歌姫伝承〜ホロの異能大戦ストーリー〜   作:炎駒枸

61 / 122
61話 決意の不屈

 

 事務所を飛び出したねねは、目的なく街をトコトコと気力なく歩いていた。

 街が危険であることは分かっているが、ぼたんに言われた言葉が頭に何度も過り、その度にじっとしていられなくなる。

 ずっと認識していたはずだ。

 自分に凄い力なんてないと。

 でも、決めていたはずだ。

 自分なりの戦い方を見つけると。

 

 ここはどこだろう?

 

 どこもかしこも、似た景色で、自分の居場所を見失う。

 何をするべきか、未だに見つけられない。

 そもそも、どこで何が起きているのか、見当もつかない。

 ただ、正直中央エレベーターへ戻ることは、愚策だと思っている。

 

 今のねねに、何者かと闘う力など皆無。

 それが戦場へ赴けば、足手纏いにしかならない。

 仲間に枷を嵌めにいく行為だ。

 せめて、何かしら力をつける必要がある。

 

 もし、それができないのであれば、諜報員のような役割にでもなるしかない。

 

「……」

 

 ねねは俯きながら道路を歩く。

 裏世界でなければ、確実に車に轢かれている。

 

 考え事のようだ。

 

 敵や仲間の言葉から、何か核心に触れる事実を突き詰めることができれば。

 敵の目的や、阻止の方法を手にすることができれば。

 

 そのために、必要なパーツは? 情報は? 戦力は?

 自分はまず、何処に向かうべきだ?

 

「うう……」

 

 悩めば悩むほど、脳は混乱する。

 昔から、考えることは得意じゃない。

 分かりやすい情報と目で見た事実を元に、当たって砕けてきた人生。

 未知なることへの挑戦は得意だし好きだが、チャレンジすべき目標が定まらない。

 こちら側に、圧倒的に情報が少ない。

 

「……だ。ああ……を…………で……」

「……?」

 

 事務所を飛び出して数十分。

 現在地不明。

 そこで、とある者を発見した。

 あやふやな言葉が聞こえ、そっと近寄れば、謎の全身黒服の男が誰かと通話をしていた。

 またとない偶然と奇跡。

 ねねは、息を殺して経過観察をした。

 

「先刻、人が来たと言ってたが」

『ああ、2人来た。人とロボットだ、が、逃げた』

「逃避、実に情けない」

『何か策があるんだろうが、何とかなる。それよりお前、周囲に人はいないよな? スピーカーだろ、それ』

「無論」

『お前が難聴なのは仕方ないが、気をつけろ』

「仮説、盗み聞く者がいれば、喰う」

『石は喰うなよ』

「承知」

『して、ブラック。残りの石だが、一つは未だ神社だ。ただ、もう一つがMの位置提供以降、情報が入らない』

「把捉、我は何処を探るか?」

『お前の勘に任せる』

「了承」

『お前に近づく電波がある、念のため切るぞ』

「把握」

『……』

「……」

 

 静寂が訪れた。

 静けさが、ねねの呼吸音を大きくする。

 必死に気配と呼吸を殺して、空気に化けるよう徹する。

 詳細は不明だが、盗み聞きする者がいれば喰うと言っていた。

 音を立てれば、間違いなく――死。

 

「……空腹」

 

 黒の手袋で、黒の帽子を軽く抑えて、もう片方の手で腹の辺りを摩る男。

 見た目と、通話相手の言葉から、ブラック、とはコイツだ。

 全身真っ黒で、夜に紛れるには最適の格好だ。

 この距離でも、非常に目につきにくい。

 周囲に建造物があるため、保護色しないが、一面が野原だったらまず目につかない。

 いても、気が付けない。

 

「夜食……」

 

 ブラックは周囲を確認し、側の車に近寄り感触を確かめる。

 ねねは、目を凝らし、じっと様子を見ていた。

 

 すると、なんとブラックは、その車をバリバリと食べ始めた。

 鋼鉄で、文字通り到底歯の立たない物質を、まるで食べ物のように口に運び咀嚼していく。

 鉄の壊れる音が強く響き、その音がねねの恐怖心を刺激する。

 

「ひっ……」

 

 殺していた息が漏れたが、咀嚼音にかき消される。

 ねねは、漏れた声に驚き、さっと、影に全身を隠した。

 

「食べるって……」

 

 ブラックの言う「喰う」とは、まさに食べること。

 人種関連のそれなのか、能力としてのそれなのか、判別はできないが、人をも食べられる力を備えているのなら、捕まれば終幕。

 

「鋼鉄、上々」

 

 車を4分の1ほど食べると、何度か手を握り感触を確かめると歩き出した。

 スマホを取り出し、誰かにまた電話を始める。

 ……やはり、電波障害ではなく、敵の妨害交錯だったのか。

 

