ラビリンスを突破した先にあったのは荒野だった。
その荒野にポツンと佇む謎の機械と、空中で星に跨り静止しているすいせいがある。
あたかも2番目の突破者のように錯覚したそらは、すいせいの方へ駆け寄った。
「すいちゃ――」
その僅かな歩幅の範囲内で、地面に書かれた文字を発見し、踏み止まる。
文字を読んで止まったのではなく、読むために止まった。
普段の鷹揚さなどは振り捨てる。
それが今後の展開を左右する一手などとは露とも思わず。
そして、文字を読み、大方理解した。
装置の存在理由と停止したすいせいの因果関係。
誰かがゲームオーバーになったと言う推定の事実。
そして、そらたちは後続のメンバーである事。
「どうしよう……もう、2人だけなのかな……」
ラビリンス突破者が書いてない。
残りのメンバーも。
もし、そらで最後なら、そらが装置を使用してすいせいの道を拓く以外、文字通り道はない。
唐突にそらは剣呑さに心が揉まれる。
だが、一つだけ気になるのは……。
「S.S.Sって……何?」
ホロのオリ曲がパッと頭に浮かぶ。
何となく脳内で歌ってみる。
「点はつかないよね……」
曲を示すならsssかSSSと記す。
ドットが付随する意味は。
「S……S……さしすせそ……」
同じ場所をグルグル巡回し、立ち止まり、すいせいの背中を眺める。
「そら……すいちゃん……!」
答えは直ぐに出た。
Sは名前の頭文字。
これは、未クリアのメンバーを示している、と予想。
なら、あと1人のSは――
「シオンちゃんだ」
ラスト1人は意外も意外な紫咲シオン。
彼女がいるなら、待つ。
奇抜な案が出るかも知れない。
案がなくとも、シオンの突破は必須だ。
幾らでも待つ。
その腹積りで待つ事僅か1分。
「随分遅くなった――!」
汗だくのシオンが肩で息をしながらクリアゲートを潜った。
開ける視界の先に、2人の影と1つの不純物があることに気付くのは早い。
滅多に会話をしない相手、そら。
他に人も居らず必然的に目が合った。
「お疲れシオンちゃん」
「お疲れ様です」
そらの労いに他人行儀な返答をする。
借りてきた猫のようだ。
だが、その態度ではいられない。
シオンは常にキーパーソン。
途絶えない汗を拭い、小走りに駆け寄った。
「どうしたらいいかな……」
地面の文字を見せ、状況を説明。
これからの策を乞う。
「……すいちゃん! 聞こえる?」
シオンは声を張り上げてすいせいを呼んだ。
当然動けないので返事もできない。
「聞こえたら何かして!」
瞬間――星が現れた。
動かない小さな星屑だ。
「聞こえてるね」
「……」
シオンの強引な確認方法にそらは唖然としていた。
だが、シオンが調べたいのは、聞こえるか否かではなく、あの空間で能力が使えるか否か。
使えるのなら選ぶ策は一つ。
「シオンとすいちゃんの場所を入れ替えます」
「え⁉︎ でも、そんな事しても先には――」
「進めますよ。すいちゃんの能力で星に乗って、中央の森を越えて右ルートを通ればいいんですよ」
「え、あ……」
右ルートの造りは不明だが、分岐させるなら構造は異なるはず。
同じギミックを立てるのはゲームとしては駄作になる。
「でもだったら、私とすいちゃん入れ替えた方が……」
シオンが犠牲になる理由がない。
そらの歌姫の力は本物か真偽不明で、他には戦う力がないのだから。
懐疑的な力よりも、絶対的な力を。
「……実は魔力が枯渇気味で、あまり戦えないんです」
「そうなの?」
「はい……裏世界の時の、反動が来てて……」
シオンの貴重な敬語に苦笑を堪えながら、そらは首を傾げた。
確かに、ラビリンスだけでここまで汗はかかない。
だが反動って……?
