もし百合ヶ丘の売店に「よく困ったことに巻き込まれる店員」がいたら 作:ぽけー
アニメ終了後あたりの百合ヶ丘のお話。後半地の文段々長くなってない?
就活が思ったより忙しく、今後さらに投稿ペースが不安定となります。
ただ、店員と、購買に訪れる人々の話はまだまだ掘り下げたいことばかりで。
なにより、名のないモブとしてではなく、あの世界に生きる人間としての彼女を新たに書きたくて。
どこまで筆が続くか、皆様に楽しんでいただけるモノを作れるのか未知数ですが。
どうか生暖かい目で頂ければ、望外の幸せです。
「えぇっ…それもございませんの…?」
「でーすーかーらー!当店には靴に仕込むタイプのカメラの取り扱いはございませんお客様!何度聞かれてもそういう類いの物品は取り扱っておりません!ですから肩を掴まれてもそっと賄賂を握らせようとしても困りますお客様!業務に戻りたいので放してください困りますあーっ!」
「ふふ…やっぱり私はシュッツエンゲル失格…」
「あーもう!あーっ!困りますお客様!ルナトラは戦場か訓練場で発動してもらわなきゃ困ります!店内での発動はお控えくださいお客様!今度は何をやったんですか愚痴くらいなら聞きますから落ち着いてあーっ!」
「また梨璃と結梨の分のラムネを開けるのを失敗したわ…一人でなら普通に開けられるのに…ふふ…」
「姉としての威厳を示せなかったのは分かりますがより一層威厳を示せない行為をやろうとしていることに気づいてくださいお客様!」
「お会計頼むのじゃー…」
「はいはーい。おや、野菜にお肉にお米…それもたくさん。キャンプでもなさるんですかお客様?いえたくさんお買い上げ頂けるのは嬉しいんですが」
「いや、百由様が論文に没頭してしまっての…ろくに食事も取らんからせめて何か口にしろと言うたら『じゃあぐろっぴの手料理がいいわ!』と言われての。まぁわしのお手製を食べてくれるのは嬉しいのじゃがシルト使いが荒くはないかのぅ?」
「ぼやく割には嬉しそうな顔してますねお客様?」
「どうしたのじゃ早口になりおって」
「…困りますねぇお客様。新婚ほやほや姉妹のぼやきに見せかけたおのろけをしがない売店店員に聞かされても困りますねぇお客様!」
「何を怒っとるんじゃおぬし!?」
「じー」
「…えっと、お客様?」
「じー」
「あのーお客様、困ります、無言で仕事風景を見つめられるのはちょっと照れくさいので困ります」
「じー」
「ですので、えっと、結梨ちゃん?」
「…ん、ごめん、勉強中。店員、あの時すっごく早かったから。どうすれば早く動けるか勉強中」
「そ、そうですかー」
(…いや私ただカウンターに座って事務処理してるだけなんですけど…参考になりますかねぇ)
「本質的な挨拶に必要なんですけど、取り寄せできますかぁ?」
「お客様、困りますお客様。いくらうちが肌着扱ってるからってこんなキワドイのを注文されても困ります」
「あらぁ残念…そろそろ新調したかったのに。そんな真顔で言わなくてもいいじゃありませんか。…あ、そこの貴女、今夜空いてる?とってもヨくしてあげるわよ?」
「店内でのナンパもやめてくださいお客様」
「いやー、うちの亜羅椰が毎度すみません…」
「毎度毎度引き取り&食品お買い上げありがとうございますお客様ー。まぁ個人間のことですし、力づくでどうこうしようとしているわけでもないのであまり気にしませんが…」
「これでも主将なので…私が代表して対応しなきゃ、なんで」
「本来『こういうこと』に対処する道徳勉強会主宰も…」
『なにが道徳への挑戦よぉ…皆好き勝手してぇ…ヒック…』
「あのようにラムネで泥酔してますし…」
「…樟美吸いたいなぁ…」
「シルトをタバコか麻薬みたいに言うのはどうかと思いますよお客様…」
「めっちゃくちゃ元気出ますからね、シルト吸い」
「ですからそんな危ないオクスリみたいな言い回しされても困ります、お客様ー」
「たっのもーう!」
「はいいらっしゃいま、すみません、お引き取りください」
「えー、論文書き終わったから息抜きに来ただけですよー?」
「あなたの場合息抜きと称して問題残していくじゃないですか困りますよ…ただでさえ今日もルナトラ鎮圧したのに…」
「いやいやー、さすがに今日は何もしませんってー。ただ単に遊びに来ただけですよ」
「…ところで、フードの中には何か入れてますか?」
