空を飛ぶのに箒は使い勝手がいい。
箒は複数人で乗れる上に、魔法制御が行いやすいためである。
黒魔術では特に、動力源が自身の血である事から、魔力消費は少ない方が効率よく、負荷も少ないため、よく使用される。
逆に自然魔術では、自然から力を得るため、風を上手く使って物を必要とせずに空を飛べる。
一つの条件として、多少の風が必要だが、風のない場所は少ない。
さて、どんな策があるのか、事務所を出て箒で空を飛ぶあくしお。
狙いを知るのは、シオンただ一人。
心配でついて来たあくあだが、シオンには指示には必ず従うように念を押されている。
危険が迫っていると察知しているのだ。
「……」
無言で風を薙ぎ、ただ北西へと向かう。
「あくあ、この先に洞窟があるの知ってるでしょ?」
ふと、シオンが口にした。
「え、うん、知ってるよ。天然の洞窟でしょ?」
「そう、その洞窟に行って『……』してほしんだけど」
「……分かった」
あくあは指示に従うという約束を守り、訳も聞かずに了承した。
でも、何故ここで?
着いてから言えばいいのに。
「帽子、被って」
もう一つ、シオンは指示を出す。
あくあに新たにプレゼントした陰キャップ。
以前の物と全く同じで、しかし安全性は確保された新品。
それをあくあは深く被る。
普段、目線を隠すように。
たちまち消えるあくあ。
正確には、全ての人間の意識から外れた、だが、大差はない。
「じゃあ、任せたよ」
「え……?」
シオンはそこで箒を乗り捨てた。
見えないあくあを乗せた箒は、真っ直ぐに洞窟へ飛んでゆく。
シオンは華麗に見知らぬ店の屋根瓦に舞い降りると、後方を向いて何かを待つ。
「私を待っているという解釈で、間違いないかな?」
正面にある屋根瓦。
その一部影になっている部分から一人の男性が生えるように現れた。
「やっぱ、あん時の自然魔術師」
シオンは一目見て、いや、事務所にいる時から感じたコイツの存在感から以前、剣士と事務所を狙った共犯者だと判断できた。
「私もよくよく憶えています。中々いいバリアを張る魔術師がいた物だと、感銘を受けた物ですから」
剣士を連れ去る際、易々とバリアを割ったくせして何を言うか。
「箒には、もう一人乗っていたようですが、逃すので?」
見えなくとも、上級魔術師ともなれば、ある程度の存在は把握できる。
シオンがこの男を察知したのも同じ。
逆に、シオンやこの男が本気で人を隠そうとすれば、中々見つけられない。
「まあ、見えないってのは割と脅威になるからさ。オマエくらいでしょ、そっちのメンバーの中であくあの場所特定できるの」
「気付かないふりですか? 私が存在感知できるのは風の流れの不自然さからです。遠くまで行かれては、もはや何処にいるのかさっぱりですよ」
何を根拠に気付いていると判断したのやら。
まあ、事実だが。
「言う必要あった? それ」
「ま、ないですね。強いて意味を取り上げるなら、私はあなたの思惑を見抜いていると自負したいだけです」
「子どもじゃーん」
「子どもの心は大切ですよ、大人になっても」
「ごめーん、本物の子どもには分からんわ」
「分かれとは言ってません、安心してください」
「別に焦ってないしー」
「落ち着いてるとも思えませんがね」
無駄とも言える煽り合い。
「さて、準備は整ったようですね」
「そっちはもういいわけ?」
無駄ではない。
互いに、準備をしていたらしい。
「ええ、十分に」
「じゃあ遠慮なく」
シオンの目の前から、男の目の前から、互いに向けて炸裂する強力な砲撃魔法。
シオンのダーク寄りな色合いの魔法に対し、男の魔法は頭の中に自然を彷彿とさせる緑や蒼に近いライトな色だ。
その相反する魔法が衝突し合い、弾けながら衝突面を移動させていく。
威力はどうやらシオンが上。
次第に男の魔法が押されて、男の方へ漆黒の魔法が迫る。
唯々諾々と攻撃を喰らうはずもなく、男は屋根の影の中へ消える。
男の砲撃魔法は消滅して、支えの外れたシオンの魔法が高威力で空を貫いていった。
「いやいや流石です。真っ向勝負ではやはり、威力劣るので敵いません」
自分の血を対価に魔法を発動する黒魔術はその分、効果が強力だ。
逆に自然環境から魔力を生成し、無尽蔵に使用できる自然魔術はその分効果は普通程度。
黒魔術対自然魔術での正面衝突は確実に黒魔術に軍配が挙がる。
勿論、黒魔術は血を対価にする分、体力の消耗は早い方であるし複雑な魔法式を組むと一度に消費するエネルギーも増え、早めに限界を迎える。
逆に自然魔術は、効果や威力こそ高くは望めないものの複雑な式の構築も簡単で、様々な魔法の応用が可能だ。
簡潔に纏めるなら、黒魔術は効力と威力、自然魔術は持久力と技術力、となるだろう。
数少ない例外は、この広い世界に一人や二人存在してもおかしくはないが。
「面白いこと教えてあげる」
影に消えたはずの男は背後にいた。
その背後に向かって声をかけるシオン。
「ほう、面白い、とは?」
魔術関連の新情報なら、同じ魔術師として欲しい資源だろう。
「シオンさ、実は独学の末に黒魔術で魔力を無限化する方法を見つけたんだよね」
「魔力の無限化? もしそれができたとしても、あなたの身体が保つとは思いませんが」
血を対価に魔力を生成。
魔力を無限化。
どう考えても両立できない。
魔力を無限がするとはつまり、血を無限化すると同義。
レバーでも食いまくるのか?
