Starlight serenade(Q/シン時間軸改変作品)   作:◆QgkJwfXtqk

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とにかく風は俺の友達だ、と彼は思う
そのあとで彼は付け加える、時によりけりだがな

――老人と海     
ヘミングウェイ

   







序 孤独な夜を越えて
01


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 かつて、華の都と謳われたパリは今、陰鬱な空気に沈んでいた。

 街路を行き交う者は少なく、ゴミは散乱し、何処其処に多くの人々が座り込んでいた。

 店と言う店は入り口を戸板で閉め、その戸板は色あせたペンキで落書きが残されている。

 パリの中心、かつてエッフェル塔が存在していた場所には、今や街の風景とは似合わぬ武骨で、漆黒で、巨大な封印塔が雄々しく鎮座している。

 その様は、廃退と言う言葉こそ似つかわしいだろう。

 目を空に向ければ赤い空。

 雲よりも低い場所を赤黒い大天蓋(ユーピテル・ウォール)が覆い、太陽を封じていた。

 

 封都(Closed City)巴里。

 

 だが、パリの本体と呼べるものはその地下にあった。

 地下大要塞(パーガトリー)

 100年200年の昔の面影を残す地上とは異なり、パリの地下は極めて近代的、科学的な要塞となっていた。

 かつてはユーロNERVの本営であり、そして今はSEELEの中枢だ。

 とは言え、今のパリ地下要塞に過日の輝きは無い。

 14年に及ぶNERVとの全面戦争で敗れつつある今、第3の禊(フォース・インパクト)を成し遂げた頃にあった熱気、人の進化 ―― 銀河列強種族への羽化を間近にした事による歓喜は消え果てていた。

 そもそも、ユーラシア大陸を挟んでの大戦争を14年も行っていたのだ。

 今や人が消えつつあるのも当然であった。

 

 

 

 薄明りの下にある大空間。

 そこはいくつもの巨大な柱が乱立する、神殿の様な空間であった。

 神殿であるならば祀られるべき神が居る。

 居た。

 エヴァンゲリオンだ。

 純白の、ヒト型にしてヒト型ではないSEELEのエヴァンゲリオンが3体、円を描く様に起立している。

 そしてそれ以外に4()()()()()がある。

 3つの座と4つの空座、その真ん中には7つの席が設けられた円卓が置かれていた。

 だが、もはや席に座るモノは居ない。

 SEELEを司っていた7人は、その身をエヴァンゲリオンに移しているのだから。

 神の座を司り、来る人類の支配者となる器としてのエヴァンゲリオン。

 その、いっそユーモラスさすら感じさせる造形をした頭部は、鳥、或いは(イール)を思わせていた。

 その頭頂部にはSEELEの紋章とそれぞれの名前(seven deadly sins)が刻まれている。

 No-Ⅰ(Pride)No-Ⅳ(Ira)No-Ⅵ(Gula)

 残ったSEELEの支配者でもあった。

 

 小さな駆動音以外、何も響かぬ場所。

 静謐。

 或いは墓所の様なと呼べる静けさ。

 

 と、唐突に揺れた。

 警報、耳をつんざくような甲高い音が鳴り響く。

 そして轟音。

 

 

『来たか』

 

 

 No-Ⅰ(Pride)と刻まれたエヴァンゲリオンの上に、半透明な形でSEELEの首魁たるキール・ローレンツが具現化した。

 その声に誘われ、他の2機の上にもSEELEの主要メンバーが姿を見せる。

 

 

『ベルリンの戦からまだ5日とたっておらぬのに性急な事よ』

 

 

 パリの前衛として整備されてきたSEELEの塞都(PanzerPolice)、ベルリン。

 SEELEの軍勢を支える拠点であり、工廠としても整備されていた大都市は、NERVがパリ侵攻の足掛かりとして仕掛けた攻略戦は、NERVが持ち込んだ複合化N²弾によってその全てが灰燼へと帰す形で終わっていた。

