トレセン学園は日本でも有数のウマ娘育成学園として数えられるだけあって、学園内の設備が豊富だ。豊富すぎて迷子になりそうになることもあったが、6年もいればそんなことは無い。僕ちんこんなところに6年もいたの……?
練習施設完備、図書館やデータをまとめるためとコンピュータールーム、視聴覚室に、室内にある温水プール、やたらとでかい体育館に食堂、ウマ娘たち専用の寮とトレセン学園の施設は豊潤だ!
ウマ娘育成学園のため、ウマ娘のための施設に目がいきがちだが一応、我らトレーナーのための施設もある。そのひとつが仮眠室だ。冷暖房完備で組み立て式の軋むベッドと手厚い待遇である。さらに申請すれば寮にも入れてくれる。しかし、業務に必要だからとサウナルームを設置するほどのスペースはないので、賃貸へと移ったのだが最近帰った記憶が正月くらいしかない。引き払った方が吉なのかもしれない。
理事長とたづなさんに辞表を提出した次はウマ娘達への報告だ。彼女達も頑張っていたが、その分俺も頑張ったしもうゴールしてもいいよね? あいつらならきっと分かってくれるさと俺はグラウンドへと出る。すると、俺を見つけるなり駆け出してくるウマ娘が1人。最初はアイツに報告するかと俺も足を動かした。
「お兄ちゃーん! おそーい!」
「俺はお前のお兄ちゃんじゃねぇ」
「えー、またそんなこと言う」
俺の事を兄と呼ぶウマ娘、トレセン学園ではこの子以外にももう1人いるが俺の担当ではたった1人。SNSで輩に絡まれても、ガイドラインに沿って排除する系ウマ娘にして、俺を兄呼ばわりして犯罪者に仕立てあげようとしてくるのがカレンチャンである。
ショートボブのクリーム色の髪に、SNSでもバズるウマ娘カーストの上位に位置すると俺が勝手に思い込むほどに顔のいいウマ娘だ。しかし、そんなウマ娘も俺の前では普通の女の子だ。
「もしかして、もう妹として見られないとか? きゃー!」
「はいはい、もうそれでいいよ……」
なにがきゃーだよ。もう妹として見られないとか、その先は地獄だぞ。両親に引き裂かれて兄貴の方が復讐するんでしょ? 俺は詳しいんだ。
「そんなことよりカレン、お前に伝えなければならないことがある」
「え? なになに? もしかしてシチーちゃんと一緒に撮影会とか?」
そいつは魅力的な話だな。だが違うんだ。
「俺、トレーナー辞めるんだ」
「エイプリルフールはもう終わったよ、お兄ちゃん」
嘘じゃないんだ、ほんとだよ? エイプリルフールに嘘つきまくったから信じられないのかもしれないけど。本当なんだ。
「俺ちゃん、もう疲れたからトレーナー辞めるんだ」
「……? 疲れてる人は夏合宿であんなにはしゃがないと思うけど?」
確かにウマ娘よりはしゃぎましたよ? だって夏合宿は俺何もしなくていいもん。レースに出ない限りは、俺もフリーだし。年に数回の羽根を伸ばせる機会だぜ? 伸ばさなきゃ損でしょ。
「それに……すぐに他所の女の子に声かけるし……」
膨れっ面で自身の胸を押さえながら、俺を睨んでくるカレンに目を逸らしてしまう。仕方ないじゃないか。万乳引力の法則だ。人はでかい音とかでかいものに目が引き寄せられるんだから。でも、カレンはまだ成長期だし、可能性あると思うよ、うん。
「俺、結婚したいんだ」
女の子に闇雲に声をかけてるわけじゃないんだ。将来有望で俺より稼ぎがありそうな女の子をこの28年間鍛え上げた眼で見ていただけなんだ。決して胸だけを見ていたわけじゃない。水着のデザインとか太ももとか脇、あとは尻も見てた。
とにかく、俺が女の子を視姦していたのはやましい気持ちじゃなくて純粋に結婚したいからなんだぜという意味を込めて言うと、途端にカレンからの視線が熱くなる。
「えっ!? その、き、急に言われても……」
「まぁ、困るよな。けど、決めたことなんだ」
「カ、カレンの気持ちは……聞いて、くれないの?」
「あぁ。受け入れてくれ」
カレンは俺の事を慕ってくれているように思う。そんな女の子に結婚したいから辞めるだなんて最低だと思うけど、思い立った時に行動しないとダメだってことは嫌という程知っているから。
「うん、分かった。お兄ちゃんがそう言うなら……いいよ」
「ありがとう、カレン」
後任は信用も信頼もできて、俺より働きたいってやつに任せるからと言おうとして、そういえば後任決めてなかったなと気付く。理事長やたづなさんが用意してくれるのならば、助かるけどあの感じだとそこまではしてくれ無さそうだ。
「じゃあ、これからはお兄ちゃんって呼べなくなっちゃうね」