 ねねは、そっと背後をつけて聞き耳を立てる。

 

「忠告、ノーカード、エースより、間も無く儀式だ。スタジアムへ向かえ」

『だがブラック、こちらもアンデッドと手合い中だ』

「無用、核は式だ。以上」

『……分かった』

 

 通話が切れる。

 

「遺憾、我よりも強者であるのに」

 

 軽く愚痴ってスマホをしまう。

 

「…………」

 

 ねねは、そっと身を引いた。

 

「スタジアムで、何かあるなら……」

 

 止めに行かないと。

 でも、ねねの力じゃ、どうしようもない。

 それに、スタジアムに行ったロボ子と誰かが「エース」と言う敵を前に逃げたらしい。

 

「……」

 

 一計を案じた。

 しかし、上手くいくのか?

 ノーカードと言う存在も行動の核となっている様子。

 そいつがスタジアムに向かうより先に、行動を阻止する必要がある。

 ねねが走って間に合うかも分からないし、この策で時間稼ぎになるかすらもわからない。

 せめてもの足掻きになれば。

 

「……うん」

 

 ねねは急いで側のビルに入り、エレベーターを使って最高層まで登る。

 ある程度国が見渡せる高さ。

 そこから、一つの建物を探す。

 

「……あった、ラジオ塔」

 

 そう、ねねの一計とは、国内放送。

 国のほぼ全域に届く放送ができる唯一のラジオ塔。

 コラボやラジオ出演の際に数度使用したことがあるため、多少の使用方法は分かる。

 が、接続や操作ができるかは行かなければ分からない。

 

「急ごう……」

 

 間に合うかどうかも分からない。

 迷いを捨てて、とにかくラジオ塔へ。

 案外遠くはなく、ラジオ塔へはすぐに到着した。

 放送室のある階へ行き、部屋に入ると大量の電子機器や機材の類。

 コードもぐちゃぐちゃで、正直どれをどう繋げばいいのか……。

 

「えっと……確か電源はこれで……え」

 

 電源ボタンを押すと全ての機器が起動した。

 ごちゃごちゃで意味不明な配線や機器のスイッチ達。

 まさかとは思うが、これ全て――

 

「放送準備済み……?」

 

 ハッとして室内の時計を見た。

 17時、にギリギリ届いていない。

 確か、こちら側の世界は時が止まっているはず。

 

「そっか、17時の放送準備だ」

 

 幸い、手を施す必要なく放送ができる。

 あとは音量や機器の接続先の設定。

 放送先の設定ボタンを全てオンにし、音量はほぼ最大。

 

「すぅー……聞けーーー‼︎」

 

 マイクに向けて、大声で叫んだ。

 国中の仲間に声が届くように。

 しかし、

 

「……放送できてない、何で!」

 

 マイクはしっかり音を拾っている。

 マークがついているから。

 けれど、各地のスピーカーから放送できている時に点灯するはずのランプが点かない。

 配線は整っているはず、足りないものは何だ?

 

「どこかに、どこかに操作資料は……!」

 

 ゴミの山のようにある紙たちを探り、棚からファイルを取り出して漁り、操作説明書を探す。

 新人用やド忘れ用に、一つくらいはあるはずだ。

 ないのか、一つくらい!

 

 ファイルをパラパラとめくり、紙をバラバラと見ては投げ、必死に資料を探す。

 ない、ない、ない、ない、ない、ない、ない!

 見つからない!

 

「どこ!」

 

 側にある部屋もひたすらに漁って調べるが、そんなものは無い。

 汗を流すほど、必死に探した。

 その途中、エレベーターの稼働音、それも今ねねのいる階に到着した音が微かに聞こえた。

 

「……!」

 

 人だ。

 ねねは開いた扉の裏に隠れた。

 幸い、資料を漁った結果としてこの階のほぼ全ての扉が開いており、即特定はされない。

 まだ、敵だとも決まっていないが。

 

「奇怪、やはり人がいる」

 

 声もした。

 敵だ。

 あの、黒服の男――ブラックの声だ。

 まさか、バレた?

 いや、それ以外に無い。

 でも何故バレた?

