悲報は数日して社内へ通達され、さらにその数日後、配信を通じて、全世界に報じられた。
学校の昼休みに、或いは会社の昼食時間に、或いは家で配信を心待ちにしていた暇人の一時に――。
ダンッ、ガンッ、ゴンッ、と何かが暴れる騒音。
その部屋へ、誰も近寄ろうとしない。
心配はあれど、声を掛け辛い。
加えて誰1人、未だに心の整理ができない。
「『たつのこ』の奴……30分は暴れてる」
「だってよ……あんな知らせ急に来たら……」
「自分の推しが……って考えると、恐ろしいよ」
リスナーズ拠点、リビング。
数名の暇だったリスナー達がこの日もまた集まっていた。
そして、あの悲報を受け、『たつのこ』は2階の個室に篭って暴れ始めた。
「珍しく、『箱推し』も傷心してたっぽいからな」
『箱推し』もまた、知らせを受け自室に篭った。
残ったメンバーで最年長、且つ最も心が整理できている『ろぼさー』は、頭を掻きながら呟いた。
絶望感と喪失感が突然と押し寄せ、全ての感情が停止してしまうほど。
それを、『箱推し』と『たつのこ』以外が辛うじて耐えられたのは、きっと推しではないからだ。
「『箱推し』の苦々しい顔は、初めて見た」
「私ですら、初です」
初期の頃からいた『おにぎりゃー』の発言に対し、側近の『百鬼組』が同調した。
感情を持てないと自嘲を見せ続けた『箱推し』の変化は、奇しくもこのタイミングだった。
「『たつのこ』も、これから皆で楽しもうって仲間入りした矢先に……」
リスナーズ拠点に来て僅か数日の『たつのこ』。
ここから、推しへの愛を高め合う仲間と楽しむはずだった。
それに何より、『たつのこ』がここに来たのは、掲げる目標が夢だったからだ。
2階の廊下を歩く音が小さく響いた。
誰かが扉をノックした。
扉が開いた。
何かが壁にぶつかった。
「何が目標だ! お前の言葉は嘘だったのかよ!」
「…………」
「ふざけんな! 会長は俺の全てだ! 何又もかけてるテメェとは違うんだよ!」
「…………」
「黙れクソが! クソ、クソクソクソ!……ちくしょぅ……」
「…………」
「うっせぇ、もう意味ねえ!」
言い争いのうち、『たつのこ』の言葉は聞き取れた。
そして最後、ドタドタと力任せに階段を駆け降りる音と揺れが響く。
咄嗟にろぼさーが廊下への扉を開くと、玄関から『たつのこ』が飛び出す瞬間が見えた。
バツが悪そうに顔を顰める一同の元へ、遅れて『箱推し』が静かに階段を降りてきた。
「悪いな、騒がしくて」
「いや、いいんだけど、それはサ……」
無性に気になる会話の内容。
傷心した2人が上でどんな衝突をしたのか。
口を開きかける面々。
「そろそろ、話しては?」
「人も集まってきてんだし、話すべきだぞ」
『箱推し』の最終目標。
それは、『ろぼさー』と『百鬼組』、そして『たつのこ』のみが知る。
概要として、ホロメンを守る体制を作ると説明はした。
いざという時、動けるようにと。
だが、日々『箱推し』が部屋に篭り、何をしているのかは謎のまま。
自室への不法侵入を試みた数名もいたが、バリアで弾かれる始末。
何故かそこだけは、『箱推し』も徹底していた。
「部屋、見たいのか?」
「「気になる」」
「傷つくかも知れない、としても?」
「え……まあ、気には、なる」
「ああ」
「なら来い」
7人ほどを率いて、『箱推し』は階段を上がり、閉ざされた自室へ。
無駄とも思える緊迫感に圧迫されながら、フローリングの上をゆく。
新築のこの家のフローリングは踏んでもあまり軋まない。
自室前で一度立ち止まることもなく、無造作に扉を開けた。
内装を知らない後続の者たちは、ひとつ息を飲んで部屋へと踏み込む。
カチッと電灯のスイッチが押され、室内に明かりが灯る。
「……? 文字だらけの壁?」
「あ、ポルカって書いてあるサ」
「ゴホッ……こっちにはふーたんだ」
「全員の名前があるが……俺よりも辛口だな」
「てか、辛口とかのレベルじゃねぇだろ、コレ」
「全部……爆発的暴言だろ」
事情も目的も知らない5名が、少し気分悪くして言葉を交わし合う。
そして、冷めた視線が『箱推し』へと突き刺さった。
考え得る「最悪のまさか」の展開でないにしろ、いい趣味とは言えない。
全ホロメンの名前と、その下へ連なる「アンチコメ」の数々。
「お前らに話した、ホロメンを守る体制を作るってのとは、また違うが、これが俺の最終目標」
全員と向き合い、感情のない目で言い切った。
