歌姫伝承〜ホロの異能大戦ストーリー〜   作:炎駒枸

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57話 魔法と塩水

 

 シオンが招待した場所とは、国の北西にある天然の巨大洞窟。

 魔術師の気配を感じた時点で、ここに来る事を決めた。

 理由は攻防による被害を抑えるため。

 仮初の世界でも、仲間は本物。

 流れ弾ならぬ流れ魔法が味方に命中する可能性を否定しきれない。

 ほかのメンバーや他の敵がどうかは分からないが、シオンとこいつの魔法だけは超遠距離まで攻撃が届いてしまうから。

 

 洞窟という閉ざされた空間に入ることによって、敵も味方も強力な魔法を撃てなくなる。

 誤算があるとすれば、それはトランプが自然魔術者だったことだ。

 

「逃げ込んだ場所がこことは……何か策でも?」

 

 自分に圧倒的有利なステージを見てトランプはシオンの真意を問う。

 狭い環境では、技術型の自然魔術が有利。

 ここが天然の洞窟、つまり自然の中であることも加味するとシオンは圧倒的不利。

 わざわざ呼び寄せる場ではない。

 懐疑的になるのも当然だった。

 

「誰に被弾するかわからない場所で、本気は出せないからね」

「仲間への信頼が足りないのでは?」

「いやいや、仲間は信じてるけど、シオンが強すぎるからさー」

 

 トランプはどうやら、仲間に被弾しそうでも、勝手に避けてくれると考えているようだ。

 敵はそうでも、正直ホロメン全員が可能かと問われると大半は無理だろう。

 ある意味その点では、流石に信頼できない。

 

「その為に自分の身を削るとは、本当に変わっていますね」

「そう? 普通でしょ」

「仲間のため、確かにそれは普通ですが、本と言いこの戦場と言い、少々手が凝りすぎです」

 

 それがシオンの強さだと言えば、聞こえはいいだろう。

 

「シオンは女神みたいに優しいから」

「真面に答える気はないと」

「そういう事」

 

 シオンが軽く砲撃した。

 すると地面が突き上げて砲撃を凌がれた。

 

「分かりますか? ここは風こそ有りませんが、天然の大地、すなわち岩石。そして天然の池」

 

 洞窟全体を見渡し、その岩肌や大きな水溜まりを我が物のように誇る。

 支配下であるとは、実質我が物なので、違いはない。

 

「天然で有りながら、人が入れるように明かりだけは灯されている。なので影も豊富に有ります」

 

 影や光もまた自然魔術の制御対象。

 水に岩に影。

 危険も危険。

 超危険。

 

「では」

 

 天井から岩石が降ってくる。

 純粋に崩壊が起きているようで、地面が微かに揺れていた。

 だが、落ちてくる岩石は全てシオンを狙っており、落下地点が集中している。

 避けて、砕いて、灰にして。

 反撃の魔砲。

 

 テキトーにあしらわれた。

 

「影の手」

 

 シオンの背後にあるシオン本人の影。

 それが立体感を帯びて、この次元に生えてきた。

 その真っ黒のシオンの影がシオンの両腕を掴んで赫く笑う。

 陰に腕力は無い。

 それなのに絶対に振り解けない握力以上の力を感じる。

 どうにも振り払えない。

 また岩石がシオンに押し寄せた。

 避けようが無い。

 

 なわけあるか。

 

 掴まれた両腕から自分の血を媒介にした黒魔術の魔力を陰に流し込む。

 決して融合しない自然の魔力と黒の魔力が一点で重なることによって互いの魔力が破壊される。

 よって、影が影へと帰る。

 

 すぐ様両手を岩石に翳す。

 

「零」

 

 バリアのような見えない壁が張られ、岩石がそこに衝突。

 粉々に砕けた。

 木っ端微塵の塵どもが側の水に浮かんで沈んだ。

 

 シオンの足下、至って普通の地面から突如岩が突き上げる。

 下から生える鍾乳石のように。

 身体が持っていかれる。

 そのまま突き上がり、天井と挟む気だ。

 潰れる前に、シオンはその岩肌に手を当て魔砲を打ち込むと、シオンを抱えていた部分が取れてシオン諸共地に落下。

 その筈が、地が陥没して下に落ちきれない。

 穴に落ちれば生き埋めになる。

 真横に風力の強い空砲のような魔砲を放って落下予測地点を変更、痛いけどなんとか元の地に落下。

 

