トレーナー辞めて結婚します   作:オールF

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イベントの回収物が一通り済んだので初投稿です。


⑩その選択を悔やまないために。

 はてさて、男の意地とは言ってみたものの具体的に何をすればいいのか分からない。僕には26通りの解決方法があると思ったけど実はそんなこと無かったぜって感じだ。どんな感じだよ。

 セルフボケとセルフツッコミを合わせても、男の意地ってものの証明にはならない。なっていいはずがない。やよいさんの覚悟にエアグルーヴの涙を見て、どうするべきか分からなくなる。こんなんだから障害者予備軍だとか、なんだかんだ言い訳して逃げてるだけのチキンだとか陰口を言われてしまうのだ。陰口は本人の聞こえないところで言おうね!

 現状を確認するため、そして冷静になるために学園内にある自販機の前に立つ。コインを入れて、何の変哲もないただの水を買う。考える時に糖分が必要だと聞いたことがある。しかし、思考をクリアにするにはやはり水だ。二日酔いの時とか、夜寝れない時とかいつも俺を救ってくれたのはいつもこいつだった。

 買ったばかりで冷たく無味無臭の水を体内に取り込みながら、俺は昼間のことを思い出す。

 

 

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 3度目のやよいさんとの話し合いは、以前のようなゴタゴタや乱入を防ぐためにウマ娘たちが授業をしている間に行われた。

 まず、初めに前回取り乱して冷静ではないことをしてしまったとやよいさんが謝罪したところから話は始まった。あの話は俺にとっては渡りに船だったが、家の問題などが絡んでくるからと白紙にされてしまった。些か残念に思ったが、あのままトントン拍子で結婚が決まるとも思えないし、いざ決まったとなっても理事長とトレーナーという間柄でしか互いのことは知らないため、結婚生活中に不和が生じる可能性も否定できない。

 続いて本題へと入った。俺が結婚したいから辞めるというのであれば、結婚相手は学園側で用意するという話だった。大変異例の措置だったとやよいさんは語っていたが、トレーナーの中に本当に結婚するから辞めるという者はいたが、したいからという理由は俺が初めてだったから仕方ないことだと彼女は優しく語っていた。

 申し訳ないと思いつつも、学園側で相手を用意してくれるのなら、俺の辞める理由は自然と消滅する。相手は全てURA関係者で、俺の職業柄の問題にも理解を示してくれるだろう。俺の懸念事項はほぼ全て解消される。

 問題は顔とか性格の合う合わないと、俺が家事全般をする代わりに外では働かないことを了承してくれるかだ。これが合致すれば問題ないのだが、たづなさんはどうやら問題ありのようだった。

 

 

「辞めさせないために結婚相手を紹介するのに、結局辞められたら意味ないじゃないですか!?」

 

 

「いや、でも働きたくないですし……」

 

 

「はぁ!? 人生舐めてるんですか!?」

 

 

 めちゃくちゃ怒られた。そりゃそうだ。しかし、人生は舐めてない。むしろ、6年働いてお金のありがたみを理解したところだ。俺が湯水の如く使っていた生活費を親父や母ちゃんは俺よりも悪い労働環境で稼いでたんだと考えると、給料の1割を仕送りに出さずにはいられなくなった。しかし、働くのを辞めるとそれも出来なくなるのが大変お辛いところだ。そこは孫の顔を見せるというお金には変えられないもので親孝行しようと岡山の両親の顔を思い出していると、やけに静かなやよいさんへとたづなさんが声を荒らげた。

 

 

「理事長も何か言ってください!」

 

 

「……質問。トレーナーを辞めて、結婚してどうするのだ?」

 

 

「働く妻のために家庭の細々とした家事からご近所付き合いまでこなすつもりです」

 

 

「それ、結局働いていないか?」

 

 

 へ? やよいさんに言われて俺はピシリと固まった。

 

 

「働くとは何も金銭が発生することだけを言うのではない。家庭で家事をする専業主婦も立派な職業だ。家庭や近所という社会で人と付き合っていくのだからな」

 

 

 確かに言われてみればと俺は逡巡した。家事を代わりにするっていう家事代行って職業があるくらいだし。家事も仕事とするならば、俺は結局働くことになってしまうのだ。

 

 

「通告ッ! 君の辞表はまだ受理していないッ! あとは君の自由意志だ!」

 

 

「自由、意志?」

 

 

「そうだ! 君が本当に辞めて、働きたくないと言うのならそれも結構ッ! 君の人生だ! もう止めはしないッ! だが、もし! これからもウマ娘たちを支えたい! ウマ娘のファン達を熱狂させたい! 彼らと喜びを分かち合いたいのならッ! その時はこの辞表は破棄しようッ!」

 

 

 あとは俺が決めろと理事長は1週間待つと言った。それまでに決めろと。決まらないのなら、当初通り辞めて好きにすればいいとの事だった。要は彼女は1週間あっても決められないのならば、辞めてしまえとそう言うわけだ。

 

 

「私は引き止めた! ウマ娘たちも君に気持ちを吐露したはずだ! それでもここに留まる理由が見つからないのならば! 私からもう言うことは無いッ!」

 

 

 その言葉を最後に理事長室をあとにした俺はこうして自販機の水で頭を冷やしつつ、昨日のエアグルーヴのこと、それより前にカレンやファル子、タイキにオペラオーが俺に言ったことを振り返る。

 全員が全員、俺を必要としていたように思う。それがトレーナーとしてなのか、1人の男としてなのかは計り知れない。理事長やたづなさんが俺を引き留めたのも単純な好意か、あるいは他の要因かもしれない。それでも必要とされているのなら俺は残るべきなのだろう。

