歌姫伝承〜ホロの異能大戦ストーリー〜   作:炎駒枸

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71話 喰う者

 

「発症、禁断の暴食」

「おいおいおいおい! マジでヤバいって!」

 

 崩壊したラジオ塔の瓦礫の山付近。

 本気モードに突入したブラックがトワを標的に、黒ずんだ殺意を放出し赤黒く輝く。

 

「全開、殺し屋ブラック、行くぞ」

 

 全身が鋼鉄と化して全力突進を仕掛ける。

 鉄の身体でも、普段通りの速度が出る不可思議。

 鉄がコンクリートを踏みつける音が幾度も反響し、トワに迫る。

 

 鉄の拳を握り締めると、ロボットの可動音のような唸り声が上がる。

 悪魔の加護で能力の一部をコピーしても、トワには扱えない。

 正面衝突は愚策だ。

 

「こっち来んなや!」

 

 鋼鉄パンチが狙うは顔面。

 下手に喰らえば頭蓋粉砕で撃沈は必至。

 トワの拒絶など構いなしに拳は一瞬で目前に辿り着く。

 

 見事に見切り、トワは身体を軽く反らして、頭の位置をずらし、避けた。

 だが、肝心な2人の距離が縮まったまま。

 当然ブラックは追撃にもう一方の手から正拳突きを放つ。

 迷いの無い追撃は、確実に鳩尾を抉ろうとしている。

 

 態勢を踏まえての攻撃であるため、この状態からの回避は本来困難である。

 上半身が背後に傾きそれを正面から捕捉されれば、回避のステップも容易には踏めない。

 

 だが、トワはそのまま身体を、地面に身を投げ出すように、後ろに倒れる。

 鳩尾を狙った鉄の正拳突きは、トワの腹部上を通過して空気を殴った。

 露出したトワのお腹をひゅっと風が撫でる。

 

 今度こそチャンスだと、鉄の足がトワの腹を踏み潰しにかかる。

 これも当然貰えない。

 

 地に身を投じ、頭が衝突する直前に、逆手で手を突き全身を支えた。

 そのトワの格好から、飛び跳ね起きによる回避行動を悟ったブラックは、正面に回って封じた後に足を勢いよく押し付ける。

 

 しかし、トワは翳される足に自身の足を引っ掛け、そこを軸に力強く全身を回転。

 身体は遠心力で側面に回り始め、瞬時に攻撃射程から外れる。

 

「驚愕、目を見張る身体能力だ」

 

 武術を習っているかのようなしなやかな身のこなしに、ブラックは賞賛に近い言葉を吐いた。

 言葉を返すなら、全身鋼鉄でよくその動きができるもんだ、と言いたい。

 

「お前硬いのやめろやマジで、トワなんもできんじゃん」

 

 硬質な皮膚に、パンチもキックも効かない。

 寧ろ、トワへのダメージとなる。

 

「失笑、効果的面と知って何故やめる?」

 

 正論ごもっとも。

 

「はあ〜、やる気出んわこんなん」

 

 どんな卓越した能力も、洗練された技術も、無効化されるならそれは無力と同義。

 嘆息を漏らして、トワは頭を掻いた。

 

「結構、ならば素直にやられろ」

 

 ブラックが大きく息を吸う。

 腹が膨れるほどの空気を吸い、一気に噴き出す。

 

「っぶねぇなぁ!」

 

 口から放射されたのは気体ではなく、火。

 サーカスの曲芸のように、口から炎が噴き出されあたり一面に渦巻く。

 なんの変哲もない、至って普通の炎。

 

「口から出た炎とかマジできしょいわ」

 

 体の質が変わっているため、本当にただの炎だが、どうしても受け付けない。

 トワは嫌悪感を露わに手でシッシ、と払う仕草をした。

 固より触れられないが、余計に触れたくない。

 そんな意思が見てとれた。

 

「幼稚、如何に愚かな事か――」

「っ!」

 

 突如、ブラックの顔面が瞬間的に形を失い、言葉が途切れた。

 背後に現れた死霊の鎌が首を刎ねたのだ。

 しかし、その吹き飛ぶべき頭はビリビリと音を立てて何事も無かったように再生する。

 

「心外、人の言葉を遮るとは、人情のない」

 

