歌姫伝承〜ホロの異能大戦ストーリー〜   作:炎駒枸

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58話 人体干渉

 

「ありがとうついでに、手伝ってもらっていいっすか?」

「おう!」

「んなああああい!」

 

 事務所防衛戦、後半。

 

 ぼたんとわための下に現れたのは、スバルーナ。

 二人は、偶然この場に居合わせただけだが、いいだろう。

 スバルが隣にいて心強いのか、ルーナも大きな声で叫んだ。

 ぼたんはルーナがまだ能力開花していない事を知らない。

 

「ルーナ、お前は中にいてもいいぞ」

 

 スバルはルーナが能力開花していないことを懸念して、社内待機を勧める。

 

「……でも」

 

 再三の葛藤。

 力になりたい、でも足手纏いになりたくない。

 プリンセスは守られ役だと、何故か大抵相場が決まっている。

 でもルーナは、護られるだけでいたくない。

 

「いてもいいけど、正直お前を護れる自信はねえからな」

 

 スバルの忠告はそれだけだった。

 あくまでもルーナの意思を尊重する。

 命を賭してでも、貫きたい意志があるなら、それもいい。

 

「ルーナ先輩、スバル先輩。こいつ、見たものの時間を停止させるんで、気を付けてください」

 

 ぼたんは大々的に情報共有する。

 Mは、もはやぼたんを止めても意味がないと直感し、へらっと笑って流した。

 

「はあ? メチャクチャかよ」

 

 スバルは能力の格差に愕然と口を開く。

 ルーナも一瞬の怯えを見せた。

 

「最悪、コイツの視界から外れれば能力の影響は受けないんで」

 

 ぼたんはそれだけを一応通達しておく。

 二人は頷いた。

 

「さてー、どうしようかなー」

 

 二人と一人に挟まれ、どう動くか悩むM。

 ぼたんを止めて、ぼたんの排除を優先。

 その場合、二人のことが分からないため、多少の賭け事となる。それに、ぼたんの直感や戦場での適応力は目を見張るほど。

 停止中に人に怪我を与える事はできないため、停止を解放した瞬間に避けられる可能性もある。

 

 かと言って、二人を先に停止させて排除に向かえば、ぼたんの捕捉能力で急所を撃たれて下手すれば致命傷。

 

 両チーム牽制状態を保つ。

 下手に動けば相手への好機となるからだ。

 

「じゃあ……」

 

 膠着状態が溶けないと判断し、Mが動く。

 スバルーナとぼたん、それを繋いでできる線に対し直角方面に走る。

 つまり、誰もいない方角だ。

 何を企んでいるか知らないが、思い通りにはさせたくない。

 

 ぼたんは背中に思い切り石を投げた。

 Mが振り返り、石が一瞬止まる。

 その隙に石にナイフを当て時間を再スタート。

 石はナイフに当たり追跡効果を失う。

 Mは石が飛来するたびにそれを繰り返し距離を取り始める。

 

「っ! 身を隠して!」

 

 ぼたんが真意を突き止め叫んだ。

 Mが距離を取ったのは、視界を広げ3人同時に停止させるため。

 3人を止めれば、大きく回りながら3人を直線上に捉えて接近、そして攻撃すればいい。

 上手く回避できたのはぼたんのみ。

 スバルーナは反応が遅れて時間を停止させられた。

 

 ぼたんは何発か石を投げるがナイフで弾かれてお終いだった。

 もう投石じゃどうしようもない。

 

「……」

 

 ぼたんはもう数発石を投げ、意識を向けさせる。

 その中に一つ、目立つとあるものを紛れさせて投げる。

 自分の上着だ。

 必ず命中しに向かう能力で、ぼたんの上着はMの顔面に向かって飛んでゆく。

 上着ほどのサイズなら、一瞬でも視界を遮れる。

 案の定上手くいき、数秒だけ自由が訪れる。

 

「二人とも!」

 

 ぼたんはその号令で身を隠すように伝える。

 一瞬で移動したぼたんとMに困惑しつつも、スバルーナは仲間の信頼のもと側の車に身を隠した。

 スバルは隙を見てその車に乗り込む。

 ルーナを置いて。

 

