トレーナー辞めて結婚します   作:オールF

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⑪これは俺が始めた物語

 こんな俺にも友人と呼んでも差支えのない人物がいる。友達の定義は分からないが、互いに友人と認め合えていることから、俺と彼の関係は友人と呼んでも問題ないだろう。ないよね? いちいち確認とってないけど。一緒に遊びに行ったし、ご飯も食べたし、ワンナイトカーニバル(お泊まり会)もしたし。こんなのただの知り合いとはできないよね。俺はできない。

 そんな彼に出会うのは、1ヶ月ぶりくらいだろうか。彼と出会ったのはそう、まだトレーナーという働かなくても収入があるという話を信じていた無垢な頃。桜は散り始めてもなお、美しく咲き誇っていた頃の話。

 などと大仰に語り始めてみたが、その実大した出会いではない。むしろ、実に些細で些末で些事そのものなだ。俺と同期で、他が女性ばかりの中、唯一俺と同性だった。だから、そいつと知り合うのにも仲良くなるのにも然程、時間はかからなかった。

 しかし、そいつは3年前にトレーナーをやめてしまった。そして、そいつは今。

 

 

「あ〜ら〜、いらっしゃ〜い」

 

 

 オネエになって夜のバーの店長になっていた。

 

 

「……いつもの」

 

 

「は〜い! チェリーサワーね!」

 

 

 いちいち言わなくてよろしいと思いながらも声に出さずに俺は無言で席につく。店内を見渡しながら待っていると、コースターの上に頼んだチェリーサワーが入ったグラスが置かれる。

 

 

「で、今日はどうしたの? 女の娘に振られちゃった?」

 

 

「告ってないから振られねぇよ」

 

 

 たまに告ってもないのに振ってくるやついるけどね。俺の愛バにそんな男心を抉りとるやつはいない。……まぁ、全員しそうだけどね!

 

 

「まぁ、ちょっと相談が……」

 

 

「ん、聞いてあげる」

 

 

 頬に手をつけながら聞く姿勢をとった友人に俺は今抱えている悩みを打ち明ける。結婚したいからトレーナーを辞めるということ。だが、その相手をトレセン学園が用意してくれること。またウマ娘達は辞めて欲しくないということ。あとは、結婚相手が決まっても働きたくはないこととか。通りいっぺんの話をすると、そいつは話を整理するために何回か頷いた。

 

 

「知らないわよそんなの」

 

 

「えぇ……」

 

 

「だって私は結婚願望ないし、辞めたことに後悔はないんだもの」

 

 

 もちろん、トレセン上層部との拗れもないとそいつは言ってのける。確かにこいつが辞める時に誰かと揉めたとか聞いたことねぇな。担当してたウマ娘も少なかったし。多い俺が異常なのかもしれないが、トレーナーの中にはチームを率いてるやつもいるから千差万別なんだろう。

 

 

「親父さんの店だっけ」

 

 

「正確にはおじいちゃんね」

 

 

 こいつがトレーナーを辞めた理由はこの店を継ぐためってのが表向きだが、実際の理由は俺も知らない。店の話は噂で聞いた程度で、後から招待されたから間違いでは無いのだろう。でも、他にも理由がありそうだとは思う。けど、理事長とも揉めず、担当ウマ娘とも後腐れがなかったのなら何も言うことはない。

 しかし、辞めた後にまさかオネエになっているとは誰も思うまい。そういう店でもないのにどうして……。だが、話し方が変わっても本質は昔のままだ。知らないと言いつつも彼は言葉を紡いでくれる。

 

 

「辞めたいなら好きにしなさいよ。でも、まだそのバッジを付けてるのは心のどこかで辞めたくないって思ってるからじゃないの?」

 

 

 言われて俺は襟元につけたバッジに触れる。そういえばここについてたんだっけかと、服と共に洗濯されて些か輝きを失い、錆びてしまったバッジはまるで俺のようだと思わざるを得ない。

 

 

「分からない。けど、俺が辞めるとあいつらが悲しんだりするなら……その、辞めるべきじゃないとは、思う」

 

 

 多分、他の人には言えないし、言わない。自分の内面を晒すことは弱味を見せることだ。己の弱さを晒すことは俺には耐えられない。臆病な自尊心がそうさせるのではなく、尊大な羞恥心が言葉や行動という鎧で俺の弱さを隠すのだ。

 けれど、対等で、俺の敵にはならないこいつになら話すことが出来る。なぜなら、こいつは俺が見せた涙も、弱音も全部知っているからだ。それは俺も同じことだ。こいつの弱さを俺は知っている。互いに弱味を他人に突きつけないし、脅しにも使わない。弄りはしても、それは2人きりの時だけだ。だからこそ信頼できるし、信用もできる。

 

 

「そう。案外、あの娘たちのことにいれ込んでるのね。私と一緒!」

 

 

 急につついてきては、俺が身を引くと頬を膨らませるのはあまり好ましくないが、別にいいだろう。

 

 

