空を走る者がいた。
空を走る存在は天才。
空を走る存在は強者。
相場が決まっている云々ではなく、この世界ではそうなのだ。
空を走るとは、鳥類の獣人や天使、悪魔などと違い羽ばたかず、浮遊などとも違う。
羽ばたかず、浮かずして飛ぶ存在は強いはずである。
ホロメンの中に、空を走れる存在は現在二人。
能力により、ぺこら。
魔術により、シオン。
今、空を颯爽と駆けるのは紫咲シオン。
あくあと共闘でトランプを撃破し北西の洞窟に拘束。
ラジオ塔を爆破して相手の通信手段を遮断。
ねねとトワをブラックの魔の手から救出。
ねねにスタジアムへ向かうよう促し、ブラックはトワに任せる。
そして、今。
遠くで、アクアマリン号が動き始めている。
首謀者は誰か未確認だが、スバル、あくあ、メルの能力を動力としている。
シオンの目的地は今現在移動中。
攻防の中で意図せず場所移動を続けている様子。
国内全体の戦況は一度確認したが、全てに助力できるほど力は余ってない上に、時間を考慮すれば不可能だ。
だから、シオンは自分が倒すべき相手をすぐに絞った。
そのうちの一人がトランプ。
そしてもう一人が……ノーカード。
発端はなんとかトランプを打破し、どうにか懐柔できれば……。
そんな思いだったが、トランプの撃破後に発覚した事実があった。
トランプの懐柔に意味は無いことを知った。
正式には、トランプだけの懐柔に、だ。
トランプ討伐に全力を注いだが、結果として魔力不足。
急遽ドーピングを強いられる。
体へ及ぼす被害は二の次。
新たな標的、ノーカードを懐柔するために、必要なことを何でもする。
「まさかアイツが、黒魔術師だったとは……」
そう、発覚した事実とは、ノーカードが黒魔術師であること。
そして、敵の能力支配をノーカードが行っていること。
事務所襲撃の時以外で、あの顔を見た覚えはないため、魔術師評価としてはそこまで高くはないはず。
「特化型かな……」
特定の術式を極めた特化型の魔術師。
魔術師評価は様々な視点からの平均値で算出されるため、一つの術に特化させた者の評価は必然的に低くなる。
逆に言えば、評価順位の低い魔術師は、ある特定の技術において世界最高レベルの可能性もある。
「特化だとシオンがキツイけど、特化じゃなきゃるしあちゃんがヤバいしな」
平均型で且つ、体力の限界ギリギリのシオンは特化型を相手にすると少々厳しい。
しかし、シオンのような平均型の場合、現在ノーカードを引き付けているるしあが危険だ。
なんせ魔術の中にはアンデッドをも殺せる術が存在するからだ。
魔術師本人にぶつける時、ホロメンの中ではロボ子を超える適任者はいない。
そのロボ子も、スタジアムで絶賛準備中。
間もなくあちらも動く想定。
「いた」
上空から捜索し、ようやく見つけた二つの影。
るしあとノーカードの攻防、その光景。
小型ナイフで大きな斬撃の軌道を逸らしたり、死霊を使役して身代わりにしたりと、とにかく苦戦している。
守備一辺倒の戦いから力の差は歴然。
正直に評価して、万に一つもるしあに勝ち目はない。
「るしあちゃーん!」
逃げず隠れず、堂々と声を張り、シオンは空から駆け降りる。
「……来たか、紫咲シオン」
「シオン……先輩」
安堵する者、凝視する者。
それぞれ異なる視線でシオンを見上げ、動きを止めた。
「遅くなってごめん」
悪びれるように一つ謝罪し、るしあの前に出て背中で語る。
「いや、寧ろありがと、正直ヤバかったんだよ」
るしあの自白にシオンは内心そりゃそうだ、と相槌を打った。
遠目に見ても剣の力は分からないが、ここまで接近すれば、ノーカードの所有している剣が「聖剣」だと、痺れる感覚から分かる。
決して聖なる力……聖力を持つ剣ではない。
「聖剣」はただ、真っ当に全てを切るだけ。
そこから感じる覇気を、聖力と錯覚して名付けられたため「聖剣」と呼ばれる。
この力を持つ刀や剣は偶然により稀に生まれる。
事務所襲撃の時にシオンの魔法を斬ったのも、この剣だ。
ここに長時間るしあを置くのは、危険だ。
「るしあちゃん、さっき爆発したラジオ塔にトワ様がいるの」
「……分かった、そこへ行けばいいんですね」
「ありがとう」
「じゃあ……気をつけて」
るしおんの仲は結構な代物だ。
るしあはこの場を預け、次なる舞台、仲間の手助けへ向かった。
「厄介払いをして、何のつもりだ?」
「トランプを拘束した」
「……なるほど、俺を引き込みに来たのだな?」
「呑み込みが早くて助かるよ」
長時間の口論は手遅れの原因となり得る。
早々に結論を出して、この闘いを終わらせたい。
「しかし残念だが断るよ。さて、なぜだと思う?」
