Starlight serenade(Q/シン時間軸改変作品) 作:◆QgkJwfXtqk
相手を紙やすりだと思えばいい
多少、擦り傷は受けれど、
自分はピカピカになり、
相手は使い物にならなくなる
01
+
碇シンジは目を覚ました。
SEELEの手によって睡眠から縁遠くなった体にされて以降、久方ぶりとなった目覚め。
だがそれは快適なものとは言い難かった。
目に飛び込んできたのは、清潔感こそあれども無機質さを感じさせる白く塗られた天井。
何処だ、ここは? と呆っとした感じで回りを見る。
壁も同様だ。
身を動かそうとするが動けない。
服が、袖が体の前で縛り上げる様になっている拘束衣となっていたのだから。
そして拘束衣は金具でベットに固定されていた。
動こうとすれば、軋みこそすれども、自由になれる気配は無い。
只の人よりも強いシンジの力でも緩む気配は無い。
「っ!」
その事がシンジに状況を思い出させた。
NERVに捕まったのだと言う事を。
アドレナリンが一気に噴き出して意識の歯車が一気に切り替わる、平時から戦時へと。
だがそれは暴れる事を意味しない。
注意深く周囲を観察し、機を窺うのだ。
それまではじっと耐える事が戦いとなる。
その機を知る為には、注意深く観察せねばならぬのだ。
『BM-03 バイタル 覚醒状態 確認 報告実行』
電子的に合成された声が、言葉と言うよりも無機質な文字列を紡いだ。
音源を確認するシンジ。
見れば部屋の隅、入り口の傍の天井にマイク付きの監視カメラがあった。
赤い作動中を示すランプが点いている。
音声が出た事も含めて、当たり前だが自分は監視されている事を理解するシンジ。
であれば、と体から力を抜いた。
無駄な
初号機はシンジと共にある。
シンジ以外では初号機を動かす事は出来ない。
SEELEがシンジをパイロットとして行った初号機の人工シン化実験の結果だった。
である以上は、早々に処分される事はあるまい。
そうであれば、とシンジは思考を自らが失神する寸前に見たモノ ―― アスカの偽物の事に向けた。
先ず、アスカであるか否かを疑う前に、突然にエヴァンゲリオン初号機のエントリープラグに現れた事からして、アスカでは無い事は明白だ。
にも関わらず迷ってしまった自分をシンジは笑う。
自嘲する。
恐らくはNERVが鹵獲した式波Typeの一体を利用したのだろう。
人間の改造など今のNERVには簡単な事だ。
実際、NERVは大きすぎるエヴァンゲリオンの補助戦力として、地上制圧用の
肉体も人格も奪われた、哀れな人間の残骸。
現在のNERVの科学部門トップであるジョドー・ジョージ・ジョージョ、通称Dr
そこまで考えた時、自然とシンジの腕に力がこもった。
強靭な素材で出来ている筈の拘束衣がミシミシと悲鳴をあげる。
アスカでは無いアスカ。
式波Typeの1人であったとしても、許せない。
DrJ³もNERV司令碇ゲンドウも、許さない。
内側から沸々と湧き上がる憤怒の念を沈める為、シンジは残されている右目を瞑った。
噛みつくのは1度。
その喉を確実に噛み千切れるその時まで、歯は決して見せてはいけないのだから。
「………そうか、シンジが目を覚ましたか」
報告を受けた碇ゲンドウは、バイザーによって表情の見えない顔で1つ頷いた。
だがそれでも、そこに親子の情と呼べるものが無い事が、このNERV総司令執務室に居る人間には手に取る様に判っていた。
そして、実際、碇ゲンドウがシンジに言及したのはそれだけであった。
シンジは生きてさえいれば良い。
生きてさえいれば
人類補完計画への道、それこそが全てなのだ。
「確保した
その問いかけに、列席していた科学部門トップであるDr.J³が報告を述べる。
フード付きの白衣を着た怪しげな外見、その体はなかば機械化されており、声も喉元より電子合成されたモノであった。
だが電子合成された声であっても、そこに潜む狂気というものは隠せていなかった。
否。
本人には隠す気など無いだろう。
