速い仲居さんはウマ娘ッ! 作:ちくわ
案内された部屋に荷物を運び、そのままトレーニングモードへと移行する。トレーナーとウマ娘の関係もあるため、もともと二部屋用意するつもりだったのだが、3人が謎の押しで圧倒してきた為、結局一部屋だけとなってしまった。
金銭的には有難い限りなのだが、ウマ娘たちと一緒の部屋というのは聊かどうなのだろうか? と危惧する私もいた。まあ同じ女の子な分、まだマシと言うべきなのだろうが。
「生憎と山奥ですので、安全面の都合上練習コートの利用時間は午後8時まででお願いします。夕食に関しては、何時でも対応できるように準備しておきますので」
「うん、ありがとう。あ、オグリは結構食べるから、大量に宜しくね?」
「ははは……。はい、了解しました。では、私はこれで。あ、何かあれば私、ライトディープまでお願いします」
色々説明を受けた後、ライトディープと名乗った彼女はそそくさと奥に行ってしまった。着物を着ているのにも関わらず、あの速さで走れるのはやはり異常である。密かにトレーニングしているんじゃないか? と疑ってしまう程に。
部屋の中から響く声を聞いて、まだ着替えてないのかとため息をつくが、夏季合宿と言う事もあり浮かれる気持ちがある事もまた事実である。仕方なく『早くしなさいよー』とだけ告げて彼女たちのペースに合わせる事にする。まだ合宿は初日なのだ、これくらいは許してあげよう。
その間に私は、旅館を歩き回りどこに何があるのかという事を色々とチェックする。こういう細かい仕事もトレーナーの役目なため、やっておかないと後々後悔する事になる。
特にテイオーとカレンは何も告げないと絶対に迷子になるだろう。レースの為に遠征した際の迷子には相当困ったものだ。探すのにかなり時間を費やしてしまった。もう二度とあんな失敗は侵してはならない。
こうやってブラブラとめぐった結果、未だに彼女以外の従業員が見当たらない事に気づく。小さな旅館とはいえ、彼女一人でここを切り盛りするのは恐らく不可能なんじゃないだろうか?
「あの~」
「……あ、はい、何かありましたか?」
不思議がっていたら、先ほど去っていった彼女が丁度廊下の窓拭きの仕事をしていた所を発見する。ちょうどいいタイミングだし、今のうちに聞いておいた方が良さそうだ。
「大したことじゃないんだけど、ここって他の従業員とかっているの?」
「一応母はいるんですけれど、もう病気で寝込んでしまって……。そういう意味では、従業員は私一人ってことになると思います」
まさかとは思ったが、本当に彼女一人で切り盛りしているのか、異常すぎて困惑してくる。ウマ娘だからと言いたい気もするが、この小さな旅館とはいえ、余程の体力と根性がなければ、成しえないだろう事の筈だ。こんな笑顔で平然と言ってのけていいものではない。
ますます彼女の事が気になってしょうがない。一体どこで、彼女はここまでの脚質を手に入れたのか、何故ウマ娘の身でありながらレースに身を置かないのか。
「……あの」
「トレーナー! 着替え終わったよ~? 早く走ろーよ!」
「え、あ、うん、そだね」
洗いざらい聞こうかと思ったが、タイミング悪く3人の着替えが終わった為、それは後回しになってしまった。
彼女も私が何を聞こうとしたのか察したように、優しい笑顔を見せてそのまま立ち去っていく。まるでレースという現実から目を背けているように。
レースそのものが嫌いだとでもいうのだろうか? ウマ娘という身でありながら? それもまた不思議な話だ――。
色々と引っかかる事はあるが、今気にしてもしょうがない。
気持ちを入れなおし、今は3人のトレーニングに集中する事にしよう。元々は彼女たちの為に用意された夏季合宿なのだから。
***
「テイオー! コーナーはもっと内に回れ!」
「頑張ってるよー!」
次の天皇賞(秋)はオグリとテイオー二人が出バの為、同時に練習を行わせる。今の内に互いのペースを把握しておかないと、本番でもいい勝負をすることは難しい事は明白である。
カレンの方は夏季明けにすぐスプリンターズステークスが待っている為、不安が目立つ筋力辺りの強化を行っている。練習コート近くに専用ジムがある為3人を同時に見守る事が可能であり、私としては非常に大助かりだった。案外ここ外れではなかったのでは?
