歌姫伝承〜ホロの異能大戦ストーリー〜   作:炎駒枸

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69話 3酒の陣技

 

 避けられてばかりの戦いが、いつの間にか避けてばかりの戦いに。

 発端は、メイスが飛ばされた事。

 メイスを失い、どうしても強気に行動できず、敵の攻撃を避ける事を意識してしまう。

 しかも、今までどれだけ頑張れど、攻撃が一撃も当たらなかった。

 それが、後退気味の心情の原因の一つでもある。

 

 もはや、倒すことなど意識から外した。

 今は、このクラブという男をここに止まらせ続ける事を念頭に挑んでいる。

 

「難攻不落の絶対回避も無為無策じゃ、大器晩成の利点すら活かせやせんしなあ」

 

 クラブは攻防戦を放棄して腕を組むと、大声で独り言を呟く。

 ノエルも同様に動きを止める。

 

「面倒な言葉遣いが消えんってことは、あんま疲れてないね?」

 

 4字熟語の羅列は頭が活発な状態でこそできる。

 解釈しづらい言い回しが継続している間は、クラブの体力は十分残っていると見て間違いない。

 

「冷酷無情な物言いだよ全く……」

 

 冷酷でも無情でもない。

 ただ純粋に鬱陶しいから面倒だと言ったのだ。

 

「なあ、互いに疲労困憊は一目瞭然。ここはひとつこの辺で手打ちにしないか?」

 

 ノエルはふぅっ、と息を吐いて瞑想するように目を閉じる。

 この言葉に耳を貸すかどうか。

 

進退維谷(しんたいいこく)のまま満身創痍になるまで本領発揮してちゃ、結局のとこ百年河清(ひゃくねんかせい)で終いだ」

 

 ノエルは胸を撫で下ろし、心を落ち着ける。

 相手が、本当に一利一害で提案しているなら乗るべきだ。

 だが、なんせ敵。

 譲歩のような提案を出すだろうか?

 裏に抱えた意図があるはずだ。

 

「一刻千金っていうだろ? それとも永永無窮(えいえいむきゅう)竜攘虎搏(りゅうじょうこはく)を続けたいのか?」

 

 次第に理解が追いつかない熟語で溢れ出す。

 が、説こうとすることが何かは想像に難くない。

 

「意味はわからんけど、あなたの提案は基本、乗る気ないよ」

「メイス無しで、真向勝負に挑むのか?」

「どしたん? 怯えとんの?」

「いいや、畏怖嫌厭なんて無縁な言葉だが……正気か?」

「本気」

「マジって読むやつだな」

 

 ノエルの決心に、もはや説得も無意味と悟ったようで、諦めたように肩を竦めた。

 ノエルはギュッと握り拳を作り、その力強い手を一瞥する。

 ホロメンの中では力のある方だが、運動神経が良いとは言えない。

 ただ、騎士としてある程度の動きを身につけているだけ。

 俊敏性や戦闘中の判断力は高くない。

 

 正直、こちらの世界に反転してから、ぺこらとるしあ以外出会っていない。

 各状況も把握できていない自分がどうこう言えないが……。

 ねねの放送はしっかりと聞いた。

 揺るぎない決意が放送を通じて胸を貫いた。

 スタジアムへ、という指示はホロメンだけでなく、敵陣営の耳にも届いているはずだ。

 そして、この男にも。

 

 クラブを押さえることに意味があるか、分からない。

 けれど、ノエル一人で敵一人をスタジアムに近づけさせないでいられるなら、これほどラッキーな事はない。

 

「騎士の姉ちゃん、こう言うのは一日の長と言ってだな……」

「あー、いいよ、別にそう言うんは」

「……ったく、この期に及んで意気衝天としてるのは本当に瞠目結舌だよ」

 

 鼻で笑って、小馬鹿にする。

 何となく、ノエルは気分が良かった。

 

「……ん? 船?」

 

 ここにもまた、船は現れる。

 フレアの所へ船が来る少し前のことだ。

 航路は展望塔から「ここ」そして「フレアの所」だ。

 進行方向は多少ズレているが、その船の最終目的地は明白だった。

 

