仮面を脱ぎ捨てて 作:どうして
「限限!なんとか間に合ったようだな!」
「あとから映像はいただけるようにしていますけど、やっぱりレースは生で見てこそですよね」
うむ!と頷き、「閲覧」と書かれた扇子を広げてレースの開始を見守る秋川やよい理事長の横で、駿川たづなはこれから始まる競技「ウマ娘走」の出走リストをチェックしていた。
両名はウマ娘の憧れであり、全国から俊足を誇る強豪が集まる日本ウマ娘トレーニングセンター学園の理事長とその秘書である。
本来は激務に次ぐ激務で仕事以外では学園からなかなか外に出られない彼女らではあるが、この時期になると度々短期出張という名の休暇に出かける。
運動会が開催される時期にウマ娘が多く在籍する小学校を見て回り、そこで走るウマ娘を応援するためである。
トゥインクルシリーズに出ても遜色ない原石がいればスカウトも辞さず……と建前はあるものの、実際のところただ単に二人ともウマ娘が懸命に走る姿が好きなだけだったりするのだが、それはそれ。
なんにせよ、趣味の一環としてのレース観戦をしていると思えば差し支えない。休みをとってでも走りを見たくなるほど、ウマ娘が好きである、という一点において、両者の考えは一致していた。
学校側としても、トレセン学園の理事長のお眼鏡にかなうウマ娘が自身の学校から掘り出されることがあれば大変な名誉であるらしいので、(学校ごとに温度差はあれど)正式にアポイントさえ取っていれば保護者でなくても運動会会場に入り込むことは何ら掣肘されないのである。
「たづな。見どころのあるウマ娘はいるか?」
「そうですね……」
この辺り一帯のウマ娘の数は全国と比較すると多いはずなのだが、なぜかこの学校は数名程度しか在籍していないらしく、4頭立ての2レースが行われるのみだ。振り分け方は上級生と下級生で4人ずつ。上級生組は全員が6年生なのが特徴で、下級生側は学年もまばらだ。
本格化を迎える寸前の子もいるかもしれんな、という秋川の呟きに相槌を返しながら、先に始まる下級生組の名前から順に読み上げる。
運動場に向かう前、校長に挨拶に伺った際にもらった運動会のプログラムでも、ウマ娘走は目玉として扱われており、出場者一人ひとりのインタビューが掲載されている気合の入れようだ。
一着を目指します!、全力を尽くします!等初々しいコメントが並べられている中、一人だけインタビューに答えていないウマ娘が、駿川の目に留まった。
ウィルペルソナ。
6年生のウマ娘の一人だ。同じく掲載されているウマ娘の写真(ご丁寧にフルカラーだ。どこにこんな予算があったのだろうか)を見る。
インタビューは嫌でも写真撮影は避けられなかったらしく、よほど撮られるのが嫌だったのだろうか、尋常ではないタレ目と見てるこちらが心配になるくらいへの字に曲がった口が特徴的な子だった。
栗毛の髪を肩下まで伸ばして一つにまとめており、琥珀色の目が左目だけ隠れる程度に前髪を流している。まっすぐ伸ばせば顎元までありそうなそれを、ガーベラの花が模してある髪飾りで留めてあった。右耳には宝石のようなものがついた装飾品をつけており、そこだけ異彩を放っている。母から譲り受けたか、おそろいのものを買ったか。宝石の種類は……色合い、形的にトパーズだろうか。
ウマ娘の例にもれず眉目秀麗ではあるものの、なるほどレースを好かない気性であるように思われた。尤も、見た目が大人しそうでもG1レースを制するウマ娘はいるため、そこはあてにならないが。
そろそろ下級生組が出走する。せっかく仕事を休んで楽しみに来ているのだ。勝ち負けを度外視でみんなを応援しなければ損だろう。
そう思って、駿川はプログラムを閉じ、グラウンドを見やる。ちょうど選手入場が終わったところで、下級生組がスタートラインに立つところだ。
さあ、楽しもう。
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『大歓声の中全員が完走したウマ娘走。○○小学校・ダート(グラウンド)・800m左回り第1R。続いて最終R、選手の紹介です――』
最終直線で躓いた3年生の子を1年生の子が差し切るというジャイアントキリングで大いに盛り上がった第1R。会場のボルテージは否が応でも高まり、保護者一人ひとりの歓声の大きさだけで言えばトゥインクルシリーズの観客にも匹敵する程度には大きくなっていた。
天晴、と書いてある扇子を広げ高笑いをしている秋川も、次のレースが待ちきれないようで思わず飛び跳ねて次の走者が走り出すスタートラインを確認しようとする。一応来賓用の席を用意されてはいたが、前に座っている人の座高が高すぎてよく見えていないが故であった。
名前が呼び上げられる度に大きな歓声が上がり、呼ばれた側も緊張しながら手を振り返す。勝利を目指し、信じられれば信じられるほどパフォーマンスを発揮できるウマ娘なら、こんな経験をすればレースに出たくなるだろう、と秋川は信じて疑わなかったが。
