歌姫伝承〜ホロの異能大戦ストーリー〜   作:炎駒枸

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64話 鬼神の騎士道

 

 2人の剣士が、刀を交えて語り合う。

 剣士として、当然の行いだ。

 

 しかし、とある少女の刀は血を嫌うらしい。

 これは単なる比喩的な表現だが、彼女の刀は血を拒む。

 刀が血を拒むのは、使用者がそれを拒むからだ。

 言い換えれば、使用者が殺生好きであれば、刀は血を好むようになる。

 刀もまた、人格を表現する物となる。

 

 この2人の剣はそれぞれ血を好む刀と血を嫌う刀。

 果たして、どちらが強いだろうか?

 血を嫌う刀、つまり、殺生を拒む人が勝てば、それが理想の世界。

 守るための剣が強い。

 それが最も気高い刀であり、人である。

 

 だが、残念なことに、この世は簡単ではない。

 

 血を拒むとは、ほとんど剣を交えぬということ。

 血を好むとは、自ら刀を振るって人を切る事。

 

 血を好むものの方が、真剣での実践経験が豊富で、勝利しやすい傾向がある。

 真剣と竹刀とでは、扱いが違うため、必然だ。

 

 血を拒めば、血を好むものの餌となる。

 ここで、少女が勝つにはひとつ、大きな決断が必要だ。

 それこそ、剣士としての人生の選択でもある。

 

 

『人を守るために、人を斬るのか』

 

 

 正解のないトロッコ問題。

 それに似てもいる。

 人は常に醜い生き物であるため、悪人が正義のために罰として斬られたり、処刑されたりする事を許容する。

 だからこそ、この国には死刑という実刑判決が存在し、アニメやゲームの勇者に感銘を受ける。

 どちらも斬らぬ選択ができないことを口実に、必ずどちらかを斬り捨てる。

 

 さて、少女は再び迫られる。

 選択を。

 幾度となく。

 

 森で遭遇した紳士は、性格とその強さから、傷と呼べる傷を与えず、受けずで済んだ。

 でも、毎度毎度、そうは行かない。

 

 今回こそ、自分の剣の道を決める時が来たのだ。

 

 

 

          *****

 

 

 

 J、それがあやめの相手取った敵。

 あやめ、それがJの相手取った敵。

 

 Jは、一定量以下分の力を無力化することができる、無、の能力者。

 そして、人には到底扱えないような超大剣を振るう大男。

 

 あやめは、能力など一切持たない、奇才な鬼神。

 鬼の中でも数少ない力、鬼神の覇気を操り華奢な体から豪快な剣撃を放つ。

 その圧倒的な破壊力たるや。

 Jの能力を凌駕するほどである。

 

「にしても、ホントすげぇな。久々に、腕が重いぜ」

 

 Jは大剣を左手に持ち替えて、右手を何度か握った。

 味方には劣るものの、過去に敵との勝負で負けたことは無いのかもしれない。

 

「ふっ、俺の強者感から、負け知らずだと思ってんなら、そりゃあ違うぞ」

 

 覇気という気魄を剥き出しに、目を煌々と光らせ、息を切らすあやめに、そう笑って歯を見せた。

 

「さっき、上の奴がいるって、言ってたからね。覚えてるよ」

 

 数刻前、Jが上げた3名。

 あやめはそのネームを頭に浮かべて息を整える。

 

「それとは別だ。仲間じゃなく、敵に負けた話だ」

「え……」

 

 あやめは、また呼吸を乱す。

 

「ウチの魔術師――まあ、トランプの奴だな。あいつの魔導書を奪いに来た魔法師がいたんだ、結構前の話だがな」

「……魔導書を?」

 

 あやめは一瞬、記憶の何かと今の言葉がリンクして聞こえた。

 が、すぐに乖離した。

 

「そいつに負けたの?」

「いやまさか。アイツの魔法師の中での順位は20〜30番程度で、しかもこっち側の陣地だ、負けやしねぇっての」

 

 魔法師の強さ基準はイマイチ分からないが、シオンは確か第10位だ。

 学術上はシオンより弱いと言うことになる。

 

「俺が負けたのはその仲間だ」

「……仲間に、負けた?」

 

 不思議と言葉が飲み込めない。

 主人より強い仲間が、いるのか?