 全てが燃え尽きた戦(ラグナロック)、それから5日での再進軍。

 確かに性急と評しえるだろう。

 

 

『然り、悠久の時に馴染めぬ碇は、所詮、ヒトの王たる器ではない』

 

 

『では教育をせねばなるまい』

 

 

『『前衛は我らが』』

 

 

『儂はパリを』

 

 

 No-Ⅳ(Ira)No-Ⅵ(Gula)が動き出す。

 

 

 

 

 

 パリ盆地の中央に作り上げられたパリ。

 その人類が積み上げてきた英知の牙城とも言うべき場所へと砲撃を加えるのは、砲身を腹に抱えた手足4対の異形 ―― 蜘蛛のようなエヴァンゲリオン。

 ソレがエヴァンゲリオンと判るのは、頭部がエヴァンゲリオン零号機だから。

 正確に言えば違う。

 巨大な、単眼だけの頭部が似ていると言うだけであった。

 ATフィールドによって強化された砲身から打ち出される、人類が操る武器としては破格の100㎝砲弾。

 その弾頭は非通常弾(N²弾)

 パリと大天蓋の狭間が、太陽(プラズマ)の支配領域へと変えるが如き暴力であった。

 だが、パリは燃えない。

 守る壁 ―― ATフィールドが破壊の侵入を拒んでいた。

 連続して打ち込まれるN²弾頭弾。

 だが全てを拒否していく。

 

 

 

「ふむ、老人共はまだ抵抗を諦めてはいない様だな」

 

 

 その様を空を征く異形、NERVの空中戦艦NHG Erlösungの艦橋に立って眺める冬月コウゾウは呆れた様に呟いた。

 かく言う当人も老境の域にあるが、冬月の表情に老い(疲れ)は無い。

 飾り気のないNERV高官向け制服を隙も無く着こなし、伸びた背筋には年相応と言う言葉は似合わないだろう。

 只1つ、鋭さを増した目つきを除いて。

 

 

「では仕方がない。諸君、仕事を始めよう」

 

 

 指を鳴らした。

 その仕草を見ていた他の艦橋乗員 ―― 重量のある高濃度L結界防護服を身に纏った人々が動き出す。

 管理下のエヴァンゲリオン部隊を動かす。

 

 

グループ2(ドゥーエ)へ命令。起動と侵攻を開始せよ、作戦コードはD(デルタ)!」

 

 

 平野に整然と並んでいたエヴァンゲリオンの群れ。

 大地を埋め尽くす勢いで並んでいる。

 黒灰色で、NERVの名と機体ナンバー(レジストコード)だけが血の様に赤く描かれた巨人の群れに命が吹き込まれる。

 首の後ろ、エヴァンゲリオンの乗部(Parasitism-Device)に綾波シリーズType-4 ―― 無性型E管制用モデル(Type-エトラムル)が封入されたエントリープラグが挿入され、(センサー)に灯が点く。

 それに伴って垂れていたエンジンマスト(PP-Unit)が後ろに向かって展開する。

 機体側のATフィールド内と、その外側との相の違いによって発電する相転移エンジン(Phase transition Power Unit)は多少大がかりではあっても、エヴァンゲリオンが存在する限り、ATフィールドを発生し続ける限りは自動的に発電が可能な高効率動力源であった。

 製造の難しいS²機関(Super Solenoid-Unit)や、稼働に調整の必要なN²機関(No Nuclear-Unit)に比べて極めて手軽いエンジンであった。

 莫大なエネルギーを生み出しはじめた相転移エンジンに突き動かされ、NERVのエヴァンゲリオンが動き出す。

 

 

指揮機(ドゥーエ・ダッシュ)より信号確認。侵攻開始、全1082機に異常無し」

 

 

 

グループ8(オット)へ命令。砲撃停止、以後、通常型砲弾へ換装し待機せよ!」

 

 

