仮面を脱ぎ捨てて   作:どうして

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対戦よろしくおねがいします


2話.勝つために(1/2)

 

 ――ウィルペルソナとの初めての邂逅から1日後。

 

 今日は一日新入生歓迎のオリエンテーションのためターフを貸し切って、新入生有志によるレースが繰り広げられる「ウェルカムラン」の日。

 

 ウィルペルソナも出走する、と言っていたこのレース、是非とも彼女の走りをこの目で見たかったため、キングヘイローを伴って観客席までやってきたのだが……。

 

 

「相変わらず人多いなあ」

 

「毎年のことなの、これ?」

 

「言うて今年の新入生のレベルがわかる最初のイベントだからな。特にチームを組んでるトレーナーなんかはこぞって見に来るさ」

 

 メディアもな、とちらりとトレーナーが見た先をキングが追うと、人の一団が観客席の最前席の一角を占拠しているのが見受けられる。

 おそらく同じ会社の人であろう人同士と雑談をしながらレース開催を待っている人がほとんどの中、手すりに身を乗せんばかりに前のめって鼻息をふんふん荒くしている記者がいた。月刊トゥインクルの乙名史記者だ。あの人ほんとどこにでもいるなあ。

 

「あら、乙名史記者じゃない。相変わらずねえ」

 

 

 キングも見つけたらしく、声色を柔らかくして苦笑いしていた。

 キングとトゥインクルシリーズの3年間を駆け抜けていた時、彼女にはいろいろ助けてもらったのだ。本人に助けた自覚があるかはわからないが。

 

 言動こそ過大解釈が過ぎるオールドタイプのメディア関係者だが、書く記事は”一人の”ウマ娘に対してとても真摯に向き合った、いい文章を書く。デビュー戦で勝利したときも、「偉大なウマ娘の娘であるキングヘイロー」ではなく「ウマ娘のキングヘイロー」として記事に取り上げてくれたのは、数多ある雑誌の中でも彼女の書いた記事のみだった。

 以降も何かとレース出走毎に声をかけてかけられての仲になり、チームを持つことが決まったときには

 

「素晴らしいです!!!!」

 

と称賛されてしまったのは記憶に新しい。感動に打ち震えるのは大いに結構だが、せめてボリュームは落としてほしい。

 

 

 視線に気がついたのか、乙名史記者が周りを見渡した。こちらを見つけると、ペンを握りながら大きく手を振ってくる。いつもはウマ娘もかくやと言わんばかりの瞬発力でこちらに近づいてくるのだが、さすがに仕事優先のようである。暴走することはあれど物事の順序を誤らないことも、キングの好感の原因にもなっていた。

 

 

『――これより、新入生歓迎企画・ウェルカムランを始めます。係の者が順に呼びますので、出走する新入生の皆さんは待機スペースでお待ち下さい。』

 

 

 さて、と。

 観客席に座って人心地つきたいところだが、どうもこれから働かなければならないらしい。ハンディタイプのカメラをキングに放り投げ、ストップウォッチ、バインダー、双眼鏡、筆記用具をかばんから取り出す。気になるウマ娘のタイム、走り方、出走前後の様子等を詳細に探るためだ。

 そして、キングからプレゼントされた万年筆以外はトレセン学園に入学してからお世話になっている相棒たちでもある。

 投げないでよ、危ないじゃないの!もう!とぷりぷり怒るキングを宥め流しながら、双眼鏡で体操着を身に着けているウマ娘がいるあたりを眺める。

 

 

 ……今年のウェルカムランは8レース10人立て。新入生のうち1/3弱が参加していることになる。

 全体の生徒数が2000人程度のトレセン学園だが、ウマ娘にとっての中高大一貫校という側面もあるため、飛び級等の事情を置いておけばここには13歳~22歳のウマ娘が在学していることになる。そうなると、2000人÷10学年で、一学年あたりの学生は200人程度という数字が出てくる。