 俺に出来ることは限られている。誰かを幸せにしたりもできないし、人生全てを捧げられる価値もない男だ。そんな男が取る選択肢は限られてくる。

 

 

「どうやら悩み事のようだね」

 

 

 深いため息と共にやってきたのは、キングヘイローのトレーナーだった。やけに爽やかで涼し気な顔をしたその女は、座る俺を見下ろすようにして口を開いた。

 

 

「理事長と何やら揉めたそうだね。君を嫌う野次馬たちが噂をしていたよ」

 

 

「ははっ。アンタも俺の事嫌ってそうだけどな」

 

 

 話が早いなと思うと同時に、余計な一言まで添えてきたそいつに思わず辛口になってしまう。だが、女は俺の言葉に表情を変えずに言った。

 

 

「そうだね。このまま逃げ出すというのなら、私は君のことを心底軽蔑するだろうね」

 

 

 ということは、まだ嫌いじゃないってことか? いや、軽蔑するだけで嫌いとは言ってないな。しかし、こうしてわざわざ話しかけてくるあたり実は俺の事好きなのでは? 彼氏とか募集してないかしら。

 

 

「軽蔑してくれて結構。他人の期待を裏切るのには慣れてるからな」

 

 

「だろうね。けど、君を慕う者の期待は裏切らないことだ」

 

 

 彼女は呆れたようにふすっと短い溜息をつくと、一転して嫌な顔を向けてくる。

 

 

「今誰とも向き合わずに逃げたら君は一生後悔するよ」

 

 

 言われて俺の顔から薄い笑顔が消えたのが自分で理解出来た。しかし、それでも反論を口にするのは悪い癖だろう。

 

 

「……後悔しない選択なんてないだろ」

 

 

「いやあるよ。実際、私は我が王のトレーナーになれて本当に良かったと思っている」

 

 

 今度は反論すら許さない上に、適当な返事すらできなかった。

 

 

「確かに彼女は重賞での勝利に恵まれていない。それは彼女のせいではない。トレーナーとして私が不甲斐ないからだ。私の力不足を呪ったことはあれど、私は彼女を選んだことは後悔していないよ」

 

 

 彼女の言葉に俺は持っていたペットボトルを落としそうになる。しかし、中に入った水が零れる前に再び手に取り顔を上げると、肩を竦める彼女の姿が目に入った。

 

 

「私は言いたいことは言った。あとは君が決めたまえ」

 

 

 またそれかと俺は言いそうになったが、唇をキュッと噛んで言葉を押し殺した。多分アイツの言ったことは俺をライバル視しているトレーナーたちの総意だ。勝ち逃げなんて許さないと、俺を敵視するトレーナーの中に紛れて、俺のウマ娘を1位から引きずり下ろそうとするやつらが居るのはオペラオーやエアグルーヴから聞いていた。

 会長のトレーナーも、マスターも、メジロ家専属トレーナーも、言葉は交わさなくてもその目が俺に告げていたのだ。俺はそれを見ないようにしてきた。けれど、そうもしてられないと気付いてしまった。

 

 きっと、この空の下で誰もが弱さを抱えている。

 カレンのみんなによく見られたいというのは、自己満足のためだけでは無い。俺と同じで誰かに必要とされたい。誰かの笑顔になりたいという思いから来る承認欲求だ。

 ファル子のウマドルになりたいという夢はカレンと通ずるものがある。ウマドルの活動を通して、ファンのみんなを幸せにしたい、笑顔にしたい。しかし、芝ではなく砂の上を走る自分には出来ないと悩んでいた時期もあった。

 エアグルーヴも清く正しく美しくあろうとするのは、弱い自分を隠すためだ。母親想いで優しい彼女でも、傷つくことはあるし、泣く時は泣くのだ。

 タイキシャトルは外国から来た故に人の温もりに飢えている。いつも元気でハツラツとしているが、ひとりぼっちになるのを恐れる寂しがり屋だ。

 そして、オペラオーも心のどこかに影がある。自身を最高と評しながらも練習をこなすのは最高であるためだろう。その努力は弱さでは無い。自信に見合った練習をこなすのは大切なことだ。だが、最高を目指すのは彼女にも恐れる何かがあるからでは無いかと俺は思う。

 

 

 人とウマ娘の間に絆が生まれた時、科学や理論では証明できない力が生じるのは、俺たちが1人で生きていかないためなのだろうと考えたやつがいた。それは人間も同じことで、大なり小なり悩みを抱えているのは、共に助け合い支え合うためだからだとも言っていた。

 

 

「俺のしたいこと。本当の俺の願い」

 

 

 自分にも分からないし、他人では尚更な疑問だ。答えのない問題ほど厄介なものは無い。明確な答えが存在する学校の5教科テストの方が遥かにマシに見えてくる。

 楽して生きたいとか面倒なことからは逃れたいと言いつつも6年もトレーナーをやってきたのは何故だ。

 

 俺はその答えを求めて、俺が唯一、心の底から頼ることができる友のもとへと歩き出した。

 

 




近未来的ハッピーエンドを模索したけど……ダメだったよ
(要約:全員を幸せにするのは難しいということで、個別ルートor誰も選ばないルートに入るよ)

悔やまないための選択

  • 誰も選ばない
  • エアグルーヴ
  • カレンチャン
  • スマートファルコン
  • タイキシャトル
  • テイエムオペラオー
  • 秋川やよい
  • 全員選べクソ野郎

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