 それまで機械的に砲撃を続けていた砲撃型(Model-Spider)エヴァンゲリオンが砲火を吐くのを止める。

 駐機姿勢へと体を下すや、全高10mを超える作業機(レイバー)に乗った人々が取り付いて機体後部の弾倉の交換を始めた。

 又、機体へと様々な管が接続されるや、砲身や機体各部から水蒸気が上がりだす。

 

 

「支援部隊より報告、グループ8(オット)の全12機に異常なし。整備終了まで90(90分)を予定との事です」

 

 

 

グループ4(クアットロ)へ命令。全周警戒を継続せよ!」

 

 

 

 

 NERV第7軍、SEELE制圧を主任務とした大軍団を支配するNHG Erlösung。

 慌ただしくなったその艦橋で、冬月は泰然とした姿を崩さなかった。

 既に命令は発しており、後は部下たちが遂行するのを見るだけだからだ。

 

 と、前進していたグループ2(ドゥーエ)のエヴァンゲリオンの隊列が爆発した。

 敷設されていた大威力爆弾 ―― 恐らくはN²地雷が起爆したのだろう。

 直撃以外ではそう被害の出ない筈のエヴァンゲリオンであるが、複数の機体が手足を失って動いている。 

 威圧の為に隊伍を密にしていた事が、被害を大きくしていた。

 

 乱れた列、そこを狙ってSEELEのエヴァンゲリオンがパリから出撃してくる。

 SEELEのエヴァンゲリオンは4つ目が特徴的な、ユーロNERVが基本設計を完成させた実戦型エヴァンゲリオンModel-02(2号機)。その14番目の簡易量産型(C-エヴァンゲリオン02n)であった。

 それが、地を覆うとまではいかないが、それでも100を超える数で奔流となる。。

 NERVのエヴァンゲリオンが静的な動きをするのに対し、SEELEのエヴァンゲリオンは動的で荒々しい動きだ。

 獣の如き、そう表現できるかもしれない。

 否、正に獣の姿 ―― 獣化形態に至っている機体が居た。

 

 

 

戦獣形態(mode-555)機です!!」

 

 

 ヒトの形(知恵の実)を捨てる事で、爆発的な戦闘力を得る事の出来るSEELEのエヴァンゲリオン。

 その力は腕の一振りでNERVのエヴァンゲリオンを吹き飛ばす程である。

 エヴァンゲリオンの差は勿論大きいが、何よりも()()()()()()の差が大きかった。

 指揮機に従ってエヴァンゲリオンを動かす事に特化したNERVのエヴァンゲリオン制御ユニット(アヤナミType-4)は成体固定クローンである為、量産性こそ高いものの、魂が希薄であると言う欠点を抱えていた。

 魂の希薄さは、行動の自立性の弱さに繋がるからだ。

 対して、クローン体と言う意味では綾波Seriesと同じであるSEELEの式波Typeは、幼体生産式であり、生産後に教育が必要であるものの、教育後は人間に準じた自立性を得ていた。

 完成するまでの手間と言う意味では式波Typeは綾波Seriesに劣るが、完成後の差は圧倒的と言えた。

 

 

「残り少ない正規式波Typeを投入してきたかね」

 

 

 部下からの報告で、戦況を把握した冬月は嗤う様に呟いた。

 ベルリン攻略戦でも、その前のワルシャワ攻略戦でも投入される事の無かった完成体の式波Typeが戦場に居る事の意味を冬月は誤る事なく理解していた。

 SEELEにパリを放棄し後退する余力はないと言う事を。

 2029年のSEELEにとって、それ程に、完成していた式波Typeは貴重であった。

 この理由は、式波Typeを完成させる為に必要な手間に起因していた。

 

 全てのSEELEのエヴァンゲリオンが戦獣形態へと成れない様に、式波Typeは教育訓練を行った所で個体差によるバラツキが生まれるのだ。

 かつてのSEELEは、教育訓練時に選別を行い、優良な固体だけを残していた。

 14年ものSEELE/NERV戦争の初期のは、開戦前に備蓄していた(教育選抜済み)ユニットで必要数を賄えていた。

 だがそれが、戦争が長く続いた結果、補充が消耗を上回る様になったのだ。

 この数年、戦獣形態へと変容出来るエヴァンゲリオンが戦場で確認される事は無かったのだ。

 