「血で魔力を生成せずに、錬金術式で、血から血を生成すれば血は無限化できる」
「いや、それは不可能なはずです。血を対価に血を生成する際、対価となる血の方が圧倒的に量が多い。生成量が消費量より少なくては意味がない」
いよいよ理解が及ばない域まで達し、男は頭を抱える。
そもそも、黒魔術で魔力が無限化できたら、そいつは世界最強になれる。
「そう、だからシオンが構築できたのはその理論まで。血を生成するとこまでは行けたけど、まだプラスにならない」
「でしょうね……となりますと、面白い話はお終いですか?」
「いや、こっからこっから」
シオンは時間を稼ぐように話を続ける。
「血から血を生成するにはどれだけ魔術適性が高い人でもほぼ不可能。なら血を奪えないか考えてみた」
「血を、奪う……」
「そう、たとえば、欲しくもないけど今ここでオマエの血を対価に魔法が撃てたら、強力だと思わない?」
「それこそ馬鹿げた話、机上の空論です。自身の血を対価に魔法を放つのが黒魔術ですよ」
腹を抱えて笑いそうな気分を抑える男。
「なら、オマエの血をシオンの血に変換できたら?」
「なるほど、発想は面白い、確かに面白い話です。が、まず第一に、どうやって私から血を奪いますか? 傷口から血を吸ったとしても、垂れた少量の血を掬ったとしても、到底足りるとは思えません。手元にない血を錬金できるほどの実力者もまずいません」
長々と無理である証拠を突き付ける。
「魔術は科学と似て非なる物。似た部分とはつまり、魔術師と科学者の探究心のこと」
魔術と科学の大きな違いは、論理的に説明や証明、帰納演繹の関係があるかないかだ。
それを除けば、全くと言って同じ物。
尽きぬ疑問と尽きてはならない探究心。
謎を解き明かし、新たな魔法を開発していくのだ。
「そうですね、まさにその通りです。いえ何、私も有りますよ、永遠に尽きぬ自然への理解欲」
同業者としてあってはならない発言だったと、男性は一度頭を下げた。
彼にも、自身の魔法を強化しようとする探究心はまだ、あるらしい。
「シオンは黒魔術で特殊能力分野に手を出した。特殊能力を人に与える事自体は単純だったけど、使用者の適正に強く影響するから中々実用的じゃなかった」
だが今現在、多くのメンバーが特殊能力を使いこなしている。
しかも、まるで体力の消耗を感じない。
「だから、能力を物質に埋め込む事で無駄な魔力消費を抑えるって言う方法を試してみた」
あくあの陰キャップとマリンの錨のペンダントだ。
メンバー内では何故か比較的に魔力適正の高い二人に持たせて、実験してみた。
当然のことながら、最悪の場合被害は自分が肩代わりできるようには仕掛けてあった。
「結果として、魔力の消費を最小限に抑えれたけど、少しでもエネルギーの乱れが生じると魔力が暴走してしまうことも分かった」
マリンがあの時意識を失ったのは、感情の昂りに合わせて魔力も暴発してしまったためである。
「まあ、本来なら身を削る物ですからね。寧ろそれでも安価だったと思えます」
男の評価にシオンも同意する。
「そして試行錯誤の末に今回採用したのが、人体に能力を埋め込む方法」
「人体に埋め込む……」
イマイチ言葉の意味を、と言うか、その方法をイメージできないようだ。
それもそう。
人が能力を持つ、それが普通。
人体に能力を埋め込むと言えば、人に能力を与える……だと思うからだ。
「オマエたちは多分、オマエの魔術で一時的に与えられた能力を使ってる、そうでしょ?」
「まあ、そうですね。術者は一応私ですが、この裏空間こそが私たちの動力源です。仮に私を倒そうとも、能力は切れませんよ、ここにいる限り」
自然魔術らしく、空間内での使用制限。
自然魔術は環境が全て。
「でも、シオンたちのメンバーは、能力が自分の体の一部と化してる」