EURO-NERVの技術部門トップであり、であったにも拘わらず、思想的にSEELEと相容れなかったが故にNERVに加わった人間であった。
「流石はシン化適格者ですよ、式波Type第1ロット131号体! SEELEの手で弄られ、14年もL.C.Lに漬けられていたのに、封印を解けばもう自己修復を始めています! 信じられない! 素晴らしい!!」
声に深い愉悦がある。
Dr.J³は式波Typeの開発も管理していた。
それ故に、自分の作品が到達した事に深い深い喜びを感じていたのだ。
「生体構造がどう変容したのか、変容していないのか、直ぐ様に解剖してみたい!」
肺腑を、頭蓋骨を開けて調べたいと言う。
正しく変態であった。
その願いを碇ゲンドウは一蹴する。
「
「はい、それはもう!!」
調子の良いDr.J³に部屋の空気は何とも言えないモノにされてしまう。
それを戻す為、冬月コウゾウが口を開いた。
「13号機の建造はどうなっているのかね?」
「計画からの遅延は一切ありませんよ! 現在、機体は
エヴァンゲリオン13号機は、NERVの主力機である
1から設計された、人類補完計画に連なる儀式用として建造される機体。
そうであるが故に13号機は乗り手を選ぶ。
駆動器たる魂を求める。
その為に、
だから、操縦適格者を
人を人とも思わぬ所業。
それを嬉々として行うのがDr.J³と言う男だった。
「初号機の改修はどうか?」
「
無意識に手を指を動かして恍惚ささえ感じられる声色で報告するDr.J³。
生体情報の収集、それが何を意味するか。
疑問に思う必要も無いだろう。
その
何とかしろ、そう言わんばかりの目つきだった。
仕事はする。
NERVへの忠誠心もある ―― 取り合えず、
だが、自分を常識的な人間と認識して居る冬月にとっては、中々に度し難い人物であるのだから。
対して碇ゲンドウ。
バイザーで目元と共に表情を隠し、冬月の訴えを
「手は出すなDr。現在の最優先事項はセントラルドグマの封印解除、そしてリリスの破壊だ」
「判っておりますぞ! その為の初号機、そして13号機! 直衛用の
儀式用のエヴァンゲリオンを動かすには綾波Seriesでは無理なのだ。
エヴァンゲリオン自体もそうであるが、儀式に用いられるリリスの槍を励起させられるのが、魂を持った
だからこそ、作り出されたのだ。
量産されたNERVのパイロット綾波Series。
だが、エヴァンゲリオン起動こそさせられても、槍を励起させられる魂を持った個体は1つだけだった。
エヴァンゲリオン零号機を駆った綾波Series
そして今、綾波レイはNERVには居ない。
だからこそ、碇ゲンドウは無理矢理に適格者を作らせたのだ。
尚、当初は鹵獲したSEELEの適格者、製造方法の違いから魂を持っていた式波Typeの流用も考えられていたのだが、SEELEによる
「WILLEによる妨害、初号機及び2号機を奪取せんと侵攻してくる可能性も捨てきれぬ。Dr、準備を急げ」
「はい!!」
兎も角として、NERVは作業を先に進めねばならない。
鍵は全て手元に揃っているのだ。
意味も無く浪費するべきでは無いのだから。
碇ゲンドウの個人的欲望もある。
だが同時に、SEELEの上位存在、恒星間文明たる
NERVの人類補完計画、決して遅らせる訳にはいかぬのだから。
格離室から連れ出されたシンジ。
懐かしいNERV。
シンジの記憶にあるソレとは、少しばかり違っている所もあったが、概ね、一緒であった。
違いは、働いている人間の格好が違う事。
壁に弾痕や黒い染み ―― 血糊の後が残っている事だろうか。
そして何より、多くの綾波Seriesが闊歩していると言う事だろう。
人員不足の深刻なNERVは、綾波Seriesをエヴァンゲリオンのパイロットとしてだけではなく、施設要員としても採用しているのだった。
耐久性と稼働時間を優先して調整された綾波Series-9GS型。
魂が薄く、自我に乏しい綾波Seriesであったが、であるが故に単純作業の要員としては重宝されていた。