 振り返りざま、再三襲いくる鎌。

 それを鋼鉄の手で受け止めようとした。

 

「……奇異、触れん」

 

 鎌は不思議と手を通り抜けるように切り裂く。

 障害物を無視するよう。

 だが、先刻の首刎ね同様、電気となって形を無くし、即座に再生する。

 

「おお! るしあちゃんの!」

 

 その死霊こそ、正しくるしあに使える者。

 呼応するように、死霊はトワを一瞥し姿を眩ます。

 やがて、その場に主本人が登場した。

 

「トワちゃん、シオン先輩に言われて助けに来たよ」

「ありがたいけど、その言い方なんか悲しい!」

 

 舞い降りたるしあは絶妙な位置をとる。

 トワ、るしあ、ブラックを線で結ぶと丁度正三角形ができるような配置。

 特に意図はない。

 

「難儀、果たしてどんな能力だ?」

 

 空飛ぶるしあ、突如現れそして消える幽体、鋼鉄を無視して引き裂く鎌。

 ネクロマンサーだと知らなければ、その恐ろしさは増すばかり。

 

「能力じゃない、スキル」

 

 スキル――。

 新たな単語の挿入だが、この3人には馴染みがある。

 

 スキルとは、特殊能力や魔法、忍術や科学技術などの個人の努力や特殊な方法で獲得する力とは対の位置にあるもの。

 そう、加護や覇気、長の力、歌姫の力、アンデッド、動物種別の個性、精霊術、妖術など物は様々だが、生まれ付き備わっている、天性の素質のこと。

 能力にも数多の方面への自由な派生があるが、スキルにもその種族の個性的な派生がある。

 挙げた例はほんの一部に過ぎない。

 特に、精霊術や妖術などの派生の自由度は段違いに幅広い。

 

 そんなスキルを持ち得ているるしあとトワ。

 るしあは必然的に備わるネクロマンサーの力。

 トワは偶然持ち合わせた悪魔の加護。

 

「理解、無実体化と仮定すると妖怪かアンデッドの線が濃いな」

 

 浮遊は無実態時に「不可思議」な力が働くから。

 手を貫通する鎌は、鉄と化した皮膚をすり抜けるまで実態をなくし、内部で実態を戻せば内側から破壊できる。

 

「補足、幽体を使役する様子からアンデッド、その中の死神やネクロマンサーだと推察する」

 

 洞察力――ではなく、知識量が豊富だ。

 この世界のあらゆる存在を知ることはできない。

 最も生存を予測できないのは超獣人。

 超獣人はそもそもの発現が偶発的なものである。

 アンデッドは種類こそ少ないが、そもそも人口比率が低いため認知されづらい。

 逆に獣人や魚人は、種類が多く、全種を脳内にインプットすることはほぼ不可能にあたる。

 

 このように、どれか1種族にでも絞らなければ、種類の暗記はできない。

 

「困却、現状アンデッドには打つ手がない」

 

 顎に手を当てゆっくりとなぞる。

 その眼には誰も映っていない。

 

 成す術が無いのは、2人も変わらない。

 身体が電気に変化して、攻撃全てが透過されてしまう。

 

「ふーん、じゃあ諦めよ?」

「諦念? 笑わせる」

 

 るしあの軽口に冷笑を浴びせトワに力強く指を指す。

 狙いは貴様だ、と。

 

 一瞬、ハッタリを疑うトワとるしあ。

 が、本物の黒い眼を前にその思考は抹消された。

 

「稲妻」

 

 ブラックの指先から電流が発生。

 空気を目に止まらぬ速さで貫き、トワの心臓を直接破壊しにいく。

 電流に人間が速度で敵うはずもなく、2人は手足も動かせない。

 

 パチン、と電気が弾け、消滅する。

 一秒にも満たない、刹那とも言える出来事。

 瞬きをすれば、その光景は見られない。

 まるで、カメラがフラッシュを焚いたような閃光。

 

 ブラックすら、何が起きたか詳細は掴めてない。

 

「何が起きたの……?」

 

 るしあは呆然と口を開き、トワの爽やかでクールな顔を見つめた。

 

「さあ、トワもよく知らん」

「本心……か」

 

