歌姫伝承〜ホロの異能大戦ストーリー〜   作:炎駒枸

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90話 再度、絶望へ

 

 左ルート。

 道を進むと荒野に出た。

 何もない荒野。

 本当にただの荒野で、ずっと先の木々の背後に、わずかに城が見える。

 

「拍子抜けする感じ……」

「気ぃ抜いたら死ぬよ」

「だろうな……」

 

 こちらは誰1人先行する事も、逸れることもなく集団行動ができている。

 

「何もないとは思えんし」

 

 城まで何もない、とは到底考えられない。

 道中の魔物を倒し、レベルを上げて、装備を整えて、魔王に立ち向かう。

 セオリー通りには行かないにしろ、魔王オンリーとの戦いとはなるまい。

 幹部も4人いると言っていた。

 公平を期すならば右に2人、左に2人、城にボス。

 もしくは、城の各階に一幹部、最上階にボス。

 

「――っ!」

「うわぁおぅ!」

「「――⁉︎」」

 

 シオンが気配を察知して攻撃を受ける。

 光線を魔術の光線で相殺すると同時に、仲間を攻撃から守るため、一時的にバリアを展開した。

 シオンの瞬発力に、襲撃者は驚く。

 そして、感嘆の声を響かせた。

 

「テレパシー……」

「キショいなこれ」

「何あれ!」

「エグ」

 

 この場の誰も知らぬ事だが、フレアとルーナを死へ追いやった化け物、目玉が姿を表す。

 

「硬いバリアだね」

 

 数発ビームが投下されるが、シオンのバリアはびくともしない。

 シオンも反撃の光線を見舞うが、瞬間移動で回避される。

 すいせいが星を撃っても、あくあが水を撃っても、ラミィが氷を放っても、ポルカが様々ばら撒いても、命中しない。

 

「バリア内に入れないのはシステムかなぁ」

「じゃあ、天気が変わらないのもシステムかな」

 

 シオンのバリアを突破できない目玉の発言に、メルが合わせる。

 天候が快晴に固定されているため、天候操作ができない。

 

「システマーも暇してるし……」

「……?」

 

 システマー?

 人か?

 だとしたら、幹部の1人の可能性が高い。

 

「決めた。1人だけ倒して帰ろう!」

 

 皆の警戒心が一段と高まる。

 闘争心と生への欲求を全開にする。

 

 目玉がメンバー一人一人を見つめる。

 バリアを解いて総攻撃を仕掛けたいが、瞬間移動が極めて厄介。

 ビームの距離と精度も相まって、バリアを解く余裕はない。

 

「だ、れ、に、し、よ、う、か、な、て、ん、の、か、み、さ、ま、の、い、う、と、お、り!」

 

 数名、目が合った気がしたはずだ。

 目玉の標的は定まる。

 

「こっちおいで」

 

 目玉が笑った。

 目しかないが、目玉の動きで表情が分析できてしまう。

 

「誰が――!」

 

 バリア内にいれば安全。

 的になると分かって自らバリアを出るものなど――

 

「っえ?」

 

 ピュン――。

 と、バリアを前のめりに飛び出したねねに光線が突き刺さる。

 それが幾つも。

 

「ぅっ……そ……」

 

 桃鈴ねねが消えた。

 宣言通り早速1人を倒してしまう。

 だが、何故ねねは、バリアを出たのか。

 そんな事、もう気付いている。

 

 シオンはバリアを咄嗟に解いた。

 すると、全員があるメンバーからずざっと距離を置く。

 

「なに、してんの……ころね……?」

 

 ねねをバリア外に押し出したのは、ころね。

 他の視線をものともせず立ち尽くす。

 

「おいで、こっちに」

 

 目玉の呼びかけにだけ反応し、目玉へと歩み寄る。

 目玉の力、洗脳の発覚。

 しかし、手遅れである。

 

「ころね!」

「ころさん!」

 

 誰の声も届かない。

 ころねは目玉と並ぶと、全員を見渡す。

 その赤い瞳で。

 

「お前……!」

「じゃあね。お城で待ってるよ」

「ころさん!」

「だめ、おかゆ!」

 

 テレポートの瞬間、おかゆが駆け出しころねに手を伸ばした。

 どうにか、引き留めたい一心で。

 世界がスローモードに切り替わるような感覚。

 ゆっくりと進む時間で、おかゆの手はころねに触れ――!