「あんたが書いたコメント……じゃないのネ?」
「まさか。感情がないにしても、好きな人にそんなことはしない」
「好きな人の悪口溜め込むのも、爆発的なイカれ具合だと思うけどな」
「今更ですよ、この人のイカれ具合の話など」
『座員』の確認を肯定するが、返答は実に奇妙で『SSRB』のツッコミもよく分かる。
だが、『百鬼組』は当然だと顔色変えず、タバコを一本咥えた。
「おい副流煙」
「未成年はいませんでしょう?」
「そういう問題じゃ、ねぇ」
「っと……はぁ……」
狭い部屋での一服に『おにぎりゃー』が忠告するが火を灯そうとしたので、強引にタバコを奪う。
そして、『おにぎりゃー』はそれを食べた。
残念そうに溜息をついて、新しくタバコを抜き取る『百鬼組』。
渋々別室へと移り、ベランダで一服しに向かう。
「アイツ、ニコ中で副流煙とか気にしないクズタイプ?」
「最近タバコの味知って嵌ってる」
「言えば聞く辺りまだマシサ」
「俺的には……ッ、コホッ……タバコは勘弁してもらいたい」
「まあ『エルフレ』はな、毎日咳が爆発してっからな」
話題が逸れ、『百鬼組』のタバコへと。
或いは無意識的に、アンチコメントから逃避していたのかもしれない。
「ここまで来たなら、最後まで聞いてけ」
『箱推し』は現実に引き戻させ、アンチコメントを直視させる。
やはり、見るだけで気分が悪くなる。
イラっとする、悲しくなる、バカバカしくなる。
今すぐ部屋中のアンチコメを油性ペンで塗り潰したい。
いや、それは手間だ、黒ペンキをぶっかけたい。
「俺の最終目的はアンチ撲滅」
「まあ、こんな事するなら、それ以外もうないのサ」
「どっちみちこれはキショいけど」
フォローに周りがちな『座員』と辛辣に刺突する『一味』。
基本消極的に傍観する『エルフレ』。
常に仲裁できるように見守る『おにぎりゃー』。
全てを爆発させたい『SSRB』。
「でもさ、アンチ撲滅って、正直鬼畜だぞ、難易度」
「ああ、ホロメンの地獄耐久の比じゃない爆発的難しさだと思う」
注意勧告が効かないから、悩まされている。
当然運営が対応してはいるが、結局いつまでもアンチは存在し続け、配信業を妨害する。
この部屋を見たところ、アンチコメントと合わせて、それを発した者のアイコンとネームも残してある。
だが、ここからリアルに辿り着くのは至難の業。
技術ある情報科の者でも不可能に近い。
それをこの数だ。
「キッパリ言うと無理だ」
辛辣だが正論。
魔法は情報機器に侵入できない。
世界評価第3位の魔術師であれど、こればかりは生涯の内に成し遂げられるとは思えない。
「個人情報特定に関しては、今コイツが研究してる最中だ」
「……そんな事してんのか」
「精査、鑑定して情報を繋ぎ、個人を特定。これができれば国の防衛システムや動画配信サービス会社にも有益だしな。何事も悪用されれば悲惨だけど、開発してかないと、悪事を抑えられないから」
『ろぼさー』は世界的にも有名な情報技術士。
工学などでも一流だが、最近はロボ子さんの配信を見ながらその研究に勤しんでいる。
「成果の出る目処は立ってんの?」
「正直、手応えは薄いなぁ」
天才でも、デカすぎる壁は易々と越えられない。
過去の偉人たちは、一つの功績に生涯を捧げている者も多い。
『ろぼさー』がそうならないとも限らない。
手応え薄いと答えているが、実質なしに近い。
「じゃあサ、もしそれが可能だとして、どうすんのサ?」
「コホッ……確かにッ……暴力行為に出るわけには、いかないだろうし」
「それは考えてある」
アンチを特定して、そいつをどうするのか。
罪に問う事は不可能ではないが、あまり大きな罪には問えない。
それに、罪に問うたとして、本人にアンチの悪意を真に知らしめる事はできない。
「俺の魔法を使う」
「えっと……感情を操るやつ?」
「そうだ」
世界で唯一『箱推し』だけが使える魔法。
他人の感情を操ることが出来る力。
「アンチなどの荒らしコメ、暴言、その他諸々により得る心の傷。その時の人間の感情をアンチ本人に与える」
「えぇ……それって……バイオレンスじゃないけどさ」
「アンチと一緒だろ」
同じ思いをさせるとはつまり、同じことをしていると同義。
アンチを敵視するリスナー達は、あまり得策と思わない。
「分かってる。でもこれは、俺にしかできないことだ」
「必要悪って言いたいのか? でも犯罪だぞ」
「いいんだ。俺の犯罪は今に始まった事じゃない」