 車はエンジンを蒸して、発進した。

 Mは敢えて見逃す。

 車の発進により、ルーナの姿が現れるが、それすらも止めない。

 Mの眼にはもはや、ぼたん以外敵として映っていないのかもしれない。

 

 スバルの操るスポーツカーが空中へと飛び出して、旋回する。

 目的地を定めず、ただ上空を走るのみ。

 ルーナはあたふたとして、役を探している。

 ぼたんは未だ、建物の影でMの動きを待つ。

 

「うーん……どうしよっかなー」

 

 Mは軽快なリズムで足踏みする。

 悩む素振りを見せつつも、もう策は決まっている様子。

 とするとやはり、停止の狙いはぼたんか……。

 彼女さえ動きを封じれば、何とかなると察している。

 スバルの能力は戦闘に向かないし、ルーナはそもそも能力開花していない。

 

 いや、寧ろぼたんの能力だけが、多少相性の良い物として対峙できているのだろう。

 時間停止しようと、ターゲットを決して逃さない能力。

 純粋な勘なども加算して、余計に。

 

「……あ、そうだ!」

 

 Mは新たな案を発想した。

 身軽に駆け出して、ぼたんの潜む建物の影へ向かう。

 迫る気配にぼたんは一度身体を奥へ引く。

 そして数発投石するが、やはり全て弾かれる。

 このままでは、ぼたんが見つかり、時間を止められる。

 そう思ったスバルが起点を利かせて車での突進を図る。

 

 だが、それがMの作戦だった。

 接近する車をギリギリまで引きつけ、間近で停止。

 ナイフを逆手に持ち換えて、車のガスタンク部分目掛けて突き刺す。

 タイムスタートと同時に。

 傍を通り過ぎる僅か一瞬でタンクを見事に突き刺して穴を開ける。

 

「やべえっ!」

 

 誰も対応しきれない一瞬の出来事。

 ナイフを引き抜くと小さな亀裂からガソリンが漏れ出す。

 映画やドラマで見る。

 これは爆発の予兆だ。

 

「くそっ!」

 

 スバルはすぐさま車から飛び降り、乗り捨てた。

 車はガソリンを撒き散らしながら直進し、正面の建造物に激突、そして……

 

 数秒後に巨大な爆音を上げて大破した。

 

「スバル先輩!」

「しゅば!」

 

 車からの緊急回避で地面を何度も転がったスバル。

 怪我をしないはずもなかった。

 顔や手足に擦り傷、そして安定の捻挫。

 着地に失敗していれば、骨折もあり得ただろう。

 

 ぼたんもルーナも、スバルの安否が心配だが簡単に駆け寄れない。

 駆け寄れば、格好の餌食となる。

 

 誰もスバルに手足を貸せないから、Mもスバルを狙う。

 ナイフを持って歩みの覚束ないスバルに強襲する。

 ぼたんが石などを投げて意識を逸らそうと必死になるが、標的は変わらない。

 

 スバルは足を引き摺って一番近くの車に乗り込もうとするが、Mが到達する方が、確実に早い。

 ぼたんの投石も潜り抜けて、Mがスバルにナイフを振り下ろす。

 

 カンっ。

 と、鉄板にナイフが刺さった。

 スバルが目の前に落ちていた瓦礫の中から鉄板を浮かせて防いだのだ。

 だが、ナイフの刺突の勢いが鉄板に加わり、鉄板がスバルに直撃する。

 

「だぁっ!」

 

 鉄板直撃により、スバルは後方に軽く弾かれる。

 何とか両腕でガードはしたが、ダメージは大きい。

 

 スバルの背後で、先ほど大破した車の付近が炎上している。

 血と共に汗も噴き出る。

 

「ちっ!」

 

 どうしようもなく、ぼたんは駆け出した。

 標的を、スバルから無理矢理自分に移すために。

 しかし、やはり標的は変わらない。

 

 もう一度、今度は外さないと鋭い目でスバルを睨む。

 新たなナイフを掴み、スバルに迫る。

 ぼたんの投石をいつもの如くあしらって距離を詰める。

 

 ぼたんでは距離が遠すぎる。

 偶然そばにいるルーナなら間に合うが……。

 

 時間停止を使われたら……。

 

「んなあい!」

 

 ナイフが突き刺さるかと思いきや、ルーナがスバルを突き飛ばした。

 またしても緊急回避。

 

「やべっ!……」

 

 しかし、スバルとぼたんがMの視線の一直線上に重なってしまう。

 すぐ様ぼたんの時間が止まる。

 

 スバルの周囲に浮かせられる物なし。

 ぼたんはもはや動けず。

 スバルも動けず。

 

 もう、ルーナが何とかするしかない。

 でも、何とかって?

