仮面を脱ぎ捨てて   作:どうして

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対戦よろしくおねがいします


3話.ただ、勝ちたくて(1/2)

「……ふぅン、餅は餅屋と言うがね。頼る先を間違えていないかい?私は精神科医でもなんでもないんだが」

 

「一時期生徒会から頼まれて調べてたと聞いてるけど。気性難なウマ娘をより精神的に安定させるよう、メンタル面の研究をやってたとかなんとか」

 

「……ナリタブライアンかな。やれやれ、存外口が軽いことだ」

 

 

 けんもほろろに断ろうとしたタイミングですかさずゴシップを挟み込み、まず話を聞くことが出来るように誘導できた。

 相手は言わずとしれたアグネスタキオン。授業をサボりすぎて退学云々の話まで飛び出していたウマ娘だが、どうも生徒会が庇う条件(というより庇うための材料集めのため?)のため何かと調べたり検証してもらっていたのだという。

 この娘も大抵癖ウマなのだが……まあ今は専属のトレーナーがいてある程度奇行は落ち着いている。トレーナーは発光しているが。

 

 

「まあ、いいさ。君からは十分すぎるメリットを提案してもらったからね。まさかモルモットくん以外で私の作った薬の治験に名乗り出る人間がいるとは思わなかったよ」

 

「それだけスカウトに本気ってことだよ」

 

「なるほどねぇ。熱心なことだ。モルモットくんがいなければ君にいろいろやっていたかもしれないが……置いておこう。ウィルペルソナという今年の新入生が二重人格かどうか、だったかな?」

 

「専門的な意見や知見はいらない。私見でいいから参考にしたいんだ」

 

「カフェから聞いてはいたんだ。面白いウマ娘がいるとね。どれ……」

 

 

 渡した資料を捲りながら、ぶつぶつと何かを呟き始めるアグネスタキオンを尻目に、事の経緯を整理する。

 きっかけは、カレンチャンの一言だった。

 

 

 

―――

 

――――――

 

―――――――――

 

 

 

 

「演技ってわけじゃないと思う」

 

 

 ウェルカムランのあと、レース前後のウィルペルソナの映像を見てカレンが考察として最初に述べた言葉はそれだった。あまりにもレース前後で違いすぎていた彼女が、実は演技をして周りの人の油断を誘っているのではないかと疑ったからである。

 

 究極のカワイイを目指す彼女にとって、自分を作る、というより自分を可愛く見せる手段を用いたり採ったりするのは日常茶飯事。嫌な言い方をすれば、相手が猫を被っていても簡単に見抜けるのだ。

 その猫を被らせたまま、かつ自分が猫を被っていることを気づかせないまま自分のペースに引き込むからこそ、そういうところにカレンチャンというウマ娘は底知れなさを感じるのだが、そのカレンが見たとしても、”演技としては真に迫りすぎている”と結論づけたらしい。

 

 

「根拠は?」

 

「レース前、控えスペース。お兄ちゃん映像戻して」

 

 

 言われるがままあの娘を見つけてすぐの……つまり撮り始めの方まで映像を巻き戻し、彼女の顔が写ったところで一旦停止。

 

 

「ここ、立ち上がり方。背中を引きずるように立ってる。壁への引っかかり方から見るに相当体重かけてるし、レース前に相手を油断させるだけならここまでしなくてもいいと思うな」

 

「やる人はやると思うけど」

 

「お兄ちゃんと話してるウィルペルソナちゃんの人物像と合わないんだよ、キングちゃん」

 

 

 と言うと?と目で促すと、カレンは続ける。

 

 

「とってもクレバーなんだよ、レースに出てるウィルペルソナって娘は。お兄ちゃんと駆け引きできるレベルで頭の回転がいいってことは、入学したての同期を騙すのに必要な演技のレベルなんて感覚で掴めるはずなの」

 

「うーん……」

 