シンジには、何とも冒涜的に見える光景であった。
特に、初号機に取り付いて作業をしている姿は。
懐かしいNERV本部初号機用ハンガーに収納されたエヴァンゲリオン初号機は今、文字通りの
手足、その他、各部には針の様な制御刺が撃ち込まれていく。
その目的をシンジが教えられた訳では無い。
だが見て居れば判る。
初号機を人形にする積りなのだと。
シンジしか受け入れない初号機を、意のままに操ろうというのだろう、と。
シンジはNERVに与する気は一切ない。
碇ゲンドウの目的、人類補完計画の内容を知れば同意出来る筈も無い。
群体から個への進化など、とてもでは無いが受け入れる気になれないのだから。
しかも、根っこは自分の妻に会いたいと言う余りにも独善的で幼稚な願いだ。
阿保らしくならないのかと、自主的にNERVに参加する人間に問いたいレベルの話だった。
「久しぶりだね、第3の少年」
動きづらい、堅い拘束衣の為に小さく首を振って後ろを見たシンジ。
居たのは、冬月だった。
14年の歳月が顔に刻まれては居るが、その雰囲気は昔と同様であった。
否、胡散臭さと言うものが加味されている。
そうシンジには感じられた。
NERV副司令。
NERV総軍の現場最高責任者。
今ここで、首を噛み切れるのであれば、後の労力は少なく済むんじゃないのか、そう思える相手だった。
そんなシンジの感情が漏れ出たのか、シンジの周囲に居た武装した監視役が
黒光りする筒先に怯える事無く、シンジはつまらなそうに冬月のみを見る。
挨拶する気にはなれない。
そんなシンジを冬月は笑う。
「若いな」
指先で、シンジを連れて来ていた部隊の指揮官を呼び、命令する。
「この後、何かあったかね?」
「いえ、
「そうかね。では折角だ、少しばかり
「…………」
口を開かない、反抗的なシンジの姿に、冬月は益々持って笑みを深める。
「興味はないかね、君が求める第2の少女の所だ」
冬月が先ずシンジを連れて行ったのは、ケイジ群の最奥。
300m四方はありそうな、地下の広大な製造空間。
いくつものアームが伸びたその中央にはシンジが初めて見る異形のエヴァンゲリオンが立っていた。
火花を纏って、今、艤装の最終段階が行われている。
「……なっ……に…っ!?」
その姿を見たシンジが絶句した。
目をまん丸と開いて衝撃を受けていた。
「驚いたかね? NERV最後のエヴァンゲリオン、13号機だよ」
愉悦の匂いを隠す事無く、冬月はシンジに教える。
エヴァンゲリオン13号機。
初号機にも似た、紫と青を基調とした巨大なエヴァンゲリオン。
骸骨の様な、白い面覆。
大小となる2対4本の腕。
背中に生えた翼状の何か。
だが異形というだけであればシンジも驚かない。
衝撃も受けない。
問題は、
四肢の切断された2号機を、小さい方の2本の腕で胸の前に抱きしめる様になっているのだ、この13号機と言うエヴァンゲリオンは。
太いパイプが幾つも2号機と13号機とを接続している。
「驚いたようだね? これが最後の、願望機としてのエヴァンゲリオンだ」
嗤う冬月を、睨みつけるシンジ。
その凶相にシンジの監視役達は慌てて、拘束衣を掴んで動けなくする。
動かない。
否、シンジは掴まれても尚、姿勢を崩さない。
目を冬月から逸らさない。
「アスカをどうするつもりだ」
14年前、シン化を遂げたエヴァンゲリオン2号機は、その操縦者を式波アスカ・ラングレーと定めた。
故に、2号機を操れる者はアスカ以外にはいない。
例え同じクローン体である式波Typeであっても、受け付けない。
シンジの初号機同様に、アスカの魂が2号機に刻まれているからだ。
だからこそ、シンジは問うのだ。
殺意すら籠ったシンジの視線、だが冬月はソレを意に介する事無く笑みの形で口を開く。
「どうにもせんよ? 第2の少女には最初から与えられていた役割を果たしてもらうだけだからね」
「役割だ……と」
「そうだよ。ヒトには誰しも役割があって生まれてくる。
シンジを煽るように言う冬月。
