近界民
4年前、この三門市を襲った、異次元からの侵略者のことである。
彼らは
誰もが終わりだと思い始めたその時、突如現れた謎の一団が近界民を撃退した。
彼らは近界民の技術を独自に研究し、こちら側の世界を守るために戦う組織を作り上げた。
界境防衛機関『ボーダー』
彼らは今日も今日とて、近界民から世界を守るべく、活動していた。
◆◇◆
ボーダー本部には、隊員の実力を高めるために対人ブースと呼ばれる場所がある。
隊員同士で戦い合い、己の技量を高めていく。
そこで行われる対戦も見学することが可能で、実力者同士が戦ったり、良い勝負が行われたりすると、盛り上がりを見せる日も少なくはない。
そして、今日この日もブース内はざわざわと喧騒に包まれていた。
大画面に映し出されているのは、とある少女と少年の戦いだ。
二人とも白い隊服を着ていることから、彼らが正隊員ではなく訓練生だということが分かる。
では、そんな彼らの戦いが何故盛り上がってるのか、と言われると、それは二人ともがあと一勝すればB級隊員に上がることになるからである。
訓練生は、日々行われる訓練や今回のようなランク戦で勝利することでポイントを増やすことができるのだ。
まぁ、今回の盛り上がりは、それを踏まえても少し大きいと言える。
異様な盛り上がりを見せている理由はもうひとつ。
戦っている少女の方にある。
「『氷の姫』、マジで表情変わんねえな」
「本当ね。私、あの子が笑っているところ見たことない」
「表情筋が死んでるだろ」
渦中の彼女の名前は、桜井 陽奈。
おさげの黒髪とスレンダーなスタイルの少女。顔立ちは非常に整っていて、広報部隊である嵐山隊と比べても何ら見劣りしない。
だが、彼女が注目を浴びているのはただ単に『顔がいいから』という理由ではない。
──曰く、表情筋が死んでいる
彼女がボーダーに入ってから1ヶ月。
誰一人として彼女が笑っている顔──どころか、
そして、口数も少なく、冷たい印象を受けるため、ついたあだ名が『氷の姫』。
訓練生、正隊員含めて彼女は結構有名だったりする。
今回のランク戦は5本勝負。最終的に3本取った方の勝ちで、少年は1本、陽奈は既に2本
しかし、それでも彼女の表情は一才変わらず、淡々と相手に向かってスコーピオンを振るっている。
少年の振るう日本刀型のトリガー──弧月を避け、時にはいなし、それを何度か続けた後に、集中力の切れた少年の首を陽奈の持つ刃が跳ね飛ばした。
勝利が確定した──にも関わらず、やはり彼女の表情はピクリとも動いていなかった。
◆◇◆
影浦雅人は心が読める。
と、言うと語弊はあるが、何を考えてるかは分からなくとも、相手がどんな感情を自分に向けているかを彼は知ることが出来る。
──
高いトリオン能力を持った人間に稀に発現する特殊能力。
『非常に優れた聴覚能力』『経験や知識を短い睡眠の間に完全に定着させる』と言ったもの、果ては『目にした人間の未来を見通す能力』など、その種類は様々だ。
影浦のモノは『感情受信体質』と呼ばれる能力であり、自分に向けられる感情を感覚として受信する力だ。
感情といっても、喜怒哀楽のみではなく、好意や恐怖、敵意や殺気といったものも含まれ、戦闘においても役立つ。
だが、影浦はこのサイドエフェクトが嫌いだった。
無知は罪だが、知らなければいいものもある。
自分に向けられる感情を知ってしまったが故に、不快な気分を味わうこともある。
そして、影浦自身、己があまり気が長い人間ではないことを自覚している。この能力のせいで、いざこざを起こしてしまったことも少なくはない。
そんな影浦だが、ここ最近はある悩みに苛まされていた。
悩みの種は、勿論このサイドエフェクト。
数週間前から、ブースに居座っていると
犯人は分かっている。
先ほどB級に上がったばかりの話題の
『氷の姫』『前世は殺し屋』『表情筋が死んでる』などと言われまくっている、少しも感情を表に出さない──表情筋が死んでいる少女。
──桜井 陽奈
彼女と遭遇する度に、彼女からとんでもなく強い感情が向けられるのだ。
(なんなんだァ、マジで)
これまでの人生、数え切れないほどの感情をその身に受けてきた影浦。
だが、彼女ほどの
数値で表すなら、これまで向けられてきた彼女以外からの感情の平均値が10をマックスとしたうちの3程度。