 鼓動が高鳴る。

 

 怖い、怖い。

 涙が出る。

 逃げたい。

 助けたい。

 スバルが、ぼたんが、皆んなが。

 

 守りたい。

 逃げたい。

 逃げたくない。

 怖い、逃げたい。

 守りたい。

 

 ホロライブの奇跡を信じろ。

 何か起きる。

 

 何か起きろ!

 助けて!

 お願い!

 誰か!

 

 助けたい!

 守りたい!

 逃げたい!

 

「ダメーーーーーーっ!」

「っ……!」

 

 気が付けば、ルーナの身体はスバルを庇っていた。

 大粒の涙を流して、大きく両手を広げて、ナイフを持った敵の前に立ち塞がった。

 それはまさしく、姫に相応しい勇気そのものだった。

 

「びっくりしたなぁ……。びっくりして手、止めちゃったよ」

 

 ルーナの目前で止まった自身の腕を一度引き、もう一度振り上げた。

 

「バカ、ルーナ!」

 

 今度こそ、驚いて寸止めなんて奇跡はない。

 スバルはルーナだけでもと身体をひこうとするが、ルーナは確固たる信念のもとに、どれだけ涙や感情が溢れようとも、譲らなかった。

 

「……!」

 

 ルーナは、死を覚悟でナイフと向き合った。

 走馬燈のように、様々なことが頭を巡る。

 世界が遅く見えた。

 ナイフが、ゆっくりゆっくりとルーナに迫ってくる。

 でも、身体はもう動かない。

 スバルとぼたんを守るため。

 ルーナは攻撃なんてできないし、作戦なんて立案できないけど。

 立ち塞がるだけなら、勇気さえ持てばできる。

 

 ルーナは目をギュッと瞑った。

 

「…………」

 

 何も聞こえない。

 もしかして、死んだかな?

 

「……っ!」

 

 息を呑む音が聞こえた。

 死んではなかった。

 ただ、誰も声を出さなかっただけだった。

 静寂だった。

 

 震えながら、瞼を上げると、目前で止められたナイフがあった。

 

「っ!」

 

 ルーナは遅れて絶句した。

 スバルも、Mも、いち早くその光景に気付き、言葉を失っていたらしい。

 

「……は、ははは、変だな、幼いからって、情が湧いたわけでもないんだけどな……」

 

 冷や汗を流しながら、Mはナイフを一度引く。

 そして3度目、ナイフを振り下ろす。

 補足、ルーナは幼くない。

 

「っ!」

 

 ルーナの目前で停止する。

 

「……!」

 

 Mの腕が震えている。

 ルーナの震える足よりも強く。

 ナイフはルーナに届かない。

 Mの手は、ルーナに決して届かない。

 

 覚悟と勇気が、彼女の力を開花させる。

 奇跡は何度でも起こる物ではない。

 もし起きたのならそれは、偶然ではなく必然。

 それが彼女の持つ、奇跡に極めて近い、別の何か。

 

「ふんっ、ならっ!」

 

 ルーナの時間が止まり、Mが回り込んでスバルを狙う。

 

「よっ!」

「カッ!」

 

 振り上げたナイフを小石が撃ち抜き、Mの手元から弾く。

 それに合わせてMは直ぐに二人から身を引く。

 

「あたしもいるから」

「……忘れてたよ、キミのこと」

 

 時間を止めていたため存在感がなく、すっかり忘れていたぼたん。

 ルーナの停止と交代で彼女が動き出したのだ。

 

「にしても、変な能力だ、ね!」

 

 Mが新たなナイフを取り出してルーナに真っ直ぐ投げ飛ばす。

 ルーナは揚々と両手を開いてスバルを庇うように立つ。

 

