トレーナー辞めて結婚します   作:オールF

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理事長室でなんやかんややってる時のトレーナー室。
他トレーナー出していいって言ったし……主人公の扱いはこんな感じだよってやつ。


EX トレーナールームと有象無象

 我が王との練習が終わり、私は今日の練習の成果をまとめるためにトレーナー室へと戻った。トレセン学園のトレーナー、全員分の机と椅子が用意されているこの部屋には、当然だがトレーナーしかいない。トレセン学園歴代最強ウマ娘と言わしめるシンボリルドルフのトレーナーや、その後を追いかけるトウカイテイオーのトレーナーに、地方からの刺客・オグリキャップのトレーナーと、互いに顔や名前、担当ウマ娘を見知った者同士だ。

 しかし、全てのトレーナーがここに集うことは非常に稀になる。例えば、ミホノブルボンのトレーナーは自宅の方が作業がしやすいからとこちらへやってくることは少ない。ヤエノムテキくんやサクラチヨノオーくんのトレーナーもここよりは宿舎の自室が落ち着くからと滅多に来ない。他にはトレーナーではなくモルモットになって薬物実験に付き合っているアグネスタキオンくんのトレーナーも最近見ていない。昨日虹色に発光していたので生きてはいるだろう。あとは、我が王の強敵・タイキシャトルのトレーナーも、机や椅子は使われた形跡がない。にも関わらず、彼の机が汚れているのは、彼を快く思わない者がこの部屋には多くいるからだろう。

 

 

「よぉ、キングの従者さん、今日もおつかれさん!」

 

 

「あぁ、君こそ」

 

 

 彼の机を眺めていると馴れ馴れしく肩を組んできたのは一昨年やってきたばかりでマーベラスサンデーに着いたトレーナーくんだ。入ったばかりの頃に何をすればいいのか困り果てていた彼に声をかけてから、私はこうして彼に懐かれている。キングの従者さんというのは、我が王のことを我が王と呼ぶからつけたあだ名のようなものだそうだ。私は気に入っているのだが、我が王はあまり快く思っていないらしい。我が王曰く、臣下にしてもらいなさいとの事だ。

 

 

「そういや、あの人トレーナー辞めるらしいっすね」

 

 

「結婚するから、だそうだ」

 

 

 相手も居ないのによく言えたものだと思うが、トレーナーをやめても無駄遣いしなければ食いっぱぐれないほどには稼いでいるはずだ。彼としては問題ないのだろうが、トレセン学園側からしたら迷惑な話だろう。急に言われては後任も決めなければならないというのに。おまけにその後任決めも彼のせいで余計に手間がかかるというのに。

 

 

「結婚っすか! いいっすね! 相手は誰なんすか?」

 

 

「……それはキミが直接聞きたまえ」

 

 

「あー、いや、俺、あの人と話すのはマーベラスと勝ってからって決めてるんで!」

 

 

 若手なら彼に対して嫌悪感や対抗心を持っている者は少ないか。まぁ、話せばその印象は多少変わるだろうが、この様子だとマーベラスくんのトレーナーは悪い方向にはならないだろう。問題は、若手ではなく彼と同期かそれ以上の年齢のトレーナーか。

 

 

「やめとけよ若造。あんなウマ娘におんぶにだっこされてるようなトレーナーと話しても何の意味もねぇぜ」

 

 

「そうよ。アレは彼がすごいんじゃなくて、彼が担当しているウマ娘たちがすごいの」

 

 

「担当しているってよりは"されてる"と言った方が正しいけどな」

 

 

 私たちの話を聞いて、やってきたのは彼を嫌うトレーナー連中だ。全員が全員、彼とそのウマ娘たちによって幾度も勝利を阻まれている。軽薄な表情と下卑た笑いで彼を愚弄するトレーナー達に口を挟む気にもなれなかった私は椅子に座り、ノートを広げると我が王の成長を記録していく。

 

 

「結婚するって言ってもあんなのと結婚したいって思うやつがいるのかよ」

 

 

「私は無理だわ。あんな万年仮眠室に引きこもってるような男」

 

 

「夏合宿じゃいやらしい目で女を追いかけるようなやつだ。そんな奴が結婚できるわけねぇよ」

 

 

「ほんと、ウマ娘たちが可哀想よ。カレンチャンとか、彼と一緒にいて不愉快にならないのかしら?」

 

 

「ぼ、僕も、タイキシャトルやスマートファルコンがまともに練習見てもらえてなくて可哀想だと思います」

 

 

「それなー! てか、あいつが練習場に顔出してるの見たことねぇよ」

 

 

 出さなくてもいいけどと付け足された言葉に集まった有象無象たちが一斉に笑い声をあげる。我が王のことに集中していても、外野の耳障りな声というのは届いてしまうものだ。

 

 

「従者さん……」

 

 

「放っておきたまえ」

 

 