「貴方は誰かのために頑張れるすごい人よ。自信は……持つとバカになるから、心の中で誇りに思いなさい」

 

 

「お、おう」

 

 

「今まで頑張れたのも、あの娘たちがいたからでしょ? だったら、これからも頑張れるんじゃないの?」

 

 

「いや……」

 

 

 それもあと数年だ。彼女達は学生だ。学生には卒業というものが待っている。学校という小さな社会から飛び出して、自分とは違う人間やウマ娘が多くいる大きな社会へと飛び出していく。最初に担当したウマ娘はとっくに巣立って行ったが、彼女が居なくなってから心に空いた穴は大きかった。

 

 

「貴方は本当に可哀想ね」

 

 

 知らないうちに胸を抑えていると、それを見兼ねた彼は哀れなものを見るような目でため息をついた。視線で何がだと問えば、彼は答えてくれた。

 

 

「自分の中に答えはあるのに、それを出す方法が分からない。だから、近いものを他人に委ねては、そこにあてはめようとしてるだけなんじゃないの?」

 

 

 言われて腑に落ちる。結婚したいと望んだのは何故だ。働きたくないという真理が先か。彼女たちが巣立つのを見る前に逃げるためか。あるいは彼女たちが他のウマ娘たちに負けて悔しがる姿を見たくないからか。

 口では働きたくないから結婚して家庭に入ると言ったのは、明確な理由と行動指針を口にしていれば、誰もが納得してくれると思ったからではないか。自分も含めて。無理やり納得させるために、大多数が望むであろう結婚というゴールを掲げて逃げようとしていただけではないだろうか。まぁ、結局はこの稚拙な逃げも、優秀な頭脳を持つもの達には見破られてしまったわけだが。

 

 

「やり方は一つじゃないわ。トレーナーを辞めて結婚するのもいいと思うわ。相手が見つかるかは別問題として」

 

 

 言いながら、彼はカウンターに置いてあったメモにペンで書き付け始める。

 

 

「このままトレーナーを続けるのもいいわね。それだと貴方以外は納得するし喜ぶわ。いっそ、みんなと結婚しちゃうのも手ね」

 

 

「それはちょっと……」

 

 

 貯蓄的に1人か2人くらいならなんとかなるかもしれないが、さすがに全員となると難しいと声を出すも、彼は聞いていないのか、言葉を更に書き記していく。

 

 

「この中に貴方も他のみんなも後悔しない選択肢がないとしたら、作ればいいのよ」

 

 

「それが出来たら、苦労してねぇよ……」

 

 

「そう? 方法はいくらでもあると思うけど」

 

 

 1人を選ぶのもよし、誰も選ばないのも手だと彼は書いていく。そして、メモは一面に様々な方法が書かれるも、それをくしゃくしゃと丸めると俺の前に落とした。

 

 

「やよいの言う通り、決めるのは貴方よ。だから、今私がやったことは、貴方がやるべきなのよ」

 

 

 開けた視界の先にはたった1人の友人が俺を見据えていた。

 

 

「じゃないと、カレンやファル子ちゃん、オペラちゃんにタイキちゃん、グルーヴちゃんは納得できない。なにより、他の誰でもない貴方が納得しないでしょ」

 

 

「俺、が……」

 

 

 脱力して呟くと、彼は俺のチェリーサワーを奪い取って飲み干すとふっと笑った。

 

 

「だから、やりたいようにやりなさい。しない後悔より、やって後悔、でしょうが」

 

 

「……あぁ、そうだな」

 

 

 その笑みに俺の強ばりも解かれて、緩い笑みなら浮かべることが出来た。

 

 

「やりたいようにやってみるわ。それが理解されるかは別として」

 

 

「大丈夫よ。貴方、昔から理解も共感もされてないもの」

 

 

「ひでえなおい。反論できないあたり俺も酷いな」

 

 

「そうそう。だから気負わずにね」

 

 

 どんなに無様で気持ち悪くて惨めで愚かしくて嘆かわしくても、最低最悪かつどうしようもなく情けなくても、俺自身で答えを見つけなければならない。答えは得てない。けれど、その答えに辿り着くための灯りは照らしてもらった。

 大仰で誰にでも思いつきそうな普遍的な終わり方でもいい、惨たらしく目が当てられない終わり方でもいい、取り返しがつかないくらいにふざけた結末でも構わない。

 俺が始めた物語を終わらせるのは───────俺しかいない。

 

 




オネエの店長(元トレーナー)という過剰属性の友人。身長は195くらいある黒髪の中肉の男性です。トレーナー歴は3年弱で、担当していたウマ娘は特に決めていません。ご想像にお任せします。
ちなみに最後にセリフを入れるはずでしたが、キリのいいところで終わらせるために削りました。
「私、みんなが幸せになるハッピーエンドが大好きなの」
おれもー! 誰かが幸せになると不幸になるなら、全員ひっくるめて幸せにすれば不幸にはならないよね! てことで、次回ラストです。アンケートもぶっちぎりで全員だったので、全員と幸せになる話が出来たらなと思います。

重婚

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