「わっ!」

 

 スバルがルーナの腕を引いて無理矢理避けさせる。

 ナイフはルーナの心臓狙いだったため、元よりスバルには当たらない。

 ルーナが避けたことにより虚空を切った。

 

「バカ! まだよく分かんねえのにわざわざ受けようとすんな! 極力避けろよ!」

 

 スバルは引き寄せたルーナに顔を近づけ、剣幕な表情で訴えた。

 まあ、もし今のでルーナが避けず、何も力が発動しなければ、確実に死だった。

 そう考えるだけで、スバルは気が気じゃない。

 

「ん」

 

 ルーナは少し頬を赤くして、小さく頷いた。

 

 さて、少なくともスバルにその気はないが、イチャつく暇などない。

 

「そうだなー、じゃあ……」

 

 Mは底尽きぬナイフを取り出してルーナとスバルを見る。

 スバルは危機を察知して、数メートル先に落ちている瓦礫たちを浮遊能力で持ち上げた。

 動けば見えるが、一先ず視覚を封鎖。能力を遮断する。

 

「おいルーナ、作戦がある」

 

 スバルはそれだけ小声で耳打つと、どこかを一瞬指差す。

 Mは丁度視覚で見えない。

 ルーナは「作戦」という言葉から、ぼたんは感覚で察してチラッとその先を見た。

 

「いいか? 『スバルたち』が勝つには「スバルたち」が一瞬でも隙を作るしかない」

 

 隙の作り方。

 最も確実な方法が頭に浮かぶ。

 ……。

 正直危険だが、成功率が最も高いのなら、こんな相手には出し惜しみしていられない。

 

 言葉で概略を説明する暇も隙もない。

 一度スバルがその方法を見せて伝えなければいけないか……。

 でも……。

 

 いや、迷いは捨てろ。

 スバルはいつも、パッションで、根性で生きている。

 先陣を切れ。

 当たって当たって死なぬように砕けろ。

 

「オラオラオラっ! かかってこいや!」

 

 スバルは力の限り声を絞り出す。

 Mに向かってこいと、挑発して、手をくいくいと合図する。

 謎の自信にMは一瞬眉を寄せたが、周囲を見回した後、駆け出した。

 

「ルーナっ!」

「え、なに⁉︎」

 

 スバルはルーナの手を引いて少しだけ走る。

 ぼたんとの位置、そして周囲の瓦礫などの位置を踏まえての移動。

 Mも容易に能力発動できない。

 

「攻撃してみろやぁー!」

 

 スバルとルーナの周囲を包むように瓦礫が適度な高さに浮遊する。

 二人は瓦礫に覆われ、Mの視界から外れる。

 互いに見えない状態。

 外側に取り残されたぼたんは逆に危険、に思われたが、その瓦礫を通してMと対角の位置に立ち続けることによって能力から免れている。

 Mの動きは、視認しなくとも、「補足」能力で分かるのだから。

 

「キミの能力も見抜いたよ!」

 

 Mが瓦礫を直接蹴り飛ばした。

 そう、動力さえ有れば、浮遊物は動く。

 その一蹴りで大きな鉄の板が円の中心、つまりスバルに向けて飛ぶ。

 

「わっ!」

 

 スバルがルーナを横に押し出し、自身はそれを喰らう。

 そのまま真っ直ぐ後方へ吹き飛ぶ。

 ありえないほどの距離を。

 

「ぐああああっ!」

 

 悶絶の声が聞こえた。

 後方の建物まで直撃し、ガラスを突き破り建物内へ。

 やがてスバルの姿は見えなくなる。

 出てくる気配が……ない。

 

「しゅばっ‼︎」

「スバル先輩!」

 

 意識を失ったことを示唆するように、浮いていた全ての瓦礫が落下。

 ルーナもぼたんも、スバルに駆け寄りかけたが、ブレーキ。

 ダメだ。

 それは思う壺。

 

「でも、君たち二人でも十分厄介」

 

 Mはナイフを片手にルーナに向かう。

 スバルの安否に懸念の尽きぬルーナは、恐怖など感じなかった。

 ある感情とすれば、憂と微かな怒り、そして悲しみ。

 