 

「そいつの付き添いに第3位の魔法師がいてな。ありゃあビビったぜ」

 

 当時を懐かしむように、暫し目を閉じて、苦笑した。

 3位。

 シオンよりも圧倒的に格上。

 しかも、世界でも指折りの実力者。

 

「じゃあ、その魔法師――」

「……のお供に負けたんだ、一騎討ちでな」

 

 あやめの言葉を遮り、言葉を奪う。

 お供のお供に負ける、と言う以外な結果。

 しかし、お供の方が強いのなら当然だ。

 

 でも、やはり妙だ。

 その2人、何となく知っている気がする……。

 いつ?

 どこで見た?

 

「確かアイツの能力は……そう、硬質化だ」

「っ――!」

 

 思い出した。

 その一言が決定打となった。

 確信した。

 あやめは、その男と会っている。

 いや、更に上、剣を交えている。

 決着すら着かなかった、あの、「森での決闘」。

 

「……ふっ」

 

 あやめは自嘲した。

 決着すらつかなかった、だと?

 あれは対面した時から、決着していたさ。

 

 あやめの、敗北だった。

 

「なんだ? 変なこと言ったか?」

 

 あやめの嘲笑に苦笑するJ。

 

「いや、別に……余もそいつ、知ってるから」

「へぇ……そいつぁおもしれぇな」

 

 何が面白いのか。

 知っているだけで、師弟などの特別な関係ではない。

 将来そうなる予定もない。

 

 しかし、この男が言う剣士が森の紳士なら、第3位の魔法師とはやはり……。

 

「あの仮面男……そんな強かったんか……」

 

 森を後にしたあやめは、後にこっそりシオンから仮面男の正体を耳にした。

 シオン曰く、黒魔術師と。

 だが、情報はそれのみで、実力の程は計り知れなかった。

 しかし、ここに来てようやくその実力を計量できた。

 世界3位の魔術師。

 大物だった。

 

「ま、口動かしててもつまらねえし、構えろよ」

 

 Jは世間話に飽きたのか大剣を強く握り直した。

 戦闘狂特有の笑みを浮かべて大きく刀を振りかぶった。

 

裂刀(れっとう)!」

 

 大振りの縦切り。

 地面に振り下ろされた大剣の先から衝撃波が出る。

 その衝撃は地面に亀裂を入れながら真っ直ぐあやめに突撃する。

 忠告により、構えていたあやめは覇気を纏った刀で応戦する。

 剣撃の追撃が来る前に、衝撃波を抑えよう。

 

「鬼神一刀流・真空波」

 

 襲い来る衝撃を打ち消すには、似たものを放つ。

 あやめは衝撃波に全力で刀を振るう。

 すると、爆風のような一刃の風が衝撃波と衝突し互いが空へと舞い上がる。

 

 すぐさま追撃が来た。

 大剣が横振りであやめを狙う。

 技名もない、ただの軽い遠心力を使った一振り。

 ここで大技を放つ余裕はない、刀で軌道を逸らすことにした。

 

 あやめの刀をJの大剣が伝い、狙いを外して地に落ちる。

 

 今度はあやめが迎撃する。

 大剣の落下に合わせて、あやめは勢いのまま軽い身体を回し、大剣狙って斬りつける。

 Jはなんと、一度大剣から手を離した。

 力を加えて張り合うと、剣が壊れると予見したのだ。

 それを防ぐために、予め地に刀を寝かせる事で衝撃を分散させた。

 大剣は相当の腕力で振り回せる代物。

 容易く人に盗まれないからこその大胆な一手。

 

 しかし、刀を無くした敵にはあやめも強気に出られる。

 身軽に動いて、Jに刃先を突き付けた。

 

「わざと手を離すとは……驕りすぎたね」

 