「皆さんお疲れ様です。簡単ですが握りの方持ってきたので、よかったらどうぞ?」
「あ、態々ありがとう!」
「「昼飯だ昼飯ー!」」
「感謝する」
時刻も丁度正午から30分すぎた辺りと、丁度良いタイミングで、仲居の彼女が握り飯を持ってきてくれた。なんて気の利く子なんだろう。
料理の腕も相当な物で、渡された握り飯はほんのりと良い香りが漂い、いざ口にすれば良い塩梅の塩気と共に、何かの甘さがぐっと押し寄せてくる。
「美味ッ!? なにこれ!?」
「それは良かったですっ。急いで作った物なので、少し不安でしたが……」
「不安要素が一切見当たらないが……」
もう少し自信持っていいと私は思うが、彼女はそういう性格なのだろう。
「ねえねえ。あ、そういやボクたちは名前聞いてないね!」
「そういえばそうでしたね……ライトディープと申します。以後宜しくお願いします」
「ボク、トウカイテイオーって言うんだ! こっちがオグリキャップで~、こっちがカレンチャン!」
二人も反動で一礼し、彼女もそれに応える。すると『良い子たちですね』と彼女が私に耳打ちしてくる。自慢のウマ娘たちなのだから、当然と言えば当然なのだが。
「あ、そうだ――ディープちゃんもウマ娘でしょ? ちょっと一緒に走らない?」
「え?」
誰も予想できなかった事を突然テイオーが言いだし、彼女は驚いた表情で反応する。それと同時に、足が共鳴するかのようにビクンと震える。ウマ娘故の本能って奴なのか?
「いえ、私はただの仲居に過ぎないので。走るなんてとても……」
「えー? ディープちゃん絶対素質あると思うんだけどなー、ボク」
「確かに。走る時の足取りにも、無駄は無かった。レースに出ていてもおかしくないレベルでな」
「……私、が?」
彼女はその足に反し、否定的な言葉をおくる。
やはり何が言えない事情でもあるのだろうか? 考えられる理由としては、やはり先ほど言っていた病気の母の事だろうか? 母を心配させるわけには行かない――とか。
それならばトレセン学園に行かない事自体には納得いくが、学園にいないウマ娘でも地方レースだけは出バする事が出来る。それだけの為に出向くというのなら、何も心配はない筈なのだが。
「うん! だから走ろうよー!」
「で、でも、服を汚すわけにもいかないですし……」
「あ、ならボクのスペア貸すよ! サイズも丁度いい筈だし!」
何故そんな事が分かる? 何時測った?
「……私からも、お願いしていいかな? 出会った時から、ちょっと気になっていて……」
「……まあ……一度だけ、なら……」
どこか渋い表情をしつつも、彼女は了承する。テイオーは大きく喜びながら自身のスペアを担いで、彼女と部屋に移動する。
その際もずっと暗い表情をしていた彼女を見て、オグリとカレンも少し心配そうな目で見送る。
「何か言えない事情でもあるのかなー? カレンには分かんないけど」
「やはり、誘わない方がよかったのだろうか?」
「……それは、走りを見たら分かると思う。あの脚だと中距離は行けそうな気もするね。オグリも出てもらっていい?」
「ああ、勿論だ」
「ありがとう。――さて、どんな走りを見せてくれるか。ちょっと楽しみだね」
私の心は、今にも期待で押しつぶされそうになっていた。