彼女だけは、違った。
『4番、ウィルペルソナちゃん。落ち着きがないですね。運動会前でのインタビューでも逃げ出してしまった子です。無事に走り切ることができるでしょうか』
呼ばれた4番は、耳が後ろに倒れ、尋常ではない頻度であたりを見回している。もともと人前に立つのに慣れていないのだろう。応援も野次も、彼女にとっては全てただの大声だ。緊張しているさまがこちらにもありありと伝わってきた。
もったいない、と反射的に思ってしまった自分を顧みて、秋川は頭を振った。いいトモをしている。走り込んでいる証拠だ。レースは好きだが極度のあがり屋なのだろうか。
『おおっと! ウィルペルソナちゃん、足元から崩れ落ちました。他のウマ娘も思わず駆け寄る。大丈夫か!?』
思わず身を乗り出しかけたが、理事長、と声をかけられ席に腰を下ろす。ここではあくまで部外者だ。でしゃばるのは良くないだろう。
気を失ったかに見えたウィルペルソナは、倒れてすぐに目を覚ましたようで、同じレースに出走するウマ娘に手を引かれて立ち上がった。何事もないかのように立ち上がり、自分のレーンに移動し……何か違和感を覚えたらしい。手を広げて閉じてを繰り返し、足踏みを繰り返して自分の耳を触り、尻尾を掴んでひえっ、と怯えた風に見えた。
やはり落ち着きがないな、とは思う。レースがそうさせるのだろうか。しかし、無事の確認をした係員に対し倒れたウィルペルソナが問題なく走れる旨を(おそらく反射的に)伝えてしまったため無情にレースはスタートし……
『スタートしました!おおっとウィルペルソナちゃん大きく出遅れた大丈夫か!』
『2番ラストサプライズちゃん前に出た。その後ろすぐに1番マスディストラクトちゃん、1バ身ほど離れて3番リーチアウトちゃん、大きく遅れて4番ウィルペルソナちゃん。ウィルペルソナちゃん走り方がもつれているが大丈夫か』
『400mのトラックを2周するこのレース、まずハナを切るのはラストサプライズちゃん、差がなくマスディストラクトちゃん。リーチアウトちゃん上がってきた、ウィルペルソナちゃん最後方。これは三者のもつれ合いのまま最終コーナーカーブ!』
みんなからの歓声が一際多かった2番の子が先頭で最後の直線にもつれ込もうとしていた。
判官贔屓というわけではないが、個人的に気になっていたウィルペルソナにも是非頑張ってほしかったため、応援しようと秋川は席の上に立つ。
声をあげようとして、固まった。
最初まるで「
真剣な目をして、トゥインクルシリーズに出るウマ娘に遜色ない前傾姿勢で猛烈な追い上げを見せているのを。
その目を見て、秋川は幻視した。
大歓声の中、ゴール板を先頭で横切り、観客に向かって手を挙げるその子を。
ここがターフではないから、と完全に油断していた。
あの目は、レースに出るウマ娘の―――
駿川も思わず立ち上がった。周りの来賓席の人たちは気づいていないらしい。当然だ。1位の子が最終コーナーに入った時点で3位の子から5バ身は離れていた子を、誰も見ていなかったのだろう。
そんな彼らも、普段はトゥインクルシリーズの実況もしているのになぜかこんなところでも実況している女性アナウンサー(あとから聞いたら趣味でやっているらしい)の実況を聞いた瞬間、総出で立ち上がることになる。
『さあトラックの直線は短い!最初に抜けてきたのはラストサプライズちゃん!リーチアウトちゃん厳しいか!マスディストラクトちゃん並ぶかおおっと!大外からウィルペルソナちゃん捲ってきた!いつの間にかウィルペルソナ捲ってきた!残り50m!マスディストラクトよれて伸びない!ラストサプライズ苦しいけど粘っているがウィルペルソナ迫る!速い速いこれは差し切るか残り10mを切った!並ぶぁなああい!ウィルペルソナ千切る!千切った!ウィルペルソナ一着でゴォオルインッ!一着4番ウィルペルソナ!トゥインクルシリーズに出ても遜色ないほどの末脚!レース前の臆病な仮面を脱ぎ捨てて、ウィルペルソナが撫で切ったぁ!』
「たづな!」
「はい!」
来賓席から飛び出し、いるであろう彼女の保護者を探す。
彼女は原石だ。紛れもなく。なかなかどうして、この趣味も続けてみるものだ。どよめきと歓声が飛び交う観客席の外側を、耳を傾けながら走る。
逸材を選り分けるふるいとしてのトレセン学園も、こういった地方の原石は見つけ得ないのだ。やはり理事長たるもの、素質のあるものは直接見極めねばな!
ふんすと心のなかで決意を新たにしたところで、駿川が立ち止まる。目当ての人は思いの外早く見つかった。
「ペルちゃんがんばれ」の横断幕を手に飛び跳ねて喜ぶ妙齢の女性と、ビデオを傾けながら号泣する父親。母親の耳飾りのデザインが彼女の耳飾りと同一であったためほぼ間違いないだろう。なんとも感情表現豊かなことだ、と苦笑いを心の内に秘めて、トレセン学園理事長として、せいぜい威厳のある声のかけ方で秋川は両親に声をかけた。
「失礼! ウィルペルソナちゃんのご両親だろうか!」