森の通路で激化する闘い。
武闘家に挑むはPEBOT。
剣士相手とは一変し、ぼたんは何一つ加勢できないでいた。
「――――」
見上げた先、熾烈な争いが起きている。
森の通路上空で、華麗な空中戦。
空を飛べるトワ、空を蹴るぺこら、そしてエンジンで宙を駆ける武闘家。
対してぼたんは捕捉するだけ。
この空中戦に於いて、全く役に立てない。
何かを投げたところで、この死闘では味方に命中する可能性を強く孕んでいる。それは寧ろ妨害になる。
なら、ぼたんは2人を置いて先へ進むべきなのか?
上空で、火花が散る。
2対1で戦力は互角か敵が上手。
ぼたんの加勢ができれば互角以上へ持ち込める。
「まだまだ!」
体力を温存しつつ戦いに臨む武闘家。
トワとぺこらの攻撃を同時に捌く技量は幹部級。
縦横無尽に宙を駆け巡るぺこらの動きも、多方面に旋回するトワの飛翔も、完璧に見切るその視野の広さと直感の鋭さ。
純粋な動きのキレの良さと身体からの発火による爆発的エンジン。
ぺこらの「空中回し蹴り」を反動なく右腕で受け止め、トワの「天下踵落とし」を微力の反動で威力を流しつつ左腕で受け止める。
2人が連続アクションを起こす前に、両腕から発火し軽い爆発を起こす。
大した威力はないが、その爆風でトワが後方へ吹き飛ぶ。
ぺこらは足への反発を利用して、爆風よりも早く後方へ避けた。
常人であれば自らの腕を犠牲にするこの爆発。
しかし、これはゲームで敵は幹部。
肉体の構造が人間と同じとは思えない。
今の爆発など擦り傷程度のようだ。
肉体の衝突でトワとぺこらもその異常さは感じている。
上空からの微風がぼたんに吹きつけた。
あの人間離れした肉体を打ち破るには、どうすればいい。
得意だろ、分析は。
何もできなくない。
ぼたんは今冷静に頭を使う時間が与えられている。
使え、思う存分自分を。
ぺこらは足への抵抗力を操作する。
トワは悪魔の加護で他人の能力を借りれる。
ぼたんは捕捉で的を逃さない。
ウサギは何ができる?
ライオンは何ができる?
悪魔は何ができる?
読め、分析しろ、状況を見極めて、戦況を自分の手で操作しろ。
ぼたんが思考するその瞬間でさえ、場は目まぐるしく変化する。
「効かねっての、そんな軟弱な攻撃ぁよ」
嘲笑とは思えないほどゲラゲラと笑う。
2人も、手応えは感じていない。
だがこれでも、本気で殺しにかかっている。
ゲームだから。
それだけの理由で受ける理不尽。
「じゃあ、あと5分な」
「あん?」
突然右手を開いて突き出す。
その宣言に、トワはメンチを切った時のような声を出す。
ぼたんは、その声も5本指も認識できていない。
「俺が手加減するのは後5分ってことだ」
「ナメてんのか」
「当たり前だろ、この力差だぞ」
「ぜってぇー殺す」
安い挑発に堪忍袋の緒が切れた。
トワの瞳が燃えるように揺らぐ。
そして勇猛果敢に難敵へと突っ込んでゆく。
右腕からの鉄拳。
魔力をパワーに変換し、火力を上げるが武闘家は左の掌で受け止める。
その裏からぺこらが脳幹を撃ち抜くように蹴りをぶち込むが、それを右腕で防ぐ。
思考を凝らし、今度はその腕を掴んでみた。
受け止められた右手をバッと開き、武闘家の服の裾を握る。
そのまま宙で2回転。
勢いに乗せて地面へと投下する。
地面に衝突する間近で爆発が発生。
小さな爆風で巻き起こる砂埃が捌けると、そこには武闘家が余裕綽々とした様子で直立していた。
ぼたんも近くにいるが、武闘家は無視して空を見上げた。
「っラァっ!」
天からトワが降ってきた。
遠心力と重力を掛け合わせた踵落とし。
両腕を頭上でクロスして受け止める。
バゴっ、と大地がひび割れ、周囲がわずかに陥没した。
続けて武闘家の正面からぺこらが突っ込む。
全力で駆け出し、風に乗り、鳩尾への蹴り込みを見舞う。
塞がれた両腕。
だが、右脚を上げて、脛の辺りで受け止めた。
当然弁慶の泣き所よりズレた位置だが、筋肉や脂肪も少なく、とても防衛に向かない体構造をした部分。
「どうなってんだマジで!」
ぺこらの苦言もよく分かる。
トワもぺこらも確かにずば抜けた力はないが、容易く受けられる弱さでもない。少なくとも、2人を同時に抑える事が可能なのは一握りだと言える。
このゲームの敵こそ、その一握りに含まれる。
きっと、他の幹部も似た形だろう。
もはや、死を恐れていては、突破は不可能かもしれない。
1対1交換で倒せれば御の字、最悪全滅も視野に入る。
なら……例え体が弾けようとも、倒す事だけを、念頭に。
我が身可愛さなんて、今はいらない。
ステージ上の自分と、戦場の自分を切り離せ。
身を粉にして、戦え。
カッコよく、戦死して見せろ。
これはゲーム。
1人でも生き残れば――勝ちだ!
