もし百合ヶ丘の売店に「よく困ったことに巻き込まれる店員」がいたら 作:ぽけー
前回より後半の地の文多め。
評価、お気に入り登録して頂いた皆様方ありがとうございます。
リアルの方が多忙になり始めたのでかなり不定期になりますが、3話も少しずつ書き重ねていますので気が向いたらまた覗きに来ていただければ幸いです。
「ふふ…どうせ私はシュッツエンゲル失格…」
「あー困りますっ!困りますお客様!家族三人の団らんのために調達しようとしたラムネが自販機でも店頭でも売り切れてたからって店内でルナトラ発動は困りますあーっ!」
「いやー資金源が欲しくてねー。アーセナルって大変だわー」
「あー困りますっ!お客様困ります!理由は分かりますがヒュージの生態標本をフリマコーナーに出そうとしないでください困ります!」
「えーだって自作のものを売るスペースなんでしょー?」
「主な利用者はそうさくクラブ、商品は手芸品なんですけどね!ですから売店の空気をぶち壊す生態標本を置こうなんてしないでくださいあーっ!困ります!ちょっとミリアムちゃん来て先輩が暴走してますよあーっ!」
「一部くださーいっ!」
「すみません、私にも一部…」
「さすがは二水さん、週刊リリィ新聞主筆は伊達じゃない…」
「鼻血出てるわよー」
「あーお客様方困ります!困りますお客様方!今週の週刊リリィ新聞が『劇録!アールブヘイム主将の日常~写真増補版~』だからって個人用保存版(有料。貼りだしているものとほぼ同じ内容だが写真の量が多い。収益は取材費用や備品購入に使われる。生徒会公認)をお買い求めに殺到されては困りますあーっ!密です密ですから!足りなくなれば追加で刷ってもらうんで落ち着いて並んでお買い求めになってあーっ!」
「…」スンッ
「視線で姉を独り占めできない不満を示されても困りますお客様あーっ!」
「へぇ…手芸の材料も取り扱いがありますのね」
「おやお客様、手芸コーナーを覗くとは珍しい。普段は梨璃ちゃんにひっついてラムネ買うか梨璃ちゃんをとうさ…撮影するための消耗品を買うくらいですのに」
「遺憾ですわ、わたくしだってたまにはこういうところを覗いたりもしますわよ」
「ちなみに何を作るおつもりで?盗聴器かカメラ仕込むんですよね?何度も言いますが本店には取り扱いありませんよ?」
「風評被害はやめてくださいまし!」
(ヘアゴムと緑色の素材もろもろ…なるほどそういうことでしたか)
「飲ませっ…飲ませろぉ!」
「はっはっは買占めじゃああああああああああああ!」
「あー困ります!困ります教導官の皆様方!あーっ困ります!昼間っから生徒の目の前でお酒大量購入は風紀的に困ります!」
「3徹!3徹だぞ!?ゲヘ公どものせいで事後処理に3徹した後の明日の休日だぞ!?飲み明かして何が悪い!」
「開き直られても困ります皆様方!ただでさえ購買にお酒置くのどうなのって生徒会から言われてるのにこんなことされては困ります!」
「良いではないか良いではないかー。あ、メガネちゃんも参加する?参加するっしょ?参加するよねほらほら行こっかー」
「あーっ困ります!勤務時間中に連れ出されては困ります!ちょっと離して先輩方せめて閉店まで待って聞きますから!愚痴聞きますから!だから離してあーっ!」
「何が…何が道徳よぉ…うぅ」
「あのーお客様?お客様困りますー唐突にイートインコーナーで号泣されては困りますー。あとなんでラムネにおつまみセットなんてチョイスなんです?花のJKが昼に選んでいい組み合わせじゃないですよね」
「だって…ひぐ、『百合ヶ丘の道徳への挑戦』が夜の密会への隠語に使われてるって話を聞いて」
「…あー。はい。そうですね。はい。こないだ店番中にそんな会話聞きましたねはい」
「私の…私のキメ台詞が…ぐすっ」
「キメ台詞にしてる自覚あったんですねぇ…とりあえず泣き止んでもらっても」
「飲み明かしてやるわ…」
「へ?」
「ラムネだって信じればお酒になるって聞いたわ!酔っぱらって忘れてやります!」
