「悪いけど、そこは通せんわ」
事務所、一般入口前に佇む危険因子の背後をとったぼたん。
ポケットに手を入れていつもの様に立つ。
危険因子は扉とぼたんに挟まれた状態となる。
「あちゃぁ、バレちゃったか」
へらっと笑いゆったりと後ろを向いた。
少年の様な無邪気な態度。
しかし、それとは裏腹な内心を感じる。
ぼたんは、人を見る目はある方だ。
「石でも取りに来たわけ?」
ぼたんより背が低いため、視線はやや下向き。
見下ろす様にぼたんは尋ねた。
「うーん、まあ、あったらいいかなーぐらいだったかな」
つまり、本来の目的は別途ある、と言うことか。
それは恐らく、メンバーに手を出す事だろう。
なら尚の事、侵入を防がなければ。
「でもさー、通さないって言っても、その位置から止められる?」
「できるかもよ?」
ぼたんが動けば敵も動く。
当たり前だ。
そうすれば侵入は防げないだろう。
何故なら少年の方が扉に近いから。
「それに、どうせあたしも標的のうちでしょ? 折角の獲物、逃すの?」
勿論、少年が事務所へ入ろうものなら追うが、逃げることも可能。
ただの口論。
まずは相手の心を揺さぶり、こちら側に少しでも有利な状況を展開すること。
FPSで言うとこの、陣取りだ。
まだ、物資補給すらしてないが。
因みにこの場合の物資は、こちらの戦力と相手方の情報にあたる。
「逃げる気があったら、ワザワザぼくの前に飛び降りないでしょ? でもまあ口車に乗る感じで、相手してあげてもいいよ」
上から目線。
まあ実際、戦力的には間違いなく相手が上、こちらが下。
格差を考えると、一人での対面は良くない。
しかし、わためが石を持っていたからそのまま付いて来られると不味かった。
だから引っ込めた。
ここで軽く騒動が起これば、察知して逃げるか隠すかするだろう。
……仲間想いな面を考慮すれば、隠して戦闘に参加、と言ったところか。
「んじゃそうしてもらおうかな」
ぼたんはポケットから片手を出した。
近くの丁度いいサイズの石を拾い上げる。
ゲームと違って銃撃無双も拳で無双も出来ないのが少し残念。
ライオンの獣人と言えど、腕力は然程。
投げ物もパンチもキックも、大した威力にはならない。
一撃で沈められない以上、長期的な目で戦略を練ろう。
「10秒で終わらせてあげるよ。尤も、君には1秒にも感じられないだろうけど」
ぼたんが身構えた瞬間、
時間が停まった。
ぼたんだけが停止し、動けない上に、本人にはその意識がない。
そんなぼたんを見て薄ら笑いを浮かべながら、少年は短刀を抜き取る。
動けない相手を付け狙う最低ながら、抜け目ない暗殺法。
これこそ彼の恐怖すら覚えれない、恐怖の能力。
「……っ!」
少年が、振り翳したナイフを振り下ろす直前に能力を解除。
ぼたんにとっては刹那、少年が目前に瞬間移動したと誤認できる。
ゲームセンスと共に磨いた瞬発力で緊急回避。
髪と頰にナイフを掠らせつつもギリギリ右手にステップを踏んだ。
「瞬間移動……」
ぼたんはそう口にした。
少年は笑みを絶やすことなくナイフを手の内で回した。
「そうそう、瞬間移動だよ」
嘘だ。
だが、ぼたんはそれを見抜けない。
人は自分の目を信じやすい。
自分の目で見たものを肯定されれば、それが真実だと確信する。
「お気をつけー」
また、ぼたんの時間が停止。
今度は回避されぬように背後に回りナイフの先端を心臓あたりに突き立てに行く。
「……っ!」
タイムスタートの瞬間、ぼたんは右斜め前方に半回転しながら跳んだ。
見事に短刀の刺突をも回避。
「すごーい」
背後からの一撃をも避けたぼたんに素直に感嘆する。
回避成功者は初……ではなさそうだが、希少なのかもしれない。
「一回避けられたら、背後取るでしょ普通。しかもあたしより断然強いから一々相手の動きを読もうとしてない」
戦場での敵の動きからの行動予測。
消えた瞬間、次は賭けでその行動に出ると決めていた。
一瞬でも敵と自分を見失えば、終わりだ。
「でも、もう読めないんじゃない?」
「さて、どうかな」
今ので動き方は決まった。
攻撃する隙こそ得られないが、避けるだけなら直感でなんとか。
目の前から消えた瞬間、前方へ。
目の前に現れた瞬間、後方へ。
選択は基本このどちらか、なのだが……。
二連続で瞬間的に移動されると、流石に避けきれない。
頬から垂れる血筋を少しなぞった。
