仮面を脱ぎ捨てて   作:どうして

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対戦よろしくおねがいします


3話.ただ、勝ちたくて(2/2)

 

「あー、ウィルペルソナなあ。声はかけてみたんだが……」

 

「声かけた瞬間すぐ逃げちゃうのよね。レース後のあの子はあんな感じじゃなかったと思うんだけど……」

 

「俺は当日行ってなかったけど、”勝ち負けとかどうでもいい”って言ってたんだろ?癖ウマっぽいよなあ」

 

「レースに対するモチベーションの維持が大変そう。ポテンシャルはあるけど、それを活かすためのメンタリティが備わってないんだな」

 

 

 入学してからしばらく、めっきり同僚の中で彼女の名前が上がることはなくなった。上のセリフは、彼女に対する下バ評の一部だ。

 距離感の掴み方ミスってるんじゃないのとか、ウマ娘のモチベーション管理はトレーナーの仕事だろとかいろいろ思ったりもしたが、気になったのは彼女が「負けるくらいなら走りたくないと言っていた」という同期のトレーナーの言葉だ。

 

 

「負けるくらいなら走りたくない?」

 

「そうそう。詳しくは聞けなかったんだけどさ、そんなこと口走ってたんだよ。実際問題難しい話じゃん?負けないことが難しいからこそ、無敗の三冠ウマ娘が特別視されてるわけだしさ」

 

 

 負けないことが大事なんじゃない、その敗北を糧にして、さらに成長することが大事なんだ、と婉曲的に伝えると、ウィルペルソナは悲しげな顔をして去っていった、と同期は言う。

 同期の言うことは正鵠を射ている。常に一番を取る、というのは格下狩りでもしない限り難しいだろう。

 

 彼女は、”表の”ウィルペルソナは、レースに対してどのような価値観を抱いているのだろう。

 負けないことに拘るのであれば、”裏の”彼女と価値観は正反対なのだろうか。

 

 スカウトをする前に、そこも確かめなければならない。そう思った。

 

 

――――

 

 

――――――

 

 

―――――――――――

 

 

 

 

 

 ……作戦は、というより、聞くこと、伝えることは決めた。

 あとはありのまま自分を主張して、縁があればトレーナー契約を結ぶ。

 

 自分の言葉が響かなければ、結ばれない。

 キングのときも、そうやってスカウトしたのだから。

 

 けど……

 

 

「ぜんっぜん見つからない……!」

 

 

 ウィルペルソナ、実は入学早々生徒会に目をつけられる問題児らしく、目撃例は数多くあるのだが目撃された場所に探しに行っても欠片も見つけられないのだ。

 生徒会に目をつけられている理由は「廊下の全力疾走を何回注意してもやめない」というのがなんともらしいと言えばらしいのだが……。大方、トレーナーからスカウトのために声をかけられた瞬間、その場から逃げるために都度全力疾走をかましているのだろう。

 

 ……話を聞いてもらう以前の問題だ。声をかけられた瞬間逃げられては世話がない。

 

 だからこそ、インパクトのある言葉をかけなければならない。

 

 

 ……おそらく、二重人格のことを知っている、あるいは、考慮に入れているトレーナーは自分以外にいないはずだ。

 だからこそ、この声は……

 

 

(いた……!)

 

 

 見つけたのは校舎の裏、生徒会副会長のエアグルーヴによって整備された花壇のあたりだった。琥珀の瞳は生気を失い、風に吹いて花が揺れるのと同じタイミングで頭も揺れていた。リラックスしている、というよりは過労で思考が煩雑になっている、の方が妥当と言えるのかもしれない。

 

 おそらく、このまま足音を立てて近づいたとしても気づかれないだろう。

 その状態で彼女のパーソナルスペースの内側で声をかけようものなら、びっくり仰天したと同時に脱兎のごとく逃げられるのがオチだ。

 

 だからあえて、遠くから。

 

 

「ウィルペルソナ!」

 

 

 強く、けれど優しく声をかける。

 相手に向き合う姿勢を声に出せばきっと、逃げ去ろうとする”表”の彼女を”裏の”彼女が思いとどめてくれるはずだ。

 

 

「っ……。な、んですか」

 

「ウェルカムランでは一位、おめでとう。まずはそれを言いたくて」

 

「はあ……」

 

 

 現状3バ身ほど離れた距離から、消え入りそうな声を辛うじて聞き取っているが、どうも会話というよりは独り言と相槌と言った感じのコミュニケーションだ。

 「用件はわかってるから早く言え、さっさと終わらせたいんだ」と言わんばかりの姿勢である。

 

 

「あの、ありがとうございます。その、もういいですか? 私はこれで……」

 

「いや、ここからが本題なんだ。()()()と話がしたいんだ」

 

「……!?」

 

 

 なぜ、と言いたげな目で、こっちを見た。1割の驚愕と、8割の恐怖。それと1割の警戒で、その心情を雄弁に語っていた。

 何気に、目を合わせてくれたのは初めてな気がする。これまでは、俺と会話するときも目ではないどこかを見て会話をしていたから。

 さて、掴みはバッチリのようだ。おそらく、次は惚けるだろう。

 

