仮面を脱ぎ捨てて 作:どうして
「……最後方ね」
「追い込みか。珍しいな」
好スタートを見せた5番のウィルペルソナだったが、そのままバ群に呑まれる前にするするっとペースを下げて最後尾に陣取った。
有名どころで言うとミスターシービー、タマモクロス、ヒシアマゾン、ナリタタイシンにゴールドシップと追い込みを採るウマ娘はいるにはいるが、それでも他の脚質……逃げ、先行、差しと比べると数が劣るのは確かである。
追い込みを採用するメリットは、レース中の駆け引きが先行、差しに比べて相対的に減ることと、自分以外の走りを全部視界に入れながら走れるため、都度作戦を変更できること。
反面デメリットとなるのが、仕掛けるのが少しでも遅れればそれだけで他のウマ娘に逃げ切られてしまうこと、最終的な選択肢がバ群を突っ切るか大外一気のほぼ2択に勝ち筋が限られること。バ群を突っ切ろうとすれば他のウマ娘が壁になって進出できないリスクを常に伴うし、大外一気を狙うとすれば必然的に他のウマ娘より長い距離を走ることになる。
総じて、スタートが苦手な娘や、気性の問題でレース中の競り合いやバ群が苦手な娘が多い印象である。そういう意味では、ウィルペルソナにはぴったりの走り方のように感じられた。
『先頭集団は団子状態のこのレース。ハナをきったのは4番。その後9番、その内側1番、直後3番と続いて先頭集団を形成しています。
2バ身ほど開いて中団には6番ら5人がこれまたひとかたまりとなっています。そこからさらに2バ身後ろに5番。最後方ですが大丈夫でしょうか?』
『まだバ場状態を確認しながら走っているようですね。ここからが本番ですよ!』
……判官贔屓なのかなんなのか、ウィルペルソナにやけに解説が肩入れしている気がするがそこは置いておこう。
このレースは1200mだ。まだ身体が出来上がっていない入学したての娘でも、本格化を迎えていれば走り切ること自体は苦ではない距離。ペース配分も含めればまた話は変わってくるが……はたして差し切れるのか?
双眼鏡でウマ娘の表情や走り方をつぶさに見ながら、メモ用紙にガリガリと各ウマ娘の特徴を書いていく。
先頭の娘は逃げウマというわけではないな。おそらく先行が本来の走りなんだろう。他の娘が譲り合った結果先頭になっただけだ。本人もレース序盤から先頭なのは初めてなのか、気持ち走りにくそうにしている。
6番の娘は……落ち着いているな。中団の先頭に入るが斜行にならない程度にすーっと身体を外に持ち出した。レース勘がしっかりしている。差し切るには申し分ない位置取りだ。
「6番がいいわね。……ん」
「……来たな。笑ってるよ、あの娘」
「ええ、私も見えたわ。何か独り言を言っていたようだけど、なんて言ったかわかる?」
『ここからだ』。
瞬間、彼女は本性を表した。
『さあ残り600で先頭は変わらず4番。差はなく1番、外側9番、その後3番と続いて最終コーナーカーブ!
中団と先頭集団の差がなくなってきた! 6番が先頭集団の大外に入る! ああっと5番既に中団のさらに外側に詰めている! 速い速い最後の直線手前で6番手から7番手!』
最終コーナー手前から上体を傾けスパートをかけた。わざと地面を強く踏んで音を響かせたのだろう。直前のウマ娘2人が音かプレッシャーか、あるいは両方にやられ少し左右にヨレる。
ヨレた瞬間にかわした。あと7人。
『っへへ。 行くぜ……!』
一瞬の踏み込みで瞬間的に加速して、7番手の娘の隣に並んだ。差し切るために膨らもうとしたその娘をブロックし、ためらった末タックルしようとしてくる一瞬の隙をついてさらに加速。ついでの7番手の内ラチ側にいた5,6番手の娘も躱した。
あと4人。
『最後の直線に入った! 4番逃げる!6番追いすがる!5番すごいスパートだ! あっという間に1番をかわしてさらに加速する!しかし先頭は4番と6番の一騎打ち!
4番伸びが苦しいか、6番わずかにリードした、すかさず4番並び返す……が!外から5番が突っ込んできた!』
おそらく4番の娘も6番の娘も地元では相当速かっただろう。何もなければこの二人で先頭争いをしていたかもしれない。
けれど、そうはならない。大外から一気に捲ってくる、彼女から逃げ切らない限りは。
『先頭と5番はあと3バ身!残り200を切った!
もう既に一騎打ちから三つ巴だ!先頭は4から6番の激しい競り合い!
5番が一歩リードした! 速い速い1バ身2バ身と開く! 3番手と4番手の差は広がるが1番手と2番手の差も広がるばかりだ!