指に血が滲んだ。
「じゃあ、いい?」
また、停まった。
ぼたんの滴りかけた僅かな血すらも固まっている。
「ドドドドドドドドドッ!」
ぼたんにナイフを向けて走り出す少年の背後から、物凄い勢いで走り迫るものが現れた。
事務所出入り口より飛び出すのは、角巻わため。
能力、突進。
角を突き刺す勢いで、つのドリルを決める勢いで、少年への頭突きを狙う。
だが、避けられた。
全力でないにしても、相当の速度。
少年も、かなりの瞬発力があると窺える。
わためは急いで、ぼたんと二人で少年を挟む位置に立つ。
少年の回避により、ぼたんの束縛も剥がれた。
「わため、やっぱ来たね」
「当たり前だよ」
中央に少年を置いて、二人は一瞥して一瞬だけ視線を交差させた。
「ぼたんちゃん、この人は時間を止めるみたいだよ、気をつけて」
「……ありがと」
「ありゃりゃー、バレちゃったかー」
わためを見て、愉快に笑う。
「ぼたんちゃん、多分……」
わための言葉と共に、わための全てが停止した。
ぼたんはその光景を前に、能力が時間停止であると確信。
「いやだなー、変なこと吹き込まれちゃーさー」
わためが得た情報をぼたんに共有させないためだ。
ナイフを持ってわために襲いかかる。
「なるほどね」
「痛っ!」
ぼたんも、少年の能力の制限を読み解いた。
走る少年に、ずっと手にしていた石を投げつけて動作を妨害した。
「止めるならどっちかでしょ? ならあたし止めた方がいいよ。あたしこれでも、百発百中狙えるから」
肩にぶつけた石。
今度は後頭部だって容赦なく投げつけよう。
その脅迫で少年を無闇にわために近付けさせない。
「……この人……!」
わための封印が解かれ、さっきの言葉の続きが出かけるが、少し自分に接近している少年に警戒して言葉を止めた。
「いいよ、あたしも気づいたから」
ぼたんはわために先を促さない。
「それより、おまえもさ、コードとかあるんじゃないの?」
「うん? ああ、ネームね、あるよー、知りたい?」
ぼたんは中央エレベーターで遭遇した男がレッドというネームを持っていると本人から聞いた。
ならば、敵はそれぞれにコードネームがあり、それにより格差を示していると推測した。
そして、どうやら予想は的中。
そのコードで、敵の裁量を測れるかもしれない。
「まあ、あたしらがどれだけ格上の人を倒すのかくらい知りたいから」
「挑発うまいね、ぼくじゃないと怒ってるかも」
案外精神状態が安定している。
レッドは明らかに頭が悪そうだったが、こいつは寧ろ頭がキレる方だ。
「ぼくはね、ジョーカー。特殊コードだから選定理由は純粋な強さじゃないんだー。でも、結構強いから安心してねー」
何故か持っていたトランプのジョーカーのカードをぼたんに見せつけた。
少しだけ配色の違う2種類のジョーカーを。
「因みに、ぼくはこっちのカード。まあ、ジョーカーMってとこかな?」
白黒で染色の少ないカードを前へ突き出して、カラフルなカードはポケットへ閉まった。
その行為が指すこと、それはジョーカーはもう一人存在するという事。
しかし、敵が他にいることは承知の上。
それの名前がわかったところで、戦況にも心情にも何も変化はない。
「自慢しにくい立ち位置。でもまあ、あたしたちの手柄になるし。実の所あんまし手柄とか興味ないけど」
「ぼくは大好きだよ、手柄とか実績とか。それで評価される世界だから」
一般社会ではそれが普通だ。
だが、ホロライブはアイドルでエンタテイナー。
どうやって人を楽しませるか、そこに尽きる。
「ま、リアルな戦場を愉しむほど、心は壊れてないからね」
ぼたんの目が、わための目が、キリッと整う。
先手を打つは獅白ぼたん。
手に持つ石をジョーカーM(以後Mと略す)の顔面狙って投函した。
真っ直ぐにMへと向かう石。
Mはその石を一瞬だけ止めて軽やかなステップで回避。
再び運動を始めた石はそのまま真っ直ぐ進む……でなく、突如カーブを描き目標を外そうとしない。
これぞ、ゲーム外でも百発百中を実現したぼたんの能力……捕捉。
標的を一つに絞り、その標的は絶対に見逃さず、絶対に攻撃を外さない。
まさに、スナイパーのような能力。
折角の能力でもひとつだけ、銃がまともに使えないのが残念だ。
「危ないなー」
Mはその投石をナイフで弾いた。
すると、石は追跡能力を失い、地に落ちた。