 振り下ろされるナイフ。

 しかし、間近で急停止。

 

「やっぱり、時間とは関係ないみたいだね」

 

 止まる腕が、時間の流れの影響でない事を再確認。

 思いっきりの回し蹴り。

 間近で停止。

 全力の拳。

 間近で停止。

 殴打と砲撃連脚。

 尽く、ルーナに届く事なし。

 

 その隙だらけのMにぼたんは投石。

 石がルーナを回避してMを狙うが、ルーナを使って回避するM。

 追尾する石が、曲がり切れずルーナに命中した。

 

「痛っ!」

「え……」

 

 ぼたんは思わず声を漏らしてしまう。

 石が、当たった……?

 

「ヒントをどうも!」

 

 Mはルーナにナイフを投げた。

 実の所、ラストナイフ。

 これでナイフの在庫は切れる。

 

 ルーナに一直線に向かう短刀。

 そう、ルーナの開花した力、「姫の威厳」は如何なるものにも直接攻撃をさせない能力。

 ナイフを手に持った場合、接触攻撃としてMの腕に自動的にブレーキがかけられる。

 だが、投げられたナイフはMの意識下を離れ、物が単独で、勝手にルーナを襲うため、命中する。

 

 ルーナもぼたんも、そしてMも、ようやくここにて気が付いた。

 だが、ルーナだけ二人よりも理解が一歩遅れた。

 避ける判断が間に合わない。

 

「ぐっ……!」

「んなぁっ!」

 

 ぼたんがルーナを乱暴に押し退けた。

 ナイフはぼたんの肩に突き刺さる。

 ルーナは転倒し、ぼたんは激痛で意識が揺らぐ。

 

「よっ、と!」

 

 そのぼたんにMの回し蹴り。

 ナイフの刺さっていない腕で受けたが、男女差もあり、数メートル地を滑った。

 滑走した先、ぼたんは動かなくなる。

 まさか、意識を刈られたか?

 ナイフは刺さったままで、出血は少ない。

 

「後は……キミだけね」

 

 額から流れる血をスッと拭い、不快な笑みを浮かべる。

 ぼたんの投石や、わためとの攻防、飛散した瓦礫による切り傷が所々目立つが、もはや痛みすら感じぬほど。

 腕、脚、背中、額。

 この辺りから多少血を流すものの、体力の衰えは見られない。

 

 Mはナイフを無くしたが、代わりに側に散乱する瓦礫の中から鉄パイプを手に取る。

 鉄パイプをMは、ルーナ目掛けて投げた。

 パイプは空中で何度も回転しながら、ルーナの腹の辺りへ命中。

 

「うぐっ……」

 

 抉られるような痛みに似合わない呻き声を上げた。

 バタっと膝をつき、次に手をつき……。

 腹の底から込み上げるものを必死に胃の中で抑え込む。

 苦しみに、涙が滲んだ。

 視界が揺らぎ、意識がふらっとする。

 

「うーん……」

 

 ルーナが意識の淵で耐えている事を不満に思ったMは、もう一度何かを投げようと周囲を見回す。

 ナイフがきれていたのは、本当に運が良かった。

 

「ぅぅ……」

 

 膝と手が崩れ、ルーナはパタリと遅れて地に伏した。

 必死に持たせた意識ももはや限界だったのか。

 

「お?」

 

 Mは数歩だけルーナに近寄って意識がないか確認するが、動く気配はない。

 

「ふう……」

 

 スバル……瓦礫の中から一向に現れない。

 ぼたん……肩から血を流したまま、地に倒れている。

 ルーナ……地に倒れ、目も開かず、倒れている。

 

「……一先ずこれで、石が優先かな」

 

 難関である3人との攻防を終え、大きく息をついたMは事務所の入り口へ向かう。

 わためが石を持っている事は、先刻確認した。

 石を後回しにして行方を眩まされると厄介だと判断して、石の奪取を優先したらしい。

 背、額、腕、脚。

 ここからの出血は浅い。

 傷がそこまで深くないからだ。

 勝利に大層ご満悦。

 功績が大好きだと言っていた。

 性格から、ある程度想像できる様子だった。

 

 事務所に入ろうと、脚を踏み込みかけ……

 