 先輩方に色々と吹き込まれてそうなんすかと尋ねてきた彼に私はそれだけ言ってやる。

 所詮は負け犬の遠吠えだ。あの中に彼のウマ娘に勝てたことのあるウマ娘を担当しているトレーナーは誰一人としていない。彼らは遠回しにこう言っているのだ。自分たちは練習を真面目に見ているというのに、ろくに見てもいないトレーナーに負けたのだと。それに関して腹立たしい気持ちは分かるが、彼はなんだかんだ言ってもウマ娘のことを好いている。

 寂しがり屋のタイキシャトルくんの練習を共にするウマ娘がいなければ木陰の下から見守っているし、目立ちたがり屋のスマートファルコンくんの練習時には人集りができる時間を選ぶように指示している。カレンくんの練習に邪な気持ちを持って群がるファンには自ら野犬となって吠えていたりもした。エアグルーヴくんにはスムーズに練習ができるようにと練習場の予約は5日前からしており、神出鬼没にして気まぐれなテイエムオペラオーくんにはいつ気が向いてもいいようにしていた。

 何故私がここまで知っているかと聞かれれば、敵を知るために必要だったからというのもあるが、全ては彼のたった1人の友人という者に聞いた話だ。確証はなかったが、見に行ってみれば事実だったのだから認めざるを得ない。

 彼は決してトレーナーとして落ちぶれてはいない。そのことはウマ娘たちが証明してくれている。しかし人は愚かだから、見えない部分ではなく見える部分にしか目がいかなくなる。その部分が自分より劣っていると感じれば叩くのは当然だろう。しかも、本人がいない場所となれば尚更なのかもしれない。私も何も知らなければあの場に混ざっていたのかもしれないと考えていると、まだ話は続いていたらしく、再び不快な笑い声がトレーナー室に響く。その後に気分も盛り上がったところで飲みにでも行かないかという話になっていた。

 

 

「はぁ」

 

 

 ここでは作業が出来ないな。それにこのまま残っていると、あの何の生産性もない飲み会に招待されてしまいそうだ。仕方ないから部屋を出ようと立ち上がると同時に、皇帝のトレーナーも私と同じように立ち上がった。

 

 

「あ、これから飲みに行くんだがアンタもどうだい?」

 

 

 それに気づいたのか、集団の1人が彼へと声をかける。すると、彼は即座に首を振った。

 

 

「いや、遠慮しておこう」

 

 

 言うと彼は足早に部屋から出ていった。

 

 

「なんだよノリ悪ぃな」

 

 

「まぁ仕方ないわよ。常勝シンボリルドルフのトレーナーとなればやることも多いでしょ」

 

 

「マルゼンスキーも担当してるんだからすごいですよね」

 

 

 しかし、彼が断っても文句を言う者は少なく、言っても人格否定にまでは繋がらない。彼もまた、あの男と同じくややコミュニケーションに難があるというのに。奴が大事なことは言わないのに余計なことを言う人間なら、彼は大事なことしか言わない男だ。故に必要なこと以外は口にしない。それであの2人を常勝とまで言わしめるほどにまで育て上げたのだから感服するしかないのだが。

 さて、私もやんわりと断って出ようと席から離れて扉まで来ると、唐突にそのドアが横へとスライドする。

 

 

「お、悪ぃなヘイローの」

 

 

「いえ」

 

 

 珍しいなと思いながら僕は入ってきた男へと道を譲る。入ってきたのは自宅作業が多いミホノブルボンくんのトレーナーだ。彼女から"マスター"と呼ばれている影響か、トレーナー間でもその呼び名が当たり前になっている。

 

 

「お、マスター珍しいな!」

 

 

「ちょっと必要なものがあってな」

 

 

 彼はそう言うと自分の引き出しを開けて、取りに来たものをポケットにしまい込むとすぐさま部屋から出ようとするも、その背中に彼らが声をかけた。

 

 

「ちょいちょいマスター、今から飲みに行くんだけど、どうすっか?」

 

 

「すまんがブルボンに禁酒するように言われててな」

 

 

 どうやらミホノブルボンくんに食事制限するように言い渡したところ、彼もまた好きなお酒を制限するようにと迫られたらしい。トレーナーとウマ娘の関係は様々だが、彼とミホノブルボンくんの関係は父娘のようだとつい微笑ましくなってしまう。

 

 

「こんなに集まってるのは飲み会のためか」

 

 

「そうなんすよ。マスターも禁酒じゃなければ来て欲しかったんすけどね」

 

 

 就業時間を過ぎているにしては、多くトレーナーが残っていることに納得し、出ていこうとした彼は私の横に立つと、彼らには届かないような声で囁いた。

 

 

「大方、ろくでもない集まりだろ」

 

 

「……えぇ」

 

 

 首肯すると、彼はくだらないという表情で部屋から立ち去っていく。今度こそ、私も出ようとしたところで、後輩くんに見つかってしまったようだ。

 

 

「あ、従者さん! どこ行くんすか!」

 

 

 相変わらず空気が読めないなキミは。彼の声に反応して、有象無象の目がこちらへと集まる。

 

 

「おいおい、従者さんよ、どこ行くんだよ」

 

 