5番ウィルペルソナ完全に抜け出した!今ゴールイン! 実力を遺憾なく発揮し、レースを制した!』
どよめきを尻目に、荷物を放り出してウィナーズサークルへ走る。
慌ててキングも追いかけてくるが、そのまま荷物をまとめるよう言い残して走る。レース直前にカレンチャンも呼んでおいたから大丈夫だろう。
……最終コーナー手前から仕掛けて大外からの一気で3バ身差をつけて快勝だ。追い込みバは勝ち方にロマンがあるから記者の目にもとまりやすいし、同時に大衆受けもいい。今後順当に勝ち進めば、嫌でも注目されるウマ娘になるだろう。スカウトするなら、今日がチャンスだ。
トレーナーからすれば気性難が相対的に多い追い込みウマ娘は腕の見せどころと言ったところだ。正直追い込みの娘は育てたことはないのだが、いつまで経っても未経験ではこのトレセン学園では通用しない。
しかも今回は1200m走だったが、ゴール板を駆け抜けたときの顔にはまだまだ余裕があった。現時点であのスタミナがあるんだ。しっかり鍛えればもっと……!
確信する。
あの娘なら、クラシック路線を走れる……!
ぜひスカウトしたい!
「っはー! 楽しかった!やっぱこの身体……じゃねえや。やっぱ私速いわ!」
「っは、はあ、はあ……。やるじゃ、ないの。なんなのあんた。控えスペースでの、はあ、あれは、演技なわけ?」
「いやー、そういうわけじゃないんだけどさ、ほら、私以外私じゃないの、みたいな? 内なる自分が目覚めた的なサムシングよ」
「意味分かん、ないんだけど」
「……次は、負けないから」
「さらっと『勝つ』って言葉を言えない娘に、負ける気はないよ」
「……! 次は勝つから!」
「おー、楽しかったぜ。 また走ろうな!」
先頭争いをしていた娘から離れた瞬間を見計らって、俺も含めたトレーナーが一斉にウィルペルソナへ駆け寄っていく。しまった、先を越された……!
「ウィルペルソナ!いい走りだったわ! ぜひスカウトさせてほしいの!」
「デビュー前であの末脚があれば、三冠ウマ娘だって夢じゃないぞ!」
「なんの!君はトリプルティアラにこそふさわしい!是非うちのチームに!」
自分がこんなに沢山の人から声をかけられるとは思っていなかったらしく、彼女は目を白黒させながら「お、お、おお?」と目を白黒させている。
まずい、レース前の調子に戻ったら、また気分を悪くしかねないぞ……!
「やーあの、自分まだチームとかよくわかんないっていうかまだ入学してすぐだしチームとかよくわかんないっていうか……
っておお! トレーナーさんじゃん!」
俺を見て喜んだ、というよりは風よけを見つけて喜んだ、というように見えたが、トレーナーたちの間をするするっと抜けて、ウィルペルソナがこちらへ近づいてきた。
「チーム・シェアトのトレーナー……!」
「な、まさかもう声をかけていたのか!?」
「入学してまだ1日だぞ? まさか出走前から目をつけてたのか!?」
「いや、でもシェアトって短距離中心だよな?」
「その割にはカワカミプリンセススカウトしてたよな。あの娘ってトリプルティアラが目標じゃなかったっけか」
「――営業活動、ご苦労さまでーす。ひょっとして、私をスカウトしに来てたり?」
「……ああ、俺と一緒に、三冠ウマ娘を目指さないか? 本格化は済んでいるんだろう?少し遅れるが今年デビューも君なら出来るはずだ」
周囲のざわめきが途端に大きくなる。
「クラシック三冠とトリプルティアラを同時両方目指すのか……!?」
「手を広げすぎなんじゃないか。若いくせに調子に乗って……」
「そもそもキングヘイローってクラシック路線で勝利してないじゃないか。ノウハウがないんじゃ」
鼓膜に刺さる指摘には、悪意というか棘を感じるものはあったが、一面ではまったくもって正論だった。
俺は、キングにクラシックの冠を被せることが出来なかった。
「…………」
「……ふうん。ま、夢は追っかけてなんぼですよ。他人をやっかむより愚直に努力を続けてる人のほうが、私は好きだなあ」
「なっ……!」
ちらりと中年のトレーナー――俺に「若いくせに」云々と言っていた男――を見やり、彼女はそう口にした。
「だってほら、一生懸命走ってるほうが楽しいじゃないですか
表現が出来ない、というよりは「角の立たない言い方を探している」ようにも見えるが、とりあえずこちらをかばってくれようとしているのは感じられた。
感謝の気持ちを伝えようとするが……
「ま、そんなわけでなんですけど、私まだこの学園のことよく知らないし、
言うや否や、ウィルペルソナはこちらの脇を通って寮の方へ戻ろうと駆け出していき……
俺の隣で、一瞬止まり、こちらを見ずに囁いた。
「負けず嫌いなんですね。トレーナーさんって」
慌ててウィルペルソナの方を見ると、いたずらが成功したような悪童めいたにやけ顔でこちらを見ていて……
「ははは、すいませーん、では!」とまた勢いよく駆け出していった。
「……勝ち負けとかどうでもいい、って言ってたな」
「トレーナーにも食って掛かるみたいですし……あの脚は魅力的ですけど、スカウトするかどうかは悩むなあ」
「私が言われたわけじゃないけど、ああもはっきり言われると尻込みしちゃうかも……」
ああでもない、こうでもない、と討論を重ねる他のトレーナーの声をBGMに、荷物をまとめて追いついたキングとカレンチャンに声をかけられるまで、ずっとウィルペルソナの背中を眺めていたのだった……。
対戦ありがとうございました。
※一応トレセン学園に来てからのウィルペルソナの同級生は2014クラシック世代を想定しています