夏祭りは終了。
そして間も無く、卒業ライブ。
それはもう3日後だ。
だってのに……。
「ココ……」
かなココハウス、共有スペースのリビングでかなたがココを待っていた。
まだ朝だ。
いつ来るかも分からないココを、一体いつから待っていたのだろうか。
「あ? んだよ、キリッとして」
「ちゃんと、話がしたかったの」
「話? 何のだよ」
畏まった態度にココは卒業関連を連想する。
最近のかなたは、少々ナイーブになっている。
卒業関連の事情に敏感で、何かとココを心配している節がある。
「最近の、ココのこと」
「私の事? おめぇ、心配し過ぎだっての、ほら、元気だろ?」
卒業発表以降、ココは毎日のようにコラボ配信をしている。
配信外でも、よく他のメンバーと出会い楽しそうに会話している。
元気そのものだ。
ココとしては、心配される事など何一つないと思っている。
かなただって、2人の関係性は、野暮なことに首を突っ込まない所も含めて良好だと思っている。
「うん、元気だと思う……」
「――?」
「いつも楽しそうに笑ってるし」
なら一体、何が心配なのだろうか。
杞憂も度が過ぎる。
「3日後にはもう卒業なんだよ」
「約束したじゃねーかよ、卒業までは楽しくって――」
「それは人前ではの話でしょ、ココは1人の時もずっと笑ってて、無理してるように見える」
「盗撮でもしてんのかよ」
「分かるよ、そんなの……」
悲しさや悔しさを押さえて笑っているココの感情の決壊を恐れている。
ココはかなたの理解度を恐れている。
「僕は、悲しい」
「……」
「今でも泣きそうなくらい、卒業の日が怖い」
かなたの瞳がうるうると滲み始める。
しかし、涙は溢さず、ココを見つめる。
「泣けって言ってるんじゃないの、ただ、このモヤモヤのままライブを迎えたくない」
「……」
「だから、思ってること、言って」
「あのなぁ……」
「ココのライブを曇らせたくないの!」
「…………」
真摯な瞳にココは開きかけた口を閉じる。
ため息をつき、肩を竦めるとゆっくりと椅子に腰を下ろした。
「別に悲しくない訳じゃねぇ」
テーブルに手を乗せ、その開いた手のひらに視点を当てる。
焦点が次第にずれ、全体がぼやけた。
「色々考えると、確かに込み上げるもんは数えきれんほどにある」
数えるように指を折る。
「心配事だって、てめぇーら見てっと増えてくし」
「……!」
「でも正直、無理はしてねえ」
「――!」
「毎日本当に楽しいんだ」
ニカっと笑う。
その笑顔が、眩しい。
その眩しさが、心を照らす。
「おめえらのお陰だ。だから、そんな顔やめろよ」
「ぇ……」
ココに指摘されて自分の頬に触れてみた。
少し強張っている、のか?
かなただけじゃない。
日頃上辺だけで取り繕っているメンバーは多い。
悲しさや悔しさを押し殺して、楽しさだけを表面に起こしている者は、リスナーを含め、山程。
でも、当の本人が、こうも、清々しい気持ちで笑っているのなら……本心がここまで潔く、澄み切っているのなら、我々の思いは野暮というものだ。
「かなた、私は今幸せだ」
幸福感に満ち溢れた瞳が一雫溢した。
「ココ……!」
「だけど、ありがとう」
「――⁉︎」
「お陰で、勇気が出たよ」
「ゆうき……?」
「ああ!」
最強ドラゴンの最強のスマイルがかなたの瞳を突き抜けた。
感情が込み上げる。
「ライブが終わるまで、私は絶対にこの笑みを絶やさねえ」
「うん……」
「だからよぉ、ライブ終わったら、肩貸せよ」
「うん……!」
「テメェの胸は、ちっせぇからな」
ライブが終わるまで、涙を蓄え、全ての終結と共に溢す。
もう、路線は決まった。
だから、泣かない。
ココは、泣かない。
「余計だわ」
涙を振り払って、かなたは笑った。
キレ芸のはずが、何だか可笑しくなって……。
「じゃあ、私はやる事あっから、いくな」
「うん、僕も、仕事があるから」
ココは自宅で、かなたは事務所で仕事があるため、それぞれの仕事場へ向かった。
*****
かなたはココと感情を打ち明けた事により、僅かに気が晴れた。