 あやめは薄暗い夜の中赤い双眸を煌めかせてJを睨んだ。

 Jはその刃先をじっと見つめた後、あやめの瞳を見て、笑った。

 そして、グッと、突き出された刀を握った。

 

「お前こそ甘すぎだ。そんなクソみたいな迷い捨てて本気で掛かってこい」

 

 大男の圧倒的な腕力とその能力で、握る手には傷一つつかない。

 そのまま矛先を変えて大剣を取りに行った。

 あやめはそれを、みすみす許してしまうのである。

 折角のチャンスを、むざむざ捨てたのである。

 

「剣じゃなく俺を斬れば勝てた。俺が握った時、本気で刀を抜けば斬れた。俺がこの剣を掴む時、背後を狙えば勝てた」

 

 この一瞬のような期間に三度。

 この戦場で三度ものチャンスがあった。

 それをあやめは、手にできなかったのではない。

 手にしなかったのだ。

 

「次は本当に手加減しねぇぞ。さっさと選んで決めろ。でなきゃお前は死ぬだけだ」

 

 拾い上げた大剣の先をあやめに突き付けた。

 刃先の光沢が、暗い街に小さく輝いた。

 

 汗が垂れる。

 息と唾を飲み込み、視線を一度真っ直ぐにした。

 眉を寄せ、Jの腹の底を見るように睨む。

 

 剣士には、葛藤を隠せないのか。

 森の紳士と言い、コイツと言い、迷いを瞬時に見抜いて、揺さぶって来る。

 森では、仲間のことと託けていたが、恐らく見破られている。

 今回は、かまかけすらできない。

 

 人を斬ることへの躊躇を、皆心を読むように看破してくる。

 

「ま、斬らない選択をしても、死ぬだけだが」

 

 剣先を天に突きつけて、攻撃の予備動作に入るJ。

 あやめも遅れて予備動作に入る。

 

「カァッ!」

「ハァッ!」

 

 振り絞る声と共に2人はまた衝突する。

 Jの大剣があやめの胴体を斜めに切り裂こうとしている。

 あやめは2本の刀をクロスさせて、その交点で大剣を押さえた。

 上から下への威力は相当のもので、足が地面に埋没するような感覚を覚える。

 コンクリートに罅が入りそうな腕力に、同じ様な腕力で押し返す。

 鬼神の纏う覇気で、あやめの身体が薄く赤く光る。

 

「そう、その意気で切り掛かってこい」

 

 Jの目が数倍鋭くなった。

 あやめも負けじと目付きを鋭くする。

 

「刀は、人を斬るためにある」

 

 あやめはその言葉を耳にしたあと、修練された刀捌きを魅せる。

 罰字にして受け止めた大剣。

 刀でその大剣の軌道をまたしてもずらす。

 落下地点を地面に変更させ、空いたもう一本の刀を大剣を撫でるように伝わせる。

 そして、大剣のとある一点上を軸に、刀を上手く使って自身の体を持ち上げた。

 

 機敏な動きで空中に身を投げ出し、己の世界を反転させる。

 大剣の真上にあやめ。

 あやめ視点では、頭上に大剣がある。

 丁度、空いた二本の愛刀で真上から大剣に攻撃を与える。

 

「鬼神二刀流・渡月橋」

 

 Jはすかさず大剣の向きを変え、技を受けれる体制を取る。

 その大剣にあやめの剣技が炸裂。

 激しい鋼鉄のぶつかり合う音。

 熾烈な争いを彷彿とさせる、耳に響く音が、街にも響き渡る。

 実際、2人の争いは拮抗した実力者の鍔迫り合い。

 もはや、誰の介入も許されない。

 そんな一騎討ち。

 

「そうか……あくまでも、剣を狙うか」

 

 Jは心底失望したような声質であやめを睨みつけた。

 

「拳一発と、一太刀では、訳が違う」

 

 あやめは自分の思想、斬らぬ思想の根幹を口にした。

 想いを叫んだ。

 

「そうだ! だから剣士は、人を斬る覚悟がいるんだ」

 

 Jも分かっている。

 剣を持つとは、そう言うこと。

 拳一発で簡単に人は死なないが、刀の一太刀で簡単に人は死ぬ。

 剣士になるとは、それを理解した上で、刀を握る者。

 でなければならない。

 

「余は一度も、自分の事を剣士と言った覚えはないよ」

 

 まるで屁理屈。

 通らない道理を無理矢理通すようなセリフ。

 刀を持てば、剣士。

 でもそれは、誰が決めた事だ?