「出る前のこの娘って、極端に注目されるのを怖がってるの。お兄ちゃん、ウィルペルソナちゃんが名前呼ばれるところまで進めて」

 

 

 言われるがままその場所まで映像を倍速で送る。

 やたら高性能なビデオカメラだったからか、微かに現場の声も拾うことが出来ていた。

 

 

『ウィルペルソナさーん! 出走準備お願いしまーす!』

 

『っは!はい、ぃっ……』

 

 

「ここ! 返事をしてすぐのところで一時停止!」

 

 

 現代っ子の割にこの手の機器の扱いに慣れているカレンだが、こんなときは変に頼もしい。

 俺の膝の上に乗ってビデオカメラにあーだこーだ言ってるとは思えない貫禄である。

 ……後ろでキングが白い目で見ている気がするが、気にしないでおこう。

 

 

「……うん、うん、間違いない。一瞬気を失ってる」

 

「そうなのか?」

 

「うん、名前呼ばれて、返事をして、みんなから見られてすぐに……。呼ばれたほうを向いてるから顔は見られないけど、間違いないと思う。そして……」

 

「レースに出ている方のウィルペルソナに変わった?」

 

「そう! キングちゃんカワイイ!」

 

「あ、ありがとう……。褒めてるのそれ?」

 

 

 なるほど、何度か戻して、再生して、戻して、を繰り返すと、確かに人格が変わったかに見えるタイミング自体はわかりやすい。

 昨日直接会ったときに性格が変わったのも崩れるように蹲ってからだったし、もしかしたらその辺りになにかきっかけが……。

 

 ん?

 

 

「いや待て、キングお前、今()()()()()()()()()()ウィルペルソナって言ったか?」

 

「ええ、言ったわよ」

 

「レースに出ていない方のウィルペルソナがいるってことか?」

 

「そう聞こえないなら国語の勉強が足りないわね」

 

 

 気持ちキングが塩対応だが、構わず思考を深める。

 

 ……いや、深めるまでもなく、ファーストコンタクトから仮説としては頭に過っていたのだ。現実味がないから黙殺していただけで。

 だが待ってほしい。そうそうある確率じゃあないと信じたい。レアケースを切って一般論的に考える、という思考の大前提は間違っていないはずだ。

 経験の少ない俺はまだしも、経験豊富な先輩トレーナーですら”マスクを取れば別人格”という物理的なトリガーを持つウマ娘は知っていても精神的なそれを持つウマ娘には出会ったことがない、と思う。

 

 

 普段は尋常じゃないほど臆病で。

 

 なにかがトリガーとなって、まるで人が変わったかのように食えない性格になる。

 

 そう、まるで()()()()()()()()()かのような……

 

 

「二重人格?」

 

 

 よく出来ました、と小さくキングが頷いた。

 

 

――――――――

 

――――――

 

――――

 

 

 

「結論から言おう。解離性同一性障害というのは、症例こそ少ないが絶無ではない」

 

「かい……何? 二重人格のことをそう言うのか?」

 

「心の病の一種として呼ぶなら、そうさ。二重人格の方が通りはいいがね」

 

 

 そして、彼女もこの障害を持っている、という可能性は否定できない。と、ひとしきり資料と映像データを眺め、ご丁寧に淹れさせられた紅茶(紅茶:砂糖=1:1)をティースプーンで混ぜながら、アグネスタキオンはこちらを見据えた。

 障害。言葉を選ばずに言えば病気ということか?