「えっちょラムネに酔う要素はないっていうかあのお客様?ですからお徳用スルメを貪らないであのヴァールさん?あのえっと道徳勉強会主宰がこんなところで醜態さらすのは本店としてもちょっと困りま―あーほらラムネをラッパ飲みしないでください!あー困りますお客様!ちょっと道徳勉強会の方誰か来て止めてあーっ!」
「こんにちはーっ」
「はいいらっしゃいませお客さ、あのーすみません困りますー何度言われてもフリマコーナーにヒュージの生態標本は置けませんので困りますー」
「あら、普通に買い物ですよ?」
「壊物!?」
「字が違うわねぇ…」
「んんっ、冗談はここまでとして…何をお探しですか?盗聴器と盗撮用カメラ以外なら肌着から工具まで幅広く取り扱いがありますよー」
「あ、じゃあ豪華版の方のシュッツエンゲル契約届で」
「…すみません、ちょっとそういう試薬や工具は本店に取り扱いないですね」
「試薬でも工具でもないですよ?」
「え?マジの契約届ですか?」
「マジの契約届ですよー。こないだ買占め騒ぎがあったらしいですけど、まだ在庫ありますか?」
「え?はいこないだ祀ちゃんから防衛しきったのがありますけど何に使うんですか?新手の実験ですか?変なドッキリに使うとこっちにまで文句が流れてきて困るのでやめてくださいね?あ、お会計こちらです」
「どーもー。普通にシュッツエンゲルの契りに使いますよ。それじゃ!」
「はい、それじゃ。え?」
「…あの変人真島百由が、シュッツエンゲルに?」
明日はヒュージでも降ってくるかもしれない。店員は雨具と太刀を用意しておくことにした。
鎌倉府一帯の防衛を受けもつ百合ヶ丘女学院。国外からも優秀なリリィが集まり、名門ガーデンとして知られるここにも、普通の学校と変わらず購買部―通称、売店が設置されている。
とは言っても基本全寮制のガーデンにおいて、さらにいつヒュージ襲来による出動や外征要請が来るか分からないなか、日常の品をふらっと鎌倉市街まで買いにいくことなどできないわけで。
『年頃の少女であるリリィ達に命のやり取りを押し付けるしかないのならば、せめて快適な環境を用意して償うべきだ』との学院側の理念もあり、そんじょそこらの学校の購買部どころかスーパーを上回る品揃えとなっている。具体的にはノート、筆記具からある程度の生鮮食品に調理器具、さらには消耗の激しい肌着の類に手芸用品をはじめとする趣味のものやアーセナルのための簡単な工具や試薬類、同じく学園内の寮に住む教導官など職員のための酒類まで。
『百合ヶ丘の売店でなら大体のものは揃う』とは多少ガーデン事情に興味のある人間なら聞いたことがある話であり、百合ヶ丘の生徒にとっては常識であった。
「…おや?」
そんな売店の一角、授業時間中のため人のいない、静かな―訂正、射撃訓練の音がかすかに響くレジ兼相談カウンターに気の抜けた疑問符が響く。
「そういえば、今日から自由活動が許可されたんでしたか。隠れなくてもいいのでどうぞこちらへ。立ちっぱなしは疲れるでしょう?」
「…気づかれるとは思わなかった」
「多少気配を隠せてはいましたが、さすがに物陰から延々と見られたら気づきますよー」
どーぞどーぞーと、レジ裏から追加のパイプ椅子を引き出してくるメガネにショートボブの店員に招かれるまま、藤色の髪の少女―メディカルチェックや身柄の扱いに関するゴタゴタが落ち着くまで医務室に軟禁もとい保護されていた結梨はカウンターに近づいた。
「いやはやお勤めご苦労様でしたー。あぁいやこれ梨璃ちゃんに言うべきか。もーゲヘカスはともかく政府とそのぶら下がりも何考えてるんですかねぇほんと。確かに命令違反ではありましたがもし従っていれば『人をヒュージと勘違いしたままいじくりまわす』ハメになっていましたし。んで公然と人体実験なんてやったら国民感情も黙ってないでしょうねぇ。ただでさえ人権団体やら環境団体もどきやらに突き上げ食らってるのにほんとお上は何を考えてるんだか」
丁寧な、それでいて結梨への気遣いと先日の下手人連中への皮肉をこれでもかと詰め込んだ言葉を垂れ流しつつ、メガネの店員はカウンターの一角にてきぱきと椅子や紅茶を用意していく。