創られた人間、生体ユニット、供物、言葉を連ねる毎にシンジの顔には殺意が募っていく。
その様に、益々の愉悦を感じ、冬月は自覚せぬままに口元を歪めていた。
「アスカをどうするつもりだ」
「同じ質問だね第3の少年? であれば私の答えもまた同じだ。
「…………」
歯を食いしばって睨むシンジ。
シンジは冬月の目的が、自分を煽るものだと理解していた。
恐らくは怒りによって判断力を落とそうと言う狙いなのだろう。
判ってはいた。
それでも尚、怒りを治める事は難しかった。
食いしばった歯によって首元の筋肉は引き攣り、目の前が真っ赤になりそうであった。
抑え込もうとする監視役達を、さながら縋らせるが如く自身の脚で立つシンジは、身を動かす事無く、目だけに憎悪を滾らせた。
その様を冬月は鼻で笑う。
「ユイ君の面影はあっても、君は野蛮だな」
と、硬質な足音と共にこの場に闖入者が
「冬月副司令! 第3の少年を連れて来られるとは、これは最早研究をしてよいと言うお話ですかな!?」
言うまでも無くDr.J³だ。
13号機の確認に来ていたのだが、電子合成された声であっても喜色にあふれているのが感じられるほどであった。
シンジをジロジロと見る。
そこにあるのは、正しく実験動物を見る科学者の目だった。
シンジはDr.J³によって空気が変わった事で冷静さを取り戻した。
初めて見たNERV関係者。
だが、その機械化された怪貌がシンジにDr.J³の正体を教えていた。
WILLE上部から回ってくる資料にあったのだ。
現NERVの重要人物であり危険人物であると
故にシンジは冬月とDr.J³を殺せれば、NERVの打撃は如何ばかりかと考える。
口には出さぬ。
だが脳内で行く通りもの殺し方を考える事で溜飲を下げていた。
冷静にならねばならぬから。
このNERV本部と言う敵中から、アスカを連れて脱出する為には冷静さこそが武器なのだから。
「その話は終わった事だ」
「精査できないならせめて、生物的な反応調査とかをさせては貰えないですかね!」
「君が其処で踏みとどまれるならば碇に掛け合っても良い。だが出来るかね」
「科学する心が逸るのを止める事は難しいのです! ご理解願いたい!!」
「であれば難しいと言えるだろうね」
シンジを脇に置いて、盛り上がっていく冬月とDr.J³。
俯き気味に周りを見れば、監視役の人々も呆れた様な顔をしていた。
Dr.J³とは、中々に難物なのだろうとシンジは心に刻んだ。
その上で13号機を見る。
敵となるであろう新型のエヴァンゲリオンなのだ。
1つでも情報を得られれば後に役立つ。
2号機を拘束し収めているのは業腹であるが、今はそこに怒りを感じるべき時では無いと自戒し、WILLEの士官としての、エヴァンゲリオン操縦員としての、特務少佐としての目で13号機をつぶさに観察する。
見て何かが判る訳では無い。
だが、後に、今見ている事が役立つかもしれないのだから。
と、唐突にシンジの名が呼ばれた。
意識が13号機から、名を呼んだ冬月に戻る。
「興味深いかね? だが君にはもっと興味深いモノを見せよう。私は慈悲深いからね」
どの口が言うのかとの言葉をシンジはのみ込む。
NERVが進めている人類補完計画、その過程で人類は疲弊し、世界は死と破壊とが充満する有様となっている。
そのNERVの第2位権限者が、何を言うのか。
そもそも冬月の顔に浮かんでいるのは、善意とは遠く離れた感情である ―― 少なくともシンジにはそう見えていた。
だがそれも、冬月が次の言葉を発する迄であった。
「彼女に会いたいのだろ?」
式波Typeとしての、では無い。
同居した、戦友であった、気付いたら大事な人になっていた、式波アスカ・ラングレーだ。
心がざわめく事をシンジは抑えられなかった。
例え冬月がどう思っていようとも。
どの様な意図があろうとも。
シンジはアスカに会いたかった。
黙り込んだままのシンジの姿に、何を感じたが、冬月は愉悦を口元に浮かべながらシンジを誘った。
より、深みへと。
2021.10.04 微調整実施