「俺はその方が助かるけどな」
職質かけられなくて済むしな。ワッハッハーと笑みがこぼれる。
「もうっ!」
「あいったぁ……」
愛バからの愛のある殴打が肩へと突き刺さるも、加減はされていて痛みは感じない。けれど、この子なりの激励か、あるいは哀しみの表れなのかは分からない。でも、確かに心に感じた痛みだけは本物だった。
お前の不幸は俺に勝てると思わせたことだと勝手なことを思いながら、カレンを練習へと送り出すと、俺は他の担当へと話を伝えるべくグラウンドから離れた。
とりあえず、これでカレンへの報告は完了だ。
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カレンチャンは芝の短距離を得意とするウマ娘で、とってもおしゃまなイマドキの女の子。無邪気で気分屋だが、おだてられてやる気になれば信じられない実力を発揮する点が今のトレーナーとは非常に噛み合っていた。おだてればやる気になる性質はトレーナーも同様であったので、何を言えばやる気になるかを彼は知っていたのだ。
しかし、そのせいで彼がより激務になってしまう。ウマスタグラム、ウマッターなどに投稿する際に写真を撮るのはトレーナーの仕事になるだけならまだしも、新しい服の意見役や他の可愛い系ウマ娘への対抗策を講じさせられるなど「俺はマネージャーかプロデューサーにでもなったのか?」と呟いていた。
そのおかげでカレンチャンのやる気は落ちることなく、出走した短距離レースでは無敵とまで言わしめるほどになっていた。サマースプリントシリーズは彼女の独壇場となり、レース後に行われるウイニングライブでは勝利の喜びと可愛さを全開にできる場ということもあって大いに楽しんでいた。
それもお兄ちゃんと慕うトレーナーのおかげだったのだが、カレンチャンは彼が去った後のグラウンドで両頬に手を添えてため息をついていた。いつもは元気で可愛いカレンの物憂げな表情に誰もが首を傾げた。
「お兄ちゃん……唐突すぎるよ……」
トレーナーから告げられた辞めるという言葉と、結婚したいという言葉。カレンはそれを「ここを辞めて、カレンと結婚したい」と受け取っていた。固い意思のトレーナーに、カレンは戸惑うも彼がそこまで言うならと了承した。
「パパもママも許してくれるかな……?」
さすがに卒業してからになると思うし、お兄ちゃんもそれまで待てるかなと不安になったカレンだが、それよりも先に父と母の説得の方が先決ではないかと思い悩む。基本的にヘラヘラしてて、都合が悪くなれば幼児退行して逃げる男だ。両親へ挨拶に行こうと言っても仮眠室に引きこもるに決まっている。そしたら、また自分か誰かが引っ張り出さないといけなくなるのだろうと、昔のことを思い出すと自然と笑みを零れた。
「あれじゃどっちが上かわからなくなるよ」
もー仕方ないなと顔を上げたカレンはその時はその時だと、今は来年のサマースプリントシリーズも勝てるように努力を続ける。あそこで見た最高の景色を再び目に焼きつけるために。そして、最前列で見てくれる人のために。
と、練習を再開した時にふとおかしなことに気付く。
「あれ? お兄ちゃん、カレンが卒業する前に辞めちゃうの……?」
トレーナー曰く辞めるのと結婚したいのはセットだったが、カレンはまだ中等部で法律的に結婚出来る年齢に達していない。カレンが卒業するまで待つという発言はなかった。つまりそういうことである。
笑顔からまたしても暗い表情へと変わったカレンは練習を中断し、トレーナーが去っていった方向へと目を向けた。
「……お兄ちゃんは私だけのお兄ちゃんなんだから」
カレンはそう呟くとグラウンドから離れていく。その後ろ姿を見ていた相部屋のウマ娘は、夜は話しかけない方がいいなと心の中で思ったという。
ライスは結構みたけど、カレンチャンのは少ないなと思ったので。あとは可愛いし。好き!(直球) てか、ライスが高等部でカレンが中等部なのびっくり。
トレーナーくんの友達
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同期
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先輩
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後輩
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いない