 

 いや、そもそも、誰が決めた。

 剣士は人を斬らねばならぬと。

 

「なら銃は! 魔法は! 龍の力は! どれも人を殺すのに余りある力だろ」

 

 Jは調査済みのあやめの仲間の持つ力を上げて、あやめの不自然さを説く。

 ぼたん扱う銃は、人を撃つためのもの。

 シオンの魔法は、殺傷能力が十分にある力。

 ココの龍の力は、人を潰すのも容易い力。

 

「魔法も銃も、龍の力も、全て使っているはずだ。死ぬ可能性は0じゃない」

 

 力を使う事自体は構わない。

 きっと、殺さぬように扱うからと、言うのだろう。

 ならばあやめも、殺さぬように人を斬ればいい。

 腕が立つのだから、できるはずだ。

 

「……余の他に、鬼族を見た事は?」

「ああ?」

 

 あやめの声のトーンがガラッと変わった。

 冷静だった声が、僅かに震えていた。

 洗礼された柄の握り方が、変わった。

 力任せに握り締め、手を痛ませていた。

 

「ないんでしょ」

「お前が初だ、だから疼いてんだろ」

「なら、もう語る事はない。黙ってさっさと――決着つけよう」

 

 あやめの目の色が、変化した。

 赤く赤く光っていた双眸。

 更に赤の深みを増して、薄暗くなりゆく瞳。

 しかし決して潰えぬ目の輝き。

 

「二刀流・竜巻旋風」

 

 剣技で竜巻が起こる。

 こんな怪奇現象が、あるだろうか?

 

 コンクリートの道路から巻き上げる微量の砂が嵐となり、竜巻となって渦巻く。

 竜巻で、数秒間だけ視界が遮られる。

 Jも、あやめも、誰も彼も。

 

 その竜巻は、Jを内に取り込むように襲い掛かる。

 

「小賢しい風技を!」

 

 Jは大剣が軋むほど強く握った。

 両手で、がっしりと。

 

「絡繰屋敷」

 

 大剣が乱れるように暴れ出す。

 力が暴発したように剣が竜巻を幾度も、凄まじい速度と威力で切断する。

 風という勢力は、幾度もの斬撃という数の暴力に相殺された。

 

「…………」

 

 晴れた視界のその先に、互いの敵を見据える両者。

 黙ってJを捉えるあやめ。

 黙ってあやめを捉えるJ。

 

「……」

 

 Jは妙な違和感に眉を顰める。

 大剣を握る力が更に増す。

 Jの正面に映る存在から感じる奇妙さが、そうさせる。

 

「おい……お前……」

「……へへ」

 

 Jの鋭利な視線と不快さを乗せた言葉に、あやめは奇怪な笑いだけを返した。

 

「大滝落とし」

 

 Jがスイカ割りのようにあやめを脳天から両断しようとするが、刹那の間で躱した。

 本当に、ギリギリだった。

 

「闇凪・絶」

 

 今度は右から左へのスイング。

 あやめはまたしても紙一重のタイミングで回避する。

 

「はっ、斬らねぇで逃げる気か。なら……」

 

 あやめが刀を仕舞っていることに、多少だが腹を立てているようだ。

 舐められた気分を味わい、怒りに触れた。

 

「鬼斬!」

 

 鬼を斬る技。

 それがあやめに牙を剥く。

 あやめが遅れて刀を抜いた。

 

「遅ぇよ!」

 

 高威力の技を、予備動作なしでは受けきれない。

 刀が砕け、身が滅びるのみ。

 

 カァッ!

