『雪女』のヒーローアカデミア   作:鯖ジャム

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本日3話投稿。ラストです。


第69話 雪女の雪融けに

 今日、三度目の寝覚めは、それほど悪い気分ではなかった。

 ただ、良い気分かというとそれも違う。

 マイナスではなく、かと言ってプラスでもなく、ゼロ。そういう感じだった。

 

「目が覚めたかい」

 

 と、声をかけてきたのは、リカバリーガールだった。

 

 ここは、保健室だ。

 覚えている。

 

「……すいません、おはよう、ございます……えっと、今何時で……?」

「八時だよ。夜のね」

 

 ともかく、私はリカバリーガールに返事をして、それから周囲を見回して時計を探したが、私が見つけるよりも先にリカバリーガールが答えてくれた。

 

 しかし……夜の八時って。

 私は今日一日でいったい何時間寝たんだ?

 

「ミッドナイトの個性がよく効いたんだろうね。覚えてるかい? 昨日の夜のことは」

「……なんとなくは。……透ちゃんが、ミッドナイト先生を呼んできてくれました」

「そうさね。それから昼まで眠り続けて、イレイザーヘッドと話したのは?」

「それも、覚えてます」

 

 ……あれは、話をした、と言えるのだろうか。

 相澤先生の話を、私は一方的に拒否しただけ……しかもあんな、子どもみたいに駄々をこねて……。

 

 あんな無様な懇願、思い返せばひたすら恥ずかしく思えそうなものだが、私の心は諦めの気持ちで埋め尽くされていた。

 

 どんなに無様でも、やっぱりあれは紛れもない私の本心だった。あれだけが、めちゃくちゃになった私の中で、最後まで残っていた本当の気持ちだったのだ。

 

 相澤先生が、それに何を思ったのか。何を言ったのか。

 私は何一つとして覚えていないが、あの人の合理的な考えを覆すことができたとは到底思えない。

 

 結局のところ、私は真の意味でヒーローになることなどできないのだろうと思う。

 

 ヒーローになったところで、肉親の、実の姉の身体を乗っ取ってのうのうと生きてきた事実は変わらない。

 他の誰かを救けたところで、その罪が相殺されるわけじゃない。

 私はその前提に気が付かず、ヒーローにさえなれば自分の存在が許されるような気がしていたのだ。

 

 あの子を救けたかった。

 ……でも、雪柳氷雨には、そのための資格も、資質も、最初からなかったのだろう。

 

「……部屋に戻ります。一日中居座って、すいませんでした」

 

 ベッドから出て、置かれていたサンダルを履く。

 

 そしてそのままリカバリーガールの顔を見ずに保健室を出て行こうとしたが、「雪柳」と呼び止められた。

 

「そんな、全部諦めたような顔をするもんじゃないよ。救けたい人がいるんなら、まず、自分を救けなくちゃいけない。それだけのことさね」

 

 その言葉に、私はゆっくりと振り返って、それから首を横に振った。

 

「……だったら、やっぱりもう無理ですよ。私は私を救けられない。そもそも救ける価値もなかったんだ」

「救ける価値、なんて言い方は嫌だね……けど、仮にそんなものがあったとしても、それはあんた自身の決めることじゃないよ」

「……じゃあ誰が」

「――そりゃ、あんたを救けたいと思っている人たちさ」

 

 リカバリーガールは優しげな笑みを浮かべた。

 

「顔が、たくさん思い浮かんだんじゃないかい? なぁ、その人たちのために、ひとつ勇気を出してみないかい。あんたがこれまで立ち向かってきたみたいな困難に比べればちっぽけで、でも出すのが難しい勇気さ」

「……それは……」

()()()()()()()()、だよ。ヒーローと言えど、伸ばした手が届かないこともあるだろうさ。でも、救けられる側も勇気を出して手を伸ばしてくれれば、それでなんとか届くかもしれない。握った手を握り返してくれれば、取りこぼさずに済むかもしれない。どんな相手でも救けられるのが理想かもしれないけど、結局人間がヒーローやってるんだからね」

「…………」

 

 リカバリーガールは、立ちすくむ私に近寄ってきて、右手をそっと握ってくれる。

 

「――どうしても怖くなったり、わからなくなったりしたら、何も考えずにまたここにおいで。少なくともここに一人、あんたに手を伸ばしている人間がいるからね」

 

 彼女の手が、とても、温かく感じた。

 

 