「ッァーーーー!」
ここで初めて、ぼたんの強襲。
獣の瞳をギラつかせ、八重歯を煌めかせ、握った拳を振るう。
そうだ、ぼたんは――ライオンだ。
「ブッとべ!」
「ッ、だっ――‼︎」
ぼたんの狙う位置に一瞬敵の左足が現れる。
だが、焦点は変更せず、左腕からのパンチを一撃ぶち込む。
左脚と左腕の衝突で起きる衝撃波が、ぺこらとトワを吹き飛ばした。
想像を絶する力の衝突。
ぼたんはムキになるように力み、さらに力を加える。
「ぃ″ッ‼︎」
左腕が壊れる音がした。
まるで、ひしゃげたような、不気味な音。
音と同時にぼたんが苦痛に顔を歪めた。
でもまだ腕を引かない。
ぶっ飛ばすまで、押し切る。
「あ″ァァァァァァァ″‼︎」
「きっ――」
ぼたんの左腕が完全に振り抜かれた。
その勢いのまま、ぼたんは膝を折って蹲る。
青褪めた左腕を押さえながら悶絶する。
「ぐっ、ああ″! ッッッッッッッー!」
ぼたんの左腕を代償に武闘家に与えたダメージは……
「データにないぞそれ……ああ、イッテぇ」
右腕と左脚に痣ができていた。
特に右腕の痣は色が濃い。
服の土汚れを払う際、適度に加減していた。
見た目のインパクトは無いが、効いている。
データという単語に多少嫌悪感が湧くが、取り合う暇はない。
「ぼたんちゃん!」
「大丈夫か!」
ぺこらとトワが駆けつける。
滲む涙で視界がぼやける。
「ちょっと無理した……ッッ!」
「お、おい、あんま動くな――」
「動くよ。死ぬ覚悟でっ――やってっ、からッッ!」
激痛を我慢して、ぼたんは片手をついて立ち上がる。
獣人として持つ力。
ぺこらが兎と同じ比率の脚力が出るように、ぼたんもライオンと同じパワーを出せる。
だが、そもそもウサギとライオンでは比べ物にならない力差がある。
人間よりパワーの弱い動物は人間の比率、パワーの強い動物はそのままの力で扱うことが可能だ。
つまり、肉食獣などのパワーを使えば、人を容易く死へ追いやることができる。
今回ぼたんはそのパワーを全開で放出した。
人生で初めて。
だから、身体がついて来れず、腕が壊れた。
私生活での使用は勿論、現実で戦う機会があっても、まず使わない。
ゲームだからこそ、この力を発揮できる。
「いける? 2人とも」
「「……おう」」
左腕で血の滲んだ汗を拭う。
ぺこらとトワが空中へ飛び出す。
ぼたんは敵へ直進する。
武闘家も空中へ。
ぼたんの攻撃を最も嫌っている事が窺える。
死んでも勝つ。
そう誓って、挑んだ5分。
結局、与えられた傷は先刻の一撃のみ。
口約束の時間となる。
遂に、来る。
武闘家の、反撃が。
「5分。手加減も終わりだ」
武闘家の言う手加減とは何か。
それは、3人に反撃をしない事。
防戦一方だったスタイルを変更し、攻撃にも転じる。
キリッと表情を改める。
次の瞬間、発火によるエンジンを利用し高速でトワの下へ。
勢いを殺さず腹へ蹴り込もうとする。
咄嗟に悪魔の羽を駆使して更に天空へ回避――すらも予期される。
武闘家は蹴り込みの直前に手足から適度な発火でエンジンを追加。
回避も虚しく蹴り上げが腹を撃ち抜く。
エンジン点火から命中までの時間、僅か1秒。
人智を超えている。
「うオ″っ――‼︎」
衝撃で天へ昇るように打ち上がるトワ。
空中で、一回転、二回転、三回転、四回転……。
意識がないかもしれない。
「くっ――」
ぺこらが飛び出す。
トワ目掛けて空を蹴り、跳んで、跳んで、跳んで!
