歌姫伝承〜ホロの異能大戦ストーリー〜   作:炎駒枸

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92話 再臨

 

 道なき道、鬱蒼と生い茂る森林へ駆け込んだ。

 自分は何もできない。

 なら、できない存在なりに、囮くらい買って出る。

 自己犠牲一つで敵が釣られれば、その分時間が稼げるから。

 

 背後から剣士が追ってくる音がするが、植物の密集地帯では移動速度がほぼ同じで中々追い付かれない。

 開けた通路なら間違いなく捕まってゲームオーバーだった。

 

「はぁ……っ、はぁ……っ」

 

 チラッと振り返る。

 剣士が草木を掻き分けマリンを追って来ている。

 今は姿が見える。

 

 光の少ない森の中を進むと、やがて正面に大きな光が見えた。

 森を抜ける。

 開放的な場所だと逃げられないが、進路を曲げるとその分剣士に接近される。

 結局、直進以外に道はない。

 

「はぁ……っっ! やっべっ!」

 

 森を抜けた先にあったのは、開けた視界。

 開けすぎている。

 正面に見えるのは遥か先の塔や空。

 つまり、見晴らしのいい景色。

 

 崖に出た。

 

 木々に囲まれた崖。

 行動範囲が極めて狭い。

 

「ま、まぁ、ちょっとは役に立ったでしょ……」

 

 マリンは最期を悟り、自嘲的な笑みを浮かべた。

 その表情で初めて剣士は理解する。

 

「……貴方、闘うつもりは無いのですか」

「そんなもん、毛頭ねぇっての……こちとらホロメンの最弱名乗ってんだワ」

 

 魔力消滅、パワーなし、知力なし、観察眼なし、スキルなし。

 それ即ち、戦闘における価値なし。

 

 囮であることを理解しながらも剣士はマリンを追って来た。

 それは逃げた先で闘う見通しだったから。

 マリンが戦える人間なら、1人居場所不明で潜伏され続けても困る。

 だがそれらは全て空回り。

 マリンの行動を深読みした結果、無駄足を踏んだ。

 

「AIってのも大したことないんですね」

「…………」

 

 剣士は怪訝そうに眉を寄せた。

 なんだ、その微妙な反応は。

 自覚のないAIか?

 シンギュラリティーの到来も遠くないな。

 

「まあいいでしょう」

 

 腰部に携えられた鞘から西洋剣を抜き取る。

 刀身はそこそこ長めで、錆も刃こぼれもなく美しい金属光沢を放っている。

 その剣先がマリンの頭上辺りへ向けられる。

 

「串刺し、首刎ね、微塵切り。どれがいい?」

「切腹とか」

「苦しいですよ、それ」

 

 別に本当にしたいわけじゃない。

 自殺なら、なんとか誤魔化して生き延びられる。

 まあ、そんな甘い敵ではないだろう。

 

「じゃあ、あなたの好きなやり方でどうぞ」

 

 マリンは諦め、潔く両手を広げた。

 さあ、斬れ。

 

「殺生」

 

 剣士が地を蹴り、前のめりに斬りかかる。

 

「っ――」

「え……!」

 

 剣士の足元が陽射しの下で凍てつく。

 この氷は……。

 一級のホロメン検定者マリンには、誰の氷か分かる。

 フブキとラミィの氷には若干ながら違いがある。

 説明できない直感的な違いだが、これはフブキの氷。

 

「ミオ」

「いいんだね?」

「信じてるから」

 

 森から凍った草木を掻き分けて、ミオとフブキが現れた。

 剣士の後ろから追跡していた2人に、マリンは気付いていなかった。

 互いに合図を交わしてミオとフブキはマリンの方へ歩み寄る。

 

「見えるキツネ……」

 

 フブキへと焦点を当てながら、剣士はすっと軽く剣を振るった。

 足元の氷を薙ぎ払い、足枷は瞬く間に解かれる。

 

「氷か……」

「光でしょ、見えない理由は」

「……そうなの?」

「ええそうです」

 

 だからなんだと、剣士は悠然たる面構えを変えない。

 タネが明かされたところで、打破する策はまずない。

 そもそも、フブキは何故か位置を割り出せる事が証明されている。

 この情報開示は誰にとってもアドにならない。

 

「屈折か、色素変更か、透過か……原理なんて分かんないけど、光が原因なことは分かる」

「透過です。光に限らず私が思えば何でもすり抜けますよ」

 

 本来、光を透過するなら、使用者本人の目にも光が届かず、互いに見えない状態となる。

 だがこれはゲーム。

 細かい理屈など必要としないバーチャル空間。

 ゲームマスターの思い描いた力がまるで現実のように起こるのだ。

 

「悉く理不尽なクソゲーだね」

 

 罵倒するようにミオが言い放つ。

 マリンもフブキも同意しか出てこない。

 

「序でに剣のことも教えてくれない?」

「拒否します。不都合しかないので」

 

 ミオとフブキもマリンの横に並び、崖を背にした。

 情報摂取はここまで。

 

「じゃあ、任せるよ」

「コンポーズ・アイススライダー」

 

 崖に、大きな氷の滑り台が完成した。

 氷が固定された太陽の光線を浴びて煌めく。

 崖をスタートとして、ゴールは恐らく先程までいた通路のかなり先。

 

「え、任せるって何を! あっ、ちょっ! ミオ先輩!」

 

 状況整理のできないまま、マリンはミオに引かれて滑り台からその先へ。

 ミオと2人で、崖を後にした。

 マリンの怒った声が遠くなってゆく。

 ま、怒るだろうさ。

 自分を囮にするつもりが、仲間を囮にしてしまったのだから。

 でも、マリンを囮にすればフブキも同じことを思う。

 なら、何を天秤に乗せて決断するか。

 それは、信じるものだ。

 

 創造したアイススライダーを消滅させる。

 追わないし、追わせない。

 

「分かりませんね。貴方の方が、強いと見受けられますが」

「いいんだよ、そんなの知らなくて」

 

 氷の剣を手に、ふふっと苦笑した。

 フブキの視界には森が映るので、強く圧迫感を覚える。

 

 ――――――!