 尚、戦獣形態へと変容出来ない機体を操っているのも式波Typeではあった。

 完成したModelではなく未完成品、促成で必要最低限度の知識だけを植え付けた略完成型とでも言うべきLot30.9であった。

 式波Type Lot30.9は幼子としか言いようの無い外見をしており、外見同様の精神熟成度しかない個体であった。

 そんな幼子では過酷な戦場へと投入する事が難しい為、精神を戦闘用に調整する為の投薬管理が行われていた。

 非人道的と言う言葉すらも生ぬるいSEELEの本質、人類を管理種と見る銀河列強種族 ―― 地球管理種(Overlord)譲りのおぞましさの表出とも言えた。

 

 尚、生産性を優先した式波Type Lot30.9が制御するエヴァンゲリオンの動きは綾波Seriesのソレと大差はなく、それ故にSEELE/NERV戦争初期から量産に重点を置いてきたNERVに戦場で圧倒される様になっていたのだった。

 付け焼刃の量産性では、量産性以外を切り落としたNERVの本気に勝てなかったのだ。

 それが今の理由だった。

 SEELEの本拠地たるパリの城下へとNERVの軍勢が押し寄せている理由だった。

 

 

 1対1では話にならず。

 1対10ですらNERVのエヴァンゲリオンを余裕であしらっていくSEELEのエヴァンゲリオン戦獣形態。

 だがそれを見る冬月の目に恐れも焦りも無かった。

 

 

「恐るべきは獣。だが、所詮は獣だ。知恵を捨てた獣を恐れる必要は無い。適切に対処したまえ」

 

 

「はっ! グループ3(トレ)に命令を出せ! 作戦コードB(ブラボー)。獣狩りの時間だ」

 

 

 如何に強固な個体であっても知恵を失っては意味が無い ―― 戦獣形態の負担は大きく、そして式波Type(管制ユニット)から知性を奪う。

 時間を掛けて育てられた個体ならば機体側からの干渉(フィードバック)に抵抗する事も出来ただろうが、促成をもってえ成体化させた個体の()では無理な話であった。

 機体側の情動に乗せられ知性の目は封じられ、戦術の理性は奪われ、僚機との連携を忘れ、ただの獣へと堕ちてしまうのだ。

 個となった獣ではどれ程に強くあっても、組織化された群体には勝てぬ。

 勝てぬのだ。

 それをSEELE/NERV戦争が証明し続けていた。

 

 パリ攻略軍グループ3(トレ)は、戦獣形態狩りの専門ユニットであった。

 それまでに幾つもの戦獣形態のエヴァンゲリオンを討ち取ってきた部隊だ。

 只、今日は少しだけ違っていた。

 

 

「S²出力パターン!? 冬月副司令、SEELEの旗機(フラッグシップ)です!!」

 

 

 SEELEのエヴァンゲリオン。

 SEELEが依り代とするエヴァンゲリオン。

 白亜のエヴァンゲリオンが空を舞っている。

 

 

「ほぉ、決戦らしくなってきたな」

 

 

 懐かしいモノを見た様に目を細める冬月。

 14年もの戦争で数度しか見る事のなかった、SEELEの儀式用エヴァンゲリオンだ。

 とは言え周りは混乱している。

 地上部隊からでは迎撃出来ない場所から、光線 ―― 恐らくは荷電粒子砲を口と思しき場所から乱射する様は脅威であった。

 その矛先は地上であり、そして空中でもあった。

 地上攻撃部隊を支援する為、旗艦であるNHG Erlösungに先行していた僚艦NHG Erbsündeが数発の直撃を受けて高度を下げだしているのだ。

 落ち着いていられる者など少数だろう。

 その少数に属する冬月は、悠然とした態度で指示を出す。

 

 