 強襲はやまない。

 

 影から大量の手が生えてシオンを掴む。

 脚、腕、肩、頭。

 あらゆる部位をがっちりと掴み、影の中に引き摺り込む勢いで壁へと引きつけて押さえ付ける。

 量が多く、先のように魔力を流してもすぐに捕まれる。

 体の全部位から魔力を一気に流す事はできない。

 

 正面から大量の岩石が迫る。

 こうなれば流石にバリアを張る。

 目前で岩石が弾けていくが、シオンは何一つ顔色を変えない。

 急いで右手だけに魔力を込めて影を解く。

 次の影に掴まれる前に壁を叩いて強い衝撃を与え、背後の壁を破壊。

 よって影の位置が数秒だけ定まらず、不規則な動きで揺らめきシオンを手放した。

 その隙に影から距離を取る。

 

 シオンの息切れが洞窟内で共鳴している。

 

「うわっ!」

 

 背後から片足を引かれ、シオンは転倒した。

 そのまま引き摺られて水の中へ誘われる。

 脚に魔力を流して破壊し、池の側で一度止まるが突如淵が崩れて池に落とされた。

 一度水中に全身が浸かる。

 急いで浮上して息継ぎ。

 したその瞬間、水が固まって浮かぶ。

 巨大なシャボン玉のように浮遊する。

 

 水の球の中央にシオンを捕らえて呼吸を封じる。

 このまま放置で溺死。

 

「……?」

 

 トランプは能力支配に僅かな違和感を覚える。

 しかし、任務を優先しこのまま溺死を狙う。

 

 空中でないと浮遊は使えない。

 水中では浮力と同時に水圧までかかるため、制御できない。

 ならば操作する人に止めさせる他ない。

 

 シオンはそこそこ強力な魔砲を水中からトランプに放つ。

 当たり前のように地面が突き上げて壁を構築。

 魔砲はその壁に衝突して消滅を続ける。

 火力を少しずつ上げても、壁は壊れない。

 崩壊しないように魔力で固めてあるのだ。

 

 もう、息が続かない。

 

 シオンは魔砲を瞬時に天井方面にずらして、天井を崩壊させる。

 衝撃で大量の瓦礫が落下するが、やはり中々トランプの足元は乱れない。

 なんとか、コイツを水に落としたかったが……。

 呼吸が……。

 

 もう、ダメ……。

 

「……ん?」

 

 シオンが片手を上げて、自分の脳幹に銃を向けるような仕草をした。

 奇怪な行動に男は顔を顰めて凝視した。

 すると、突如シオンを包んでいた水のシャボンが弾けて洞窟内に雨が降る。

 その雨を頭から被り、トランプは違和感の正体を突き止める。

 

「何者ですか?」

 

 トランプは空洞内に響く声で叫ぶ。

 突き止めたのは、シオンに協力者がいる事実。

 約1名、今もここで経過を見ているはずだと。

 

「いますよね? あなたが水を操っているんですから」

 

 確信めいた発言から観念したようにシオンが指示する。

 

「いいよあくあ」

 

 何処からともなく一人の気配が現れた。

 揺らめく小さな灯りの中から、一人のパステルカラーの髪色をした少女、湊あくあが姿を見せる。

 

「しかしまさか、ここまでの魔力とは、予想外ですね」

 

 シオンがここに逃げ込んだ理由から、あくあのトリックまで全てを解明したトランプは感心したようにあくあを見た。

 あくあは少し身を縮める。

 

「風がないから私は見えないものの存在を把握できない」

 

 これが一つ。

 逃げ込んだ理由だ。

 

「そして、私は天然の物からのみ魔力を生成して支配できる」

 

 これが二つ。

 あくあのトリックだ。

 

「そう、あくあは水を操作できるようになった。しかも、ただの操作だけじゃない」

 

 基本的に魔法は、あるものを使用する。

 ポルカのような物を作り出す能力を除けば基本はそうだ。

 だが、ある一定の魔力適正と実力が伴えば、操作対象を自分の力で勝手に生成できるようになる。

 つまり、あくあは水を生み出せる。

 

「水は本来、どれも起源が天然だから、どこから集めた物であろうと自然魔術の支配対象になる。でも、あくあが魔法によって作り出した水だけは、自然由来のものじゃないから、自然魔術の支配下にない」