「さあ、何でかな。教えてよ」
「本音か冗談か、まあいい」
軽く息を吐き、聖剣を異次元にしまい込む。
首を回して骨を鳴らし、姿勢を整えるとシオンを正面から捉えた。
「仲間が生きているかは常に把握している。そちらも同じだろう」
「まあね」
「意識ない者が複数いるにも関わらず死者0名。それに加えて、トランプも拘束止まり」
「それが?」
シオンのとぼけた問いにワザとらしくため息をついた。
「明らかに殺意がない。それがどれほどの利益になろうとも」
「だろうねー、みんな優しいし」
「他人事のように言うな、お前もだろう」
「あー、シオンも優しいからね」
ひたすらにふざけた返しをする。
特に真意はない。
何となく口をついて出る言葉が冗談めかした言葉なだけ。
「五石を元の位置に封印したいんだろうが、そうはいかない。こちらは決して譲らない。裏世界から出たいのなら、選択は二つに一つ」
「殺せって?」
「そうだ」
裏世界を構築している術者2人の命を絶てば術は解け、世界は表へと帰る。
もう一つ、五石を元の位置に戻し東西南北の石に再度封印をかければその力により裏世界は消滅する。
この規模の構築世界は、もはや術者の意思での崩壊は望めない。
元の世界へ帰るには、二つの内一つを選択する必要がある。
人を殺せないホロメンから見れば、選択肢は一つしかない。
だが、敵がそれを知っていれば、敵は思い通りに動かない。
「なら、取引にしよう。何か、欲しいものをあげる」
「五石」
「無理」
新たな提案も想定済みだったのか、即答される。
勿論、五石を渡すことは本末転倒。
却下だ。
「本とか……」
「興味ないな」
「血」
「もっと興味がない」
「……寿命」
「興味はあるが、必要ない」
一つ、耳を疑う単語が出たが、ノーカードは動じる事なく断る。
尽くを突っぱねられ、シオンもいよいよ苦しくなる。
軽く喉を鳴らして、新たな交渉札を探すが、何せ自分1人が出せる札が少なすぎる。
「そうだな……もし、五石がだめなら後は歌姫の命、だな」
「っ……!」
「まあ、五石以上に無理な話だろうな」
手札を見ている途中、無理矢理引き出されるカード。
それを手放すわけにはいかない。
シオンが断るまでもなく、ノーカードは軽く笑ってあしらった。
「歌姫はときのそらで間違いないだろう?」
しかも、相当下調べがしてある。
「覚醒前なら俺でも十分に始末できるが、どうやら今、スタジアムにいるらしい」
「……」
「エースなら抜かりないだろうからな。わざわざが俺が譲歩してお前たちを逃す意味は無いわけだ」
「つまり交渉は……」
「決裂だ」
シオンが魔法陣を展開。
ノーカードが魔法陣を展開。
交渉決裂とは衝突の開始を意味する。
互いの魔法が街中で炸裂すればどうなるか……。
「え……?」
「ん……?」
魔法陣が色褪せた。
魔法が撃てず、困惑する両者。
互いの力の作用でないことは、2人の動揺からも明瞭である。
「ならば……!」
シオンは魔法展開の失敗で成す術を無くすが、ノーカードには剣がある。
異次元に手を突っ込みそこから聖剣を……
「いっ!」
異次元に手を差し掛けた途端、電撃が走る。
反射的に手を引き、空間を閉じた。
「すみません、その交渉、ちょっと待ってください」
暗闇から1人の女性が挙手をしながら靴音を立てて歩いてきた。
次第に接近するその存在に色がつき始め、容姿が鮮明になる。
濃い青髪に、ごく普通のメガネ。
あまりない胸が特徴的で、いかにも従業員が着ていそうなスタッフ服。
闇に紛れやすい黒っぽい青服には、ホロライブのロゴとhololive、と刻まれている。
「えーちゃん⁉︎」
現れた人はホロライブのスタッフ友人A、通称えーちゃん。
AZKiのライブに同行して別国にいたはずだ。
近場ではない上に、この緊急事態を察知することは不可能なはず。
この日は、えーちゃんもAZKiもその国に宿泊の予定だった。
現実でそこまで時間が経っているとも思えない。
いや、えーちゃんだけでは不可能なことばかりだ。
魔法陣を無効化したのも、剣の現出を防いだのも、別人でなければおかしい。
「っ……!」
「これは……随分な大物が来たもんだな」
シオンとノーカード、両者が分かる顔……否、仮面。
喜怒哀楽を模した仮面に顔を隠した1人の男。
その男がえーちゃんの横から現れた。
「色々言いたいだろうが、簡潔に全部言うぞ」
男はあくまで事務的に会話を切り出し、他の言葉に耳を貸す気配はない。
「ノーカードとか言うお前。ホロメンは優しいから人を殺せないだろうが、俺には可能だ。シオンちゃんの指示に従え、さもなくば俺がお前とトランプってやつを殺す」