     ※ ※ ※

 

 

 1年A組の寮に戻ると、まだ二十一時前だというのに、ラウンジには誰もいなかった。

 

 珍しいことではあるが、ないことでもない。

 ……ただ、いつもよりやけに寂しい気持ちが湧いてきてしまったのは、リカバリーガールにあんな話をされてしまったせい……おかげ、なのか。

 

 わからない。

 今更、良いのか。勇気だなんてポジティブな言い方をして良いものなのか。

 

 ……なんにせよ、今ここで考えていても仕方のないことだ。

 ひとまず、私は自分の部屋に戻ることにした。

 

 

 

 

 

「――あ、氷雨ちゃん!」

「あ、と、透ちゃ――」

「今日一緒に寝よう!」

「えっ」

 

 そして、部屋の前で待ち構えていた透ちゃんにそんなことを言われた。

 

 意味が、まったくわからなかった。

 

「いや、あの、それより昨日は……」

「それは後でいいから! とにかくほら行くよ!」

「えっちょ、わ、私の部屋じゃないんですか? 透ちゃんの部屋……ですらない……!?」

 

 右腕をホールドされたままエレベーターで透ちゃんの部屋に連行されるのかと思いきや、エレベーターのその手前、私の部屋の隣である百ちゃんの部屋へと連れ込まれてしまった。

 

「あ、雪柳おかえり! そんでようこそヤオモモの部屋へ!」

「芦戸が一番に言うのは変じゃない……? ま、とにかく雪柳おかえり」

「雪柳さん、おかえりなさいませ」

「氷雨ちゃんおかえり!」

「おかえりなさい、氷雨ちゃん」

 

 さらに、何故か百ちゃんの部屋に勢ぞろいのA組女子一同。

 みんな寝巻き姿で、めちゃくちゃでかいことでお馴染みの百ちゃんのベッドの上にいる。

 あと、なんか……おかえりって……あってる?

 

「……あの、この状況は本当に、いったい……」

「まぁまぁいいからいいから! とりあえずベッド上がって!」

「あと、私、シャワーとか浴びてないですし、汚いですし……」

「え? ……うん、大丈夫! 氷雨ちゃんいい匂いだよ!」

 

 嗅がないで。首元に顔寄せないで。本当に。

 

 ……と、ここまで来て、私はふと気が付く。

 今、インナーを着ていない。首周りのゆるいTシャツ一枚だ。

 

 それはつまり、私の首の火傷痕が丸見えだということで――。

 

「あー、雪柳。()()も、気にしなくていいよ。ウチら、無理言ってヤオモモに教えてもらったから」

「……申し訳ありません、雪柳さん。耳郎さんはこうおっしゃってくださいますが、言い訳をするつもりはありません。ただ……」

「氷雨ちゃん、私たちに心配かけたくなかったんだって聞いたよ。でもさ、でもさ、私たちだって、せめて心配くらいはさせてほしいよ」

「そうよ。私たち、お友だちでしょう? 心配するなという方が難しいわ」

「そうそう、あと私たちもう雪柳の『大丈夫』は信用しないことにしたから!」

 

 ……それは、その、どう反応すればいいのか。

 いやもう私が全く信用のならないやつだというのはぐぅの音も出ない正論だから、怒るのも悲しむのも違うだろうし、かと言って喜ぶのも絶対に違うし……。

 

 と、そうやって私が反応に窮している間にも透ちゃんは私をぐいぐいと押してきて、ついにはベッドの上に放り投げられてしまい、みんなに完全に囲まれる形になってしまった。

 

「そういうわけだから、氷雨ちゃん。氷雨ちゃんのことが心配で心配で仕方ない私たちは、もう氷雨ちゃんの『大丈夫』を無視して余計なお世話を焼かせてもらうよ! 差しあたっては睡眠不足解消! 一人で夜寝るの寂しいもんね! だからみんなで一緒に寝ようってことになったんだよ! はいおやすみ!」

「ぐえっ」

 

 私は透ちゃんにほぼラリアットみたいなのを食らわせられて寝かしつけられる。

 

 もちろん、眠気なんて一切ない。

 そりゃ確かにここ一ヶ月慢性的に寝不足だったけども、今日一日で全部取り返す勢いで寝ちゃったんだ。

 こんなんで眠れるわけ……。

 