 絡繰を理解してないのは事実のようで、トワにはいつもの素直な言霊が宿っていた。

 

「え、るしあちゃん、あれなんとかできる?」

 

 あくまでもるしあを見て、トワはブラックを指差す。

 るしあは「んーん」と小さく首を横に振る。

 

「はあ、終わった、詰んだわ」

 

 トワは即断した。

 無駄な労力を好まないらしい。

 

欣幸(きんこう)、そうして死を待て」

 

 ブラックの両腕が伸びる。

 片手はるしあ、片手はトワの首元を目的地とする。

 互いに単調な直線攻撃は回避。

 そこから自在に方向転換する腕との勝負。

 

 るしあはナイフで腕のスライム部分を切断。

 電流と化し、無効化。

 再生速度が速く、一瞬割れたように見えた腕も元通り。

 継続してるしあを追う。

 

 トワは回避を重ねチャンスを探す。

 構造が実に厄介で、中々隙が作れない。

 手が鉄、腕がスライム、攻撃を当てれば電気、口からは火が出る。

 生体としてあり得ない構造を実現している。

 反動があるはずだと、信じて、待つ。

 

「警告、言っておくが反動は期待するな」

 

 トワの連鎖する回避を見兼ねた言葉。

 

 裏からるしあの使役した幽体が鎌を振り、ブラックの胴体を切断。

 両手の動きが一瞬停止する。

 刹那の空白をトワは狙う。

 鉄の片腕を掴み、全力でそばの建物の壁にぶつけ埋め込む。

 簡単に引き抜けるが、敢えてそう誘導する。

 ブラックは呆れた目で腕に力を込め引き抜く。

 

 更にその空白の数秒。

 刹那から数秒へと繋いだ空白の間。

 トワはまたしても動く。

 最も近いコンビニに窓を破り飛び込む。

 陽動はるしあに任せ、商品棚からあるものを掻っ攫い、装着。

 さながら万引きだが、裏世界のものは表世界に持ち出せない。

 

「愚考、電気一つを対策して何になる」

 

 トワが身に付けてきた物。

 それはよく見る市販のゴム手袋。

 ピンク色のアレ。

 

「もう主婦じゃん」

「うっせ! これでいんだよ!」

 

 この手袋は電気を弾く。

 だが、硬さと柔らかさを凌いでようやく攻撃が通る。

 

「痛感、味わえ」

 

 伸びる腕が掴みかかる。

 片手はトワへ、片手はるしあへ。

 るしあは数分前と同じ動き。

 トワは向かい来る手に手を合わせ捕まえる。

 

「圧縮、握り潰す」

「るしあちゃん!」

 

 鉄の手の握力で華奢な手を破壊しようと企む。

 そこへトワの一声。

 るしあは何となーく、今できることだけやってみた。

 

「こう?」

 

 トワの真横に出現した死霊が手首を切断。

 ギリギリスライムの位置。

 切れば当然、電撃となる。

 

「取った!」

 

 再生速度を超えて、トワはもう一方の手で切れ口を抑える。

 途端、握られていた手が解放される。

 と言うより、ブラックの手が力を失くす。

 鉄とは言え、無力なら簡単に動かせる。

 

「失態、まさか気づかれるとは」

 

 ブラックは緊急で伸ばした腕を引っ込める。

 その先には手がない。

 トワが切り口を抑え、微笑を浮かべて見せびらかす。

 

「トワんこと舐めすぎや! おら見たか!」

 

 切り取った腕を掲げ満足そうに叫ぶ。

 手首から先が無くなっても平然と睨みを効かせる様子は、やはり只者ではない。

 殺し屋を名乗るのは伊達じゃないな。

 

「トワ様、どう言うこと?」

「説明むずいけど……アイツは基本的に概形を大きく損なう変形ができない感じよ」

 

 手をゆらゆらと無造作に揺らしながら説明する。

 簡潔だが、イマイチ掴みにくい。

 

「アイツは身体を無形の電気に変えて攻撃を受け流してる」

「うん」

「なのに、もっと変形がしやすくて且つ受け流しやすい、水や空気、砂とかには質変しない」

「電気が強いからじゃないの?」

「それは第二の理由」

 

