トレーナー辞めて結婚します   作:オールF

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リメイクしました。主人公が婚活ではなく結婚に向けて猪突猛進しています。


①トレーナー、辞めるってよ

 トレーナーと呼ばれる仕事がある。

 定義的には『競技の練習を指導し、競技者のコンディションを整える面を受け持つ』ことと記されている。

 幼少期から小学校まではなりたいものがあった。野球選手に芸能人。幼稚園や小学校の卒業アルバムを見返せばキラキラしていた頃の俺がお出迎えというわけだ。

 中学になって、思春期特有の闇を抱えた俺だが他人を見て我が振りを見つめ直したおかげで黒歴史は少なくて済んだ。問題はその後だ。なんにでもなれると思っていた頃の夢は、努力してもなれるかわからず、なれてもその道で食っていけるか分からない。そう知ってからは特に目指すものもなく、行けそうな高校に入って怠惰な日々を過ごしていた。

 高校では、部活動はたった3ヶ月で退部して、高校生でもできるような人参の仕分けというバイトを淡々とこなしていた。そんな折にバイト先の社員さんに何になりたいかと問われた時、俺はこう答えた。

 

 

 "働きたくない"

 

 

 言ってから、人生舐めすぎかと口を噤んだが、1度出た言葉は引っ込まない。社員さんが突発性難聴になることを祈ったが、ばちこりと耳に届いており怒られるかなとヒヤヒヤしているとその人は笑った。

 

 

『だよなー、働きたくねぇよな』

 

 

 まさかの肯定。なんだやっぱりみんな働きたくないよなとウンウンと頷いていると、今度はそのためにはどうしたらいいかと聞かれた。無難に親のスネをかじり続けるとか、高収入の嫁を貰うとか答えてみたが、やはり現実性に欠けており、俺は人生そう上手くいかないかと肩を落とした。

 

 

『あるぞ。君が働かなくても、稼げる仕事が』

 

 

 それがトレーナーという仕事だ。就職率は低く、さらに結果を残せなければ収入はほぼゼロ。まさに実力主義の世界だ。確かにトレーナーがやるのはトレーニングメニューを考えて、練習させて勝たせることで実際に稼いでくるのはトレーナーではなく、ウマ娘と呼ばれるヒトとは似て非なる存在だ。ウマ娘の成績が自分の査定と収入に直結するため、育てることになるウマ娘次第では何もしなくても稼げる。いわば博打だ。

 天皇賞春秋連覇。トリプルティアラに秋三冠などと言った輝かしい記録を達成出来るウマ娘は社員さん曰く片手で足りるほどしかいない。だが、実際に達成したウマ娘がいるのだから、不可能ではないと口角を上げる。

 

 

『トレーナーになるには実力がいるが……その後は運だ』

 

 

 それにトレーナーは結構モテると聞いて、俺の中で興味が湧く。理由としては、現在ウマ娘の数に対してトレーナーの数は不足している。不足しているのは志願者がいないのではなく、なるための道が険しいからだそうだ。逆に、なることが出来ればそれだけで黄金のチケットを手にしたも当然らしい。

 トゥインクル・シリーズでの活躍を目指すウマ娘たちにとってトレーナーの存在は不可欠。 トレーナーがどんなにダメ人間でも、ウマ娘は勝手に頑張ってレースで勝ってくる。勝てば報酬と名誉が得られる。負けてもウマ娘から首を言い渡されない限りは勝ち組。切られても次に行けばいいと社員さんは1枚のチラシを俺にみせてきた。

 

 

『俺はなりたかったが、なれなかった。何故かって? なりたいと思った時には俺の時間は無くなっていた。だが、お前はどうだ?』

 

 

 この人は何者なんだ。どうして俺にそんなことを語る? そんな疑問よりも俺は他の質問で頭がいっぱいだった。本当にトレーナーにさえなれば、何もしなくてもいいのか? いいウマ娘を見つけるだけで俺は金を稼げるのかと。

 

 

『あぁ、トレーナーにさえなればな』

 

 

 この言葉を聞いて、俺はチラシを奪い取った。トレーナーになるための専門学校。合格率は低く、さらには卒業できてもトレーナーになれるという保証はない。だが、なれたやつがいるのだから、俺になれないという道理はない。レースと違って勝者は1人と決まっていない。トレーナーになるための条件を満たせば誰でもなれる。

 楽して稼ぐため、いや働かずして稼ぐための投資と考えれば、安いものだ。残りの学生生活をトレーナーになるために捧げるにはな。

 そして、俺は───────

 

 

 

 

 

 ###

 

 

 

 

「辞めます。俺」

 

 

 日本ウマ娘トレーニングセンター学園、略してトレセン学園の理事長室で"退職願"と書いた封筒を叩きつけた俺はそう述べた。

 