絶対追跡能力は、何かにぶつかる事で効果を一度失う。
ぼたんはその一瞬の隙をついてMに物理的攻撃を仕掛ける。
追跡能力は基本的に直接攻撃でも変わらない。
ただ、避けられなければ空ぶらない、それだけだが。
急接近するぼたんを見て少し口元を緩めるM。
背筋に悪寒が走った。
が、突っ込んだ。
「ぼたんちゃん、こっち来ちゃダメ!」
わためがぼたんに叫んだ。
ぼたんの蹴りがMに命中しかけ、外す。
躱された。
その回避行動でMは正面にわためとぼたんを捉える。
刹那……時が停まる。
足を上げたぼたんがそのまま、駆け出し始めたわためがそのまま。
Mは「視界から二人を外さぬように」ぼたんの右手に立ちナイフを振り下ろす。
時間が再び、動き出し……
「ダメっ!」
「わ、ため……!」
ぼたんは突進してきたわために飛ばされて無理矢理避けれたが、わためは。
ナイフは刺さっていなかった。
ナイフは丁度わためのマントを突き刺し引き裂いていた。
しかし、それで足が絡まりわためは前方へ大きく転倒。
何度か地面を転がり、露出した肌部分と服全体に土汚れが着く。
更に、脚や腕から多少の出血、そして片足の捻挫。
「わため!」
「来ちゃダメ!」
救助に向かおうと一歩出たぼたんをまたわためが静止させる。
そして、立てないまま極力二人がMの視界に一度に入らないよう、地面を転がる。
その途中で、わための時間が止まる。
「本当に凄いなー、同じ人を3回も切り損ねたのは本当に久しぶりだー」
Mが止まったわためを見つめつつ、てくてくとその周りを歩く。
ぼたんはわための言葉を咄嗟に頭に浮かべ、物陰に隠れた。
俊敏な動きで身を隠し、石を拾う。
ナイフをわために突き立てる判断をMも一旦中止。
「さすがにバレちゃったかなー?」
わための発言とMの行動の不可解さ、これらが示す答え。
「あたしの考えが甘すぎだった……」
「そうだよねー。だからぼくもうまーく利用させてもらったよ」
ぼたんが一人しか停止できないと判断した、それを否定も肯定もせず、Mは手のひらでうまく転がした。
意図的に接近するように仕向け、二人をまとめて停めることにより確実に一人を仕留める。
まあ、見事に仕留め損ねたが。
「でも、これで今度こそあたしたちのもの。見なきゃ止められないなら、見えないとこから狙撃する」
物陰から一つの石がカーブを描きMの顔面目掛けて飛んできた。
ナイフで弾くM。
「わためから離れな」
ぼたんが声で圧をかけながら婉曲的な忠告をする。
「どっちにしろぼくに石とか投げるんでしょ? 離れるだけ無駄だよねー」
本当に、戦い慣れしている、そんな思考だ。
わためから離れることによる利点が、Mには一切ないどころか、不利点しかない。
でも、その言葉が聞ければもう、ただ単に猛攻すればいい。
幾つも石を拾っては投げ、拾っては投げと繰り返す。
軌道を上手く変えても見事にナイフで弾かれるが、わためを攻撃する余裕は無くなる。
Mの時間停止により、止まったものには一切の被害がないこともぼたんは見抜いている。
わためにいくら石が当たってしまおうとも、心は痛むが実際に害はない。
「……ん?」
突然、Mがぼたんの方へ走って来た。
チラッと一瞬、バレないように顔を覗かせるとわためから目を離してぼたんの方へ迫ってくる。
「は! ぼたんちゃん!」
「わため、逃げろ!」
わためは、へ?と何も分からず声だけを漏らす。
ダメだ、反応できてない。
ぼたんは石を投げる。
それは向かい来るMを通り過ぎてわための頭上、今にもわために突き刺さりそうに落下していたナイフに直撃し何とか被害を抑える。
しかし、物陰に隠れているためMの位置がわからない。
一度ターゲットを「ナイフ」に固定すると、前のターゲットであった「M」はたちまち能力の中から外れる。
今はナイフの位置こそ目視するまでもなく分かるが、Mの位置が全く読めない。
咄嗟に別の場所へ移動した。
Mには見つからなかった。
しかし、Mも何処かへと消えている。
「わため、ちょこ先生のとこへ!」
ぼたんは一度だけ声を出し、また場所移動。
わためは、そんな事できない、そんな感情を胸に歯軋りする。
「でも!」
反論できないのに反抗するわため。
戦場での感情論は、危険すぎるが、彼女たちが仲間を見捨てることはない。
「そんな足じゃ無理! それと、あたしにあんま声出させないで!」
