少女は昔からそうだった。
他の人に比べて少しオタクで、それについて語り合いたい仲間が欲しいと思いながらも、恥ずかしがり屋がいつまでもなくならない。
話す事は好きだが、オタクを出して話す勇気がどうしても持てなかった。
友達は少なくないし、誰とでも仲良く話せるが、自分の趣味の話をできる仲間はそういなかった。
ゲームもアニメも楽しい。
一人で見ていても、やっていても。
だけど、一人よりも二人で、二人よりも三人、いやもっともっと多くの人と一緒に趣味が語り合えたら、今の楽しさなんて比にならない。
そんな彼女は、ある日新たなアイドルの形を知った。
可愛くて素敵な女性が、画面越しにいたのだ。
リアルタイムで動画を配信して、好きな歌を歌ったり、好きなゲームをしたり、自由気儘に好きな雑談をしたり……。
まるでゼロ距離にその人が居るかのように……。
その姿を見た途端、少女は電撃が走ったような衝撃を受けた。
見ていて楽しかったし、聞いていて面白かった。
そして何より、その姿に憧れた。
その憧憬は瞬く間に夢へと変化していく。
自分の大好きな話を受け止めてくれる仲間を作って、自分の大好きなことを思う存分に活かして、沢山の人に笑顔を届けられる仕事。
そんな世界に自分がいたら……想像もできない。
できないという事は、きっと自分の知らない嗜好の世界なのだろう。
アイドルは少し恥ずかしいし、この恥ずかしがりな部分は無くならないだろうけど、その恐れをも上回る期待が彼女をオーディションへと向かわせた。
もしこの「世界」に飛び込めたらーーきっと「世界」は輝きで満ち溢れるだろう。
だからこれが、「世界」を変えるための第一歩なのだ。
*****
オーディションの書類選考を出して2日経った。
合格の場合、結果が2週間以内に届き、不合格の場合は届かないらしい。
期限まではまだまだ時間があるが、既にソワソワとしている。
「……フブキ、最近ずっと緊張してるみたい」
「え、そうかな……?」
下校途中、フブキは親友のミオからそんな指摘を受けて焦った。
でも、割とポーカーフェイスは得意な方でそれとなく流すように返してみる。
「うん、あまり落ち着いてないみたい」
「あー、今日はこの後ゲームで新規限定ガチャの追加があるからかな、すっごく楽しみなんだよね」
全く違う事実を挙げて大きく話を脱線させる。
ミオからしても、いつものフブキに見えて深く追求はできない。
本当に何もなかった時に申し訳ないからだ。
ある種の信用と信頼。
もし本当に何か困っていたらきっと頼ってくれるはず。
ミオはそう思っている。
現在二人は都会の大通り付近を通って下校中。
周囲では車やバイクの音に合わせて人々の話し声もよく響く。
その喧騒に紛れて二人は家へと向かう。
「そうだ、ミオこの後暇なら一緒にゲーセンでも行く?」
普段通りのノリで、突発的にミオを誘う。
いつもならミオもよく乗り気で来てくれるのだが……
「うーん……ウチはまあ、いいけど……」
「乗り気じゃないね」
「……いや、じゃあ行こう」
ミオはフブキの視線を何度も気にしていたが、フブキはまるでそれに気づかないように振る舞う。
彼女が追及を望んでいないのなら、そのままにしておくのが最善だと判断したのだ。
藪に手を入れれば蛇に噛まれる事だってある。
この狐は他人に噛み付くような凶暴性は持ち合わせていないようだが。
結局は二人してゲームという娯楽を大いに愉しんだ。
通い慣れているだけあって、二人ともかなりの腕前だった。
対戦型のゲームでは、共に時間を忘れて白熱していた。
「ふにゃあ~、疲れたぁ~」
店から出て来たフブキは大きく伸びをしながらそんな声を上げた。
既に日はほとんど傾き、夕日も周囲の高層建造物に遮られて街の明かりが頼りになっている。
「相変わらずネコだねー」
「むっ、白上はキツネですぅー」
聞き慣れたジョークに聞き慣れた返し、本当にいつも通りだ。
二人はゲーセンから再び帰路に着く。
少しだけ、同じ道を進む。
「何か困った事があったら言ってよ?」
ゲームをして気持ちが楽になったのか、ミオは率直に告げた。
親友と呼べるほどの仲なら、遠回しに言ったり、あれこれと根回しするより直接伝えた方が気分もスッキリする。