 

「……? 質問ッ! ……どういうことだ?」

 

 

「えっと、これは……?」

 

 

 目の前にはちっこいくせにこの学園の理事長を務める秋川やよいと秘書である駿川たづなさんがいて、俺の言葉を聞いて疑問の表情を浮かべる。

 なるほど、言葉が足りなかったかと俺は言葉を付け足した。

 

 

「辞表です」

 

 

「それは分かります!」

 

 

「不可解ッ!!! どうしてこうなった!?」

 

 

 驚く2人に対して俺は2週間目のセミの表情だ。いや、あいつらにも表情なんてものがあるのかは定かではないが。要するに死にかけというのが伝わればそれでいい。

 

 

「いや、そのもうキツいんですよね」

 

 

 トレーナーになることができて、あとは俺が何もしなくてもいいウマ娘を見つけるだけってことでトレーナーになったのに、トレーナーさんやること多すぎない? 練習場の確保に、レースの予約。機材のメンテナンス手配に祝勝会の日取りに幹事。担当ウマ娘のご機嫌取りにやたらと揺れるUFOキャッチャー。あと何やったっけな。

 働かずに得る金は素晴らしいが、想定以上に働くことになって俺の身体はボロボロだ。勤続6年目にして橘さんも雪上で蹲るのもわかるマンになった。薄々勘づいてはいたが、これも美味い飯のため、いいベッドのためと考えていたが、トレセン学園に設けられた仮眠室以外で寝た記憶が少ない。この前なんて、飲み会帰りに酔って自宅ではなく仮眠室に帰ってしまった。あぁ、俺の理想郷を忘れるとは哀れな僕。

 ということで、これ以上は限界だ。担当たちには悪いが、心療内科に通う前に早く辞めたい。辞めて択捉島にでも移住しようかと思う。あそこなら競バ場もないだろうし。

 

 

「説明ッ! 理由は!?」

 

 

「給料に見合った仕事……ですかねぇ……」

 

 

「それのなにがいけないッ!?」

 

 

 理事長のおっしゃる通りだ。働きに見合った給料がもらえる。世間一般的には素晴らしいことなんだろう。有給休暇も担当ウマ娘の大切なレースが控えてなければ受理されるし、天皇賞に優勝すればボーナスが出る。しなくても出るけど。福利厚生も手厚く、社会保険も充実している。周りに比べればとてもいい職場だ。でも、俺働きたくなくてここに来たんだよね。働いて給料もらってたら本末転倒なんだよね……。

 

 

「ほ、ほか! 他の理由は!?」

 

 

「そ、そうだ! 体調が悪いのか!?」

 

 

「あぁ……健康診断はオールAでしたねぇ……」

 

 

 ウマ娘の生活に合わしてたら、いつの間にかねぇ。23時には眠くなる身体にされちった。食事もトレセン学園の栄養豊富な定食ばっかだし、ウマ娘のトレーニングに付き合わされて身体は引き締まっちゃって。ダンスと歌まで上手くなっちゃって……今なら合コンとか行けばKINGになれちゃうよ。顔はともかくとして、金はあるし、身体も健康そのもの。でも、男は面白さと優しさらしいから無理だわ。お疲れ様でした。

 

 

「何故落ち込んでいるッ!?」

 

 

 脳内でお前に負けるなら悔いはないさしているのが顔に出ていたらしい。

 

 

「せ、精神的な疾患か何かですか……?」

 

 

「だと良かったんですけどね」

 

 

 別に寝れないとか、悪夢を見るとか、身体がだるいとかはないんですよ。健康的な生活をしているので。ただ、働いているとどうして働いているんだろって考えちゃって病むことはあるけど、夜しっかり寝たらしばらく考えないし。

 そしたら、またそのタイミングが来るまで働き続けちゃうし、それまで健康かも分からないから。

 

 

「結婚、しようと思うんです」

 

 

「えっ!?」

 

 

「唐突ッ!?」

 

 

「俺より収入のいい人と結婚します」

 

 

「何故ェッ!?」

 

 

「……俺が働かなくて済むじゃないですか」

 

 

「ッ……!? ま、まさか、トレーナーの仕事が苦痛だと言うのか……!!」

 

 

 いや、それはない。働いた分だけ給料が出るよりも、俺が働いた分だけウマ娘も頑張ってくれるやつを見るのは嬉しいし、結果も出してくれると尚のこと良い。もちろん、負けた時は悲しいけど、それを分かち合えるのはいい事だと思うし、分かち合えるからこそ次は負けないようにって思える。だから、働くのは苦痛に思ってもトレーナーという仕事を嫌ったことはない。やることが多くて辟易したのは嘘じゃないっす。仕事した分の対価が支払われているのは喜ばしいことだ。