 

 刀と剣の一瞬の交差の音。

 同時に、パキンっと刃の砕けた音と砕けた刃が地に溢れる音。

 

「なっ――!」

「鬼神一刀流・鬼門・閉」

 

 あやめが見事に、Jの大剣を割って見せた。

 華麗に、怪我を負わせず無力化させた。

 ただ、そのあやめというのは……。

 

「どう……なってやがる! なんでお前……二人いるんだ!」

 

 Jと対峙していたあやめではない。

 Jは正面のあやめを獲物として捉え、攻撃を仕掛けた。

 そこに横から割って入り、剥き出しの刃を真っ二つにしたのは、また別のあやめ。

 

「余が、二人いるように見える?」

 

 剣を破壊したあやめが鞘に納刀しながら、振り向き、笑みを見せた。

 歯が、キラッと光った。

 

「何⁉︎」

「もしあやめちゃんが二人いるように見えるなら――」

 

 Jの正面にいたあやめが、軽い足取りでもう一人のあやめに接近する。

 深く悪戯っ子のような狡賢そうな笑みに顔を染めて、容貌を変えていく。

 次第に変わりゆくあやめの姿。

 変わり果てたその姿は、全く別のホロメンだった。

 

「それはきっと、見間違いじゃないかな〜」

「ね、ネコ……だと」

 

 薄紫の甘やかな髪質、煌めきの途絶えぬ双眸、毛深くない頭に生えた耳、背の下辺りから生えている尻尾は愉しげに揺らいでいる。

 紛れもなく、ホロライブのあのメンバー。

 

「僕はね、猫又おかゆ」

「どう? ホロライブの悪戯ネコ」

「……いつからいた」

「余がここに来た時から、ずっと一緒に」

「もし見えなかったんなら、それも見間違いじゃない?」

「ふざけた真似を……」

 

 ここに来た瞬間から、あやめとおかゆが張った罠。

 それこそがこの騙し討ち。

 見事に敵を欺き、無力化に成功した。

 

「余は最初に言ったよ。卑怯な手、使うって」

「ああ聞いた。許可した。二言はねぇし、恨みやしねえ」

 

 売り言葉に買い言葉。

 一見の窮地に物怖じせず、Jは割れた大剣を蹴飛ばして手にした半分も遠くへ投げ捨てた。

 

「言ったはずだ、俺の能力だって卑怯そのもの。俺が許可したのは、俺にも隠し球があるからだ」

 

 能力――そうだ。

 こいつは力を無視する無茶苦茶な能力者。

 それを使用した、隠し球が何かあるのか。

 

「勝った気になってんじゃねえぞ!」

 

 Jが駆け出した。

 強く瞳孔を開き、おかゆに狙いを定めた。

 右手に何かを持ったような手つき。

 その腕の動きはまるで……刀を持った殺人鬼のよう。

 

「っ――は⁉︎」

「おかゆ!」

 

 あやめとおかゆは同時に地を蹴って、回避を試みた。

 しかし、おかゆだけ何故か地を蹴っても身体が跳ねない。

 全身への、地面からの反発がない。

 結果、左右への動きだけが実現してその場に転倒する。

 

「くっ!」

 

 あやめがもう一度地を蹴り、二人の間に切り込む。

 キンっと、また剣と刀の混じり合う金属音。

 なんとか攻撃を受け止めた。

 それと同時に、Jの手にした獲物が何か、あやめの中で鮮明になる。

 

「おかゆ! どうしたの!」

 

 刀でJの力を抑え、苦悶の表情で背後に声をかけた。

 

「なんか、歩けないし、立てない!」

「お前! 何した」

 

 あやめはJの笑みを凝視した。

 

「俺は触れた物にかかる力をゼロにする、カァッ!」

 

 一度互いに弾き合い、距離を取る。

 

「俺の足が、地面に触れている。地面にかける力が無力化されれば、当然歩くことも立つこともままならない」

 

 おかゆが動けない理由だ。

 作用反作用が成立できないなら、歩みも直立も不可能だ。

 

「お前は鬼神の力で、制限を超える力を無意識に放っているから動けるだけだ」

 