 

 あくあに操作できて、トランプに操作できない物。

 もし、天然由来の水であれば、操作力で押し負けてあくあは何もできない。

 補足すると、水の構成原子は自然由来となんら違いはない。

 

「レッド並みの魔力です。頭脳と相性を踏まえれば、あなたは確実にレッドを凌ぐ強さでしょう」

 

 仲間を引き合いに出してあくあの総評を結論づける。

 レッドとは、ラミィとポルカが絶賛手合い中の炎使い。

 炎に水は相性がいい。

 同レベルの魔力となれば、簡単に蒸発させられたりしない。

 しかも、レッドと同様に無錬金生成が可能。

 

 ラミィやフレアも氷や火を生成するが、あれは魔法ではなく精霊術。

 己の力ではなく、相方の力だ。

 

 まあ、もう一人、何故か魔法適性が高く、物質生成ができるメンバーがいるが。

 そのメンバーについては、シオンでも少し解読に手こずっているような絡繰だ。

 なんせ、森での一件以降、突如として魔力適性が爆上がりしたのだから。

 魔力適性は本来、生まれ付きの才能として存在する。

 人生の途中でそれに変化が起きるにしても、適性低下が関の山。

 適性向上など、シオンは過去に例を見たことがない。

 

 ……いや、この話は一旦保留だ。

 この場では些細な事。

 最重要事項、それはトランプを退ける事。

 

「余裕かまして冷静に分析してるけど、いいの?」

 

 シオンは空中からトランプを見下ろして笑う。

 その笑みは嘲笑に近い。

 まるで、勝ちを確信したような。

 

「ここは洞窟です。天然由来の成分の巣窟です。まだ私に不利とは思えません」

 

 敵が増えても尚、この空間なら引けを取らないと自負している。

 

「配置考えな」

 

 シオンはあくあを指して笑った。

 あくあは入り口を背後に立っている。

 つまり、出口を塞いでいる。

 

「あんた結構あくあのこと見くびってると思うよ?」

「みくびる……?」

「あくあ!」

 

 シオンは見せてあげる、と言いたげな得意そうな顔であくあの名を呼んだ。

 あくあは小さく頷いて両手を正面に翳す。

 手から、ではなく手先の辺りから円形に何かを現出し始め……

 

「まさか……!」

 

 脳の隅にも無かった考え。

 魔力量的にも、シオンの存在からも、到底取れるとは思えない行動。

 直感した、この洞窟内を水で埋める気だと。

 

「はあーっ!」

 

 シオンは大きく息を吸い、水中に潜る準備を整える。

 あくあの立っている場所に壁があるように水が反り立ち、そこから水流が発生。

 洞窟の奥へと全てを押し流し始める。

 

「ぐっー、くそっ! エアロック」

 

 空気が全て洞窟から吐き出される前に一定の空気を円形に固定し、トランプはその中に自分を閉じ込める。

 空気もまた自然由来の成分。

 水の中に不自然に空気の塊が止まり続ける。

 

 シオンは流れに逆らいながら、自分を移動させる。

 あくあに貸した分、そして水中で水流に逆らう分、魔力が削れる。

 あくあ一人でこの大量放水は不可能。

 当然殆どシオンが魔力を肩代わりしている。

 そして、水中での浮遊は大変なので、水流の抵抗をなくして自力で泳いでいる。

 

 トランプは適当な位置に留まって、水が消えるのを待っている。

 

「このまま耐久戦へと持ち込めば、勝利は明らか」

 

 魔力切れも時間の問題と、見抜かれている。

 なら、魔力切れになる前に、仕留めるまで。

 

 シオンは水流に逆らって泳ぎ、トランプがいる空気空間へ向かう。

 だが、トランプはそれを容認しない。

 僅かな空気を小さく固めて弾にし、シオンへ放つ。

 

「うっ!」

 

 一発、腹に当たるとたちまち後方へ押し戻される。

 魔力と体力を振り絞る。

 

 トランプは、水中に出れば何もできない。

 水中に引き摺れば、勝ちだ。

 

 シオンは屈せずに突き進む。

 また空砲。

 今度は回避。

 

 また空砲。

 喰らった。

 

 空砲。回避。空砲。回避。空砲。回避。

 

「ぷはぁっ!」

 