だが、まだ少し、恐怖のような……自分の臆病な心が、残っている。
この残穢を、除去するために……。
「へえ、そっか」
マリンと本心を語り合う。
今朝、ココと話し合ったと伝える。但し、詳細は伏せて。
「私も、もう何もやる気出んくらいだし……」
マリンの傷心具合も、過去に類を見ないレベルだ。
最近顔を合わせては、浮かない表情を見せている。
「僕たちは別に……ホロメンに会いに、ここに来たわけじゃない……って、分かってはいるんだけど……」
「そうなんよね……」
配信をするアイドルに憧れて、ホロライブに入った。
目的は、そのアイドルになる事で、そのアイドルに会う事ではない。
だから、ココがたとえ辞めるとしても、他の人が辞める理由にはならない。
「頭で分かってても、心は素直に前向けない」
未だかつてない困難を前に、苦悩するのは2人だけではない。
「はあちゃまも、休止するって言ってた……」
「はあちゃまは……結構責任みたいのを感じてたからね……」
かなたは、はあちゃまとも話しており、その際に休止の情報をいち早く耳にした。
何度もはあちゃまは悪くないと主張したが、彼女は今の心のまま、配信業に向き合う事が難しいと自己判断し、結論を出した。
きっと、誰もが、心に穴が空いた、気持ち悪い感覚を持っている。
それは、ホロメンもリスナーも。
「私も、めっちゃ泣いたし、考えたし、病んだけど……」
「僕も……」
惜しげもなく、暴露する。
隠す意味もなければ、気力すら湧かない。
「私たちは常に、悪意と善意を目にしてる」
「そうだね……大半が善意だけど」
リスナーの殆どが、推しを応援するただのファン。
そのファンがいくら応援の声を上げようと、今の堕ちた心に小さな悪意が刺されば、それこそ立ち直れなくなる。
今回の騒動を通して、それは白日の下に晒された。
ホロメンは、『弱い』。
その認識が、ホロライブを知る者に周知され、悪意を持つ者は、ここに付け込んでくる。
「私たちは……強くならなきゃいけない」
「うん」
聞こえよく「チャンスに変える」なんて言えないが、これは誰にとってもパワーアップのタイミングだ。
きっと、リスナーだって、泣いて終われない。
偉大な龍が、最後に革命を起こそうとしている。
「泣いても、生き続けんといけん」
「マリン……大丈夫?」
生きる、とは生命に関する云々ではなく、配信者として世界に存在する、という意味。
この業界に身を置いた時点で、決意はあったはずだ。
少なからず存在する敵意にもめげないと。
それが今回、破壊された。
一度壊れた心は、身体まで侵食するのか、それともより強固な心へと生まれ変わるのか。
「……私たちには、仲間がいる」
1人じゃない。
今も隣に、仲間がいる。
仲間の数は、もっともっと。
10人、50人、100人、1000人……いや、もっともっと――。
培ってきたものは、壊れない。
「マリン……」
「だから私は……悲しくても、船長を続ける」
悲しさを思い出すと、涙は止めどなく溢れ出る。
涙を重ねて、強くなる。
マリンは船長を続けていく。
だって、配信って、楽しいんだから。
だって……
「だって、叶えたい夢がたくさんあるから」
夢への道が閉ざされたわけではない。
自分の夢を、自ら諦めるなんてできない。
自分の世界を、可能性を、自分の感情だけで閉ざすなんて、できない。
「僕も……」
ドンっ、とマリンに背を叩かれた。
全身が、ゆらっとした。
「船長、まだ仕事あるから行くわ」
立ち上がると、決して振り向かずそそくさと退室した。
「………………‼︎」
仲間がいる。
だから――
「僕も――!」
――。
――――。
――――――。
――――――。
――――。
――。
偉大な龍の卒業ライブは、全世界に注目され、その最後を刻み込んだ。
華やかなアイドル衣装を纏ったココは、最後まで笑みを絶やさず歌って踊っていた。
そんな彼女が、ライブの後に、笑っていたのかは、舞台にいた仲間たちだけが知る。
いいか、これは革命だ。
ホロライブは、進化を続ける。
その進化の種は、誰しもが手にしている。
それを、どう使うかは、各々が決める事である。