「はい、油断した」

「ガァっハッ……‼︎」

 

 何者かに背後を取られ、背に触れられた。

 途端に、あらゆる傷口が大破するように引き裂けて、血を噴き出して意識を失った。

 大量出血よりも、激痛による意識の喪失と思われる。

 

 白衣を着た少し背の高い大人びた女性。

 胸の露出が大きい。

 正面に多少の返り血を浴びて、少しばかり雰囲気にそぐわない。

 

「はい、終わったからもう起きていいわよ!」

 

 半回転して、気絶したと思われる3名に声をかけた。

 振り返る際、携えた2枚の悪魔の羽が、ふわっと一瞬浮いた。

 

 3人にとって聴き慣れた声。

 独特の雰囲気を持った、何故かセクシーっぽい声。

 

 ガシャッ、がたっ、ガチャン、ガラッ。

 と、様々な瓦礫を押しのけたり踏んづけたりする小うるさい音がする。

 倒壊した建造物。

 スバルが吹き飛んだ際に壊れた瓦礫からだ。

 ガラガラと瓦礫の山が崩れ、中から何かが出てくる。

 

「あー! くっそ、肩いてー!」

 

 瓦礫から手が生えたと思えば、悪態を突きながらスバルが現れた。

 全身の至る所に切り傷や泥汚れなどを付けているが、案外元気そう。

 何とか山から抜け出ると、全身の汚れを払って、帽子を叩いた後、いつものようにキャップを頭に力強く嵌めた。

 

 スバル、健在。

 

「っつー……流石に、っ……がっ! コレは、いてぇすわ」

 

 気絶していたと思われたぼたんがゆっくりと起き上がり、痛みに顔を歪めながら右肩に刺さったナイフを抜いて投げ捨てた。

 抜き取る際に、出血した。

 左手で傷口を押さえて、ぼたんは軽く笑った。

 

 ぼたん、健在。

 

「うぅ……痛かったのら」

 

 気絶していたと思われるルーナがゆっくりと立ち上がる。

 腹を押さえて、痛みを思い出すように顔を顰めた。

 でも、他に外傷はなく、無事そうだ。

 

 ルーナ、健在。

 

「にしても、みんな良くあんな方法に出たわね」

 

 歩み寄る3人に近寄ってそれぞれを見るのは、勝利へ導いた、ちょこ。

 彼女の能力は「人体干渉」。

 患部に触れる事によって、その傷を癒せる。

 逆に、傷を大きく開かせることも可能。

 今回はその傷口を開かせる事によってMを気絶へと追い込んだ。

 拘束したのちに、傷口は塞ぐ予定だ。

 

「ん? ああ、性格的に、勝って兜を脱ぐタイプだと思ったからな」

 

 勝った時こそ気を引き締める。

 だが、Mの性格から、慢心と愉悦が心を満たすとスバルは読んだ。

 そして案の定な結果となる。

 

「びっくりしたよ、スバル先輩、急にえげつない作戦実行するから」

「ルーナも、しゅばとぼたんちゃんが急に動かなくなってびっくりしたのら」

 

 作戦詳細は話し合っていないはず。

 何故、以心伝心できたのか。

 

「よく分かったな、アレで」

 

 スバルも感心したようだ。

 

「まあ、吹き飛ばされたにしてもアレは威力おかしいでしょ。自分を浮遊させてワザと勢いよく衝突したんでしょ?」

「おお、さすがぼたんちゃん」

 

 流石の観察と推察。

 

「ルーナは分かんなかったけど、ぼたんちゃんが動かないからおかしいと思って」

 

 スバルに触発されてぼたんが、それに触発されてルーナが気絶を演じたのだ。

 

「で、ちょこが静かに空から背後をとって勝利〜」

 

 これでもちょこは悪魔。

 羽根で空が飛べる。

 足音なく接近は可能だ。

 

「あ! みんな大丈夫⁉︎」

 

 事務所からわためが出てきた。

 

「ああ、わため様」

「そうだな、スバルとルーナは大丈夫だけど、ぼたんちゃんは治療してもらった方がいいな」

「ちょこ先生、またになりますけど、いいですか?」

 