「ば、バカなことを!」
「そう、もう能力を剥がす事はできない……今のところは」
「今のところ……? いや、そこではなく、自身で魔力の制御ができない彼女たちにそのタネを植え付けたら、永遠に魔力を吸われ、いずれ力尽きる。死へ至る!」
魔力適正のある人ならともかく、そうでもない人は永遠に魔力、即ち血を吸い続けられ、やがて死に至る。
どう考えたって、生物機能の血の生成よりも、吸引による血の消費の方が早い。
「本人にできないなら、『わたし』がするまで」
シオンが亜空間から一冊の本を取り出す。
相当分厚い本。
表紙には魔術語で短く綴られている。
「あくあ」と。
「ま、まさか……メンバー全員分の制御書を書き上げたと言うのですか……」
「そう、現在いるシオンと他二人以外のホロライブメンバー各一人用に一冊ずつ。能力を開花させた人のは当然、まだ開花していない人の分まで」
直訳するなら、全員の魔力というガスの元栓を閉める役をその各本が行う。
そして、その本はシオンが所持し、制御する。
シオンへの負荷は莫大に思えるかもしれない。
だが、コンピューターのようだと考えるとそうでもない。
各本に制御方法や手順がプログラミングされており、そこに「開ける」か「閉める」の指示を行うだけ。
プログラム自体は夜な夜な本を作る際に、各本に仕込んでいた。
二つのどちらかの指示を出す程度、大魔術師のシオンにとっては赤子の手を捻るよりも容易い事。
どこに本があろうと、その本から波動を感じられる。
その波動に合わせて、指示を出す。
造作もない事だ。
「……いや、いやいや、おかしいですよそれは」
到底理解できない点を発見した。
「それだと、あなたが私に負けた時、あなた方は全滅です。いえ、私に限らず、この先あなたを狙う者は必ず出てきます。その時、あなたが死ぬだけで、他の全員が、道連れになるんですよ?」
そんな何十人もの命を預かるなんて、常識ではまずできない。
自分の腕に自信があったとしても、できない。
「その時の手はもう、打ってある」
詳細は明かさないがそう断言する。
ハッタリには、見えなかった。
「……こんな子どもが、なんて大それた事を」
発想や想像の問題ではなく、行動力の問題。
そうそうできた物ではない。
「天晴れです。この私、自然魔術最強の使い手と言われる「切り札」も舌を巻くほどです」
「切り札?」
自身の呼称名に首を傾げるシオン。
自分を切り札と称するのは、いやてか、自分で最強って言った?
「ああ、コードネームです。私なしでは能力が得られませんのでね、我がチームは」
「なら切り札じゃなくて、それこそアンタがAの方が似合うのに」
「何故……いや、そうですね、疑問に答えましょう。切り札とは、こうも言うんですよ……『トランプ』とも」
要するに、切り札=トランプ。
トランプは彼らのコードの元となったカードゲームそのもの。
トランプあっての各コード、というわけか。
この男、トランプがいてこそのチームという訳だ。
「大層な肩書きだね」
「ええ、その名に恥じぬ功績を上げようと思います。今ここであなたを倒して」
トランプは自然魔術を発動し始める。
そろそろ、対話も終了。
対話の後は対戦。
「何? やる気じゃん」
「当然。その為に追っていたのですから。ここから逃げるなどできません」
来る!
「じゃあシオンが逃げるわ」
「は?」
「バイバーい」
「ちょっ!」
シオンは話すだけ話すと、再び洞窟に向かって逃走を図る。
トランプは準備していた魔砲を放つが回避した。
急いで風を使って自身を飛ばしてシオンを追う。
自然魔術の最強だって?
冗談じゃない。
そんな奴と真っ向勝負だなんてできるか。
シオンは、強いが万能でない。
だから、これから招待しよう。
シオンが勝つための、ステージへ。