高校一年の夏、「角巻わため」という最高のアイドルを知った。
初めて見たのはWNFの配信。
歌声が素敵、繋ぎのトークが楽しい、歌唱後のスパチャ読みの空間の暖かさ、歌と雑談の声のギャップ、その人柄の良さ。
何もかもが、理想に近い存在で、惚れたんだ。
わためを推し始めて約半年間、何も気にしていなかった。
彼女を応援することに夢中だった。
「あいつ、わためぇ推してるんだとよ」
「はあ? アイツが?」
「いや、アイツがわためいとって……」
好きなことは隠さない。
昔から堂々としていたから。
もし、そんな風に聞こえたら、大抵、
「オイ、なんか文句あんのかよ」
「……いや、別に」
「コソコソ他人の悪口言ってんじゃねえよ、直接言えやコラ」
胸ぐらを掴んで恐喝する。
中学の初め頃から、不良と呼ばれる類の人間だったから。
こんな事は日常茶飯事だった。
ムカつく奴は殴る。
喧嘩も結構強かった。
「じゃ、じゃあ言うけど、お前……お前みたいな不良がわため推しとかさ、他のわためいとや、わために失礼だろ」
「ンだとっ!」
そいつの頬に一発入れてやった。
腹が立ったんだ。
「誰が誰を好きだろうと関係ねぇだろうが」
その日はそれで終わりだった。
でも、それ以来、気掛かりなことばかり。
わための理想的な在り方を、自分と比較するようになった。
他のわためいとの言葉を、自分と対比して捉えるようになった。
「俺って……」
わためを推していて、いいのだろうか?
半年間推してきて、ようやく気付いた。
自分と完全に不釣り合いな推し。
そして、その環境。
自信が持てなくなった。
鞄につけていたストラップを外して、筆箱のキーホルダーも取って、引き出しの中へ仕舞い込んだ。
「なんだ、もうわためぇには飽きたのかよ」
「……っ!」
拳を握った。
拳は振るえなかった。
自身の人格に、迷いが生まれてきた。
自分は、わためいとにはなれない。
何を言われようと仕方がない。
発売された記念グッズは変わらず注文したし、コラボグッズも欠かさず買いに出た。
でも、集めたグッズは棚の奥へと蓄えられるだけ。
いつになったらそれらは、日の目を見るのだろう。
「10時からコンビニでコラボだな」
袋と財布を持って近くの対象店舗へ向かった。
いつもの人通り。
大抵この店とのコラボは1、2時間で品切れとなるため、開始時間に合わせて行くのがセオリー。
もっと都心なら、それでも間に合わない可能性すらある。
今回はわための他に、ノエル、まつり、はあと、ミオが対象メンバーだ。
商品3つでファイルが一つ。
実質、ファィル一つでおまけが3つ。
商品とファイルをレジに持っていき、購入。
そそくさと店を後にしようとした。
コンビニを出た時、偶然、聞いてしまったんだ。
「ホロライブってさ……」
すれ違い、コンビニに入店する3人の高校生。
コラボで店頭に並ぶ商品を見て笑いながら、話していた。
その会話は、わためいとにとって極めて不快なものだった。
「っ!」
「いっでぇぇ! なんだテメェ‼︎」
「……ぁ」
気が付けば、昔の手癖で殴り飛ばしていた。
腹が立って、考えるより先に、動いてしまった。
誹謗中傷に苛立って殴っても、それが他人を貶める意図のないただの思想であるため、わためいとの方が悪となる。
小さな揉め事だったが、呆れた警察に、交番へ呼ばれ、話し合いで解決した。
わためいとが謝罪し、和解となった。
殴られた側は不満げだったが、わためいとはそれを超える苛立ちを募らせていた。
警察官から口頭で忠告を受け、高校にも連絡を入れられた。
そして解放されたわためいとは、機嫌悪く帰路へつく。
折角買ったグッズも、交番に置き忘れるほど。
「なあ、そこの高校生」
「……?」
「そう、お前」
背後から声をかけられ振り向いた。
人違いかと思ったが、顔を指差され確信に変わる。
「忘れもんだ」
「……あ、あざっす」
不審な仮面で素顔を隠す男性に警戒しつつも、その大事な忘れ物を受け取る。
中身はわためのファイル、とオマケの商品。
お辞儀して、礼も済ませ、即刻立ち去ろうと振り返るが男性は付いてくる。
「なんだよ、まだなんかあんのか?」
「ああ」
「じゃあ言えよ、ただでさえ怪しいんだから」
仮面の男、箱推し。
箱推しはそれでももう少し黙って、わためいとを様々な角度から観察した。