 足の負傷を一度治療してもらった手前、少し申し訳なさそうだ。

 だが、ちょこはそんなこと気にしない。

 

「いいわよ、気にしなくて。でも先にこの人の目隠しと手足拘束してからね」

 

 倒れたMを一瞥してちょこは言った。

 そして、わために事務所へ運ぶのを手伝ってくれと頼む。

 

「あ、なあ悪りぃけど、スバルちょっと行きたいとこあんだ」

 

 スバルは中に入ろうとするメンバーを呼び止めた。

 

「行きたいとこ? どこ?」

「マリン号だ。マリンの安否確認」

 

 スバルも、どうやらシオンと同じことを頭に浮かべていたようだ。

 誰もこの世界の事で収拾がつかず、もはや忘れていたが、マリンとノエルの安否が気になるはずだ。

 特に自己防衛に難ありのマリンは。

 AZKiとえーちゃんは国が違うためおそらく安全だろう。

 

 スバルなら車を使って素早く移動もできるため、安否確認には最適だ。

 

「なるほどね。じゃあ、お願いします」

 

 お願いする事ではないが、ぼたんはそう言う。

 言われてみると、全員気掛かりなのかも知れない。

 

「ルーナも行く」

「は? なんで?」

 

 ルーナがそっと一言添えると、スバルが反論に近い疑問を浮かべた。

 

「……何となく」

「そんな理由かよ」

 

 特に理由なし。

 てえてえ味を感じる一部始終。

 スバルは反対案を唱えようとしたが……

 

「まあ、この中を一人は危ないですから、その方がいいと思います」

 

 とぼたんがルーナに味方する。

 同意見で他2名も。

 スバルも腕に自信があるわけではない。いや、寧ろない。

 ルーナの能力は、相当のものだ。

 もうスバルが守る必要もないだろうから、足手纏いにもならない。

 それどころか、護衛役に回れる。

 

「分かった、すぐ出るぞ」

 

 急かすようにルーナを呼び寄せる。

 周囲から適当にキー付きの車を払拭して乗ろう。

 

「あ、待って! わためも行く!」

 

 スバルの背にわためが待ったをかける。

 

「は? それこそ何でだよ」

 

 ルーナ以上に付き添う意味を見出せず、スバルは声を大にした。

 

「わため、石持ってるから……」

「……ああ、そっか」

 

 事務所の地下から持ち出し、4期生に託された朱の石。

 ココからルーナ、そしてわためへと託されて結局ここへ帰り着いた。

 無論、安全な場所などないが、せめて元あった場所以外に置いておきたい。

 ちょこ先生がおり、治療場となれるこの事務所に敵を呼び寄せることを避けたいと考えるのは当然だ。

 

「なら……スバルが石持つよ」

「そうなのらよ。わためちゃまで来たら、事務所が人手不足になっちまうのら」

 

 今襲撃があった手前、人員を増加させたいほど。

 わためがわざわざ石と共にある必要はない。

 

「いや……しばらくこっちに人は来ないと思う」

 

 ただ一人、ぼたんだけは異なる見解を得ていた。

 

「根拠は強くないけど、コイツが来てから誰も来ない。多分、事務所の件を一任されたんだと思う」

「なるほど。連絡は少なくともこちら側からはできないから、向こう側が来ようと思わない限り来ないし、仲間に信頼があるならまず来ないってわけね」

 

 合点のいくちょこ。

 よく分からずに、わためも賛同した。

 何故わためはそこまでして一緒に行きたいのだろう……?

 

「はあ、分かったよ。早く準備していくぞ」

「うん、あ、でも、この人運ぶから、ちょっと待ってて」

 

 わためはぼたんとちょこと、Mを連れて事務所に入って行った。

 

 その後、やがて出てきたわため、そしてスバルとルーナは東の海岸へマリンを探しに行った。

 





 どうも、作者です。

 今回で事務所戦は終了。
 そして、スバルーナとわためは次なる舞台へ向けて車を飛ばします。
 ようやく動き始めますね。

 こんなペースで、各所、間も無く決着がついていきます。
 しばらくお休みだったメンバーたちも、また活躍しますよ。

 あ、ホロメンもリスナー様方もGGW、お疲れでした。
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