 

 これはいわゆる数字のトリックというもので、高校レベルの学問を修業してすぐ卒業するものもいれば、中学生のうちに退学するものもいる。新入生自体も多いが退学する生徒も、人間の学校に比べれば遥かに多いだろう。実力がないと在学できない、というわけではないが、上には上がいることを思い知らされて夢破れ学園を去るものも珍しくないのが現実だ。

 

 要は、新入生の数が一番多く、大学生レベルのウマ娘が一番少ない。ちょうど年齢グラフがピラミッド状になるようになっているのである。

 

 今年の新入生は300人程度。出走バの顔付きを見る限り、確かに血気盛んというか、同世代の中でも気性が荒めの子たちが多い気がするのは気のせいだろうか。

 後は走りに対して真摯そうな層が多い。自分の実力が同世代でどの程度通じるのか確かめてみたいのだろう。

 

 では、彼女は。ウィルペルソナはどうだろう。

 

 多分、というか間違いなく、ファーストコンタクトをとったときの彼女なら……

 

 

いた。

 

隅っこでぷるぷる震えていた。

 

 

「……めっちゃ緊張しとる」

 

 

 まだ担当トレーナーでもないのに、何故か心配になったのだった。

 あ、待ってキング。レースに出てないウィルペルソナは撮らなくていい。うん。

 

 

―――

 

――――――

 

――――――――――

 

 

 

 

「は、は、は、は……」

 

 

 屈みながら身体を震わせて、()はそこにいた。

 身体の内に響く鼓動の音を掻き消すように、理性が囁いてくる。

 

 

 今出走を取り消したら、負けじゃないよって。

 

 先輩たちが見てるのに恥ずかしい思いをしに行くの?って。

 

 周りはみんなすごい人なんだよ?勝てると思ってるの?って。

 

 

 きっと、一人だったらその声に流されて、具合が悪いと声をあげていただろう。

 逃げ出したりしてたかもしれない。

 

 

「……あの、大丈夫?」

 

「放っておいていいんじゃない? なにかの間違いでレースに登録しちゃったんでしょ。ほんとに具合悪かったら係員さんが止めてくれるって」

 

「そう、かな。……私たち、あなたと同じレースに出るんだ。体調悪くなったら、遠慮なく声かけて。じゃ」

 

 

 ほら、走る前からこんなにみんなを心配させて。呆れさせて。

 遠巻きに聞こえる声が、すべて私のことを言われているような気がして、悪く言われてるような気がして、思わず耳を手で覆いたくなる。

 いや、気づけば既に覆っていた。それでも聞こえてくるのが怖くって、思わず屈んだまま後ろに倒れ込んでしまう。背中が壁にぶつかって、自分の顔を隠すように蹲って、必死に声が聞こえないように身をよじらせて。

 

それでもひそひそ声が聞こえてくるのは、どうして……

 

 

(幻聴だよ。いやほんと)

 

(もうひとりの、私……?)

 

(そうそう。……俺がどうこう言わなくても、レース会場まで来られたのは大きな第一歩だ。えらいぞー)

 

 

 いつもだ。私のことを全部知っている私は、いつもこんな風にほしい言葉をかけてくれる。

 けど、本能ではわかるんだけど、理屈ではわかんなくて、つい語気を強くして否定してしまう。 

 

 

(そんなこと、ないもん……!)

 

(あるとも。運動会の時はみんなに背中を押されないと来られなかったろう?)

 

(それは、お母さんが、だから、断れなくて)

 

(ここにお母様はいないさ。レースに出たくない、と言えば誰も止める人もウマ娘もいない。そうだろう?)