「仕方ねえ!」

「あ、待てぇ!」

 

 ノエルを無視して、クラブはスタジアム方面へ駆け出した。

 中々に足が早く、後を追うノエルとの差は徐々に広がってゆく。

 ノエルの場違いに間伸びした声も、遠ざかるばかり。

 

 だが、そのクラブの足よりも遥かに速度のあるものが、頭上を通る。

 そう、アクアマリン号。

 空に灯りが出ていないため、影を落としたりはしないが、存在感があり、頭上に来れば不思議と感じる威圧感で感知できる。

 

 遅れてでも到着すれば、作戦遂行までの時間稼ぎ程度はできると読んだのだろう。

 クラブは全力で街を駆け、スタジアムへ向かう。

 

 そこへ舞い降りる、一人のホロメン。

 

「ストーーップ!」

 

 何十、何百メートルとある高さを自足で飛び降りてきたパワフルさ。

 特有の浮遊した金髪。

 微かに香る異国の匂い。

 右手に携えた仲間の落とし物。

 

前途遼遠(ぜんとりょうえん)、多事多難」

 

 クラブの行手を阻む、一人の女性。

 彼女こそ、ノエルのピンチに駆けつける救世主。

 名を、アキ・ローゼンタール。

 

「用事は後にしてもらおうかな」

 

 ほんわかとした声質からの、底知れない圧力。

 流石は一期生、威厳がある。

 少しして、ノエルも追いつき、二人がクラブを挟み込む。

 

「アキロゼ先輩!」

「ノエルちゃん、遅れてごめんね」

 

 笑い合い、言葉を交わす。

 

 さて、この二人……ならば、足りぬ人がいるであろう。

 

「行ってこーい!」

「ちょぉぉぉぉおおおおおおお」

 

 スッと影が屋根の上を通り過ぎ、二つの声がした。

 一つの声は、姿を見る間も無く遠ざかるが、もう一つの声は次第に距離が近づく。

 屋根の上から、また一人、女性が降ってくる。

 突如屋根瓦から突き落とされ、泣き叫びながら地上へ真っ逆さま。

 

「あぶなああああああああああ、どへっ!」

 

 クラブの頭上へ落下し、危うく激突かと思えば、クラブは見切りを発動させずに回避。

 その女性は一人虚しく地面に激突した。

 

「ら、ラミィちゃん……?」

「らみのすけ!」

 

 屋根から落ちて、無事……なのか?

 

「ぶはっ! ポルカぁ! 覚えとけよ!」

 

 地面から顔を起こして颯爽と駆け抜けた影、その正体に激昂する。

 

「アンタも可愛い子が落ちてきてるのに避けるんじゃないよ!」

 

 さらにその怒りは止まることを知らず、クラブにまで八つ当たりする。

 

「いや、普通だろ」

 

 流石のクラブも素のツッコミが溢れた。

 寧ろ、避けたからこそ助かったと考えるべきだ。

 

「ああ! 雪のクッションね」

 

 アキロゼはラミィの足元に着目して合点がいく。

 天然の雪とは思えないほど柔らかそうな雪が地面に積もっていた。

 

盤根錯節(ばんこんさくせつ)だぞ、こりゃあ……手に負えない」

 

 タイマンでの勝利が怪しいクラブにとって、3人と同時に戦う事は無理難題。

 逃げる選択ももはや不可能。

 アキロゼの能力は比較的想像しやすかった。

 なら逆に、この3人をここに足止めする作戦に変更するか。

 

 わざわざ応援に来るのだから、意味は無さそうだが、何もしないよりはマシだろう。

 とにかく、ひたすら回避を重ね、儀式の完了を待つ。

 

「遺憾千万、俺の能力じゃあなぁ……」

 

 ラミィから距離を取り、正面に3人を捉える。

 3人は互いの距離を詰め暗がりの中様子を確かめ合う。

 

「はい、ノエルちゃん」

「ありがとうございます」

「もう、手放しちゃダメだよ」

「了解です」

 