 

 

 それはそれとして。

 

 

「そうじゃないんですけど、とりあえず働きたくないんですよ」

 

 

「えぇ〜っと……つまり、そのどういうことですか?」

 

 

「辞めたい。結婚したい」

 

 

 額を抑えながら訊いてきたたづなさんだが、俺の言葉でより頭痛が酷くなったのか眉間にシワが寄っていた。ううむ、眉間にシワが寄っていてもやはり可愛いな。

 

 

「そういえば、たづなさんって収入どれくらいなんですか?」

 

 

「私ですか……? 私は……って遠回しなプロポーズですか!? ごめんなさい、そういうのはもっと時間をかけて、最高のタイミングでお願いします!」

 

 

 早口で何言ってるのわかんなかった……。でも謝られたからなんか振られたっぽいな。収入聞いただけなのに。

 

 

「じゃあ、理事長は?」

 

 

「不快ッ! ついでのように訊くな!」

 

 

「えぇ……」

 

 

 年齢を聞くのは失礼と聞いた事はあるが、収入を聞くもダメなのか。2人の場合は「やだ、私の収入低すぎ……?」ってことはないだろうに。あわよくば養ってもらおうと思ったのだがダメらしい。2人とも可愛いし仲良いと思ってたから、俺と因子継承して欲しかったのに。うわなにこれキモすぎ死のう。

 

 

「死にたくなったので帰ります」

 

 

「本当に何故ッ!?」

 

 

「えっ、あ、あの、し、死なないでくださいね!」

 

 

 辞めるということは一応伝えたし、辞表も出したから辞めさせて貰えるだろう。辞めるのと死ぬのどちらが早いかリアルタイムアタックしようと思ったけど、たづなさんに死んで欲しくないって言われたし、頑張って生きよう。

 

 

 ###

 

 

「り、理事長どうするんですか……?」

 

 

「無論ッ! 拒否だ拒否……今、彼に抜けられたら困る」

 

 

 自殺をほのめかす発言してトレーナーが去っていった後、やよいとたづなは彼の置いていった辞表を見つめながら、神妙な面持ちで口を開く。

 

 

「そもそも、結婚したいから辞めるというのがわからん! 辞めなくても結婚はできるだろう!」

 

 

 今ではマッチングアプリだとか、〇〇婚だとか、色々とあるからトレーナーをやりながらでも結婚できるはずだと思ったやよい。引き止められるのならば自分がしてもいいとも考えていた。

 

 

「想定ッ! 私と彼が結婚すれば……!」

 

 

 瞬間、やよいの脳内に溢れ出した彼との結婚生活。

 

 

 やよい〜! 今日もうまぴょいしてきたぜ〜! 

 流石ッ! 私の旦那だ! 

 馬鹿野郎ッ! 俺が真にうまぴょいするのはお前だけだッ! 

 ッ……! 羞恥ッ! だが……歓迎ッ! 

 

 

「……ッ! 理事長ッ! 大丈夫ですか!?」

 

 

「ハッ! す、すまない……恥ずかしいところを……」

 

 

 URAファイナルズで上位入賞したウマ娘だけが歌うことを許されるうまぴょい伝説を使ってあんな想像を……後ろめたいと同時にこの発想に至ったやよいは顔を朱に染める。

 

 

「理事長と彼が結婚してしまうと、学園運営とウマ娘の育成に支障が出ます。なので、ここは私が……!」

 

 

 瞬間、たづなの脳内に溢れ出した彼との結婚生活! 

 

 あら、あなたおかえりなさい。

 ただいまたづな。

 今日はお風呂にしますか? ご飯にしますか? それとも……? 

 決まっているだろう! 勝利の女神はお前だけだ! 

 

 

「……なっ! づな……! たづなッ!」

 

 

「……ッ! わ、私は何を……!」

 

 

 理事長に呼びかけられなければあのままどうなっていたか……想像するだけで顔から火が出そうになるたづなは顔を手で覆った。

 変な妄想に走りはしたが、2人の考えは一致していた。彼を辞めさせないためにも、学園に所属しているうちに結婚する。その相手が誰かというのは彼女たちの中では互いに決まっていた。

 

 




トレーナーをトレーナーになるように唆した人は、トレーナーになりたかったけどなれなかった誰か……ではなく、トレセン学園の職員で、学生バイトに「学生、お前もトレーナーにならないか?」と勧誘している。大抵は断るが、主人公は大抵から外れた人。


登場ウマ娘はなるべくハーメルンで取り扱われていないやつにしたいなと思ってはいます。はい。

トレーナーくんの友達

  • 同期
  • 先輩
  • 後輩
  • いない

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