 トワは完璧にこの能力の可動域を見極めている。

 それは、推測ではなく、加護による能力分析から。

 ねねを追いかける際に、ブラックと偶然にも遭遇し、コピーを試みて能力解析した。

 結果コピーには至らなかったが、どんな能力かは把握した。

 

「電気だけ、唯一無形で身体の概形を維持できるから」

「利発、人は見かけによらないものだ」

 

 飛び掛かる野次を無視してトワはるしあに解説を続けた。

 

「水や空気、砂を意図的に誘導するには、それなりの装置とかがいるけど、電気だけは鉄さえあれば何とかなる。これらに神経は通ってないから」

「つまり?」

「腕を電気にして、その中に僅かに鉄を混ぜておけば電気は一定の場所のみを移動し続ける」

「ほうほう」

「分かってる?」

「んーん、全く」

「おぉい! 時間の無駄じゃんか!」

 

 上の空な顔で頷くるしあにトワは喝を入れた。

 あははと笑って流される。

 

「癇癪、勝った気か?」

 

 茶番に痺れを切らしたブラックが、額に血管を浮かべて睨む。

 暗闇に瞳が光る。

 肉食獣が獲物を狩る姿に似ている。

 煌めく眼光に一瞬全身がひりつく。

 本物の殺意を直に浴びた、その衝撃。

 

「っ……」

 

 咄嗟に息を飲み込む2人は数秒硬直し、冷や汗で背を濡らす。

 まだ、本気でなかったと言うのか?

 やけに胸騒ぎがする。

 本物の闇が身に沁みてくる感覚が恐ろしい。

 

 ……いや、違う。

 この恐怖感は……!

 

 

 カツ、カツ、カツ、カツ……。

 ギギギギギィッ、ギギギギギィッ、ギギギギギィッ……。

 

 暗闇から、一つの靴音と、物騒な得物を引き摺る音が響き始めている。

 ここで、新たなる気配が、3人に接近する。

 

 息を飲み込むと、喉が鳴る。

 トワもるしあも視線は暗闇に釘付け。

 絶好のチャンスだが、ブラックも闇の気配を前に眉間にシワを寄せる。

 

「いたー」

 

 気怠そうに間伸びした、少し高い声。

 3人が見えたのか、その新たな黒は立ち止まる。

 靴音も消え、凶器が地面を這う音も消え、静寂の風が颯爽と吹き抜ける。

 身の毛もよだつ悪寒を放つ新たなる闇の存在。

 この異様な迫力と黒ずんだ気迫。

 間違いなく、汚れ仕事を専門に扱う存在だ。

 

「殺し屋ブラック、24歳、男、人間、暴食の能力者……であってる?」

「……不明、何の様だ?」

「お掃除」

 

 謎の存在、恐らく少女が初めて薄明かりに姿を晒す。

 全体的に黒の衣装。

 フードも黒、正体を隠すアイマスクも目の部分以外は黒。

 片手には重厚そうな斧。

 

 その斧を両手で構えニヤッと笑う。

 狂気的な微笑に心が攫われる。

 駆け出す少女はまるで一般人の動き。

 ブラックに猪突猛進とぶつかる。

 

 斧とブラックの左腕が交差し火花を散らす。

 ブラックに苦悶の表情が顕われ始めた。

 

「適合、あの組織の掃除屋か!」

 

 斧を弾くと、少女の腹に一撃鋼鉄の蹴りを打ち込み、距離を取る。

 

「ったた……あー、そう、お前はえっと……少し前にうちの組織に忍び込もうとして、不要な情報まで得てしまった」

「……掃除、消しに来たか」

 

 思い当たる節があるブラックは憤慨したような後悔したような曖昧な表情で顔を歪める。

 

「以前、とある組織の崩壊を依頼された」

「あー、多分それだわ、知らんけどっ!」

 

 クスクスと含み笑いを交えて少女はブラックに相槌を打つ。

 

「後悔、今では関わるべきでなかったと思っている」

「でももう遅いからさ〜」

 

 何処かから紙の束を取り出す。

 別に見せるわけでもなく、勝手な確認。

 掃除対象に間違いないかの。

 

「あっ、そうだ、連絡しろって言われたんだったわ……めんどー」

 

