仮面を脱ぎ捨てて 作:どうして
「あら、トレーナー。なにをしているの?」
「ん? 青田買い」
ちょっと直截的すぎるわ、と嘆息されるのを笑って聞き流し、喧騒の先を眺めやるトレーナーが一人。
時間はトレセン学園入学式が終わった直後。昼食のため、オリエンテーションまでの間新入生たちは食堂へ誘導されるのだが、式があった講堂と食堂の間でチームの宣伝合戦が始まるのが、近年の通例となっていた。
トゥインクルシリーズに出走する際には、一人のトレーナーに対し複数名ウマ娘が所属するチームに入るのが前提であり、常識となっている。
クラス単位で授業を行う画一的な走り方講座ではなく、トレーナーの個人指導でそのウマ娘にあった走り方を鍛えることができ、結果として速く走ることができることになるというのが一つ。
同チーム内での切磋琢磨等によってモチベーションの向上等が見込めるというのが一つ。
出走登録等の事務処理をトレーナーが代理して行えるというのが一つ。
メリットは様々あれど、デメリットと言えば「トレーナーがいるウマ娘といないウマ娘とで差が出やすい」程度のものであるし、そもそもトレーナーからスカウトにいくようなウマ娘はトレセン学園の学生というウマ娘の上澄みの中からさらに上澄みを濾し取ったようなものなので、なんだかんだトレーナーがついていなくても速かったりする。セルフマネジメントでG1を勝つことも、不可能ではない。
とは言え先述の通りやはりデメリットはほぼないため、(需要に対する供給が追いついていないが)ウマ娘からもチーム勧誘はだいたい好意をもって受け入れられる。
トレーナーとしても、いい結果を残したウマ娘をチームから輩出し、そのウマ娘に憧れて入ってきた優秀なウマ娘を鍛え……というサイクルができるため、箔がつく、給料が上がるという物理的なメリットを除いてもチームを持つことは一つの目標になっている。
尤も、ある程度実績がないと学園公認のチームを作るのは難しいが。
閑話休題。
ウマ娘個人と専属契約を交わして二人三脚でトゥインクルシリーズに出走するトレーナーもいるが、騒ぎの渦中に飛び込まず傍観している彼はチーム所帯を持つトレーナーだった。
チームの名はシェアト。ペガスス座のβ星、ペガススの大四辺形を構成する恒星の(フフッ)1つである。
現在所属しているウマ娘は、
トゥインクルシリーズの最初の3年を走り抜け、シニア級にて短距離G1を勝ち取りながらも第一回URAファイナルズ中距離部門へ出場し、スペシャルウィーク、グラスワンダー、エルコンドルパサー、セイウンスカイらと決勝戦で死闘を繰り広げたキングヘイロー。
クラシック級のスプリンターズステークスでこそ敗れるも、シニア級に入ってからは負けなし文句なしの驀進街道を突き進み、第二回URAファイナルズ短距離部門の頂点を目指すサクラバクシンオー。
ジュニア級の短距離デビュー戦では惜しくも2着となったものの、独自の哲学で練習は完璧にこなしクラシック級に臨むべくメキメキと実力をつけているカレンチャン。
つけられた渾名は”短距離の鬼”。卒業していったウマ娘も漏れなく短距離路線を突っ走り、「スプリンターを目指すならシェアトに入れ」「サマースプリントシリーズはシェアトの独壇場になる」とまで他のトレーナーから言われている、スプリント路線の名門である。
トレーナー自体はトレセン学園採用直後に当初クラシック路線を走るキングヘイローと二人三脚でトゥインクルシリーズに出ていたが、転機はキングヘイローがシニア級で短距離路線に切り替えて高松宮記念を勝ち取った際訪れた。
なんと、当時のチーム・シェアトトレーナーを務めていた男に目をつけられ、キングヘイローのURAファイナルズ決勝が終わり次第チーム・シェアトトレーナーの座を押し付けられたのである。新採3年目終わり際にチームを持つことになる、というのはそう例がないケースだった。
本人曰く「声をかけたらたまたまそいつら全員スプリンターだった。草」とのことだが、キングヘイローの後にスカウトした両名も(カレンチャンには逆スカウトされたが)スプリンターとしての大成を有望視されていた。
「カワカミさんに聞いたわ」
「あなた、カワカミさんをスカウトしたそうね」
「んー、そうだな。ティアラ路線走りたいってさ」
「スプリント路線を希望している娘は加入させるの?」
「今年はさせん。来年かなあ」
「そ」
深くは聞くまい、とキングヘイローもそれ以降は宣伝合戦の方へ視線を向けた。
キングヘイローももともとクラシック路線で好走していたウマ娘である。十把一絡げに”短距離で強いウマ娘だ!”と言われると、確かにちょっとむっとする時期もあったのだ。
おそらくそのころの私も見ているから”短距離に強いチームのリーダーであるキングヘイロー”と呼ばれている私に対して配慮している部分もあるのだろうな、と察してはいるが、要らぬ気遣いを、と思わなくもない。
スプリンターを伸ばす才能が、このトレーナーには間違いなくある。素直に長所を活かせばよいものを、と言おうと思ったが、宣伝に揉まれる新入生を見る目つきを横目で見て、辞めた。
さて、宣伝はすれど、あくまでチームへの加入はウマ娘本人の意志に委ねられ、加入の際に試験があるチームもある。チーム・リギルはその代表格で、”強いチームに強いウマ娘が集まる”をそのまま体現しているチームである。
渦中にはリギル所属のウマ娘はいなかった。おそらくトレーナーもいないだろう。宣伝しなくても勝手にウマ娘が希望してくるだけのブランドを、あのチームは確立していた。
宣伝に来ていないと言えば、チーム・スピカもあの場にはいない。普段は過激な勧誘をしているイメージがあるが、メンバーからトレーナーまで個性派だ。本人たちが「こいつだ!」と思うウマ娘を見つけるまでは仕掛けたりしないのだろう。
チーム・カノープスはちっこいのが「妥当スピカ」と書いたビラを配っているがトレーナーが見当たらない。おそらくウマ娘が独断でやっているのだろう。新入生たちも誤字に苦笑いだ。
「クラシック路線を目指す子を採る」
「……そう。いい子がいるかしらね」
「たづなさんから聞いてな。一人面白い娘がいるってよ」
ティアラ路線を一人、クラシック路線を一人。しかも同一年度にそれも同時期に。どうやら本気でシェアトを変える気らしい、とキングヘイローは悟った。
しかも予め的は絞っていたらしい。どんな娘?と問いかけると、半笑いになりながらトレーナーは返した。
「栗毛で比較的小さめ。ああいう人混みとか大声とかが苦手で、とんでもないキレの足持ってるんだと」
「へえ。……ああ、ひょっとしてあんな感じかしら」
きょとんとした顔で、相棒が指差した先をたどる。
栗毛のウマ娘が、人混みの中をかいくぐって「無理ぃ~~~!」と叫びながら全力疾走をかますウマ娘が見えた。
そのキレを目にし、宣伝に来ていたチームの一部がその娘を追いかけ始めた。割とガチ目の追いかけっ娘だ。校則違反だろうに、と心のなかでぼやきつつ。
「恩、売っとくかあ」
「スカウトしたいなら、そのほうがしやすくなるんじゃない?」
「頼んだ」
「……はいはい。ここに連れてくればいいの?」
「出来ればな」
「出来るわよ」
「そか」
「ええ」
――ウィルペルソナがトレーナーの前に立つまで、あと5分。
対戦ありがとうございました