 アキロゼからノエルへ、たった一本のメイスが手渡される。

 

「ところで、ラミィちゃんはどうして?」

「ん? ああ、おまるんがフレア先輩んとこ行くって言うから、付いてこうとしたんですけど……ですけど!」

 

 途中、ノエルとアキロゼを見つけここで別れることを決めた。

 そして結果、さっきの悲劇が起きた。

 

「ポルカ! 絶っ対許さん!」

「あ、あはは……」

 

 ラミィの別方面に燃える闘志とアキロゼの渇いた笑い。

 何気ない日常の背景が、ただ黒いだけのような世界。

 ノエルにも笑顔が戻る。

 

「できれば、あの人は倒したい」

 

 ノエルの意気込みに、二人の表情が真剣なものへと変化する。

 だが、ノエルの言葉が抱えた意図を解けば、相当な苦戦を予言するものと捉えることもできる。

 

「でも、驚かんでね……あの人、攻撃が当たらんのんよ」

「なるほどぉ」

「ノエたんが苦戦するわけだ」

 

 驚くどころか、不敵に笑い、ターゲットを凝視した。

 相手に取って不足なし、と。

 

「たとえ艱難辛苦(かんなんしんく)に苛まれようと、臥薪嘗胆(がしんしょうたん)と腹を括るのみ」

 

 クラブは本気で回避に専念し、一瞬、刹那の隙を突く。

 それを繰り返す策をとる。

 

「大丈夫だよ、二人とも」

 

 アキロゼがグッと親指を立てた。

 さらにウインクも決まり伝えたい安心感は増す。

 

「根拠ありですか?」

「有りもありあり、大有りよ」

 

 隠そうともしない自信。

 持ち合わせの作戦に余程の信頼があると見える。

 

「いい? 作戦はね――」

 

 ――――――――。

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啐啄同時(そったくどうじ)も易々与え、彗氾画塗(すいはんがと)と作戦会議。こうしてあとは、時機到来を待つつもりか」

 

 無防備な作戦会議の妨害すらできず、クラブは自分自身に呆れ愚痴った。

 見切りの能力は緊急回避時にこそ、神速を発揮するが、攻撃を向けられない限りは無能力者と同等。

 身体能力が高くとも、例えばアキロゼとパワーで真っ向から勝負を仕掛けても負ける未来しかない。

 逆に退散しようにも、同様にアキロゼの強化した速度には敵わない。

 無駄な足掻きが、体力消耗にしかならない事も計算済み。

 

「奇々怪々。何のつもりだ?」

 

 ラミィ、アキロゼ、ノエルは三角形にクラブを包囲。

 そして、微動だにしない。

 ただ距離を空けて包囲し、見守るのみ。

 一切手出ししない。

 

「これが作戦」

 

 アキロゼは胸を張り、腕を組む。

 巨城を構え、まるで籠城作戦のように不動を貫く。

 不気味さと不自然さから、敵は容易に手出しできず、更に逃走すらも視野に入れられない状態。

 待機という行為が呼び寄せる勝機が何かを、読み取るまでは、膠着し続けるであろう。

 

「刮目相待だが、精励恪勤(せいれいかっきん)こそ事態好転の鍵」

 

 理解できない熟語を並べ立てようと、3人は動じず停滞を引き伸ばす。

 

軽挙妄動(けいきょもうどう)は命取り、緊褌一番(きんこんいちばん)で起死回生の手を文字通り暗中模索していくとしよう」

 

 よくもまあ、こうすらすらと四字熟語が浮かぶものだと、感心を通り越して呆れ果てる。

 

「…………」

 

 さあ、これであとは「合図」を待つだけ。

 「号令」がかかった時、二つの戦局は大きく動く。

 そう、アキロゼ、フブキ、わためが船で授かった作戦。

 首謀者は、意外も意外なあの人だった……。

 

 





 作者です。
 さあ、こちらでは「ホロの酒飲み」が集いました。
 しかし、作戦はまさかの待機。
 作戦の首謀者とその内容は?

 次回は、そこですね。

 では、また次回。
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