間も無く。
手元にある、契約解除の書類。
7月1日をもって、ホロライブを卒業する。
「早ぇなぁ……」
一年半ほどの活動。
人生が終わるわけではない。
寧ろ新たな人生のスタート。
「なんつぅかな……アイツら」
反論は多いだろう。
でも、決まった事で、決めた事。
「……」
悲しき通達が、社内に行き渡った。
*****
悲報が流れる数日前。
社内で会話をする数名。
偶然出会い、流れで談話していた。
「今度のゲームの試遊会、全員参加だったよね?」
「そうそう、なんか専用のハード使うらしいよ」
「SAOじゃん!」
「コクーンやん」
VR世界に潜って行うゲーム。
かなたとあくあは記憶に一致するアニメの例を挙げた。
「どんなゲームなの?」
「要項読んだ?」
「読んでなーい」
「魔王を倒すRPGみたいのだって」
「SAOじゃん」
「分かったから」
やたらとSAOを強調するあくあ。
まあ、内容的には間違っていない。
実際に、マップを進み最後の城を攻略して、魔王を討伐するゲーム。
例のゲームも似たものだ。
「いやー、デスゲームか〜」
「デスゲームではないよ⁉︎」
メルの呟きにかなたの鋭いツッコミが入る。
デスゲームなんて進んでやるものでない。
「でも、ホントにデスゲームやったらさ、やっぱあくたんとか、フブちゃんとか強そうだよね」
「いや、やらないよ」
「もう、ノリ悪いぞ」
デスゲームをしたら、の仮定。
そんな仮定があれば、みんな死ぬ。
「その面子が強いってのは納得なんだけどさ、仲間守って死にそう」
「ああ、弱者を庇うかっこいいタイプ!」
「そう!」
勝手に膨らんでゆく妄想。
フブキはこの場にいないのに……。
「ゲームにもよるけどね」
「実際の身体能力なら即全滅だもん」
「いや、その場合はあやめ先輩とか、魔法ありならシオン先輩とか」
現実に起こした際の実力は群を抜いて高い2人。
でもやはり、仲間を庇って死にそう。
ホロメン皆そうなりそう。
「僕はなー、凄く中途半端なとこでしれっと終わりそう」
「雑魚死じゃんそれ」
「いやマジで、絶対そうなるわ」
「あたしもそうなる気がする」
かなたの弱気発言に便乗したフレア。
いや、フレアのみならず、大抵のメンバーはそう思った。
「フレア先輩はなー、なんやかんや言って終盤まで生きてそう」
「いや、そんな事ないと思うけどな……」
望まぬ仮定の話題で盛り上がる者達。
「さて……そろそろ行こうかな」
「お、仕事?」
「夏祭り準備。『陰キャの目覚め』ってのを売り出すらしい……」
「……多分買います」
なんだろう、食べ物だろうか?
食べると陰キャになる的な?
「あたしも、迷路作らないと」
「透明のやつ?」
「そうです」
そんな感じで、次々と退室していく。
最後に、かなたが1人ぽつんと残った。
ここで待ち合わせがある。
珍しく会社での対面を所望された。
数分後、無作法に扉が開けられ、ココが入室してきた。
「ココ、話って何?」
「いきなりだな、ちょっと屋上行かね?」
「なんで屋上?」
「いいからよ」
分析。
ココの雰囲気の僅かな変化は、日頃そばで生活するかなたには大きすぎた。
例え他の誰も気付けずとも、かなたには見抜けないはずがない。
だが、それがこれから話す内容に起因しているなら、聞くだけ野暮。
カツカツと靴音を鳴らし、屋上への階段を一段一段登った。
ココの足取りが重い。
かなたは、ココの背後にピッタリとくっついた。
屋上に出ると、すうっと風が吹き付ける。
かなたの天使の輪っかがよく回る。
ココが、柵に手をかけて街を見下ろした。
まだ、かなたは隣に並ばない。
少し、横顔を見ることに抵抗を感じた。
「いいなァ……ここは」
「……」
「夏祭りの準備、進んでっか?」
「まずまず……」
不穏な空気を肌で感じ取る。
切り出し方が奇妙で、その先の話題に憂慮する。
かなたの機嫌を伺う話題振りが、珍しくココから成されたのだ。
「かなた、オメェよォ……」
チラと振り返り、かなたの目を見た。
視線が交差した時間は1秒にも満たない。
「何……?」
「……はぁ」
邪念をかき消すための嘆息が、重々しくココから溢れる。
梅雨の時期で、ジメジメとした空気が屋上にも漂っている。
「違ぇな……いや、違うな……」
「……」
「雑談じゃないんだよ……」