「「――⁉︎」」
耳を疑う発言が飛び出す。
「俺は昔、先生の元で魔法を習ってた。その先生は別にいい人間じゃない。だからそう言う事だ」
「……」
「幻滅したか?」
「「…………」」
「ここは自由な場所だ。気に入らなかったら出ていって構わない。それも踏まえて、今日の事を全メンバーに伝えといてくれ」
やや強引に話を締め、『ろぼさー』以外を退室させた。
扉の外でコソコソと話しながら、一階へ降りて行く。
「『たつのこ』は放っとくのか?」
「俺が追っても刺激するだけだ」
『箱推し』はぐったりとしたようにPCデスク前のチェアに座る。
「この機械たち、故障はないか?」
「ちゃんと稼働してる」
「近々また新型持ってくるから」
「助かる」
デスクとPCの裏――いや、デスク周辺にある機械たち。
全て『ろぼさー』がその技術を持って作り上げた機械。
特定の単語を含むコメントを自動抽出しコピーし、時間帯、アイコン、ネームを全て記録。
同じアイコン、若しくはネームが現れた場合は一つのフォルダに纏める。
このように各メンバーのフォルダを作り、更にその攻撃する者の名前ごとに振り分け。
よってどの時間帯にどのメンバーに何者が出没するのかを割り出せる。
ここまでをフルオートで行う機械を『ろぼさー』に開発してもらった。
だが、コンピューターが記憶する「不適切単語」を回避するアンチコメも複数存在する。
それは当然、自身の目と手を使って抽出し、記録する。
感情ある人間ならば、間違いなく何かしらの感情に苛まれ放棄する作業。
感情がない事を利点として、『箱推し』はこの貢献方法を選んだ。
いわば、『箱推し』にのみ許された、イカれたボランティア活動。
「どうするんだ? 今日の告白でみんな出てったら」
「…………」
「アイツら集めたのは別の理由だろ?」
「その辺にしてやってください」
突如扉が開き、一服終えた『百鬼組』が入ってきた。
服からは微かにタバコの香りが漂う。
「こう見えて、落ち込んでるんですよ」
「ニコチンは補給できたのか?」
「ええ、残念なことに」
「……?」
「心配なさらずとも、今まで私と彼で色々解決してきたのですから。いざという時は私が戦場に立ちます」
「……まあ、俺も出るけどさぁ」
3人では心許ない。
だからこそ同士を募った。
本人たちは何一つ知らないが。
「敵が敵だ。俺でも相手にならない奴は出てくる」
「数の暴力に持ち込む気なのか?」
「いや、今目前に控えてる『城主戦』は、俺の相性が悪い上に、数が意味を成さない。出来れば相性のいい誰かをぶつけたい」
「まごまごしてたら先にホロメンとぶつかるぞ」
慎重になるが、万全を期すために選択を誤れば、更に悲惨な運命を辿る。
最も危惧すべきは、その魔の手がホロメンに触れる事。
「あ、それと、この前の……なんだっけか、あの、秘密結社」
「holoXか? 交換条件はすでに果たしてあるから気にするな」
「こちらは情報と未来計算の依頼でしたが、対価に何を?」
「敵の情報とお金、それと社員1人の同行」
「だからまた貯蓄減ってんのか」
「悪いな」
「いや、お前の金だから好きにしていいけども……もう研究発表しないなら、限界があるんだぞ?」
「考えないとな……」
始まりの3人は、頭を抱えた。
今のこの拠点とメンバーには不足している事が多い。
「……でも、どんな未来よりも」
「……そうだよな」
「会長、ですね」
結局何より、ホロメンを一に考えるなら、目先の会長卒業が大敵だ。
推しの卒業、推しメンの仲間の卒業に正面から向き合わなくてはならない。
それが何より恐ろしい。
夏祭りと卒業ライブ。
涙を拭く準備、今からしなければならないだろう。
「ネットも今、持ちきりだしなぁ……」
スマホでスイスイと画面をスクロールする『ろぼさー』。
瞳が光を反射している。
「……おい、『箱推し』……これ!」
「……⁉︎」
「これは……」
事態は動き出した。
作者でございます。
どうも皆様、お久しゅうございますが、何日振りだと思いますか?
はい、なんとほぼ一ヵ月ぶりです。
投稿が遅れた理由は特になにもありません。
中には、失踪したかと離れた人もいるでしょう。
ですが、次章も決まっている上に、holoXを未登場のまま終わらせられません。
と言うわけで、次回は1週間圏内で投稿したいです。
待たせた上に、ホロメンが出なくてすみません。
あ、それと、別シリーズの投稿も検討中です。
では、また。