 

「……な、なに言ってるんですか? ここには私とあなたしかいませんよ? 君たちって誰のこと――」

 

「君と、もうひとりの君のことだよ。ウィルペルソナ」

 

「なんで知って……!?」

 

 

 慌てて口を噤むが、思わず大声を出してしまった彼女だ。「何故それを」という言葉はこちらにばっちり聞こえていた。

 ……ここからだ。激発して逃げないよう、細心の注意を払う。

 スカウトの前に、疑問の解消だ。おそらくきっと、この疑問に共感できなければ、彼女のスカウトは叶わないだろう。

 

 

「……どこで知ったんですか」

 

「優秀な担当ウマ娘と頭のいいウマ娘がいてね」

 

「知ってどうするんですか」

 

「使い道はいろいろあるが……まずは君を知りたいからな。いろいろ考えちまった」

 

「放っておいて、ください。私、走りたくない……」

 

「それだ」

 

「え……?」

 

 

「どうして走るのを拒むのか」

 ”表の”ウィルペルソナというウマ娘の核心に迫るために、その疑問に対する答えを彼女から引き出す。

 

 

「負けるくらいなら走りたくない」

 

 

 同期トレーナーからの又聞きの言葉を、彼女本人にぶつける。

 本当にこの言葉を言っていたのか、言っていないのか。走る前から負けるとどうしてわかっているのか。”裏の”彼女が走って勝ったのはどう認識しているのか。

 

 一つ一つ、丁寧に。矢継ぎ早にならないよう、相手の心に染み込むように疑問を投げかけていく。

 

 

「負けるのが怖いのか?」

 

 

 答えが返ってこないまま10個ほど。質問を投げかけ続け、そろそろこちらも答えを聞くために沈黙しようとしていた手前。

 最後に投げかけたこの疑問を彼女に伝えた途端。

 

 空気が、変わった。

 

 

 

「……いけないですか?」

 

「え……?」

 

「勝てないから走らないって、いけないことですか?」

 

 

 二回目に合った目は、決意で満ちていた。さっきの目とは違う、けれど、”裏の”彼女のひょうひょうとした感じとも、また違う。

 脚の震えは止まり、縮こまっていた背はいつの間にか伸び切って、いつでも逃げられるように半身だった身体はこちらに正対していて、手は血がにじまんばかりに握りしめ、それでも爛々と目を見開いてこちらを睨みつける彼女。

 

 そうか、これが。

 ”表の”彼女の、本性か……!

 

 

「声をかけてきたトレーナーも、同じクラスの子も、一緒に練習している子も、ご飯を一緒に食べてくれる子も、みんな同じことを言うんです。

 

 

”負けるのは恥じゃないよ”? 

 

恥ずかしくないから負けろってことですか?

 

 

”敗北を次に繋げることが大切だ”?

 

次に繋げるために負けろってことですか?

 

 

”現実を見ろ”?

 

負けて現実を見ろってことですか?

 

 

……嫌。絶対に嫌。

ブロンズもシルバーも嫌。

トロフィーとか優勝とか興味ない。

盾の栄誉とか、クラシック三冠とか、トリプルティアラとか年度代表バとか名誉とか矜持とか()()()()()()()()()()()()

 

()()()っていう結果だけが欲しいの! ()()っていう事実だけが欲しいんです!

 

それの何がいけないっていうんですか!? なんでわざわざ苦しい思いをするために走らなきゃいけないの!?

 

私じゃ勝てないから走らないんです! 私じゃ負けちゃうから、走れないんです……!」

 

 

 そう言い切って、彼女は押し黙ってしまった。

 

 ……正直に言って、気圧されてしまった。

 言っていることは是非や正誤、現実等は全て無視したとして、ありのままの彼女の本音と比べて寸分も違わないのだろう。

 

 本能的に勝利を求めるウマ娘ではあるが、彼女ほど極端に闘争本能に恵まれている娘も珍しい。

 その勝利への渇望のベクトルが、プラス方向ではなくマイナス方向へ振り切っているからこそ、自分が「勝ちたいけど走れば絶対に勝てないウマ娘」であると評価することに落ち着いている。

 

 ……”裏の”彼女がこの間のレースで勝っていたじゃないか、というのは簡単だ。

 しかし、その言葉はおそらく彼女には響かないだろうな、と推測するのは想像に難くない。

 走っていたのは”私”ではない。間違いなく、”表の”ウィルペルソナはそう思っているはずだ。

 

 想像以上の思いを曝け出されて、こちらとしても言葉選びが慎重になってしまう。

 

 そうしている内に……

 

 

「……ごめんなさい。変なこと言っちゃいました。忘れてください」

 

 

 言い切る前に、彼女は走り去っていった。

 彼女の本音を、その熱量を目の当たりにして、ただ、逃げるように去っていく彼女の背中を眺めていた……。




こいついつも背中眺めてんな

なんでこんなめんどくさい子の話がそれなりの評価を得ているのか、私は理解に苦しむね(ペチペチ
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