仮面を脱ぎ捨てて 作:どうして
『それくらい自分で考えなさい』
『こういうのは一番最初が肝心だから、お兄ちゃんのありのままの言葉を伝えたほうがいいってカレン思うなあ』
『わかりません!!!!!!!』
……上記がチーム・シェアトのグループトークアプリ内で相談した結果である。お題は、「ウィルペルソナの口説き文句」。回答は上からキング、カレン、バクシンオー。
いやまあ、予想通りの回答っていうのはわかってはいたが、こうもつっけんどんに突き放されると流石に物悲しさも覚える。バクシンオーはバクシンオーだし。一瞬だけスピカが羨ましくなった。……いや、そんなことはないか。ズダ袋でよいしょされて後々こじれないのは偏にゴールドシップの破天荒さとトレーナーの人徳故だ。
ゆるゆるやってくれ、と彼女から言われているが、今年のデビューに間に合わせようとするならスカウトは早めにした方が良い。
上背はいまいち伸びていないようだが、彼女の体はすでに完成している、ように思える。
本格化の兆候はあくまで本人が漫然と認識するしかないが、少なくとも模擬レースを見る限り、同期では敵なしだった。自主トレの成果なのかどうかはわからないが、単純な話、トゥインクルシリーズの最初の3年間は早めに済ませておいたほうが学園生活内で長く走れる。ひいては賞金をより多く稼げるわけだ。
……という理屈は、恐らくウィルペルソナには響かないだろう。どうしたものか……
「ま、トレーナーさん! 困りごとですの!? 私にどーーーーんと! おまかせくださいませ!!」
「……おおう、カワカミか。耳痛」
カワカミプリンセス。チーム・シェアトに所属する、ティアラ路線を予定しているウマ娘で、現在は6月のメイクデビューに向けて最終調整を続けている。
何事も「!」の量で解決できると考えている節があり、「どっせぇぇぇい!!!」「でぇぇぇぇぇいっ!!」「ちぇすとぉぉぉーっ!!」「ぶっ飛ばしますわよ!!!!」と発言も過激なものが多い。
血の気が多いと言われればそれまでだが、根っこは純粋で一本気な娘だ。これだ、と決めたときの暴走でその脳筋っぷりは確認できるが、落ち着いているときに話しかければ割と話は通じる。
……もし彼女をスカウトできれば、カワカミプリンセスと同時期にトゥインクルシリーズに出走することになる。せっかくだし、彼女の案も聞いてみよう。
というか。
「シェアトのグループトーク、見てないのか?」
「? そんなものがありますの?」
誘うの忘れてた。ごめん。
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「うーん、負けたくないから走りたくない……」
「走らなきゃ負けない、ってのはその通りなんだけどな。同時に勝てもしないんだよ。そこを突ければうまく響くと思うんだが……」
「わかりませんわ」
彼女をスカウトする際に見つけた課題を話す。
怒るでも笑うでもなく、ただただ困惑。そんな表情で、カワカミプリンセスは首を傾げた。
筋が通っていることに対しては脊髄反射的な速度で肯定なりの直情的な反応をするこの娘にしては珍しい。思っていることをそのまま話してみるよう促すと……
「負けたくないなら負けないように努力すればいい話ではなくて?
……と思ったのですが、話を聞く限り努力は人一倍されているのですよね?
なんかこう、モヤモヤしますわ。言ってることとやっていることがちぐはぐのような……」
うーんうーん将来のチームメイトのことですもの、根性で理解してみせますわ……と唸るカワカミを横目に、コーヒーを一口。
苦味が口に広がり、思わず顔をしかめる。
そういやミルク入れるの忘れたんだった、しくじったな……としかめた顔がコーヒーの水面に映り、ふと気づく。
何に起因するものかはわからないが、ウィルペルソナは他人と比較されること、比較される状況に置かれることを極端に嫌う。……ように思える。
レースは最たる例だ。10名前後のウマ娘が出走しながら、勝者は一人だけ。誰が一番速いかという点で、これほど如実に比較される例はない。
比べられた結果、今の俺のようなしかめっ面を向けられることを、彼女は恐れているのだろうか。
(……いや)
おそらく違う。比べられることを怖がっているんじゃない。比べられた結果、”敗者”となることを恐れているのでもない。
そもそも彼女は、自分と他人を自分の意志で比べたことがないんだ。
あの過剰なまでの敗北への忌避感は、未知に対する恐怖のそれなのではないか。
だってそうだ。
(良い悪いという話ではないが)
過程はどうあれ、彼女は裏の人格を作り出した。
知らないことを処理することを裏のウィルペルソナに任せたんだ。
それが原因で今も「自分が走っても負ける」と信じている、と断言するわけではないが、事実として彼女はただの一度も他人と併走したことはない。
彼女は自分以外のウマ娘が自分よりもっと速いということを信じている。
それは彼女にとっては紛れもない事実なのだろう。しかし、真実ではない。現に裏のウィルペルソナは彼女の体でレースに勝っている。
(思考の転換をしてもらう必要があるな)
他人と走ろうとするのではなく、自分を最大限発揮する。レースに出走するのではなく、自分の最高の走りをする。
未知に触れるのが嫌なのであれば、自分しか見なければいい。
もうひとつ。ウィルペルソナは、”勝てるのであれば勝ちたい”。
「うーーん……
あっ」
「? どうした、カワカミ」
「あ、いえ、ウィルペルソナ……さんとはまったく関係ない話なのですけど」
前置きした上で、カワカミプリンセスは気づいたことを漏らした。
曰く、”無敗”はウマ娘のあだ名でも二つ名でも聞くが、同じ意味である”常勝”という言葉を聞いたことがないなあ、と。