踏ん切りがつかず、1人右往左往するココの背中を、かなたは変わらず見つめていた。
負傷していたかなたの羽はもう、完治している。
包帯も取れて、今まで通り、風に合わせて時折揺れている。
「言うことがある」
「……うん」
「多分、直ぐに伝達は入るだろうけど、かなた! お前には、先に話さねえとって思ったんだ」
勢いよく振り返り、真っ直ぐに見つめる。
背後に小さく見える景色を置いて、ココが柵のそばに立っている。
「私は、ホロライブを、辞める」
「……………………」
温い風が気持ち悪く頬を掠める。
触覚が一瞬だけ敏感になって、その気持ち悪さが一層増している。
正面に立ち開かるようなココを真っ直ぐ凝視しているけれど、視界にはまるで何も映らない。
風の音よりもうるさく耳鳴りがする。
聴き間違えたりしない。
上達した日本語は、もう誰が聴いても違和感のない、完璧な状態。
そう、当初は日本語も得意ではなくて、
「え……」
唐突に、無造作に、一言だけ置いた。
整理するように語る脳内から突如、疑問符が浮上して、言葉になった。
「聴き間違えでも、言い間違えでもない」
2度、言葉を繰り返すことはせず、ココはそれが真実だと伝え直す。
「理由はまあ……色々だな」
細部までは言葉にせず、濁すが、かなたは当然ながら理解者だ。
「なにいって…………。……」
片手を上げて、訂正させたがる。
その自分を、愁色に塗れた顔の自分を、懸命に抑止して、口を噤む。
嘘であって欲しい。
けれど、こんな手の込んだ嘘を、ココはしない。
ココの決断を、「冗談でしょ?」なんて言葉で返すのは、違う。
「なんで、僕に……?」
「水クセェなぁ……」
「――?」
「私とお前が今まで築き上げた仲があんのに、会社の伝達が先に耳に入るようじゃぁ、筋が通らねえと、思ったんだ」
「――相談くらい、いくらでも乗ったのに……水くさいよ」
涙腺が緩んで、温い涙が薄らと浮かぶ。
悲しいとか悔しいとか、沢山の感情が籠る。
「わりぃな……」
「――」
「おめぇはよ、どうせ止めようとするから、決断が苦しくなると思ったんだ」
「……」
空の彼方から、太陽が照らしてくる。
涙が目元で煌めく。
ココの畏まった口調と決意で揺らがない表情が強くのしかかる。
今までに感じたどんな重圧よりも重たい。
「――」
「……」
「――いつ、卒業するの?」
「ん……7月1日だな」
「あと……1ヶ月半」
「だな……」
徐々に口数が減り、空気すらも重くなる。
呼吸音が届く。
実に感情のこもった呼吸だ。
「その日は……」
「卒業ライブをやる予定だ」
卒業を華やかなものにし、誰もが快く見送れるステージを作る。
まだ、ココと会社の数名のみしか知らない。
「夏祭りには、出るよね?」
「勿論だ」
卒業ライブよりも側近で行われる行事。
「私も出店すっから」
「そうだったね」
かなたは個人的な出展はなかった。
だから当日は、思う存分巡る予定だった。
いや、現在でもそのつもり。
ココが卒業すると知った今でも、路線変更はない。
いつでも出会えるかなたより、出会いにくくなるメンバーと楽しむべきだ。
「忙しくなるね」
「ああ、ここがさ――正念場だな」
不自然に聞こえた文章の繋がりを、かなたは苦笑して流した。
「私はこれから仕事だけどよ、天使はなんかあんのか?」
「帰ってしなきゃいけない作業が――ある」
「そっか、じゃあ……ありがとな」
「やめてよ、そんなのは」
ココはかなたを通り過ぎて、扉を抜けて、階段を降りて行った。
「…………」
喪失感。
心に穴が空いて、脳の思考が停止して、全身から力が抜けた。
着いた膝がジンと痛む。
まだ、やりたい事が。
「僕は……っ」
ココの卒業を受け入れられない。
本当は、やっぱり嘘なのかもしれないと、救いを求めるバカがいる。
これは悪い夢だと言い聞かせる愚か者もいる。
涙を飲んで、鼻水を啜って、喉を掠らせて、散々体力を消耗した後、かなたはゆっくりと帰るべき家へと足を運んだ。
えー、どうも。
今回は卒業への道その1でした。
夏祭りがあって、卒業ライブ、って感じですかね。
冒頭で少し触れた、ゲーム試遊会も気になりますね。
卒業ライブの後は唐突に雰囲気変わってバトル章に突入します。
ええ、まあ。
それではまた。