「お前も来るだろ飲み会。アイツに対して言いたいこともあるだろうしな」

 

 

 いや、特にないが。あったとしても、私は彼に直接言うようにしている。聞いているのかは分からないので、無駄な気もするがこの方が陰口を叩くよりはスッキリできる。

 

 

「私も遠慮させてもらおう。我が王の成長を記録しないといけないのでね」

 

 

 そう言って部屋を出ようとしたところで、1人が口を開いた。

 

 

「そういえば、キングヘイローもあいつのウマ娘に負けてたよね」

 

 

「……それがどうかしたかね?」

 

 

「別に。なんとなく思い出したから言っただけなんだけど」

 

 

 何か気に障ったかと首を傾げるその女に、私の頭に血が上る。しかし、ここで怒っては我が王の従者は大したことないと罵られるかもしれない。我が王に汚名や下世話な噂を流させるわけにはいかないとドアの凹みに手をかける。

 

 

「ちっ、なんでアイツに勝てねぇんだろうな」

 

 

 反応するな。

 

 

「もしかしてさ、アイツのウマ娘みんなドーピングでもしてるんじゃないの?」

 

 

 耳を傾けるな。

 

 

「そ、そうですよ! トレーナーが全然練習を見てもいないのに、おかしいですよ!」

 

 

 早く行け。足を動かせ。

 

 

「あんなトレーナーに従うってことは、何かあるんだぜきっと!」

 

 

 何も無いに決まっているだろう……! 彼らは純粋な努力で、勝利を掴み取っているんだ。ドーピングに我が王が負けただと? ふざけるな。そんな紛い物の勝利に手を出していたら、彼はとっくの昔にトレーナーをやめている。何より、彼らのウマ娘はみんな純粋だ。そして、正々堂々と勝負を挑む、アスリートだ。そんな彼女たちを馬鹿にするのは、この場にいない彼に代わって私が許さないと振り向いた時、大きな音を立て椅子を弾き飛ばして声を上げるものがいた。

 

 

「他人を妬んで、恨み節や何の証拠もないガセネタしか吐けないようなやつが勝てるわけがないだろう!」

 

 

 メジロマックイーンくんのトレーナーは鬼気迫る顔でそう言うと、押し黙った彼らへと近づいた。

 

 

「汚い言葉を吐き、他者を愚弄し、そんなことでしか自分たちを慰められないのならお前がトレーナーを辞めてしまえ!! お前たちのようなクズに、ウマ娘たちを指導する資格はない!!」

 

 

 一番声を張り上げて彼を罵倒していた男を見据え、彼を嘲笑った女性トレーナーを睨みつけ、ここぞとばかりに便乗して彼を貶した青年を視線で射る。

 

 

「羨んで妬んで、怨嗟の言葉を囁いても俺たちが負けたという事実は覆らない!! 何の価値もない食事会をしている暇があるのなら、少しは勝てるようにと対策を練るくらいしたらどうだ!?」

 

 

 普段は大声を出さないトレーナーのド正論に、先程まで水を得た魚のように口を開いていた彼らは顔を下へと向ける。

 

 

「……それと、あの机を汚したやつはすぐに片付けろ。じゃないと、お前たちが今まで彼にした行いや、言った罵詈雑言を証拠も添えて全部ぶちまけるぞ!!」

 

 

 最後に剣幕な表情でそう言った彼は立ちすくんだ彼らを軽蔑するような目で見ると、そのまま荷物を持ってこの部屋から出ていく。私もそれに続こうとすると、先程の空気に嫌気が差していた者たちが続々と席から立ち上がる。どうやら全員が全員、彼を嫌っているというわけではないらしい。まぁ、敵意は向けられているようだが。それは仕方の無いことだ。勝って逃げるなんて許さないと、彼に雪辱を果たそうと闘志を燃やしているのだから。

 




キングヘイローのトレーナー→あだ名 従者(キングヘイローを我が王と呼んでいるため) くん付するウマ娘は気まぐれ。
シンボリルドルフ・マルゼンスキーのトレーナー→あだ名 皇帝(皇帝のトレーナーは皇帝だろうとのこと) 口下手なので必要最低限しか喋らないようにしている。
ミホノブルボンのトレーナー→あだ名 マスター(ミホノブルボンから呼ばれているため)47歳で担当ウマ娘に禁酒を言い渡されており、律儀に守っている。
メジロマックイーンのトレーナー→あだ名 メジロ家専属トレーナー(多くのメジロ家のウマ娘を担当しているため) 32歳。嫌いなものいじめ。陰口。なお、今期はライアンもいたので、そちらは別のトレーナーが面倒を見ている。
マーベラスサンデーのトレーナー→あだ名 キャプテン(自称) 呼んでもらったことはない。

桐生院出そうと思ったけど、出せなかったぴょん……。

いじめはものによっては名誉毀損、傷害罪、器物損壊罪とかになるからやめようね。トレーナーさんとの約束だぞ!

ちなみに主人公の友人はトレーナーでは無い。
明日に兄と兄嫁が来るので、明日は多分投稿しません。

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