 

 世界に剣士の像が投影されなくなる。

 透過により光が剣士をすり抜けている。

 そして、その法則が全てに働くのなら、フブキの攻撃はまず当たらない。

 

 タイマンで勝てるとは思えない。

 だが、素直に負ける気もそうそうない。

 

 だからほら、力を貸せ!

 

「ッ――」

 

 剣と剣の混じり合う音。

 鉄と氷の衝突でも、火花は散った。

 

「ふんっ!」

 

 ガッと強く踏み込む。

 右脚を中心に氷が発生し、草木や大地が凍った。

 だが、どこにも剣士を捕らえた形の氷像はない。

 

「……」

 

 剣士は怪訝そうにひとり眉を顰めた。

 

「ぶねぇ――」

「――⁉︎」

 

 背後からの斬撃もギリギリで見切り、受け止めた。

 剣士に一切の手加減はない。

 

「……遊んでますか、貴方?」

「うるさい、ちょっと静かにしてよもう!」

「――⁉︎⁉︎」

 

 フブキの怒号に度肝を抜かれる。

 急な豹変にさしもの剣士でさえ、驚愕して数歩引く。

 目を丸くして、わずかな恐怖をちらつかせた。

 

「だからやめて! 力だけ貸してくれればいいの! 出て来ないで!」

「貴方……何を……」

 

 抵抗するように絶叫する。

 フブキはずっとずっと飼っていんだ。

 そうだ……ずっと魂に宿っていたんだ。

 あの時アイツが誕生し、その後依代を無くしたアイツは、フブキの中に宿っていた。

 だから、あの森での事件以降、フブキの魔力は倍近くにも増していた。

 フブキが一つの体に2人存在しているから。

 

 同一人物なのか、全くの別人なのかは不明である。

 

 少し、力を借りようと今声を掛けた。

 途端に制御が効かない。

 表にいる白上を押し除けて、主役の座に立とうとしている。

 

 違う、そうじゃないんだ、言うことを聞け!

 

「私の体なの!」

「多重人格ですか――!」

「「違う‼︎」」

「――‼︎」

 

 2つの声が重なっていたが、どちらも同じ人物から発されていた。

 1人の人間が同時に2パターンの発声をできるだろうか?

 無理である。

 

「あーもう! 聞き分けてよクロちゃん!」

 

 フブキの身体の3割が黒々と染まっている。

 やはり、彼女の制御は一筋縄ではいかない。

 所詮ゲームで、どうせ負け戦となるこの場なら、暴走も躊躇なく起こせると滅多な事を思っていた。

 ここで実験して、操れないのなら、以降2度と彼女の手は借りず、表舞台へ立たせることもしないと。

 まさかこれが、薄氷を踏む行為だとは、毛ほども思わなかった。

 

「わたしに命令すんな。力だけ貸せってのは、虫が良すぎるだろ、フブキ」

 

 身体の5割が蝕まれ、白と黒が半々の状態。

 左右で口論を繰り広げる、異様な光景。

 

 剣士の瞳が悍ましさに揺らぐ。

 

 どうやら、白上フブキの態度は彼女の内に秘める存在の不興を買ってしまったようだ。

 

「今まで魔力も貸してやってただろ。これくらいの見返りは欲しいなあ」

 

 傍観者などいないように、フブキは入れ替わってゆく。

 7割、8割、9割と侵食が進み、遂に白上フブキは内側に閉じ込められた。

 

「やっと完全に出られたぜ……3年ぶりくらいか?」

 

 清々したような澄み切った悪顔で大きく呼吸する。

 新鮮なゲーム内の空気を吸って、正面を向くと、やっと剣士の存在を思い出す。

 

「悪いな、蔑ろにして怒ってるか? わたしも腹立ってんだよ、だからまあ許せや」

「相手が誰であろうと、敵を排除するのが役目なので」

 

 フブキの冗談めかしたセリフにも剣士は淡々と返した。

 性格などが倒錯したような人格変化を目の当たりにし、内心慄然としている。

 だが、こんなゲーム序盤で敗北などしない。

 幹部がこんな人目に付かない辺境地で、あっさり負けはしない。

 恐れはするが、戦力は勝ると確信した。

 

 剣士のその高を括った態度が、フブキの神経を逆撫でする。

 

「チッ! ムカつくな、どいつもこいつも」

 

 舌打ちを隠そうともしない。

 怒りなんて、寧ろ見せつけるよう。

 

「文字通り風雪に耐えてきて、ようやっとこっちに来たわたしを、殺すつもり?」

「イヤなら抗ってみなさい」

「上等だ、クソ野郎」

 

 よく見てろフブキ。

 わたしの力を見せ付けてやる。

 そしてわたしを認めさせてやる。

 

 

 森の崖。

 黒上フブキの降臨。

 そして、剣士と衝突。

 

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