 少女は場の空気を感じ取った上で、挑発的な行動をとる。

 だらだらとポケットを弄り、スマホを取り出す。

 

「うわっ、鬼電来てるし」

 

 通知履歴が応答なしで溢れかえっている。

 が、電話はせずメッセージ一本だけを返す。

 

 ブーっ、とバイブ音が鳴り、一度消したスマホの画面が再び点灯した。

 メッセージを見た仲間がまた電話をしたようだ。

 

「…………」

 

 名前を見て黙り込む少女。

 マスクで目元が見えないが、口の形から全体的な表情が思い浮かぶ。

 

 すごーく、いやそう。

 

 電話する暇がないとか、電波障害とか、そんな正当な理由でなく、ただ出たくない気分(それも理由としては正当だが)。

 

「くそー……出てやるか」

 

 ゆっくりと応答マークに指を近づけ、カッ、とタップする。

 

「なにー?」

 

 ガンッ、と鉄が激しくぶつかり合う音。

 吹き抜ける風と奇襲をものともせず、少女は通話相手に勘繰られぬよう普段の声で開口した。

 

「うん、今丁度、っ、着いたとこ」

 

 ブラックの拳や火吹き、電撃攻撃を不思議と華麗に回避して通話は続く。

 

「それで? うん……うん。え〜、またぁ? そうだけどさぁ〜……」

 

 華麗な回避、見事な受け流し、完璧なステップでブラックの奇襲から始まった猛攻を全て躱す。

 ヒラヒラとひらめく布のような動きでありながら、斧で受ける際に籠る力の強さ。

 そのギャップが恐ろしさをより鮮明に心に刻む。

 

 トワもるしあも、関われないと口をつぐみ、黙視するのみ。

 たまにチラッと2人にも視線が向けられるが、気付かないふりをした。

 

「あーはいはい、分かりましたよ、もう〜」

 

 口元を変に曲げて結局了解の旨で答える。

 ブラックは鼻白みながら必死に猛攻を続けている。

 

「……ん? タイマー? スマホでいいならあるよ」

 

 ふと、奇妙で場違いな単語が聞こえる。

 

「あー、そっか、そういや出れんわ」

 

 少女の周囲が炎で包まれる。

 全身が赤く照らされ、初めて少女の姿形が鮮明になる。

 が、暗闇の中に見えた姿とほぼ同じ。

 影の反映から案外胸が大きいこと、仮面がどこか見覚えあること、外見ブラックの攻撃を無視できるような装備でないこと。

 挙げられる点はこれくらい。

 

「で、えっと……54分61秒? 55分1秒って言えや……。いや、知らんがな。普通その計算できたら60秒を1分に直すくらい余裕だろうがって!」

 

 周囲から徐々に迫り来る炎も熱気なんてないように、通話相手に文句を垂らす。

 肝が据わっていると言うより、ブラックを敵と見做していない。

 

「はいはい……んー、じゃ、通話切ったらタイマーね、はーい」

 

 通話が切れ、スマホ画面が一瞬暗転する。

 再度点灯させてタイマーを開始。

 1からカウントを始め、数値がどんどん増えてゆく。

 

「ねえ、臭いんだけど――」

「爆破!」

 

 火で描かれた円形。

 その中央に少女。

 

 ブラックが側の車を幾つかガス漏れさせ、ガスを蔓延させる。

 臭いが立ち込め、やがて爆発する。

 

 爆煙と燃え盛る炎が立ち昇り、轟々と威力の大きさを暗に示す音を響かせる。

 

「大愚、舐め過ぎだ」

 

 バチバチと弾ける音に変化する炎。

 火の粉が舞い、煙は空へと消える。

 

 煙幕が昇れば、中央には少女の無惨な姿があるべきだった。

 

「何となく分かるでしょ、効かないんだってばー」

 

 暗黒が明るみから姿を表す。

 炎を突き抜けて、ゆっくりと。

 まるで、ぬるま湯にすら感じていない。

 

「……燃えてるけど」

「え……? あぎゃぁぁ! 服が、服が! 折角のおニュー品が! あっ、ちょっ、ちょっとだけ熱い! うぁぁぁぁ!」

 