魔力不足でどうこうとは聞いたが……。
「あの空間は動けない、いわば無敵空間」
「でも……動けないんじゃ……」
「だから今試したんですよ。あの中でも魔法とかが使えるのか」
「なるほど!」
シオンの発想の転換に目を輝かせ、食い気味になるそら。
シオンは数歩後退した。
「シオンがいなくなると、皆が能力を上手く使えなくなるから、この無敵空間を逆手に取って制御に専念します」
「分かった」
「このこと……できれば誰にも言わないでください」
「……うん、黙っておくね」
最後に関しては、疑問に思いつつも、理由は聞かず承諾した。
多分、ホロメン特有のプライドと杞憂封じ。
「聞こえてたかも知れないけど、すいちゃんにも説明お願いします」
「うん、任せて」
「それと――」
シオンは一瞬躊躇した。
これは言うべきか。
自覚しておく必要があるが……果たしてシオンがこの場で伝えていいのか。
いや、言った方がいい。
今回みたく、シオンと自分を天秤にかけて、シオンを選んで欲しくない。
自分がもっと、偉大な存在であると、自覚してもらうために。
シオン含め、強い者の策や案に迎合するのは、このチームの悪い癖だ。
「――そら先輩は間違いなく、歌姫ですよ」
「え――?」
「っどぁっ⁉︎」
「きゃっ!」
シオンのセリフを言及する間もなく、唖然として瞬きした途端に2人の位置が入れ替わる。
目前の低位置にあった銀髪が、一瞬で少し高い青髪に変わる。
入れ替わった少女は前触れなく前のめりに転倒した。
停止していたのは彼女に働いていた慣性も同様らしい。
受け身も取れず盛大に転ぶすいせい。
そらも驚いて悲鳴をあげた。
「いったーい……」
棒読みで声を上げながら立ち上がる。
鼻血が垂れてきた。
「……マジで痛い」
遅れて顔面に痛みが走る。
痺れるような痛み。
腕や脚、頬に擦り傷ができた。
痛い。
かなり痛い。
全身の患部を見回して、状態を確認する。
「すいちゃん……大丈夫?」
「だいじょぶだょぉ〜」
高い声で返された。
大丈夫そうだ。
「ええっと、話聞こえてた?」
「聞こえてた」
グッと親指を立て、ウインク。
瞳の星が輝く。
今はアイドルでなくてもいい。
「行こっか」
星を現出させ、上に跨る。
停止したシオンを一瞥し、そらと目を合わせた。
そして、服で手を拭いて差し伸べる。
その手を、そらはパシッと掴んで、星に乗る。
意外と悪くない乗り心地。
「落ちないように気をつけて」
「うん!」
そらはすいせいにしがみついた。
すいせいは眩しくニッコリと笑う。
「レッツ、殺し」
2人を乗せて、星はルート横断した。
荒野に1人、紫咲シオンを残して。
*****
大陥没した右ルートのとある道中。
トワの咆哮が空気を震撼させる。
「ないす……トワ様……っ……!」
「ぼたんちゃん!」
顔を歪めて笑うぼたんの両腕は、もう機能していなかった。
腕が破損し、平衡感覚がぶれ始めたぼたんは歩く時でさえ足が縺れる。
そのぼたんの下へ駆け寄ったのはぺこら。
急いで肩を貸す。
最大限の配慮をしながら。
「すみ、ません」
「いや、完璧なアシストだったぺこ」
今回ばかりは皆、多少なりとも貢献できたと自負できた。
嵐のような砂塵も風で流れ、漸く進行路が開けて――
「ひっでぇな……」
「「「――‼︎」」」
トワの着地と同時に、陥没した地面の中心から影が起き上がった。
アレで、生存だと?
「不死身かよ……!」
トワが気味悪そうに悪態をついた。
もう一度、臨戦態勢。
ぺこらも一度ぼたんの補助から離れ、迎撃準備をした。
「仲間だな、ライオン」
「――一緒にすんなよ、1匹粗大ゴミ」
「俺は生きてるっての」
爆心地中央で立ち上がる武闘家の両腕は、肘から不自然に折れ、宙ぶらりんの状態。
両腕を失ったも同然だが、割に合ってない。
今のトワの破壊力を、どう防げばその被害で収まるのか。
この状況下でも、武闘家は泰然として口角を上げていた。
「脚だけで凌げんのか?」
トワの挑発に、苦笑して頭を抱えた。
「キツイかもな」
言質取ったり。
押し切る。
トワとぺこらは別方向へ飛び出す。
左右に分かれ、両方向から討つ。
ぺこらの蹴りが、数秒早く届く。
武闘家は自由の効かない壊れた右腕をぶつけた。
右腕の肘から先が吹き飛ぶ。
「――⁉︎」
ぺこらの攻撃を受け流すために、右腕を切り捨てた。
受け流しの勢いをそのまま遠心力とし、右足を軸に回転、左脚でぺこらを蹴る――ような動作で連鎖するトワの攻撃を回避。
全身を翻し、右脚でトワの腹部目掛け、全力で振り抜く。
「ゔぉ――っ!」
右脚は二次関数のような弧を描いた。
勢いを殺せず、トワは上空へ投げ出される。
「キツくないかもなあ」
挑発を返すように嗤笑し、足裏から発火。
ブーストを行い宙へ躍り出ると、トワに次なる蹴りを打ち込もうと全身を捻る。
ここを狙いに来るんだろ、ウサギ。
「させねえよ」
武闘家の思惑通り、ぺこらは勢いに乗せて天上への蹴り上げ。
「は――」
武闘家の笑みが、闇深くなり、彼の勝利を彷彿とさせた。
何も掴めないぺこらは、何故か脳裏に走馬灯が過る。
世界がスローモーションになった。
武闘家の全身から発火音がする。
ぱち、ぱち、ぱち……って。
あ、トワが呻きながら手を伸ばしてる。
待って止まれない。
勢いってどう殺すの?