 

「破壊、通路を塞ぐ」

 

 ブラックは乗ってきたエレベーターの扉が閉じると、鋼鉄の右腕でその扉を歪ませて使用を禁じた。

 階段はその隣にあるが、今は向かえない。

 もう一つ、非常階段が一直線の通路の真反対側。

 ただ、今飛び出せば確実に追い付かれる。

 

「大儀、追ってきたか」

 

 エレベーターが動こうと音を鳴らしている。

 扉が歪み、中の箱が動かないため使用できないが、階段は残っている。

 

「崩落、退路と進路を断つ」

 

 天井と壁を殴り、建物を崩すと、階段までも塞ぐ。

 残りは非常階段のみ。

 ブラックは、この階に潜むと思われる存在を無視して、真っ先に非常階段へ走った。

 そして、同様に道を潰す。

 

「……やばいよ」

 

 ねねは、この階から出られなくなった。

 

「ぁ……」

 

 隠れていたねねは、目の前に操作資料を発見した。

 タイミングが良いのか悪いのか。

 ねねなりに俊敏な動きで手に取り、再度身を隠す。

 隠れてパラパラと目を通す。

 

「……魔法パネル」

 

 このラジオ塔の仕組みが分かった。

 丁寧に記載してあった。

 どうやら、この塔では数少ない魔法免許を取得しており、各地域への音声拡散は電波ではなく、魔法パネルで行なっているらしい。

 17時のラジオ放送は各地のスピーカーに流すことはないため、接続が切られていたのだ。

 そのコードさえ繋げば、放送できる。

 

 ブラックが非常階段の方から各部屋を探って少しずつ迫ってくる。

 ねねを、探している。

 

「……確か難聴」

 

 電話相手が、奴は耳が悪いと言っていた。

 微かな音なら、拾われないはず。

 ねねは意を決し、覚悟を決め、タイミングを見計らって放送室へ飛び込んだ。

 そして、そっと静かに戸を閉める。

 

「でも、放送したら……」

 

 すぐにバレる。

 しかも、放送しなくとも、いずれバレる。

 

「……」

 

 ねねは無言で説明書通り全てのコードを繋げた。

 これで、放送ができる。

 

「……」

 

 防音室内に、外からの音は聞こえない。

 今もきっと、ブラックが部屋を一つ一つ探っている。

 

「……すぅー、聞けーーーーー‼︎」

 

 全てを視野に覚悟して、ねねは声を張り上げた。

 マイクが割れるかと思うほどの大声。

 家のマイクでは到底耐えきれない大声。

 多分、保ってあと数秒。

 全員に必要事項だけを。

 

「全員、手が空き次第、スタジアムへ向かえーーー‼︎」

 

 頼む、これで全員、察してくれ!

 意思を、汲んでくれ!

 

「全員……」

「貴様!」

「っ……! スタジアムだ! スタジアムへ行け!」

 

 バンっ、と扉が開き、全身真っ黒の男が目を怒りに光らせてねねを睨む。

 ねねは恐怖心に支配されながらも、言葉を止めず、仲間を引き止めず、進むように叫んだ。

 これだ。

 これだったんだ。

 自分の役目だったんだ。

 

 目元に滲む涙も、勇ましい声で掻き消して、絶対に放送を聞くメンバーに、心配させない。

 この放送で、ねねの下に集まったら、意味がない。

 切り捨ててでも、スタジアムへ。

 

 その言葉を最後に、放送は断ち切られた。

 

「憤慨、よくもしてくれたな」

 

 ブラックは大量の機材の一部を拳で破壊して、強制終了させた。

 これでもう、放送はできない。

 出口はブラックの塞ぐ扉、ただ一つ。

 

「狭隘、この部屋では避けれまい」

 

 ああ、そうだ。

 こんな部屋で、こいつの攻撃なんて回避できない。

 そもそも、広くても避けれるか分からない。

 

「……どうせ、ねねなんて、こんなもんだから」

 

 ねねは高くない天井を見上げた。

 その先に空がある。

 その空を仰ぐように。

 

「癇癪、被害甚大だ」

 

 ねねの過小評価にブラックはさらに怒気を強める。

 

「役立てたなら本望! あとは信じる!」

 

 仲間を信じる。

 奇跡を信じる。

 

 だから、起きろ、奇跡!

 

「誅殺、死で償え」

 

 ブラックの硬質な拳が握られ、強く踏み込むとねねを殴り飛ばそうと床を蹴り――

 

 ピシピシ……

 

「「ぇ?」」

 

 床が撓って、建物が撓って、音が次第に大きくなって……。

 パキパキ、から、バキバキ。

 そして一瞬で――

 

 バゴン、と床が抜けて崩落した。

 

「ナニっ⁉︎」

「わぁ!」

 

 底が抜け、足場を失った2人は、衝突間近で一つ下の階に転落した。

 これが、奇跡だったのなら、世界は非常にホロメンにとって都合のいい展開を与えてくれるようだ。

 

 





 作者でございます。
 今回で全ての敵が出揃いました。
 後はどう決着がついていくのか。

 ラプちゃん、ロボ子さんおたおめ。
 そしてころさんもお大事に。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。