まあ、普段はその発言への勇気が出せないために苦悩するのだが。
「うん、でも本当に困ってるとかじゃなくてね」
フブキもミオと同じだ。
意気投合出来るだけの相似点がある。
二人ともゲームをした甲斐があったと、そう思っている。
「ただ本当に楽しみな事があるだけ。何かは内緒だけどね」
「そこは新規限定ガチャって言わないの?」
「もう、折角本心話したのにそうやって揶揄う……」
少し膨れたあとフブキは、目を細めてミオを見た。
そこには、いつものミオの横顔がある。
「…………」
「それじゃ、また明日ね」
「あ、うん、じゃあね」
いつもの分岐点でミオが手を上げた。
フブキも遅れて反応して手を上げる。
しかし、フブキが反応した頃には既にミオは背を向けていたため、フブキは手を中途半端な位置で止めた。
その手は上げ切る事なく自分の腰の側に帰ってくる。
フブキはモヤモヤとして晴れない心情のまま帰宅した。
帰宅してベッドに体を投げ倒す。
「……ミオが側にいるといつも以上にソワソワしちゃう。ホロライブに入りたい気持ちはずっと同じなのに……」
天井を見上げ、そっと呟く。
「どうしたいんだろう……私」
まるで恋に落ちたような気持ちの不安定さ。
でも断言できる、これは恋ではない。
決してミオを好きになるわけがない、とは言い切れないが、この感情はそれとは異なる。
心がスッキリとせず、堰き止められた感情を整理できないフブキのもとへ一件の通知が届いた。
今日もまた、ドキッとした。
オーディションの書類選考に応募して以降、通知が届くたびに心を躍らせて確認しては落胆していた。
今日こそは、とスマホを見るとミオからチャットで、この後ゲームをしようと来ていた。
気遣ってくれているミオに苦笑して、フブキは了解の旨を伝える。
既読はすぐには付かなかったため、フブキはスマホスリープさせ机に置いた。
色々と作業をしているとまたスマホが鳴った。
スマホを手に取り通知の内容を見て、フブキは硬直していた。
その後に続いて届いたミオからのチャットを見逃すほどに……。
そして、3週間後……。
(……まさか本当に合格しちゃうなんて……)
人混みを掻き分けて進むフブキは、未だに心が纏まっていなかった。
勿論、楽しみだが……何かが引っ掛かる。
今日の出勤は、その蟠りの解消の意味もあった。
きっと行けば、分かるはずだと、信じて。
今日は顔合わせ会ではないので、相対するのは一部のスタッフだけ。
緊張の面持ちで扉を叩けば、優しそうな青髪のメガネの女性が出迎えてくれる。
彼女曰く、周囲からは「えーちゃん」と呼ばれているらしい。
この会社について、世界のアイドルについて、将来について、色々説明を受けた。全部承諾した。
しかし最後……。
「それと、フブキさんは高校生だそうですけど、学校と両立は相当ハードになると思います」
「はい」
それは重々承知。
アイドルが楽なはずがない。
「友人と出会う機会や、家族といる時間も少なくなる可能性がありますし、基本的に関係者以外には一応秘密にしてもらう形になりますが、いいですか?」
「はい……」
そう答えた。
答えたが、今の一言を聞いた瞬間、フブキは全てを理解した。
いずれ有名になって、秘密が秘密じゃなくなるにしても、自分の存在が知られるまでは、自分のことをミオには伏せる必要がある。
親友から隠れて密かにアイドルをやることになる。
そう考えると……なんだか後ろめたい気持ちになる。
ミオに「何か困った事があったら言ってよ?」なんて言われたのに、フブキは自分の仕事を隠してこの先も平然と彼女と付き合わなくてはならない。
「…………」
いや、何か違う。
フブキの感情はそんなところには無い。
もう少し角度が違う……特殊な蟠り。
気が付けば、話し合いは終了し、フブキは帰路についていた。
真っ直ぐと帰る。
これでフブキはめでたくホロライブのアイドルとなったわけだ。
心から嬉しく思う。
今はこの嬉しさに縋る。
でもどうかお願い……。
誰か、私のこの感情に気づいて……。
今回は白上フブキさんを主人公にしましたが、次回からは多分元に戻ります。
定期的にこのような主人公転換が起こりますが、どうかお気になさらず。
それでは、ありがとうございました。