバレる。

 覇気が駄々漏れるから、どうせ不意打ちもできない。

 折角だし聞くだけ聞いてみた。

 

「気づきが早いな、何故そうだと分かった?」

「ヒント」

「へえ、やるじゃねえの」

 

 Jが負ける相手が全員格上のメンバー。

 言ってしまえば当然だが、能力相性なども計算に入れると不自然だ。

 上3人には、能力支配下、もしくは純粋なパワーで負けているから勝てないのだ。

 イコール、強すぎる力には能力でも抗えない。

 だから、剣の混じり合いの際は力を消せなかった。

 二つの物質が反対方向から衝突した時の力は異常だ。

 

 なら、少なくともそれ以上の力で攻撃すれば、斬撃は通る。

 

「QもAもずりぃんだよな。バリアは物理学理論での力の反発じゃねえし、Aの奴はバカにならねえパワーでゴリ押してくるし……」

 

 参ったぜ、と言いたげな表情でハッ、と笑う。

 

「KはKで、腐敗とか言う力無関係のことして来やがる。まあ、パワーでも勝てないだろうけどな」

 

 裏を返せば、他の仲間には勝てる自信が十分にあるらしい。

 

 だが、それなら話は早い。

 力が有ればいい。

 

「分かったか? 俺と剣を交えるなら、本気でないとな」

 

 Jに切り傷が入るのは、Jの手に負えない力を放った時。

 一撃、斬り込んでみようか?

 余裕さから、効かない攻撃は敢えて受けそうだ。

 

 通常時の最大出力。

 

「一刀流・鬼門――」

 

 あやめの存在がまるで一瞬、消えた様だった。

 あやめの通り道に残されたのは、たった一筋、細身の斬撃の光。

 

「――開」

 

 刀から放たれた、光線の様な筋が弾ける様に散り、空気が断絶された。

 耳に響く納刀の音がJへの斬撃の到達を報せる。

 Jが動かないのは、意図的か。

 その斬撃は、まるで地獄の門を開く様に切り裂き、門が開く時、血飛沫が空を舞うはずである。

 しかし、J本体は無傷そのもの。

 ただの布切れが、はらはらと舞い落ちる、酷くもない、生温い光景。

 

「……あと一歩足りねぇな、残念ながら」

 

 Jが目を細めてあやめの背を睨んだ。

 残念、がまるで自分への言葉の様だった。

 またしても、傷一つ与えられない弱者で残念だ、と言う様に。

 

「みたいじゃから、仕方ないね……」

「お?」

 

 あやめは含み笑いを浮かべて、2つの愛刀を強く強く握り締めた。

 手のひらの感触。

 いつもより強く柄が手に食い込む。

 刀に、その中の式神に、心から語りかける。

 もう少し、闘いに付き合ってくれと。

 

「ほう、すげえなそりゃあ」

 

 Jの口角が思いっきり上がった。

 戦場の空気、つまり他人の闘志を目に、愉悦感を得ている。

 あやめの身体を纏う2色のオーラが、闘志だけでなく戦闘能力をも極端に上昇させてゆく。

 式神が刀を伝い、それを握るあやめに、加護を与えたのだ。

 

 鬼の加護。

 

 中でも特に卓越した、数少ない「鬼神」のみが扱える、究極の加護。

 その名も――

 

「鬼神の覇気」

 

 加護は授けものを指し、覇気は自身から放出する気力。

 本来授かるだけとなる加護を、鬼神特有の気魄と掛け合わせ全身に纏うことで発動できる力。

 加護でありながら、その鬼神の底から本能を解放する力。

 本能解放による変化は、純粋な身体能力の上昇と覇気を使用した攻撃。

 本来の人間程度が凌げる力ではないが、強靭な相手には有効的な力業。

 ただ一つの懸念点は、滅多に使わないこの覇気で身体が壊れないかどうか。

 無理矢理本能を解放するこの覇気は、当然使用者に多大な代償を与える。

 限界を感じても尚使用すれば、死へ至る。

 

(羅殺、阿修羅、こいつ倒すまで、ちょっと付き合ってよ)

 

 それぞれの刀に視線を送り、語りかけた。

 刀が、オーラを放出して想いに答える。

 

「気魄あるじゃねえか、愉しそうだ」

 

 Jは愉快に歯を見せた。

 直後に構え、臨戦態勢。

 

 剣士同士の、本気の戦いが――

 

「――っと……なんだ?」

 

 空から、何かが降ってきた。

 2人が、衝突しようとした時だ。

 Jの間近に偶然落下したそれ。

 Jはそれから嫌な気配を、あやめはそれから仲間の危機を感じた。

 

「まさか、ノエルちゃんの……!」

「なんだこの怖ぇメイスは……」

 

 Jはそのメイスを掴みじっと眺める。

 メイスの先端が持つ、魔力妨害効果を感じた様で、

 

「ハッ、こんなもん邪魔なだけだ」

「あっ!」

 

 と言って空高く遥か後方に適当に投げ飛ばしてしまう。

 天まで届きそうなほど高く、視認できないほど遠くへと。

 

「大方、あんたのお仲間がやられたんだろ。さて、早く俺を倒さねぇと、もっと悲惨なことになるかもな、お友達の当たりが悪ければ」

 

 敵の中でもバカと天才がいて、多少の人情がある者と無いものがいる。

 ノエルに何があったかは謎だが、天才且つ人情のない相手と合間見えたのなら、生きていられない。

 飛んできた方角は分かる、早々にこの難敵を処理し、向かわねば。

 

「んや、余たちが助けれるほど、ノエルちゃんは弱くないから」

「へえ、仲間への信頼には自信があるんだな」

「うん、助けに行く必要は、ないよ」

 

 言い聞かせるように、あやめは言った。

 

「の割に、自分に語る様なセリフだな、正直焦ってんじゃねえのか?」

「……さて、どうかな?」

 

 あやめはふっ、と笑って、誤魔化す。

 内心、焦燥感があるのは事実。

 だが、別に自分に言い聞かせているわけではない。

 

「じゃあ、始めるとするか!」

 

 大剣を構える。

 今度こそ、と。

 

「あ、一つだけ」

「なんだ?」

「こう見えて、卑怯な手、使うのも結構好きなんよ」

「好きにしな、やり方に文句はねえ、俺の能力だって言えば卑怯そのものだからな」

 

 あやめが卑怯な戦法?

 中々想像できないが。

 作戦だろう。

 

「ま、卑怯な手を使う暇もねえだろうさ」

 

 次の瞬間、2人の姿は目に追えぬ域に達した。

 

 

 





 作者でございます。

 さて、今回はお嬢の本能解放でした。
 鬼神の覇気。
 果たしてどれほどの強さなのでしょうか。
 それに、団長はどうしてしまったんでしょうか。

 因みに、私はストーリー展開を間違えたりしませんので。
 描く順番は前後していますが、時系列もきちんと存在しており、成り立つようになっていますが、細かい説明はまた機会があれば。

 あ、ころさんも3周年、めでてえなあ。

 それではまた次回。
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