 るしあの小声のツッコミで、初めて服の裾がチリチリと焼けていることを知る。

 悠然と強者の風格を保っていた少女は、突如として喚き散らし、駆け回る。

 火元をパンパンと手で叩き、消火に躍起になる。

 

 数秒で、服は完全に消化された。

 

「はぁ……はぁ……何が頭脳だよ! この欠陥品!」

 

 怒り狂い、何かをペチンと地面に叩きつけ八つ当たりする。

 パキッと、プラスチックか何かが割れる音が響いた。

 

「あ………………」

 

 怒りが残る時間は比較的短い。

 長くて10秒。

 スッと興奮が収まると、突然冷静になり、壊してしまった「欠陥品」を急いで拾い上げる。

 

「発覚、正体はそれか」

 

 攻撃無視の絡繰が衝撃的な展開から白日の下に晒される。

 強者感は一気に喪失し、阿呆のレッテルが少女に貼られる。

 

「は⁉︎ 違うし! 全然違うし!」

 

 絶対にそれだ。

 

「単に沙花叉が強いだけだし!」

「拾得、貴様の名前だな?」

「は、べっ、ちがっ、沙花叉ってのは……沙花叉だし!」

 

 もはや自ら暴露していく少女。

 流れから、名前は沙花叉と言うらしい。

 

「暗殺者は普通名乗らないんですぅ〜」

 

 何を言っているのやら。

 支離滅裂として、いよいよ少女の評価が難しくなる。

 

「存外、貴様の秘密結社も大したものではないのかもな」

 

 ブラックの示した評価に、内心トワもるしあも同意した。

 

「憶測、その様子だと貴様らの総帥とやらの目指す野望も、世界征服だの何だのと、どうせ子供のような抽象的で下らない夢なのだろうな。語るだけは自由だが、時期思い知るだろう」

 

 冷笑が少女――沙花叉に浴びせられる。

 大言壮語を吐く、夢だけ大きな者をバカにするその目。

 夢はでっかくと言いがちだが、それは確かに愚かなこと。

 裁量に合った夢、目標を掲げ、現実的な進路を歩むもの。

 

「はい、ライン越えー」

 

 沙花叉が少し醒めた表情でブラックを見透かす。

 

「うちの総帥は確かにキッズだし、変でキモいけどさ」

「なんか可哀想……」

 

 沙花叉の上司への評価にるしあは同情した。

 総帥とやらが、どれほどな人間なのか、気になる。

 

「いいやつだよ、沙花叉の事部下にしてる時点でさ」

 

 割と自己評価の低い沙花叉。

 そういえば、彼女の秘密結社は全部で何人構成で、沙花叉はどの地位にいるのだろうか?

 

「教戒、部下の失態は上司の失態。使えん部下の上司の力量など、高が知れている」

「じゃあ、ちゃんとお前をお掃除できたら、その汚名返上くらいはできるか」

 

 少しばかり溢れる怒り。

 ツボを刺激してしまったらしい。

 

 だが、ブラックも同じ思い。

 自分自身も失態を犯している。

 ここで負けては、カード名を持つものとして名が立たない。

 

「これでも沙花叉たち下の者は、総帥の野望を叶えようとか、思ったりしてるからさ。笑われて終わりじゃぁ、締まんないよねー」

 

 沙花叉がマスクにそっと触れた。

 マスクは掃除仕事の際に素性を隠すためのものであると同時に、沙花叉自身の意志の表れでもある。

 

「決戦、終わりにしよう」

「そんな大層な戦いにはならないと思うけど」

 

 トワとるしあは完全に置き去りにされ、この場は「ブラック」対「沙花叉」の構図が完成する。

 そして、トワとるしあは傍観者となる。

 

 第三勢力がこちらにとって利益になる行動を取るなら、介入の必要はないと判断した。

 

 そして、その決着は早いものだった。

 

 





 どうも、作者です。
 いやぁ〜、記念日ラッシュが大変な中ですが、根気の続く限り投稿は続きますよ。
 さて、今回は衝撃の展開、なんと沙花叉の登場でした。
 当初は登場の予定はなかったのですが、訳あってここで出ました。
 そのワケは、この章の最終話辺りの後書きで伝えます。
 あまりいい話じゃないですが。

 はい、では気を取り直して、次回は……再びバカタレサーカスへ。

 ではでは、また!
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