 シオンはトランプを守る空気の空間に侵入した。

 広くない空間で対峙する二人。

 

「ふっ、回避にも魔力を使ったはずです。もはや虫の息も同然」

 

 トランプはニヤっと笑った。

 シオンも同様に笑った。

 では、勝利の女神は、どちらに微笑むだろう。

 

「はあーっ!」

 

 シオンはまた、深く息を吸う。

 残りの魔力、振り絞ろう。

 

「ま、やめろ!」

 

 魔力を空気に流し込む。

 もう一度、確認しよう。

 自然と黒の融合は不可能。

 啀み合い、そして空気は、破裂する。

 

「わっ……!」

 

 トランプとシオンは水中に放り出され、流れのまま流される。

 二人の意識は、すぐに途切れ、二人は引き分けに終わった。

 あくあの存在こそが、どちらの陣営側が勝利かを意味する。

 

 あくあも枯渇してきた魔力を振り絞って水を消滅させる。

 

 シオンとトランプの身体を引き上げて、そっと寝かせる。

 

 どちらが先に起きるのか、それが勝利の行方を左右するが、あくあに覚醒を促されるシオンが先に目覚めることはなんら不思議では無かった。

 

「シオンちゃん、シオンちゃん!」

 

 珍しく大きな声を出してシオンを呼ぶ。

 シオンのキリッとした眉が、普段より少し力なく垂れている。

 それがピクリと動き、ゆったりと持ち上がった。

 

「……ありがと」

 

 覚醒後、シオンの口から真っ先に飛び出したのは、意外にも普通のお礼だった。

 あくあは首を横に振った。

 その間にシオンはゆっくりと身体を持ち上げた。

 

「ま、まだ動いたら……」

「いや、せめてコイツを……拘束しないと」

 

 トランプこそ、敵の能力の根幹。

 倒したところで、能力が消えたりはしないが、これ以上能力増強はさせない。

 それに、コイツが敵の行動の基盤となっているはずだ。

 ここに縛っておけば、多少の行動制限や遅延を狙える。

 

 魔力の消費が激しく、少し歩くだけでも疲れる。

 そのため、魔法の発動も躊躇われる。

 仕方なく、消費エネルギー削減のために、地面に魔法陣を描いた。

 もう、何年も描いたことのない、懐かしい紋様。

 巨大な星の中に円を描き、その円の中に自分を象徴するマーク、三日月を描いて完成だ。

 

 そこにトランプを寝かせる。

 

 魔法を発動すると、たちまち見えない紐のような物でトランプを縛り、動きを封じる。

 いや、動きだけでなく、魔法の使用も封じる。

 

「表世界に戻るまで……このままでいいでしょ」

 

 シオンは身体をふらつかせて苦笑した。

 これで本当に勝利だ。

 蹌踉めくシオンをあくあが肩を貸して支えた。

 

「ご、ごめん……」

 

 シオンは自身の不甲斐なさにまた、苦笑した。

 あくあは「んーん」と首を横に振る。

 

 シオンの帽子は、洞窟の奥まで流されてしまったようだ。

 びしょびしょの服を乾かしたいが、そのために使う魔力など、勿体ない。

 全身が濡れて気持ち悪いが、我慢するしかない。

 

「あ、待ってね」

 

 あくあがシオンの服に手を翳すと、一気に水分が履けた。

 

「器用じゃん」

「まあね」

 

 水の消滅などお茶の子さいさい。

 あくあは得意げに鼻を鳴らした。

 

「あくあ……ちょっと、頼みが」

「何?」

 

 問い返しが早かった。

 

「ほぼ国の真反対側になるけど、海に行ってくれない?」

「海? なんで?」

「こっち側に、来てるはずだから……」

「何が……?」

 

 シオンは、一瞬遠くを見つめ、目を細めた。

 無理をしたいが、あくあの前では止められる。

 あくあの魔力が少ないのは重々承知だが、それは自分が肩代わりする。

 だからまずは、あくあに、あの人の安否確認を。

 

 

「船長」

 

 

 その後、あくあはシオンの箒に乗って帽子を被った。

 シオンが、マリン号まで直進するように魔法式を組んだため、後は乗っていれば到着する。

 シオンはまだ、動くために色々ドーピングする必要がある。

 

 戦いはまだまだ、始まったばかりなのだから。

 

 

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