 

 

 心がつながっているんだ。というより、私の心の中にいるんだ。自分の悩みは筒抜けだし、なにか嫌なことがあればすぐに察してくれる。最初は恥ずかしい気もしたけど、私を肯定してくれる存在は暖かくて。

 

 

(そう、だけど……)

 

(レッスン1だ。不肖の弟子よ。”健気に立て”。踏み出すために立つんだ。ウマ娘は2本足でしか走れない。勝つためには立ち上がらなきゃならないんだ。わかるだろう?)

 

(勝つ、ために)

 

(そうともさ。……一歩一歩でいい。生まれてすぐに全力疾走できる赤ん坊はいないんだ。はいはいができるなら次はあんよだよ)

 

(……バカにされてる気がする)

 

(へへへ、減らず口が利けるなら大丈夫だ。立てるな?)

 

 

 立ち上がる、というよりは引きずり上がる、と言ったほうが正しいのだろう。壁に体重を乗せ、体操服の生地をこすりつけるように、ずずず、とゆっくり姿勢を上げる。

 立ち上がるのに30秒、壁から離れて足で身体を支えるのに30秒とたっぷり時間をかけて、一息いれて、晴天を見上げた。

 

 

 もう声は、聞こえない。

 

 

「ウィルペルソナさーん! 出走準備お願いしまーす!」

 

「っは!はい、ぃっ……」

 

 

 呼ばれた声に反射で返事をしたら、待機中の子みんなに視線を向けられる。

 数十人の、注目が、私に。

 

 心臓が沸騰して、身体が言うことを聞かなくて、頭がぼーっとして。

 まただ。また、私は――

 

 

 ……安心する声が、聞こえた気がする。

 

 

(大きな進歩だ相棒。この歩みは無駄にならない。)

(青空は綺麗だったろう?”声”も聞こえなかったはずだ。だから……)

 

 

「後は任せろ。ウィルペルソナ」

 

 

 意識が、遠のく――

 

 

 

 

 

 

『芝・1200m・右回り。馬場は絶好の良バ場となりましたトレセン学園ウェルカムラン第3走。それでは出走バの紹介です。1枠1番――――

 

 

 

5枠5番、ウィルペルソナ。控えスペースでの緊張はほどけたようですね。非常にリラックスしているようです。これは好走が期待できますよ』

 

 

「棄権、しなかったんだ」

 

 

 6番の子が声をかけてきた。ペルちゃんが蹲っているときにぶっきらぼうに優しさを見せてきたクーデレちゃんだ。そういうのは嫌いじゃない。

 

 

「ふん、凡走するのがオチよ。今からでもリタイアした方がいいんじゃない?」

 

 

 ツンデレっぽい言い回しで吹っ掛けてきたのは6番の子が声をかけてきたときに「やめとけ、やめとけ!」と言っていた子である。番号は6番の娘の逆隣……4番のゼッケンをつけていた。

 走れない娘がトレセンにいるのは目障りだ、じゃなくて満足にレースで走れないように見えるから今のうちに走るの止めとけ、という言い回しな辺り、根はいい子なのだろう。こういうのも嫌いじゃない。やっぱりツンデレじゃないか……!

 

 

「や、まあ耳が痛い話なんだけどねー。楽しく走れりゃ、私はそれでいいんだけど」

「……売られたケンカは、買うしかないな?」

 

 

 やや声を凄めて言うと、ツンデレちゃんはぎょっとした顔でこちらを見た。途端、にぃ、と好戦的な笑みを浮かべる。笑顔とは、本来攻撃的な意味を――というのは最近よく聞く話ではあるが。

 

 

「いいわ。内気な娘かと思ったら本性は闘志がグツグツじゃない。勝負よ。私が……勝つ!」

 

「……いいレースにしましょう」

 

 

 クーデレちゃんがぼそっと言った瞬間、全員がスタートラインについた。

 

 ゲートの代わりに白線、合図はピストル。ほんの少し前のはずなのに、もう既にどこか懐かしい。

 

 

 

『各バ、スタートラインにつきました。構えて、ウェルカムラン第3走……スタートしました!』

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