「人の心配する暇あんの?」
声に反応して見下ろした瞬間、目前を武闘家が通り過ぎる。
反射的にその姿を追いたくなる。
だが焦ってはいけない。
ぺこらは全身を半回転させ、直様足で攻撃を相殺できる体勢へ。
刹那――右脚に迸る衝撃。
海老のような体勢では、どうにも上手く力が入らない。
「スンゲェな! 圧倒的予測と反射」
ぺこらの目を見張るような運動神経に、身震いする。
しかも、地上と違い、不自由な空中での攻防。
武闘家の高揚感が爆発として具現化される。
パチパチと、発汗のように弾けている。
線香花火程度の弱さ。
「まあ、力不足だがよ」
抵抗力とパワーで抑えていたが、負荷が増し抗えなくなる。
重力方向への圧力は、ぺこらの能力でも抑えきれない。
「っ――‼︎‼︎」
地上へ真っ逆さまに撃ち落とされる。
ビュンっ、と目にも止まらぬ速さで落下するぺこら。
地上へ落ちる前に――!
空を蹴り軌道変更。
もう一度変更、変更、変更。
「何やって――ダッ!……」
ぺこらを眺めていた武闘家の
人間離れした肉体を持とうが、関係なくダメージを与える威力。
普通なら風穴の開く威力だ。
多少の出血のみとは。
「……痛え」
傷口に触れ、手に付着した自身の血を見る。
手を握り、血の感触を確かめる。
中々、暖かい。
「で? 両腕壊したのか?」
俯瞰し、嘲笑で余裕を見せる。
ぼたんも仰視し、ほんのり口角を上げた。
そんなぼたんの両腕は、武闘家の言う通り、故障している。
拳を使った左腕と、肩を使った右腕で、わずかに負傷の差はあれど、ダメージの大きさに大差はない。
肉食獣の力ってすげぇ。
「終わっとけ」
この高さ、距離。
ぼたんの声は聞こえない。
「ン″ぐ――――⁉︎」
背後から突如襲い来る圧力に武闘家の体が持っていかれる。
背中から全身にダメージが分散し、骨がしなる。
その勢いのまま、隕石のように地上へ。
直後――――激しい爆音と共に大地が唸った。
………………。
――――――。
「どうなった⁉︎」
落下していたトワがいつの間にか意識を取り戻し、舞い降りてきた。
地に足をつけぼたんと共に爆心地へ駆ける。
爆ぜた通路に巻き上がる砂塵が消えない。
その煙幕の中に二つの影が見える。
1人が、寝ている人を踏み付けるような影絵。
構図が、想定と逆でも不思議はない。
「テンメぇ――マジでどうなってんだ」
震撼して声まで震えている。
でも、ぺこらは元気そうだ。
声から判別できる。
「流石に肝冷やしたって、コレはさあ」
パチパチと火花が散る。
火花は火力を増し、低威力の爆風を起こす。
2つの影が反発するように距離を取った。
その動作に連動するように、爆風で砂埃が履けていく。
ぺこらも武闘家も、土汚れを付けただけで、変化がない。
内面的な変化も、多少の疲労程度に留まるだろう。
「こんだけ対価払って、それだけの傷とか……マジで絶望だわ」
トワが執拗に目前を覆ってくる理不尽に、再三悪態をついた。
武闘家以上に、ゲームマスターへ憎悪が湧く。
「ゆうて、あたしの腕2本でしょ。まだ安い方……」
「いや悪い、トワはもうさっきみたく動けん」
「なんで⁉︎」
バツが悪そうに目を伏せるトワ。
身体能力を著しく損なうほど、腹への一撃が重かったのか。
「本体が死んでんだよ、そいつ」
「「……は?」」
武闘家の発言に耳を疑う。
唖然とし、無防備にもトワを見つめた。
本体が……死んだ?
「ここで言う本体ってのぁ、先まで身体を動かしていた奴のことな」
「……???」
理解が及ばない。
仲間の知らない情報を、どうして敵が知っている。
妙な感情が湧く。
「お友達にくらい話しとけって。連携しないと勝てないぞー」
敵からのアドバイス。
いや、ただの煽りだ。
「トワの身体能力が高いのは、ビビのお陰なんだよ」
「ビビ……」
「――! 帽子!」
トワの頭には帽子が載っていない。
戦闘時から消滅していた。
トワの帽子は顔があるが、実の所その正体はトワよりも優れた悪魔。
普段は微動だにせず帽子を演じているが、稀にトワの身体を借りて行動ができる。
ビビに身体を貸すことで、トワは戦っていた。
つまり、格闘技を使用できるのはトワではなくビビ。
反射神経や運動能力が高いのもビビ。
そのビビは、非常に打たれ弱い。
腹への一撃で負荷が限界に達したのだ。
「だからトワ……は……。――?」
「――?」
不意にトワの語気が弱まる。
唐突に、何かに没頭した様に、俯いて、己の右手を凝視する。
なんだ……これは……。
「どした、急に」
「…………」
無言が長い。
敵も味方も置き去りに、自分の世界へと入り込み、正体を確かめる。
隙の様に見えるが、果たしてそうか。
あの武闘家が攻撃に出るか思案し動かない現状が、突発的な展開の不穏さを示している。
皆が傍観者となり、舞台の主役が一度消滅した。
「なあテメェ」
「――なんだ?」
主役が2人、現れた。
「力比べしようや」
「「は?」」
「断る」
「「ええ⁉︎」」
待て待て、何故そうなる。
どちらの言い分も意味が分からない。
何を持って勝負を吹っかけた?