彼女から向けられる感情は、その限界を突破して50くらいだ。
初めてこの感情を受信した時は二週間前──食堂だった。その時手に持っていた定食を驚きのあまりに落としてしまったのはまだ記憶に新しい。
しかし、そんな感情を向けられて、影浦が悩むだけで直接彼女に尋ねに行かないのには理由があった。
感情受信体質は、向けられる感情に応じて微妙に感覚が異なる。
好感情だと、気持ちがいい──とまではいかないが、少なくとも不快ではない。悪感情であるとチクチクと突き刺すようなものになり、ハッキリ言って不快な気持ちになる。
これこそが、影浦が悩んでいる理由だ。
彼女から向けられる感情は、
種類としては、好感情に分類されるものになる。
悪感情なら、直接聞きに行くものだが、好感情を聞きには行けない。
オマエは何で俺にそんなに好感情を向けてくるんだ? なんて言えるはずもない。最悪、『ボーダー随一のナルシスト』なんて渾名が付けられかねないのだ。
そして、不思議なことに彼女から向けられる感情がどういったものなのか、影浦自身は分析出来ていなかった。
経験上、感覚で相手がどういった種類の感情を向けているのはある程度推測出来る。
同じ好感情や悪感情であっても、その内容によって微妙に感覚が変わってくるのだ。
しかし、彼女から向けられる感情を
そのことを自分の隊のオペレーター──仁礼光に聞いてみたところ、「カゲにも春が来ちゃったかー」とニマニマ笑うだけで答えになっていなかった。ちなみに向けられる感情と視線は生暖かく、不快ではなかったものの、イラついた。
「お、氷の姫が出て来たぜ」
「ッ!?」
ふわり、と。
全身を包み込むような感覚が、影浦を襲う。
襲ってきた方向を見ると、やはり件の少女──桜井 陽奈がいた。彼女は、影浦がこちらを見ていることに気がついたのか、ペコリと頭を下げて足早に何処かへ去っていく。
(やっぱり、悪感情は混じってねぇか)
混じりっけのない純粋な未知の好感情。
不快にはならないが、中身が分からないために戸惑いを覚えてしまう。
彼女が去っていった方向から視線を戻した影浦は、深くため息を吐く。
そんな彼の元へ、好敵手である村上鋼がやって来た。
「どうした、カゲ。ため息なんて吐いて」
「……別に」
「そうか。悩みがあれば、いつでも聞くぞ。解決出来るかは分からないが、相談には乗れる」
「……」
村上の申し出に影浦はどうすべきか考える。
仁礼のような目で見られるのは正直ごめんだが──まぁ、村上なら問題はないか。
正直なところ、自分だけでは解決出来そうにない。
「ここで話すのもなんだ。ウチに来いよ」
「わかった。そうさせてもらう」
そうして立ち上がった二人。
行先は影浦の実家──お好み焼き屋だ。
そして1時間後、影浦から悩みを聞き出した村上は、その未知の感情が何なのかを悟り、「カゲにも春が来たんだな」と口には出さないものの、生暖かい視線を向けたのだった。
◆◇◆
ぱたぱた、と廊下を走る無表情の少女──桜井陽奈。
彼女はつい先ほど、個人ランク戦を終えた後のことを思い出していた。
少し離れたところから、こちらを見つめていたある男の人。
影浦雅人。
元A級部隊影浦隊の隊長で、色々あって今はB級二位にいる、凄腕の
見た目は少し怖くって、色々と物騒な噂が新人たちの間で流れているけれど、彼は陽奈の憧れの隊員だ。
そして。
(影浦先輩──超好き)
彼女の想い人である。
きっかけは単純。ただの一目惚れ。
影浦のことを目にして途端、彼女は恋に落ちた。
彼を目にして以降、彼女は武器を弧月からスコーピオンに変更。影浦隊のランク戦や個人戦を食い入るように見るようになった。
(顔が好き。髪が好き。目つきが好き。あのギザギザの歯が好き。喧嘩っ早いやんちゃなところが好き。噂に反して意外と優しいところが好き──)
【登場人物紹介】
《桜井陽奈》
表情筋は死んでるけど、感情は豊かな普通の女の子。
カゲのことが好き。
《影浦雅人》
トリオンモンスターならぬ感情モンスターに目をつけられた。未知の感情に戸惑っている。
陽奈のことがちょっと怖い。
《仁礼光》
隊長に春が訪れたことに感動した。
《村上鋼》
カゲに春が訪れたことに喜んだ。
続くかどうかは未定です。GANTZ:Fの方をメインにして書いてるので、その息抜き程度に書けたらな、って思ってます。