 

 

「そうとも。解離性同一症ともいうからね。この娘の名誉に配慮せずに言うと、立派な精神疾患だ」

 

 

 ”精神疾患”と言われむっとなったが、口に出す前に釘を刺されたため、怒る暇もない。さすがというか、怒られ慣れているウマ娘であるが故に、どこまでなら怒られないか、ここは怒らせていい場面か、を察する能力が高いのだろう。そして、驚きは衝撃に変わる。

 ――この症例は十中八九外的要因に起因する。

 

 

「まさか、ウィルペルソナが実家で虐待でもされてたって言うのか!?」

 

「一般論を述べるならそう推測するしかないさ。解離性同一性障害の憑依型……一番この娘のケースに近いのはこれだろう。あえて症状として呼ぶなら、と最初に言ったように、世界中を見れば預言者の立ち位置の人間が何かしらに憑依され、それを神託と呼ぶ宗教団体等は往々にして存在する。決して良い悪いでは語れないだろうねぇ。

 

表の人格は真面目で寡黙、裏の人格が自由で奔放という原則にも一致している。この障害は大体小さい頃に逃げられない環境で極端な精神的ストレスを受けたことによる逃避行動に端を発する……。

 

まあ、その可能性は捨て置いていい。実家との折り合いは置いておいて、この学園の受験にかかる費用もただではない。少なくとも親元から遠い学園に授業料を払う程度に信頼関係はあるのだろう」

 

 

 私みたいに厄介払いの線は捨てきれないがねえ。と紅茶を啜り、んーっ!と口の端についた砂糖を舐めて悶絶するアグネスタキオンを余所に。

 ……いや、仮にアグネスタキオンの仮説が正しかったとして、どうも腑に落ちない箇所がある。

 

 ウィルペルソナはウェルカムランのあと、こう言っていた。

 

『ま、そんなわけでなんですけど、私まだこの学園のことよく知らないし、()()()()()()()()()()()()()()()っていうか。もう少しここでの暮らしに慣れてからトゥインクルシリーズについては考えてみまー。んじゃそゆことで』

 

 言葉通りに受け取るならそのままの意味なんだろうけど、あれって「もうひとりの私の意向も聞きたいからこの場では結論を出せません」って言いたかったんじゃないか?

 ウィルペルソナが二重人格である、という前提に立つと、自然と納得できるような気がしないでもない。彼女はあくまで一時的に身体を預かっているだけだから、どのチームに入るかは表の人格が入りたいと言ったところに、というわけだ。

 そして、この推察が正しいなら、少なくとも()()()()()()()()()()()()()()()()ことになる。

 

 抑圧された結果の逃避行動として構築された第二人格なら、このような配慮はしないだろう。そうアグネスタキオンに伝えると……

 

 

「そう。私もそれが気になっていてねぇ。一般論で語ることはできない、ではなにか他に考察の材料は……となったときに、ある可能性にたどり着いたんだ」

 

「それは?」

 

「カフェだよ。マンハッタンカフェ。彼女がウィルペルソナに声をかけた理由が、一つの可能性を導いた」

 

 

 知っている。名ステイヤーとして名高い、いわゆる”見える”娘だ。ウマ娘の勝負服を見て、男が「かっこいい」と思う服ナンバーワンは間違いなく彼女だろう。黒のチェスターコートを纏ってターフを駆ける彼女のレースを見て、中学生の男子たちが真っ黒な衣装にハマったところで誰が責められるだろう。

 

 

「いや、待ってくれ。いくらマンハッタンカフェが”見える”からと言って……」

 

「カフェの言う”あの子”が、ウィルペルソナに幽霊が取り憑いているように見えた、と言ったから声をかけたとしても?」

 

「えぇ……」

 

 

 結論が思いの外スピリチュアルな方向に言ってしまった。文字通り憑依していた、という可能性もあるわけだ。

 ただ、どちらにしても。なんとなく、ウィルペルソナと話をするための筋道は立った気がする。あの子をスカウトするために、必要なことも。

 

 

「ま、私がこの資料を見て推察できるのはここまでだ。ささ、対価としてこちらの薬をだね。ぐぐいと」

 

「……帰ってきてからじゃだめ?」

 

「えーっ! ダメダメ! 今! ナウだよ! 早く飲むんだ。ウィルペルソナは逃げないけど実験は逃げるんだぞ!」

 

「逃げないんだよなあ……。あとウィルペルソナは多分逃げるんだよなあ……」




対戦ありがとうございました
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