わためいとは不快そうに眉を寄せ、イラっと口と眉を動かした。
「怪しい宗教の勧誘だ、ちょっと来てくれ」
「誰が行くか、そんな売り文句」
「安心しろ、入会費とかその他諸々無料だ」
「余計怪しいんだよ、ぶっ飛ばすぞ」
容赦ない言葉選び。
年上である事は、仮面越しでも明白だが、一切物怖じせず、タメ口。
度胸はやはり、伊達じゃない。
「お前は面白い奴だ。だから誘ってる、俺たちのリスナーズ拠点に」
「リスナーズ拠点……?」
「来ればわかる」
箱推しは背を向けて歩き出した。
わためいとを待たずして。
遅くも速くもない歩速だが、みるみる距離は開く。
変な奴で、怪しい奴だと思った。
それでも付いて行ったのは、きっと何かを求めていたからだ。
箱推しは途中コンビニに立ち寄り、例のグッズを沢山袋に詰めて出てきた。
袋の口から中をチラッと覗き、誰のファイルを買ったのか盗み見た。
わため以外のファイルは揃っていた。
対象商品も、丁度4ファイル分。
「わためだけ売り切れだったんだ」
「……! そうか」
正面を向く箱推しが、目線もくれず告白した。
ビクッと肩を震わせ、咄嗟に視線を逸らす。
相槌も打つ。
「お前、箱推しなんだな」
「ああ、全員平等に好きだ」
「……」
自身の手元の袋を見て、押し黙る。
初めての感情の彷彿。
「これ、いるか? その分の金は取るけど」
「いいのか? お前、わためいとなんだろ?」
「いや……ああ、いいよ。俺よりも、お前の方が真っ当そうだしな」
わためいとの嘲笑に、箱推しは内心にやけた。
仮面もあるし、表情は顔に出ないし、感情はあまりないが、最近習得し始めた表現。
まずは心から。
「なら気持ちだけ貰っとこう」
異次元空間からわためのファイルと対象商品3つが入った別の袋を取り出し見せつけた。
「……お前、ナニモンだ?」
「ただの魔術師だ」
「いつから俺のこと知ってんだよ」
「2週間ほど前」
「キメェ」
試された事よりも、内に秘める悩みを知られていた事に苛立った。
拳を握ったが、それを振るう事はなかった。
「やはりお前は、そういう面白い人間だ」
「あ? ンダよ、藪から棒に」
「拠点に着く前に先駆けて話そうか」
「何を」
通行人が気にならない程度の声で、前後で会話を図る。
「交番までしょっ引かれてるの見た」
「ああ……さっきのな」
「もやもやしてるだろ、そしてちょっと腹立ってんだろ」
「今ので余計腹たった」
透かされる感情。
箱推しは他人の感情を把握できる。
世界で他に存在しない、感情を察知する力。
魔術師になって、自ら生み出した術。
「暴力的で、短気な自分がわためいとで居ていいのか」
「……」
心の内すらも見透かされる。
居心地が悪くなり、口元を曲げるが、それでもわためいとは付いて行く。
身を縮めて、喧騒に紛れるようにひっそりと。
「そうやって他人に言われて来て、気にしてる。初期の頃は意識せず、そういう奴は殴ったんだろうが、他のわためいととの差異に気づき始めてからは、その拳を抑え込むようになった」
「……的確すぎてキモいな」
今日の接触の仕方からして、毎日見張られていたのだろう。
それにしても、読みが完璧すぎるが。
「でも今日は殴った。その理由、自分では分かってんのか?」
「……さあな、無意識で動いたし、考えたら、自分がもっと嫌いになりそうだったからな」
「なら教えよう、それは多分、批判されたのが自分ではなく『わため』だったからだ」
「…………」
単刀直入にぶち込まれた答えは、正解だと直感した。
脳が働く前に理解できた。
自分の知らない感情を。
「やり方はともあれ、推しを想える、いい心の持ち主だ」
「正気じゃないな、お前は」
「とうの昔からな」
声色一つ変えない箱推しに、不気味さを覚えつつも、何か不思議な未来を見据える。
「俺はこのやり方が気に入らないんだ。わための側に、俺みたいな暴力的な奴は、居るべきじゃない」
人は、一年ちょっとで変わるほど、簡単な者じゃない。
気に入らなくとも、つい手が出てしまう。
抑えたいのに、すぐ怒りが爆発して、暴発してしまう。
「わため」や「他のわためいと」を尊重するなら、自分1人が離れる。
それが最も被害が少なく、理に適っている。
「お子ちゃまだな」
「ああ? ナメてんのか」
「お前は大人の世界舐めすぎだ」
とある豪邸の前で立ち止まり、扉を背後にわためいとの眼前に指を突きつける。