あ、発火が強くなった。
つか眩し――
――――――――――――。
――――――――――――。
――――――――――――。
ドゴォォォォォッッ――――――――。
嘗て無い、大爆撃が起きた。
赤白い光が見えて、身体が吹き飛んで、音がした。
吹き飛ぶ。自分の叫び声を置き去りにして。
身体が焼けそう。
いや、焼ける。
熱い。
クソ熱い。死ぬほど熱い。死ぬ。やばい死ぬ。
唯一、そう思えたのはぼたんだ。
爆心地から最も離れていたぼたんでさえ、喉がかすかに焼け、爆風に揉まれた全身が森の木に激突した。
中心地にいた2人は――。
「――――――――」
何十秒も音が止まず、音が止んでも耳鳴りが止まず……。
それらが途絶えても、情報処理が止まず……。
ただ弾ける火の粉と燃え盛る森林を眺めていた。
空いた口が塞がらず、喉はじわじわと焦がされてゆく。
周囲は、火の海だった。
「ぇ――!」
ぺこらの名前を、叫べなかった。
「とぁ――さぁ」
トワの名前も叫べない。
言葉はまだ焼かれてないが、口が震えて……全身が凍えるように震えて、声が……出せ、ない。
腕の痛みが無いほど熱い。
涙が頬を伝い、地に溢れる直前には蒸発していた。
燃える木に肩を預け、爆心地から血眼になって人影を探す。
ぺこらか、トワか、2人ともか、どちらか、どっちか、どっちか、生きてないのか、なあ、おい、なあおい。
「――!」
熱気と涙で幾重にも揺らめく視界の先に、人影が生まれた。
誰だ。
まさか武闘家じゃ――。
真っ先に思い浮かんだのは、アイツだった。
「――」
頼む、ぺこらかトワかであってくれ。
「いやぁ」
「…………」
声がした。
絶望した。
心が死んだ。
「ここで使うことになるとは思いもしなかったよ」
影がゆらゆらと迫って来る。
滅茶苦茶、千鳥足に見える。
「圧勝する予定が、差し違えとは情けない」
うそだろ……こんなこと……。
「しかも1人は生きてるし」
ぶとうかがぼたんのまえにあらわれた。
ぜんしんにきずがない。
うでがおれてない。
やけどあともない。
きずがひとつもない。
「なんで……」
かいふくとか、そんなやつか。
「ゲームでよくあるだろ。特に強い敵だとさ。ほら、複数残機のやつ」
「ああ……ね……」
もうことばがでない。
「まあ、俺の残機は2つだ。つまりあと1つ」
「なる、ほど、ね……」
「安心しろって、幹部で複数残機は俺だけだ」
あんしんしたわー。
すっげーあんしんしたー。
「じゃあなライオン」
ああ、うん、じゃあね、みん――
「ふんっ!」
「――⁉︎」
ぼたんの身体がふわっと浮いた。
遠ざかる炎の海の中で土煙が舞う。
誰かがぼたんの身体に触れている。
もう1人、ぼたんの後ろにもいる。
誰か2人が……。
「あっちゃちゃちゃちゃちゃーー!」
「おいノエル急げ!」
「あっ、あいよー!」
スバルに攫われたぼたん。
ノエルに殴り飛ばされた武闘家。
スバルの浮遊で3人は炎の通路を突破し、塔への道を突き進む。
「遅れた、悪い」
「あっち! あっちい!」
ぼたんを浮遊状態にして担ぐスバルと、走りながら奇怪な動きをするノエル。
甲冑が熱を吸収して、サウナ状態なのだろう。
後発組が、救助に来た。
フレアを失ったノエル、ルーナを失ったスバル。
その失墜していく気力の中でも立ち上がり、出会い、ここまで来た。
そしてぼたんを救った。
「……追ってこんね」
「好都合だ、急いで塔へ行こう」
ぼたんは無口になっている。
スバルとノエルが意思疎通を図り、ルートを進み――
到達した塔の門前広場。
何も無い草原のような広場。
まるで、戦闘ステージのような広さ。
そこに集うは、命繋いだ強者ども。
ここが、全ルートの交差地点であり、真のスタート地点。
現在、門前広場に立つ者。
ロボ子、みこ、はあと、アキロゼ、メル、まつり、あくあ、あやめ、ちょこ、スバル、ミオ、マリン、ノエル、ポルカ、ぼたん、ラミィ。
計16名。
一足先に、挑戦を開始する。
「――ァァァァァァァ! 昂る!」
1人の男が城の頂上より飛び降りた。
遂に動き出す。
「俺こそが魔王、ヨロシク、勇者共」