 あやめの無意識下の覇気が、強力過ぎてここでもJの能力を無視していた。

 今までJがこれを発動しなかったのは、あやめ相手には無意味と読んでいたからだ。

 しかし、おかゆとなれば話は別。

 制限を超過する力など、まず出ない。

 丁度いい錘にできる。

 

「その剣……」

 

 あやめは、Jの右手に注目した。

 まだ手が、何かを握っている。

 それは剣に違いない。

 

「名工の剣だ。完全不可視のな」

「名工……持っとったんか」

「ああ、お前のもそれなりに良い刀だとは思うがな」

 

 Jの笑みが深まり、あやめの苦難も深まる。

 名工だから強い、とはならないが、見えないのは厄介だ。

 刀身が測れないと、攻めも受けも、消極的になりやすい。

 あり得ない長さかもしれない。

 あり得ない太さかもしれない。

 あり得ない材質かもしれない。

 迂闊に攻撃、できなくなる。

 

「名工といやぁ、さっき降って来たメイス」

 

 Jが翻弄するように口を動かす。

 口角を上げ、更に二人の心を揺さぶる。

 

「お前の仲間は、どうなっただろうなあ?」

 

 敵の闘志に呼びかけて、自分を斬るように仕向ける。

 執拗にあやめを人を斬るように煽る。

 

「……ちょっと梃子摺ってるらしいね」

「死んでるかもしれねぇぞ?」

「誘導下手? 死んでたら、急ぐ必要なくなるじゃん」

「じゃあ、死ぬかもしれねぇぞ?」

「だから、ちょっと梃子摺ってるって言ったんよ」

「『ちょっと』に『梃子摺る』か」

 

 危機感のなさと信頼の厚さ。

 そんな事で、二人は動じない。

 それに、もうすぐ、駆けつけるから。

 

「甘いな!」

 

 Jが迫力満点に飛び出した。

 気力迫力満点で、全身全霊、つまり全力で。

 あやめの本物の闘争心を掻き立てるため、弱点となるおかゆを狙う。

 本気で護らせ、本気で斬らせる。

 

「これで終いだ。裂刀・穿」

 

 裂くのか穿つのか分からない技で、Jはとどめ撃ちを狙う。

 あやめに強制仲介させる。

 さあ来い、と心構えは完璧だ。

 

 あやめも納刀した二つの愛刀の柄に手をかける。

 全力で地を蹴り、速攻で間に割って入る。

 

「おかゆ!」

「わっ!」

 

 隙ができてしまうため、手荒だが、おかゆを軽く蹴って距離を取らせる。

 Jに向き直る暇などない。

 背を向けたまま、抜刀。

 感じる気配、操る第六感。

 近づくJと刀身の読めない不可視の剣。

 

 グッと、軸足となる右脚に力を込め、両手を強く握る。

 軸足を捻り、全身を半回転させて、踏み込んだ。

 相手の剣の動きを推測して、避けるように身を翻し、前へ進め、刀と腕を何度も捻り……斬る。

 

「鬼神二刀流・唐紅」

 

 パキッ、カラン、コロン……。

 

 さまざまな音とともに全てを察した。

 あやめは全てを振り払い、今の一瞬で開いたJとの差を走って埋める。

 

「テメェっ!」

「はぁっ! たぁっ!」

「ぐっ……そっ……タレ……」

 

 遅れて振り返ったJの腹に覇気を込めて、強く刀の柄を撃ち込んだ。

 巨大にも響く微かな痛みに反射した瞬間、背後に回ってもう片方の腕にも覇気を込めてJの後頭部を撃った。

 

 流石の体躯も、鬼神の覇気の腕力には敵わず、意識朦朧とし、バタッと倒れ、遂に決着した。

 

「はぁ、はぁ……」

 

 鬼神の覇気を全開にしていたあやめも、漸く力を抑え、気迫を体外へ逃す。

 体への負荷が、一気に押し寄せ、激しい息切れが目立ったが、活動に支障はなかった。

 Jに「刀傷一つつけない決着」におかゆも絶句して、静かに歩み寄った。

 

「あ、見えない剣が割れたから、そこら辺落ちてるかも……気をつけて」

 

 と、あやめが軽く注意喚起した。

 が、おかゆは大して気に留めずあやめにそっと寄り添った。

 

 あやめに「有るべきもの」が無くなっていたから。

 

「あやめちゃん……ツノが……」

 

 欠けている、あやめの左側のツノ。

 欠けただと程度が低く聞こえるだろうか?