何を根拠に断った?
「お前、印象に反して賢いよな」
「場数踏んでんだよ、こっちは」
武闘家の印象としては粗野で横暴。
そこから短気、強気、負けず嫌いと言った性格を連想しやすい。
だが実の所狡猾であり、冷静であり、読解や分析の能力に長けている。
挑発行為を定期的に行い、逆に挑発には乗らない。
敵と味方を見事にコントロールしている。
「さあ、遊びは終わったんだ。決着つけようか」
武闘家が構えた。
「「――‼︎」」
ぺこらと武闘家が同時に空へ飛び出た。
風を切り裂いて、疾駆し宙での攻防を再開する。
トワも飛べるが、今はビビ不在により対等に渡り合える運動能力がない。
ぼたんも同様に。
その弱点を突いて、武闘家は早々に狙いを切り替えて来るはず。
ならば、行動を起こすならその前。
照準がぺこら、もしくは完全に定まっていない今。
トワはぼたんに耳打ちする。
ここで本当に身を捨てて賭けに出る。
まだトワ自身、この正体が何なのか定かではない。
ただ、それでも賭けに出る価値はある高揚感だ。
空中、遥か高くでぺこらと武闘家が一戦交えている。
瞬時に最適解を導き出し、弱点になりうるポイントを殴打で狙う武闘家に対し、ぺこらは刹那の反射神経に身を委ね、もはや意志を持たずに戦う。
ほぼ防戦一方のぺこら。
力の差は歴然で、近い未来の決着は誰にでも予想が付く。
その予想を破壊するために、トワの力が炸裂しようと、雄叫びを上げているのだ。
「
「あいあいさー」
地上の不穏な気配を察知し、攻撃ざまに数度一瞥を繰り返す武闘家。
ぼたんのロックオンを確認。
そのぼたんが持つもの――否、担ぐ者は常闇トワ。
壊れた両腕でトワを持ち上げている。
激痛が常に迸る。
悶絶したい。
でも我慢だ。
耐えろ。
呻吟を噛み殺し、強く八重歯で歯軋りする。
来る――
行く――
「BT砲、発――‼︎」
トワ投擲の瞬間、右腕の骨が粉砕した。
昏倒する脳内。
最後まで言葉も発せず、ただこの一撃に命を賭した。
痛覚が暴走する様に悲鳴をあげるが、それでもトワを全力で投げ飛ばした。
全身全霊、ホワイトライオン渾身のパワーで。
トワにかかる風圧。
髪が引き千切れそうで、肌が焼き切れそう。
そんな目にも止まらぬ豪速球(人)。
2人の攻防に一石を投じる。
目標へ一直線。
「速い――が残念」
飛翔中に半回転したトワの足が、空振り。
スッと無駄なく、華麗にあいつは回避した。
武闘家を越したトワの足は目前ぺこらに衝突する。
「残念は――オマエや‼︎」
反射しろ、ぺこら。
「――⁉︎」
トワの足裏に、ぺこらの足裏が合わさり互いに反発し合う。
いや、無理だ。
ぺこらの抵抗操作だけでは抑えきれない勢力――
「味方の能力を――コピーしやがった――!」
そうだ。
基より標的はぺこら。
2人の距離は近くどちらを的にしても、区別できない。
そして、回避したと思わせ、ぺこらとトワが反発し合う事で、至近距離から全く同じ威力の攻撃を放つ。
これが最後の賭け。
武闘家の裏を突く思考、ぺこらの反射、ぼたんの余りの力、そして何より正体不明のトワの力に賭けた一撃。
この至近距離の攻撃にエンジンで回避する猶予はない。
両腕が咄嗟に迫る拳を防ぐ。
「「「PEBOT砲台」」」
トワの拳の先が、まるで柔らかいタッチの様に武闘家の腕に接触し――
「――――⁉︎⁉︎⁉︎」
轟く稲妻の如く、地へ落ちた。
ただ閃光が天から地へ一直線に、刺した様。
物体の運動など、まるで観測できない速度。
雷鳴轟き、地は爆ぜる。
「っラァっ‼︎」
そして悪魔が舞い降りる。