「ここまでしなくてもいいのに」
「この時間ワンマンだしお客様来ないし暇なんですよ」
「だからって商品棚からお菓子持ってくるのはどうなの?」
「売店店員の特権です。秘密ですよー」
メガネを光らせ、店員はそっと人差し指をたてた。夢結と梨璃には言っちゃだめ?もっと駄目です教育に悪いって叱られちゃいますよ、とのやり取りの間にカップに手早く紅茶を注ぐ。学生たちに引かれるくらい手順をすっ飛ばした淹れ方ではあるが、彼女がやるとそれなりのモノになるのは学園七不思議のひとつとして以前二水に取材されていたことも結梨は思い出す。
「はいはーい完成です。どうぞーお客様」
「ありがと」
「いえいえ。それで、今日は何の御用で?」
「お礼と、質問」
「ふむ?」
カウンターをテーブルに、椅子はパイプ椅子でお茶請けは割引が始まっていたクラッカーという奇妙なお茶会の始まり、店員は結梨の解答に首をかしげた。
お礼なら例の砲撃型撃破を手伝った後に一柳隊と生徒会からこれでもかと受け取っているものの、結梨本人から改めて、となれば特に気にする必要もない。
気になったのは、後半の質問とやらで。
「まずは、店員、あの時助けてくれてありがとう」
「人助けは基本ですし、結梨ちゃんは将来の優良顧客になりそうでしたからねぇ。当然のことをしたまでですよ」
「ん。それで、質問。店員はリリィ?それとも違う何かなの?」
ジャブも前置きもなく本題に入る結梨に店員は苦笑する。行動の突飛さは幼い子どものそれだが、こちらを見やる目には隠し事すら見通す何かを感じた。
「ふーむ。じゃあ答える条件に二つ、いいですか?」
「どんなのかによる」
「1、なぜそう思ったのか。2、なぜそれを聞こうと思ったのか。この二つを聞いてから答えるか決めます」
「ん、すこし待って」
正直に答えてくださいねー建前じゃなくて本音が聞きたいので。そう付け加え、紅茶を一口。こちこちと、壁掛け時計の秒針だけが響くこと数分。
「―お待たせ。いい?」
「はいどーぞー」
「まずは一つ目なんだけど、やっぱり普通の人間だと、あの時わたしを助けるなんて絶対無理だから」
「そうでしょうか?」
「普通の人間は海を走らないし、あんな大ジャンプをしない」
「まぁ確かに」
「だから店員は元リリィなのかなって思ったけど…店員は違うって言った」
藤色の目がこちらをまっすぐ見やるのを、メガネ越しに受け止める。
「だから、普通の人じゃないのは確かとしてリリィなのを隠してるのか、全く違う何かなのかなって」
「ほうほう…では、二つ目は?」
「ヒュージをやっつけた後から、きょうみ?として気になってはいたよ。でも医務室でいろいろ質問に答えて検査してもらってるうちに、参考にしたいって思うようになったから」
「参考?」
「わたしが本当は何者なのかなって」
幼さを多分に残した瞳が、されどまっすぐにこちらを見据える。
「梨璃も、夢結も、百合ヶ丘の皆はわたしを人として受け入れてくれた。それはとっても嬉しい。けどね」
紅茶を一口。
「やっぱり、わたしは普通のリリィじゃないから。レアスキルを何個も使って、生まれてから半年くらいしか経ってないのに高等部に編入できてる、そんな『普通』のリリィはいないから。…ちょっと、分からなくなった」
「『普通』という言葉そのものも永遠不変のものではありませんし、そこまで気にするものでもないとは思うのですがねぇ」
「だから、店員のことを教えてほしい。わたしと同じ、普通のリリィと違うのに、普通のヒトよりもすごい力を持っているあなたのことを参考にしたい」
…目の前の少女は。
百合ヶ丘の生徒たちとの交流の中でやっとの思いで築きあげたリリィとして、人としての自己認識を壊されたばかりだ。
幸い姉代わり、母代わりの生徒が防衛軍からの逃避行に付き合い、レギオンメンバーや百合ヶ丘の生徒の大多数が好意的に彼女を見ていたことも手伝いそこまで大きな問題とはなっていない。が、もし逃走を促し、それに命がけで付き合う存在がいなければ。もし帰るべき学院に居場所がなければ。人としてのアイデンティティを保てただろうか?