 付け根上辺りにスッパリと刀で切られた跡がある。

 左のツノを、ほぼ完全に持っていかれた。

 ただ、敵の剣の動きを計算しきれなかった、という落ち度。

 

「ツノなんてまたすぐ生えるからいいよ。それよりも……」

 

 目線を目上のツノに向けるが、興味がなさそうに視線を外し、少し離れた地面に転がるものを見る。

 そこには、斬られたであろうあやめのツノのカケラと「もう一つ」。

 

「ウソ……でしょ……」

 

 あやめは残骸を手に取り、小さく指を切るが構わずそれを手中に収める。

 もう片方の手で掴むものを目の前に置き、思いを馳せる。

 

「羅刹が……」

 

 おかゆも良く知る、あやめの愛刀――『大太刀 妖刀羅刹』がJの大剣のように綺麗に真っ二つに割られていた。

 羅刹の刃こぼれはかなり酷いものだ。

 それに対して、阿修羅の方は傷付くどころか、刃こぼれ一つない。

 

 割れた理由として、二つあるが、あやめの中ではもう、一つと言っても過言ではない。

 

 一つは間違いなく敵の強さ。

 強力な敵であったため、その代償にツノと刀を一本ずつくれてやったのだ。

 

 しかし、一つは……。

 

「迷ってた……」

 

 あやめの心そのもの。

 

「仲間のために、みんな戦ってる。正当防衛ながらに、戦った」

 

 いい事ではないが、誇るべき事ではある。

 

「なのに余は、自分の都合で……」

 

 手を緩めた。

 それが、敗因。

 勝利の中での敗因だった。

 

「甘かった……!」

 

 あやめは必死に感情を堪えながら、震える手で割れた羅刹を丁寧に納刀した。

 最終的には、拳で沈め、深傷を負わせずとも手を汚した。

 

「戦場では甘いかもしれないけど、それは素敵な事だよ、あやめちゃん」

 

 おかゆはあやめの背にそっと手を乗せて囁くように言った。

 

「僕はホロライブのヴィラン志望猫だからさ。その……どうやってあの剣士を倒すか必死に考えてた」

 

 冗談混じりに苦笑しながら、あやめの誠実さを説いていく。

 

「どんな手を使っても、どんな致命傷を負わせることになっても」

 

 それを思わないあやめは、如何に素敵な心の持ち主か、と。

 おかゆは微笑んでくれた。

 

「……ウソつき猫」

「ははは、だってヴィラン志望だもん」

 

 おかゆの優しさに気付いたあやめは、揶揄って目元を擦る。

 おかゆの「とてもわるーいウソ」をあやめは笑って見逃した。

 

「余が人を斬らないのは、優しいからじゃないんよ」

 

 でも、ただそれだけは、知っておいてほしかった。

 そこだけは、どうしても嘘を付けなかった。

 仲間は大切だから、本心は言えなくても、嘘で隠し通すことは、したくなかった。

 

「余が人を斬らんのは、すごく個人的な話」

「そうなんだ」

「そう、だから、あんま気にせんといて」

「分かった」

 

 最後におかゆは笑ってあやめを受け入れた。

 あやめの苦笑は何故か、取り繕ったように見えて仕方がなかったが……。

 

 





 どうも作者です。
 さて、あやめ殿の戦いもついに結末ですね。
 なぜ、人を斬らないのかは後に語られるであろう、多分。
 おかゆんとのトリックはどうでしたか?
 意外なあやおかコンビでした。

 そして、あの箱推しの強さと、森での話。
 突然濃くなる再登場説。

 あ、沙花又とこよちゃん、3Dめでたし。
 そしてぺこちゃんおかえり。

 では、また次回。
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