「では此方も1つカード(切り札)を切ろうではないか。ネーメズィス、グループ9(ノーヴェ)を投入したまえ」

 

 

「は? しかし閣下、グループ0(ゼーロ)の方が適任ではないのですか?」

 

 

「アレはもう少し後だな。切り札はもう少し残しておくものだ。さぁ急ぎたまえ」

 

 

 流し目で進言してきた人間を見据えて再度命令する。

 その()()を把握した進言者は慌てて背筋を伸ばした。

 

 

「はっ!! 直ちに命令を出します」

 

 

 防護服のバイザー越しに見える顔を青く、そして汗だくにして叫ぶ様に、満足げに頷く冬月。

 

 常に笑みを絶やさぬ冬月であるが、誰も軽く見る事は無かった。

 NERVの絶対的、苛烈な支配者である碇ゲンドウの片腕を30年近くも務めていると言う事は、決して()()()()()()()()()()()事を意味しているのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 NERVとSEELEの戦闘が始まった時、WILLEの主戦力たる可潜戦艦AAAブンダーはそのクジラにもにた外見に相応しい場所 ―― ドーバー海峡域に身を潜め戦闘準備を進めていた。

 直衛の潜水艦7隻と共に、この戦いで横合いから殴りつける最も良いタイミングを狙っていたのだ。

 今だ人類の手に残されている高度1000m以下を飛ぶN²弾頭型巡航弾、武装UAV、ヘリコプター、強化外殻(REスーツ)装備の歩兵。

 そしてエヴァンゲリオン。

 巨大なAAAヴンダー内に設けられた整備区画で、エヴァンゲリオン8号機は出撃前の最終チェックを行っていた。

 その姿は巨大であり、強壮であり、怪異であった。

 6つの足を持った鋼の人馬(センタウル)が如き姿であった。

 エヴァンゲリオン8号機を包み込んで完成するソレの名は、蹂躙戦装備(ベンケイ・モジュール)であった。

 上半身 ―― 首に近い場所へ巨大な円盤状の粒子加速砲を持ち、それ以外にもレールガンやミサイルを山ほどに積んだ、その名に相応しい重突撃仕様であった。

 この巨体を支え戦い抜く為にBモジュールは2基のN²機関を搭載しており、エヴァンゲリオン8号機のS²機関と連動させる事で空前の大出力を生み出す複合共鳴型エンジン(トリニティ・ドライブ)形態となるのだ。

 それは、()()()()()()()の姿であった。

 操るのは戦歴10年を超えるベテラン、真希波マリ・イラストリアス特務大尉。

 ピンク色の戦衣(プラグスーツ)を纏った、WILLEの戦女神(スーパーエース)だ。

 エヴァンゲリオンの呪いによって成長を失った少女は、年齢不相応な不敵な笑みを浮かべて機体の出撃前チェックを整備員と共に行っていく。

 

 

「オッケーオッケー♪ これなら好き放題に暴れられるってものよ。特にこの加粒子砲は凄いね」

 

 

「鹵獲品ですから、何発打てるかは判りませんから、ヤバイと思ったら即、捨てて下さいよ?」

 

 

 調子の良い真希波に、機付き長(8号機整備責任者)の男性は困り切った顔をする。

 とは言え加粒子砲は、加速した陽電子ビームをぶっ放す凶悪装備であり、()()()()()()()大威力兵器なのだ。

 真希波が笑っているのも当然であった。

 

 

「うんうん、派手に暴れて見せるから、任せなさいっての」

 

 

「作戦、忘れないで下さいよ?」

 

 

「忘れてませーんってね。わんこ君の支援、大天蓋の破壊、可能であればNERVのクジラ(NHGシリーズ)を竜田揚げで踊り食い!! ってね」

 

 

「無茶せんで下さいよ。8号機は漸く修理が終わったんですから」

 

 

「それは相手次第ってもんサ。NERVとSEELEのガチンコだ………下手すると生きて帰れないかも?」

 

 

「大尉なら大丈夫ですよ」

 

 