店員には想像しかできない。しかし近しい状況に居た者のことは都合2人ほど思い出すことができた。
「―」
ならば。
「昔」
「む?」
「昔、十数年ほど前でしたか。リリィに頼らない対ヒュージ戦力開発の一環として、身体能力だけでも再現できないかという研究がぶち上がりまして」
「…」
「マギが足らないなら外付けのマギバッテリー経由で体に流し込めばいい、体にまとわせるだけならスキラー数値が低くても容易だし近接戦闘ならばヒュージに有効打を与えられるかもしれない―そんな理論を組み立てて、じゃあ実験台はそこらへんの孤児でいいよね、年代も幅広く取っておこう、とまぁそんなことを実行にまで移したバカがいたんですよ」
「実験、どうなったの?」
「いやー大失敗でしたよ?そもそもスキラー数値が足りなくてマギを操り切れない人間に外部から強引にマギ入れたところで体弾けて終わりますし。耐えた何人かも実地試験だーって言ってヒュージ相手に放り出されたはいいですけど当時のマギバッテリーはゴミみたいな性能だったんで即ガス欠からの大体が戦死…戦死なのかな、まぁ殺されました」
平静を感じさせる声は流れるように続けられる。ただ奥底に黒くそれでいて燃えるような感情の匂いがすることに結梨は気づいていた。
「じゃあ、店員は」
「そのゲヘカスの一部門がやった実験の被験者、まぁ私は改造人間ってかっこつけて言ってるんですけど、その生き残りですね」
ふぃ、とそこまで言い切りメガネの店員は紅茶に口をつける。
「あまり大っぴらにはしないでくださいね?隠し通すつもりはありませんが、言いふらされるのも嫌なので」
「わかった」
「即答ですか…やはり梨璃ちゃんの娘、素直な子ですなぁ…」
とうの昔に自分から失われた素直さを羨みながら、店員は結梨の頭に手をのばし、撫でる。
心地よさそうな、無防備な顔を見て頬を緩ませ、しかして疑問の表情へと変わった結梨に首を傾げた。
「―店員」
「はい」
「血の匂い、する」
「…あぁ」
ぱっと手を放す。鼻が利くとは聞いていたが、数日前のアレの匂いすらかぎ分けるとは。
「話したほうがいいですかねぇ…こっちは本当に内緒ですよ?じゃないと色んなところが困ってしまいます」
「ううん、なんとなく想像はつくからいい」
「そうですか?」
「血の匂いがするって言ってから、店員から怒りや憎しみの匂いがしたから。祀からも、こないだ妹候補の人の話を聞いた時に同じ匂いがしたから」
だからきっと、ヒュージか人かだけでおんなじかなって。
そう続けられた言葉に、店員は改めて眼前の少女の異質さを感じるとともに、どうかこの少女の行く末が平穏であることを祈った。
光ではなく闇に染まった自分の道に来ないように。百合ヶ丘の陰に潜み、大義名分とともに復讐と八つ当たりを行う自分と同じにならないように。
言葉を続けようと、閉じた瞳を開けようとして。
「―光?」
「ネストの方から、ですね。ミサイル?でもあの距離から撃ってくるとか今までなかったはずですし。こっちに向かってくる様子もないですしあんな空高く上げて何がしたいんだか」
「ネストの種みたいなのを打ち上げてる?」
「ネストの拡散にしては急ですし、3つ同時?って何がしたいんでしょ。マギの消費もバカにならないだろうに」
湾を望む学校から、沖合に鎮座するネストからの発光体の発射はよく見えた。
ちょうど売店の出入り口も湾の方向を向いていたから、二人は最初にそれを認識した人々のうちの一部となった。
百合ヶ丘女学院放棄まで、あと1時間。
「…あー」
「おお、めちゃくちゃだ」
「うん、あー、うん。困りますねお客様。うん、宇宙空間から不法侵入して学院滅茶苦茶にするとかほんと困りますねお客様。いやいいんですよ生徒の皆さんがきっちり〆てくれましたから。すごかったですね全校生徒ノインヴェルト」
「店員?」
「はは、やべーな学内バイトの子とかレギオン関係の後片付けで誰も来れないんですか教導官も同じだから先輩たち呼べないんですかというかこの後結梨ちゃんも呼び出しかかってるって言ってましたね」
「言われてるね」
「…………………この散らかりまくった売店、私一人で片づけるんですか?」
「頑張って、店員」
「救いは…救いはないんですか…緊急の伝令で走りまわされたんですよ私…困ります…困りますよ皆様…」
このあと滅茶苦茶ヒュージに悪態つきながら頑張って片づけた。
・真島百由
店員の頭痛の原因その2。1は店内でのみルナトラ発動頻度が異常に高いあの人。
アーセナルが普段のCHARM整備や各種調整、実験に使う機材や工具・消耗品のうち、ある程度共通して使われるものは購買部でまとめて発注、売店の一角で販売し各自購入する形を取っている。しかし彼女はその才能もといマッドさもあってか物品の消耗が早いため、定期的に工具や試薬コーナーの商品を買い占めており、一時他のアーセナルより店員へ苦情が相次いでいた。
現在では彼女がよく使う物品を割り増しで仕入れることで一応の解決を見ている。
なお、頭痛の最大の原因は定期的にフリマコーナーにヒュージの生態標本を出品しようとすること。一部アーセナルにのみ需要があったため当初隔離して販売を認める案があったが、協議中にひっそりとぬいぐるみに偽装させた標本を他人を経由し販売するという麻薬売買みたいなことをした挙句、何も知らない1年生の手に渡り軽度のトラウマを植え付けたため『生態標本販売禁止』令が生徒会により制定された。
現在、真正面から禁止令を突破しようとする百由v.s.ルナトラ対応後の店員が定期的に見られるようになっている。