「……って、ちょっあの、みんなくっつきすぎでは……!」

「照れない照れない! ほら氷雨ちゃん、葉隠のここ、空いてますよ……」

「い、いやぁ……」

「いいじゃんしてもらいなよ腕枕! あ、私は雪柳のこと抱き枕にさせてもらうから!」

「氷雨ちゃん、私が手ぇ握っててあげるからね!」

「ケロ、じゃあ私は足元に失礼するわね」

 

 そして、私の包囲網はあっという間に構築されてしまう。

 透ちゃんに腕枕され、三奈ちゃんに右腕に抱き着かれ、その手の先をお茶子ちゃんに握られて、梅雨ちゃんが私の足元に寄り添うように丸くなる。

 控えめな響香ちゃんと百ちゃんさえも、私の左側に寄り添って胸元やお腹に手を置いてくる。

 

 こんな、女の子たちに囲まれて、私は……。

 

「……いや、あっつ……」

「あ、氷雨ちゃんひやっとした」

「個性使った? これ夏の夜にいいね」

 

 思わず個性使用。

 九月、空調の効いた室内とは言え、気温的に人肌は恋しくないのだ。

 

「……誰かと一緒に寝るのなんて、久々です……あ、合宿の時も、みんな一緒でしたけど」

「あーね。でも、あれも布団は別々だったもんね。基本的には」

 

 うん、基本的には。ダイナミックな寝相で結果的に同じ布団の上で起床してたりはしたけども。

 

「ですが、そもそも誰かと同衾すること自体私たちの年齢ですと少ないのではないでしょうか」

「だねー。あ、でも梅雨ちゃんは? 下の子たち、まだちっちゃいんじゃなかったっけ」

「ええ、寮に入るまでは妹と寝ることが確かに多かったわ」

「最後に誰かと一緒に寝たの、いつだろうねー……」

 

 透ちゃんの呟き。

 

 私は、はっきり覚えている。

 それを話してしまえと思ったのは、ほとんどヤケクソのようなものだった。

 

「……私は、中学二年生のときが最後です。おばあちゃんが夏に亡くなってしまったんですけど、それまでずっと一緒に寝ていました」

「……そう、なんだ」

「はい。べったりって感じじゃないですが、いつも手を繋いでました」

 

 思い出す。

 しわくちゃで、温かかった。

 だからその分、冷たさも覚えている。夏なのに、冷たかった。

 

「……あとは、お母さんと、お姉ちゃん。ずっと一緒に寝てましたね。小学四年生くらいまで。お父さんは忙しかったから、たまに。腕枕は、うん、間違いなくお父さんにしてもらって以来です」

 

 私が少し笑うと、隣で透ちゃんがクスリと笑うのが聞こえた。

 

 ……ああ、なんか。

 

 一度、すべてを諦めたからだろうか。

 それとも、リカバリーガールに言われたことのせいだろうか。

 

 とにかく私は、今まで遠慮して話さなかったことを、全部さらけ出してしまいたい気分になっていた。

 

「……みんなには言ってませんでしたけど、私、もう家族がいないんです。お父さんとお母さん、あとはお姉ちゃん。ぜんぶ、(ヴィラン)に……奪われました。私の個性が、まぁ、なんというか、おかしなことになったのも、その後しばらく(ヴィラン)に捕まっていた時にって感じで」

 

 最後の部分は、なんとなく誤魔化してしまう。

 本当に全部なんて、やっぱり言えないものだ。

 

 ……が、それでも、一度流れ始めたものはそう簡単に止められるわけでもなかった。

 

「お姉ちゃんが、私を……守ってくれたんです。最近、わかったことだったんだけど。私はお姉ちゃんのおかげで生きていて、お姉ちゃんは私のせいで死んだも同然だった。それが……すごく、辛かった。……嫌になった。なんか、笑ったり楽しかったりとかが、ものすごく悪いことに感じて」

 

 身体が、底冷えする。

 私の中の一番柔らかい部分を、無様に、容赦なく晒している。

 

 逃げられるなら、この場から逃げたかった。

 でも、こうしてみんなに囲まれていては逃げられない。

 逃げられないから、もう、全部吐き出すしかなかった。

 

「ヒーローになったら、許されるかなって。ヒーローになって、誰かを救けられる人間になれれば……私は雪柳氷雨として生きていていいんだって、みんなに認めてもらえるかなって、思ったんだ」

 

 でも、それが。

 