「お前みたいなガキは結構多いんだよ。子供は大人に甘えてろ」
「……ガキ扱いすんな」
「大人は20かそこらからだろ。それとも、大人料金になれば大人か? 一人暮らし始めれば大人か?」
「……」
「高校生なんて思春期真っ盛りだ。まだ迷ってりゃいいんだよ」
「迷う……」
「結論出すのが早いって言ってんだ。もう2年くらい、推しでも眺めながら自分の生き様探ればいいんだよ」
嗜めると、背を向けて門を開いた。
そして、玄関扉を開く。
見覚えのある靴たちが並んでいた。
豪邸に似合わない品質で、雑に脱ぎ捨てられている物もある。
箱推しの言葉を案外真摯に受け止めて間の抜けた面をしているわためいと。
無理矢理中へ引き寄せ、上がらせる。
「平日の昼だってのに、暇人ばっかなんだよ」
「何の話だ?」
物音が、奥の扉の先から響いている。
人の気配。
それも複数人。
「変態たちだ」
扉を開くと、想像を超える広さのリビングが出迎えた。
大きなテレビがあり、大きな机があり、大きなソファーがあり……。
あと、人が数人。
「おかえりー、お、誰だそいつ」
「あ、言ってたわためいとじゃね?」
「そうだ」
「……えっと」
獣人2人がわためいとに微かな興味を示した。
外見では、何の獣人か区別できない。
「ねっ子、はあとん」
「わ……」
「わためいとだ」
箱推しが全員紹介した。
「うし、やっぱこの辺だろ」
「だからそこは、今度届くねねちのポスター貼るんだって!」
「アクスタの場所譲ったんだから譲れよ」
「お前ら、いい加減にしないと口に唐辛子突っ込むぞ」
机でノートやら教科書やらを開いている男性が、唐辛子を咥えて2人を叱りつけた。
額のやや上に、一本のツノ。
鬼だ。
「ここで勉強なんかすっからだっての」
「ろぼさーに教えてもらうなら、ここがいいんだよ。てかお前ら、学校ないんか」
「おいおい、今日コンビニで何があるか知らないのか?」
「コラボだろ、はあちゃまのはもう買って来たんだろ?」
「今から大学行くのめんどい」
「はあ……ねっ子は?」
「休んだ」
「何でだよ!」
「配信優先、もうすぐ昼配信」
堕落した者どもの集い。
大学を休んでグッズ入手に勤しむ、はあとん。
高校を休んで配信を観る、ねっ子。
机でまじめに勉強するのは、おにぎりゃー。
その隣で教鞭をとるかのように指導するのは、ろぼさー。
真横のホワイトボードには意味不明な数式がビッシリと書き連ねてある。
高校の範囲とは思えない。
「いつもこんな感じだ」
「えっと……どういう?」
連行された意図が汲み取れず、わためいとは首元に手を当てた。
「『そらとも』から『座員』までを集めてる」
「俺もここに来いって?」
「ああ」
「……そもそも、何の集まりだよ」
箱推しは、答えず仮面にそっと触れた。
箱推しの判断基準は、持つべき心と推しへの愛。
それを、このわためいとは満たしている。
が、言葉にはしない。
「まあ、今日はただの勧誘だ。いつでも、好きな時に来ていい。俺はここに住んでるから」
「…………」
わためいとの右手に、無理矢理合鍵を握らせる。
「少なくとも、ここの人間はお前を否定しない」
「…………」
見渡す景色の中に映る、暑苦しそうな男たち。
各々が自由に会話して、楽しんでいる。
「悩みも聞いてくれるだろうし、良い仲にもなれるはずだ」
「…………」
「好きなもの追ってて辛いなんて、つまんねぇって」
ろぼさーが割り込んで、わためいとの肩に腕を回した。
「迷うくらいなら、がむしゃらにでも、推してこう!」
「俺のセリフと合わなくなるんだが……」
「へ、なんで?」
箱推しが門前で話した、迷ってればいい、という言葉。
それをろぼさーは、迷うくらいなら推せ、と言う。
「…………考えてみる」
わためいとは、強く鍵を握り締めた。
翌日、放課後にわためいとが拠点を訪れた時、小さな歓迎会が開かれた。
みなさんどうも、作者です。
さあ、今回はどうでしたか?
わためいとの小さなストーリー。
そして初登場のリスナーたち。
まだ表面には出ていませんが、一癖も二癖もある面々です。
このメンバー達が将来どんな世界に立っているのか、ホロメンの歩みと並行して描いていきます。
ですが、次回は多分ホロメンパート。
その次は未定です。
とまあ、そんな感じなんで。
ではまた次回。