 

「――」

 

 その場から、目玉と共に、おかゆ、ころねが姿を消した。

 

「………………」

 

 …………………………。

 

 しばし放心する。

 

「なんだ……このクソゲー……」

 

 脳が正常に戻ったかと思えば、口を突いて出るのはそんな言葉。

 ねねのゲームオーバーところねの洗脳、そしておかゆまでも着いて行った。

 実質3人の脱落。

 しかも、相手への打点も情報も無し。

 

「……急ごう」

「……⁉︎」

「城で待ってるって言った。城へ急ごう」

 

 まつりが瞳に炎を灯した。

 目玉への殺意に似た何かを滾らせて。

 その思いは、周囲に伝染する。

 

「これはゲームだ。ゲーム内のキャラが相手なら――」

「うん」

「躊躇なく潰せる」

 

 最大の救いは、そこにある。

 どれほど強いメンバーでも、生物が相手では殺さない程度にセーブする。

 だが、相手が無生物ならば、殺す事を容易く視野に入れられる。

 本気で戦える。

 

 ゲームで殺人鬼と化すホロメンは少なくない。

 これがゲームである事を、マスターに後悔させてやる。

 

「急ぐのは結構、だが」

「――⁉︎」

「この絡繰迷宮(システムラビリンス)をどうブレイクスルーする?」

「――⁉︎⁉︎⁉︎」

 

 何もない荒野、それが進路だった。

 何もない荒野に、突如として出現する巨大な壁。

 言葉通りならこれは、迷宮。

 だが、これは一体……?

 

「あらゆるシステムをコントロールするこのゲームのキーパーソン」

「また、浮いてんのか……!」

「システマーだ、よろしく」

 

 身だしなみの整ったスーツ姿の男性が空に立つ。

 丁寧に腰を折る礼儀正しさとは裏腹に、天高くから蔑視する。

 

 このゲームに存在する4人の幹部、その1人。

 システマー。

 様々なゲームシステムに関与して、波乱を巻き起こす敵。

 

「迷路なんかやってられんし! 紫苑砲!」

 

 シオンがかつて無いほど力強い光線を放った。

 間違いなく、シオンの最大火力。

 紫苑に煌めく光線が天高く打ち上がり、システマーを焼き尽くす。

 

 シオンのフルパワーに、仲間でさえも絶句した。

 初披露がこのタイミングとは確かに驚くし、意外性抜群。

 

「次そのビームをシュートしたら、リフレクションすんぞ」

 

 弾けて霧散するビームの中から、バリアのような小さな空間に守られたシステマーが微かに怒気を含んで言った。

 

「……」

 

 シオンの本気をものともしないその様に、絶望感は増すばかり。

 暗雲が立ち込める。

 

「……無理だ、こんなの」

「クリアできるはずねぇよ……」

 

 わためやポルカなどの発言を火切に、恐怖への感情が決壊し、ゲームへの畏怖を表し始める一同。

 シオンやロボ子、メルなどの強力なメンバーにも例外はいない――

 と思われたが……。

 

「大丈夫……!」

 

 声を上げたのは、星街すいせい。

 滅茶苦茶な笑顔を振り撒いて、仲間を鼓舞する。

 珍しく似合わない行為。

 皆、すいせいに奇妙な思いを抱き始める。

 だがまさか、この空気に当てられて、壊れたわけではあるまい。

 

「すいちゃん……?」

 

 そらがすいせいの顔を覗き込む。

 いつも通り、目に星が宿っている。

 

「……で? どう、したらいい?」

「トークがコネクトするガールだな」

 

 すいせいの問いかけに微笑で返し、システマーはうんうんと頷く。

 

「ラビリンスをクリアする、それオンリーだ」

「……なわけ」

「そう、ラビリンスにはシステム、つまりトラップがある」

「トラップ……」

「そのバリエーションはたくさんだ」

 

 迷路の入り口が開く。

 遠隔操作で石の壁がじならしして動いた。

 

「クリアしたら、またルートをゴーだ。ではスタート」

 

 システマーが消滅した。

 

「…………私、行くよ」

 

 魂に星の輝きを灯して、すいせいは迷路に迷い込んでいく。

 ただ、迷路の内部を一度確認し、

 

「複雑で入り組んでる。トラップもあるみたいだから、それぞれルートは分けたほうが良さそう」

「…………」

「ゴールで会おう」

 

 迷宮に消えていく。

 誰1人、言葉を発さず見守った。

 すいせいが迷路へ入り1分後――

 

「何ですいちゃん……あんなに……」

 

 カッコよく、めげずに立ち向かえるのだろう?

 誰もが戦慄し、恐れ慄き、足が震える状況で、前を向けるのだろう?

 

「ボクも、行ってくる」

 

 次いでロボ子も迷宮へ足を踏み入れる。

 トラップが発動しようものなら、音くらい聞こえそうなものだが、無音だ。

 システムとしてランダムで流れる鳥の囀りや、そよ風があるだけ。

 

 ロボ子の勇気を前に、暗雲を必死に振り払うような仕草を見せる一同。

 その後は時間の間隔を大きく開けることもなく、全員その身をラビリンスに置いた。

 

 


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