 ……いや、それは、言えない。

 守秘義務とかなんとか、そういうのは頭になくって、ただ純粋にヒーローを目指しているみんなを相手に、自分だけがもう諦めたとは言いたくなかった。

 言ってしまったら、本当に終わってしまうような気がしたのだ。

 

 ……逆に、終わらせるなら、今なのか。

 

 私を。

 

 雪柳氷雨を。

 

「……私、は――」

「氷雨ちゃん」

 

 遮られる。

 透明な手が、私の頬に触れていた。

 

 熱が、伝わる。

 

「ねぇ、私は、もしも氷雨ちゃんがヒーローじゃなくても、氷雨ちゃんの友だちでいたいよ。ずっと」

「……え?」

「それで、友だちだから、氷雨ちゃんを……救けたいよ。ヒーローとしてじゃなくて、友だちとして」

 

 透ちゃんが、途切れ途切れに、涙を滲ませた声で、鼻を啜りながら言う。

 

 お茶子ちゃんも「私だってそうや!」と言う。

 梅雨ちゃんも「私もよ」と言う。

 三奈ちゃんも「もちろん私も!」と言う。

 響香ちゃんも「ウチもそうだよ」と言う。

 百ちゃんも「私もですわ」と言う。

 ……みんなが、それぞれの言葉で、言った。

 

「氷雨ちゃん、あなたは、雪柳氷雨。クールそうに見えて意外と親しみやすくて、勉強はダメダメだけど他のことではすごく頼りになって、1年A組の大切な仲間で、私たちの大事な友だち。……これからヒーローになってもならなくても、それって変わらない。だから、氷雨ちゃん――安心してよ、私たちは氷雨ちゃんの味方。氷雨ちゃんは笑っても大丈夫! 一緒に、笑おうよ!」

 

 ――無茶なこと、言ってくれる。

 こんなに泣いてる相手に向かって、笑ってくれだなんて。

 

 温かい。

 

 胸元に頭を埋めさせてくれる透ちゃんの体温が。

 手を握ったり、背中から抱きしめたり、ぎゅうぎゅうと押し潰さんばかりに寄り添ってくれようとするみんなの気持ちが。

 

 私の目から溢れ続ける涙は、みんなが融かしてくれた私の心だった。

 

 

     ※ ※ ※

 

 

 そして、朝が来る。

 生まれ変わったような目覚めだ。

 

「……マジで、寝過ぎ」

 

 昨日の二十四時間のうち、わたしはいったい何時間寝ていたのか。生まれたての赤ちゃんでももうちょっと起きてるだろう。

 

 しかも、めちゃくちゃ目が腫れぼったい。というか、汚い話なんだけど目やにがすごい。もう完全に赤ちゃんだ。泣き疲れて寝たし。三回中二回ね。赤ちゃんすぎるわ。

 

 ……で、私を泣かした人たちはというと、私の周りでまだ眠っている。

 

 しかし、私が身体を起こしたことでもぞもぞと動き出していた。

 

「……うー、ひさめちゃん……?」

「ん、おはようございます」

「んあー……ゆきやなぎー……? だいじょうぶなのー……」

「ええ……いえ、大丈夫じゃなかったですね、私、ずっと」

「うん、しってる……」

 

 ですよね。

 私は、苦笑いで応える。

 

「……今もまだ、大丈夫じゃないことは、大丈夫じゃないままなんですよね。残念ながら」

 

 誰に対して言っているわけでもない、現状確認だ。

 

 気分は晴れやかだが、まぁ、私を取り巻く複雑な状況はぶっちゃけ何も解決していない。解決していない問題を列挙するのも嫌なくらいだ。

 

「……でも、私は」

 

 でもやっぱり、やりたいことがひとつだけある。

 他のことは大丈夫じゃないけれど、たったひとつ、これだけは。

 

 自分が楽になりたいから、許されたいからではなかった。

 

 私の心を埋め尽くしていたものが融けて流れ出て、それでもやっぱり残っていた。

 

 

 

 私は、あの子を――エリちゃんを、救けたい。

 あの子を救けるヒーローになりたいのだ。

 

 

 

「――あー、めっちゃ腹減った!」

「わ、氷雨ちゃん急にどしたの?」

「おわ、雪柳の男言葉、すごい心臓に悪いんだよ……」

「いやだって、ここ一週間ろくにご飯食べてなかったから……」

 

 しかしとりあえず、朝ごはんを食べようと思う。

 腹が減ってはなんとやら、だ。

 

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