「そら有難う。そう言えばわんこ君の方、準備はどうなったか聞いてる?」

 

 

 真希波の質問。

 AAAブンダーが全長で2㎞を超える巨艦とは言え、空間を必要とするエヴァンゲリオンの整備スペースを2つ分も同じ場所に設ける事は出来ない為、真希波のエヴァンゲリオン8号機用の整備区画と真希波の言うわんこ君 ―― WILLEの決戦存在(エース・オブ・エース)碇シンジのエヴァンゲリオン初号機の整備区画は艦中央を挟んで両舷にあり、このエヴァンゲリオン8号機用区画からシンジの状態を知る事は簡単では無かった。

 専用の連絡通路、物資移動用のシャフトは存在するが、少なくとも、見てわかる事は無い。

 

 

「碇少佐は___ 」

 

 

 インカムで確認する機付き長。

 相手はエヴァンゲリオン初号機の機付き長だ。

 2つ3つと言葉を交わし、それからいっそ朗らかな笑顔で真希波に教える。

 もう機内待機しています、と。

 

 

「ワォ! 愛しのお姫様に近づけるからって張り切ってるネェ!!」

 

 

「碇少佐相手にそう言えるのは貴方位ですよ」

 

 

「アッシはわんこ君のメンタル係もやってるからねー!」

 

 

「葛城大佐が根負けして、でしたっけ」

 

 

「そうそう。天下御免の御印状持ちよ!」

 

 

「言い回しが古いと言うか凄いと言うか」

 

 

 長い付き合いからの、気楽な会話と共に、チェックリストを確認していく。

 全ての項目が終わった後、機付き長の持つ携帯端末(PDA)にサインをする真希波。

 それで出撃前の儀式は終わる。

 

 ネットワークで真希波のサインを確認した制御室が、エヴァンゲリオン8号機の最終準備を宣言する。

 

 

『エヴァンゲリオン8号機、最終チェック完了、突撃外殻装着準備良し』

 

 

「じゃ、また後で」

 

 

「ご武運を」

 

 

「アイヨッ!」

 

 

 右手で指剣を作って敬礼もどきをするや、身をひるがえす。

 軽い足取り、カンカンと靴底でステップを鳴らしながら真希波はエヴァンゲリオン8号機に乗り込むのだった。

 

 

 

 

 非常照明の薄明りの下、L.C.Lの充填されていないエントリープラグ内でシンジは静かに物思いに耽っていた。

 腕を組み、目を閉じている。

 とは言え閉じていると判るのは右目だけだ。

 左目は、左の顔ごと覆う黒いマスクの様な眼帯が隠していた。

 

 思う事はいくつもあった。

 14年に及んだ戦争。

 NERVの事。

 SEELEの事。

 今回の作戦で行うべき事。

 葛城ミサト大佐からの絶対命令、目標はパリ。

 SEELEもNERVも、極端に言ってしまえば今回に限っては重要ではない。

 狙うのはパリ中央に鎮座する封印塔だ。

 天と地とを切り離す、大天蓋の起点となる装置の破壊だ。

 大天蓋を破壊し空を、宇宙への道を取り戻す事が目的であった。

 

 宇宙。

 

 その事まで思いを馳せた時、シンジの胸中に浮かぶのは1つの名前だった。

 アスカ、式波アスカ・ラングレー。

 色あせないあの青い夏の思い出に刻み付けられた大切な人。

 目を閉じれば、耳を凝らせば蘇ってくるあの声。

 

“バカシンジ!”