無敗の三冠馬シンボリルドルフ。全勝のままトゥインクルシリーズは引退したもののついたあだ名は”怪物”のマルゼンスキー。無敗のまま引退した麗しのウマ娘フジキセキ寮長。などなど……
華々しい戦績、綺羅星の如く輝くウマ娘たちの中で、”無敗”を謳われたものはいても”常勝”を謳われたものはいない。
「…………」
「? どうしましたの?」
糸口が、掴めた気がした。
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「……あ、あの、なにか……」
授業終了後、以前と同じ花畑で花と共に揺れていたウィルペルソナに再度声をかけた。
前回より、幾分態度が柔らかい。少なくとも、こちらの話を聞いてはくれるようだ。これも”援護射撃”の成果なのだろうか。
不用意に刺激するべきではない。しかし、殊更に甘言を弄すことはしない。彼女からの願い事は、「本人の口からチーム加入への意思を示させること」。
これは二人
「時間はとらせないよ。……ウィルペルソナ。君を、スカウトしたいんだ」
「……っ」
途端、弾けるように腰が引け、瞳孔が開き、一瞬体を震わせる。この娘にこの話題を向けたときの、共通反応。比べられることへの恐怖ではなく、未知への恐怖。
ここで目は逸らしてはいけない。彼女の反応を待つ。
「む、無理です。私、出たら絶対負けるし、走りたくない……」
「他人の走りを知ろうとなんてしなくていい」
「……え」
「自分のありのまま、全力で走り切る。その先に勝利があるとすれば……君は勝ちたいか?」
あえて区切りをつけて、彼女が飲み込みやすいように伝える。
すると彼女は、一言一言、咀嚼するように反復し始めた。
「自分の、ありのまま」「全力で、走り切る」「その先に勝利があるとすれば」「あると、すれば……」
繰り返す。
「自分の、ありのまま」
「全力で、走り切る」
「その先に勝利があるとすれば」
「あると、すれば」
再度。
「自分の、ありのまま」
「全力で、走り切る」
「その先に勝利があるとすれば」
「あると、すれば」
もう一度。
「自分の、ありのまま」
「全力で、走り切る」
「その先に勝利があるとすれば」
「あると、すれば」
「……勝ちたい」
ぽつりと。
一瞬の沈黙の後、彼女の本性に、火がついた。
「……勝ちたい。勝ちたい。勝ちたい、勝ちたい勝ちたい勝ちたい勝ちたい勝ちたい勝ちたい!
勝ちたいです!負けたくないんです!でも、でもぉ……」
どのような解釈をしたのだろうか。あるいは裏の彼女に泣きついていたのかもしれない。
不安か自信のなさの表れか、瞳を揺らしながら慟哭する彼女。
勝ちたい、というウマ娘特有の闘走本能は、確かに彼女にもあった。むしろそれは、誰にも負けない大きく硬い意思だった。ただ単に、それがこってこてにコーティングされて表出しにくかっただけだったのだろう。
裏の彼女の言葉を信じるなら、それを表に出す機会が今まで一度だってなかった。それが、この短期間で(主に俺のせいで)2回も本音をさらけ出した。
……おそらくここが正念場だ。ありのままの言葉をぶつける。
「
「……!」
「君が他人と比べるんじゃない。他人が君と勝手に比べるんだ。君は、君の走りをすればいい。
……勝ちたいなら、俺のチームに入ってくれ。一緒に、”常勝ウマ娘”を目指そう」
……待ったのは、数秒か、数分か。あるいは数時間待ったかもしれない。
親密と言うには緊張感に溢れた、しかし敵対と言うには優しすぎたその時間は、彼女の一言で終わりを告げた。
「もうひとりの私みたいなこと、言うんですね」
それは、尋常ではないたれ目の彼女からついぞ見たことがなかった
「いろいろ、教えてくれるんです。レッスンだ―、って。一言にいろいろ詰め込んでて全然意味分かんないんですけど、全部で5つあるらしくって」
まだ1つしか教えてもらってないんですけど、と頬をかいて笑う。
……なんだ。こんなにかわいく笑えるんじゃないか。
「もうひとりの私が、教えてくれたんです。レースのあと、まだ私が気を失ってるとき、トレーナーのみなさんがスカウトしに来て、もちろんあなたも来てて」
でも、と一呼吸おいて。
「”スカウトに来たみなさんが私を囲んでて、でもその人達はみんなパドックで私が気を失ったのを見ていたはずで、そんな私が大人に囲まれている私を心配してくれてたのは……シェアトのトレーナーさんだけだったよ”って」*1
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まずい、レース前の調子に戻ったら、また気分を悪くしかねないぞ……!
「やーあの、自分まだチームとかよくわかんないっていうかまだ入学してすぐだしチームとかよくわかんないっていうか……
っておお! トレーナーさんじゃん!」
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あのときの……! そんなところまでチェックしてたのか、裏の彼女は。
援護射撃、というのはこのことだったのか。如才ないというか、抜け目ないと言うか……。
だから、とこちらをまっすぐ見据えて、彼女はスカウトを受け入れた。
「……正直、まだ負けるのはこわいです。でも、私はもうひとりの私を信じてるんです。
だから、もうひとりの私が信じてるトレーナーさんのことを、私も信じてみたいと思います。
スカウト、お受けします。私をチーム・シェアトに入れてください……!」
こうして、誰よりも臆病な心の中に、誰よりも強い勝利への執念と
「……あ、もうひとりの私が伝えたいことがあるんだそうです。 ”パーフェクトだ、ウォルター”……ですって。どういうことなんでしょうか?」
……始まった!
こんなめんどくさい娘スカウトするなんで物好きだなあトレーナーくんは(ペチペチ
対戦ありがとうございました