ノーカードは言葉の理解に数秒かけ、理解した直後激怒して男に詰め寄る。
一方、シオンはえーちゃんの表情を窺い、状況整理を試みた。
「関係ないお前が何故でしゃばる!」
「俺だって今はこの国の住人だ。勝手な改革は困る」
それを言われては反抗の余地はない。
だが、真意が他にあると見抜けないほど、落ちぶれてもいない。
「何が狙いだ!」
「安心安全」
「殺害予告しておいて……!」
矛盾を指摘するも、無視される。
ノーカードの怒りは収まり切らないが、彼にも用事がある。
「この事をトランプにも伝える。そうすれば、俺、お前、トランプ、そしてシオンちゃんの4人で四方の石を封印できる」
「誰が……!」
「やるよな?」
「……くそっ!」
強く地団駄を踏み悪態をつく。
それは、同意を意味すると解釈していい。
「よし、決まりだな」
「シオンさん、すみません。お話は後ほどしますので」
えーちゃんはシオンに深く頭を下げ誠心誠意謝罪する。
「え……」
シオンをその場に残し、男はノーカードを連れて何処かへ向かおうとする。
その後にえーちゃんが着く。
「あ、シオンちゃん、船、行ってみるといいよ」
男はそれを残し、2人を連れてトランプのいる洞窟へ向かった。
「……あの人は確か」
メモリーの中にある仮面。
その仮面と今見た喜怒哀楽の仮面は一致する。
直接会ったことなどないが、幾度か写真を見たことがある。
それは、魔術師の評価順位に掲載されている宣材写真。
「何のために……」
素直にホロメンの手助けが目的と見ていいのだろうか。
確かめる術はない。
逆らって反感を買えば、勝ち目などない。
「とにかく、船へ」
迷いは頭の片隅に放置して、アクアマリン号へ駆ける。
約数分で到着し、甲板に集まる仲間の数を確認した。
これより、ノエルとフレアの元へ行く予定らしい。
「なるほど、いいと思う」
シオンは甲板にぐったりと座り込み、加勢作戦に賛成する。
シオンの登場で突発的に新案を採用するが、正直シオンの負担が大きすぎる。
「でもシオンちゃん、その身体で保つの?」
誰もが内に秘めていた言葉を代弁したのは、他でもないあくあ。
親友だからこそ、スッパリと発言できる。
周囲の顔は浮かないが、シオンは気にも留めない。
「リスクを負ってでも、確実性を取らないと」
自己負担ならなんとかなる。
Kの能力もスペードの能力も、一筋縄ではいかない。
不意打ち、騙し討ち、弱点狙い、リンチ。
ふんだんに卑怯な手を盛り込んで、やっと勝てるかもしれない敵。
体力を削る価値は十分だ。
「……分かった。でも、その代わりシオンちゃんはここまで」
「はあ?」
「ここに居て、もう動かないで」
「なんでそうなんの」
「そうなりますよ普通」
「シオン、お願いだから、あんま無理しないで」
「シオンたんはちょっと休みな」
乗船者たちが口を揃えて、シオンのこれ以上の活動を禁止する。
憂慮の圧力がシオンへ罪悪感を募らせていく。
体力と魔力の低下に加え、重圧で全身が重い。
皆に休息を強要され、ようやく自分の限界に気づく。
仲間に指摘されて初めて、もう身体が壊れかけていると気づく。
今聞こえた言葉は代表的なもの。
全員の異なる言葉のその一欠片に過ぎない。
ああ、自分は疲れているんだ。
無理は、しないでおこう。
何故か、こんな窮地でもそう思えた。
「……そう、しようかな」
「でも」も「だけど」も必要ない。
自分のことは、自分がよく分かるなんて、傲慢だ。
仲間の事を、信じてる。
仲間の言葉を、信じる。
この船は、最終的にスタジアムへ向かう。
だが、シオンはスタジアムでの戦いに不参加となるだろう。
もはや、シオンは戦えない。
後は完全サポートに徹する。
「待って、でもさ、魔力ってどうすりゃ回復すんの?」
「食べて寝る」
至ってシンプル。
黒魔術は血を媒介にするため、寝れば体力が回復し血の巡りもまた良くなる。
血流が整うには、食事も必須。
この二つこそ、黒魔術の回復法。
「食べ物は無いけど、寝てきな」
マリンが寝室へ案内する。
小一時間ほど前まで、マリンが寝ていたベッド。
「まあ、みんなを動かしてから」
こうして、計略が動いていたのであった。
皆さんどうも、作者です。
さてさて、どうでしたか?
ここに来て、「あの魔術師」とえーちゃんの登場。
案外2人に繋がりが……?
そして、えーちゃんといるはずの「あずきち」はどこへ?
「あの魔術師」の圧に屈したノーカードでしたが、果たして彼の実力は?
シオンを交えた策とは?
シオンのドーピングとは?
多くの謎を抱えたまま、次回はさらなる展開が……!
お楽しみに。
結構マジでお楽しみに。
では、また次回!