 

 勝気な顔で堂々と言い放ってくる少女。

 その在りし日の姿がシンジの脳裏から薄れる事は無い。

 かつて、母の墓前でゲンドウの発した言葉が、うろ覚えでにシンジに蘇る。

 写真などなくとも思い出は胸の中で生きる ―― その言葉通りだった。

 14年前のあの日(ニア・サードインパクト)からの混乱と激動の日々にあって尚、シンジの胸にはアスカとの思い出が常に生き続けていたのだから。

 憎悪と言う言葉すら生ぬるい感情をゲンドウに抱いているシンジだが、それでもこの言葉にだけは深く同意する事ができた。

 

 命を掛けても守りたいと思った人。

 守った人。

 そして守れなかった人。

 世界を、シンジを、命を掛けて守ろうとした人。

 

 気付けばシンジは組んでいた腕を解き、操縦桿を強く握っていた。

 シンジに残された右目が、操縦桿を握る自分の手を見させる。

 細い、子どもの様な手。

 どれ程に鍛えようとも、力こそ付けども太くなることの無い腕。

 エヴァンゲリオンの呪い。

 操縦適格者を得たエヴァンゲリオンが、その相手を逃さぬ様にする(成長させない)為の呪い。

 否、シンジの()()は使徒の呪い。

 シンジが右の手のひらでそっと左目を触る。

 或いは爆弾であると認識していた。

 と、シンジのすぐ横に通信用の仮想ウィンドが展開する。

 着信音(コール)がしないのも、着信の許諾も拒否も出来ないのも、この通信が強制介入(ハッキング)であるからだった。

 誰が、とシンジが疑念に思う事は無い。

 そんな事をする奴は1人しかいないからだ。

 

 

『わんこ君、そんな顔をしていると姫が悲しむぜい!』

 

 

 想像通りの相手、真希波だった。

 何が楽しいのか笑顔で話しかけてくる。

 

 何故、こんなにも自分にかまってくるのか全く理解できないが、シンジはそれを受け入れていた。

 拒否しようとしても出来なかったのだから仕方がない。

 諦観と共に受け入れた戦友であった。

 

 

「別に問題のある顔をしていた積りはない」

 

 

『おのれ、通信機越しなのが腹立たしい! そーゆースネた事を言ってる顔をグニグニする楽しみが!!』

 

 

「生き残る理由が出来たんだよ、きっと」

 

 

 投げやりなシンジの返事に真希波はニンマリと笑う。

 

 

『言質採ったからね、わんこ君! いやー戦闘後が楽しみだって、おりょ、拒否しないの?』

 

 

「何でも良いさ。初手は真希波だ、負担の大きい仕事を任せるんだ。その程度の事を楽しみにして乗り切ってくれるなら指揮官としては有難い限りだよ」

 

 

『イエッサ~♪ 碇少佐殿。では戦勝パーティーを楽しみにさせて頂きますニャ!』

 

 

「パーティーね、アメリカに戻ったら出来るかもな」

 

 

『なら、その前に愛しのお姫様回収して、マイアミ辺りのビーチでビール片手に組んず解れつの大運動会も!!』

 

 

 ウッキウッキーとする謎のゼスチャーが乗った桃色な真希波の未来予想図に、シンジは嘆息をするのみであった。

 或いはアメリカ(植民地人)的な言動には、正直、付いていけなくなる。

 

 

「………真希波」

 

 

『はいな?』

 

 

「時々君がイギリス系だと言う事に深刻な疑念を覚えるよ」

 

 

『しっ___ 』

 

 

 真希波が何かの反論をしようとした時、大音量のブザーが鳴った。

 傾聴(アテンション)を命じる先ぶれだ。

 

 

『エバー各機に伝達。戦況の変化急である為、作戦時間を前倒しします。予定時刻よりマイナス60を目指し出撃準備を完了せよ』

 

 

 切れの良い声。

 AAAブンダーが旗艦を務めるブンダー任務部隊の司令官、葛城ミサト大佐だった。

 

 

「葛城大佐、こちら01。推進剤充填も含めて準備完了」

 

 

『エヴァンゲリオン8号機、命令あり次第何時でも出撃可能さね!』

 

 

『両名、及び整備班、準備ご苦労。では10分後に雷撃(サンダーチャイルド)作戦第1段階開始とする。総員、最終確認、急げ』

 

 

 WILLEの作戦が始まる。

 

 

 

 

 

 




2021.06.05 文章修正
2021.07.31 文章修正
2021.10.04 文章修正
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