ぼたんは別の理由をつけて有無を言わせなくする。
わためが指示を拒めば、ぼたんはMにまた場所を特定される。
声を出せば当然、そこにいるとバレるのだから。
互いにどこにいるのか分からない状況。
わためにとっては苦渋の決断だっただろう。
Mの意識がぼたんに逸れている隙に、事務所内へ戻ろう。
そんな時、
「え、ぼたんちゃ……」
無防備にも事務所入り口前の広場にまた、姿を現した。
まるで、Mに警戒する素振りなく。
普段のように、ポケットに手を突っ込み、わためを見る。
目が、笑っていた。
「わため、早く戻りな」
「う、うん……」
二人を捕らえるには絶好のチャンス。
にも関わらず、Mはまだ姿すら見せない。
わためには、何がどうなっているのかさっぱりだった。
「あーもう!」
急な怒声と共にMが飛び出す。
わためとぼたんの距離ある間へ割り込む。
わためも振り返り、一度足を止めた。
少し、いや、かなり右足の捻挫が痛い。
「どう? あたしの作戦」
「……じゃあ、もしかして」
Mもぼたんの行動の真意をついに読み解く。
「おまえ結構キレるからさ、あたしが無策に自分を危険に晒すとは思わなかったでしょ? でも残念ながらそれが作戦。わざと身を晒せばおまえは警戒して迂闊に時間を止めたり飛び出したりしない」
切れ者であることを逆手にとるまさかの策。
これこそぼたんの計略脳。
人を欺く戦法。
「わため、もう戻っていいよ。またコイツにターゲット切替できたし、それに……」
ぼたんにとって左から右へと風が吹き抜けた。
策がない、と言った。
だが、少し違う。
自分が無策に飛び出し、意識は全て自分に注がれる。
そうすれば、接近する他の存在に気が付きにくい。
ぼたんは、その仲間にいち早く気付き、この作戦に出た。
もう、時間稼ぎは充分。
「どうやら……選手交代!」
右手を上げて、右側を大きく指した。
援軍が来る。
それを二人に示すために。
二人は咄嗟にその方向を見るが、人影も何もない。
「……っ!」
Mは背後から迫り来る危険を察知して振り返る。
すると目前にスポーツカーが!
反射でそれの動きを止める。
そこにぼたんの投石。
見事に額に命中。
血が流れ始めた。
視界が眩み、下を向くと車は再び動き始めるが、Mはその進路上から外れていたため空を突っ切る。
「外した⁉︎」
「瞬間移動したのら!」
空から走り来るスポーツカー、そう。
そう、そうだ、それは、スバルーナ。
「ルーナたん! スバル先輩!」
わためが目元に涙を浮かべて空を駆ける二人を、車を見上げた。
Mもその車に釘付けだ。
ぼたんはその隙にわために駆け寄る。
「早く治療してもらって来て。窓から、戦況は観れるでしょ」
つまり、治療室からタイミングを見ていろ、という事。
「ほら、このメンツだから」
わためのお陰でぼたんは救われた。
だが、今のわためでは足手纏いになる。
治療さえ済めば、また戦線復帰できるのだから。
「暴走車なんて、危ないなー。本当に」
ぼたんがいる手前、迂闊に車を停められずただ観ているだけのM。
愚痴を漏らしてぼたんとわためを見る。
わためはゆっくりとながら、事務所へ姿を消してゆく。
「どう? やるでしょ?」
「うん、本当に凄い」
地面に降りた車はそこでブレーキをかけ始め、砂埃を上げて停止する。
「大丈夫か、ぼたんちゃん!」
「はい、ありがとうございます」
車を降り、Mを挟んで合図を取る。
ルーナも助手席から降りる。
「ありがとうついでに、手伝ってもらってもいいっすか?」
二人の目を見て、ぼたんは軽く笑った。
いつもの、ゲームをしているような表情がある。
「おう!」
「んなああい!」
選手が交代。
そして、そのメンバー、スバル、ルーナ、ぼたんの3名。
事務所防衛戦、後半戦、開幕だ。
作者です。
さて、今回の敵はジョーカーでした。
この辺りまで敵が公開されたので、一応敵の強さランクでも記しときます。
誰がどのランク帯と戦うのか、是非知ってください。
次に記す者が強い順です。
勿論、能力間の相性は無視してます。
A、トランプ、K、Q、J、ジョーカーC=ジョーカーM、♤=♡=♧=♢、ノーカード、レッド=ブラック。
こんなとこですね。
トランプは少し例外ですが。
それではまた次回。
あ、startendにまつりちゃん、お疲れ様!
かっこよかった。