「ナニモイレテマセンヨ」
「ちょっとしつれ─やっぱりヒュージ標本入ってるじゃないですか!?何度も言いましたけど購買には置けませんからね!?」
「ちっ、今回もダメか…でも次はもっと隠し場所を工夫して…」
「毎度疑わなきゃならないこっちの身にもなってください困ります!あーっ困りますおとなしく普通の買い物のためだけに来てください!」
「リリィトピックスの最新刊って入荷してますか?」
「ひゃ、はい、今ご案内しますね…!」
「刺繍をしたくて、この色の糸を探しているんですが…」
「手芸コーナーに、えと、取り扱いがあるか見ますので少し待っててくださいね…!」
「すみませーん、お会計お願いしますー」
「はい、全部で700円になります…袋、お付けしましょうか…?」
「雨嘉ちゃん。お疲れ様ですー」
「店員さん…」
「バイトにもだいぶ慣れてきましたねー。最初急に雇ってほしいって言ってきたのには驚きましたが」
「その節は…ごめんなさい」
「いえいえいいんですよ。『いつかリリィを引退した後に働くビジョンを持ってもらう』っていうのもここの学生バイトの趣旨ですし。『もっと自分に自信を持ちたい』っていう理由も感心こそすれ責めたりしませんよ」
「ありがとう、ございます!」
「いえいえー。こちらも優秀なバイトさんが入ってくれてうれしいです。ささ、退勤時間ですし今日は上がって休んでくださいな」
「…はい!ではまた次回も!」
「はい、『また今度』」
「―さて」
「ふーみんさん、写真の方はどうですか?」
「えっへっへ…ばっちりです。エプロン姿の店員雨嘉さんの写真がこんなにも…!」
「応対に慌てる雨嘉さん、無事案内を終えて感謝に頬を赤くする雨嘉さん…あぁ、売店でのアルバイトを紹介して正解でした…!」
「あのーお客様方?困りますー雨嘉ちゃんのシフト開始からずっと物陰に隠れて写真撮影と録音されるのは困りますー」
「いいじゃありませんか。こんなに健気な雨嘉さんが見れるんですよ?」
「来週の週刊リリィ新聞のテーマはこれで決まりですぅ!」
「いやほんと困りますんでやめてくださいね?今日は見逃しますが次回からはつまみ出しますよ?」
「ふふっ、そんな脅しに私たちが屈するとでも?」
「じゃあ雨嘉ちゃんにあることないこと吹き込みます。具体的には神琳ちゃんが夜な夜な雨嘉ちゃんをネタに(自主規制)してるとか二水ちゃんが実はこっそり日羽梨ちゃんと契ってるとか」
「「―!?」」
鎌倉の一角、この地域の守護の要である百合ヶ丘女学院は放課後を迎えていた。
ある者は自主練にはげみ、ある者は勉学で湯だった頭を冷やすため町に繰り出し、またある者は趣味に没頭する。
そんな少女たちを横目に、今日も購買部は営業していた。
「―ふふ」
「店員さん?」
「おっと、別にさぼっているわけではないですよ雨嘉ちゃん。これは『シュッツエンゲル契約式のセッティングと撮影』という購買部にとって重要な業務を不備なくこなせたか確認する大事なお仕事なのです」
「私何も言ってない…」
訂正、ほぼ開店休業状態だった。
というのも、客は来ているが今日はまばらであり、また全校ノインヴェルト戦術によるCHARMの一斉メンテが終わっていない関係から、普段購買部が請け負っている外征レギオンへの消耗品や食料品の用意といった業務もないためだ。優秀な部下も増え業務も分担できるようになり、これ幸いと店員は数日前に執り行われたシュッツエンゲル契約式の写真を見返していた。
「これがミリアムちゃんと百由ちゃんの、これが…皆、いい笑顔ですねぇ」
「ミリアムは意外…だった。仲良いのは知ってたけど、そんな素振り、全然なかったから…」
「あの真島百由が契ったっていうことに驚きが隠せないんですよね…」
「契約した人、とっても多かったって…」
「マジであの時豪華版契約届死守できてよかった…」
数週間前、某生徒会役員との決死のデュエルを制したことを思い出しつつ、写真を見返す。
見つめあい、そっと微笑みあう者、顔の赤さを隠せずちらりちらりと相手を伺う者、互いを尊敬し、誇りと共にカメラへ視線を向ける者…シュッツエンゲル契約式の写真一つとっても、誰一人として同じ表情の者はいない。人の数だけ、想い合う姉妹の数だけシュッツエンゲルには違いがあるのだ。
「由比ヶ浜ネストも撃破できて、心理的な余裕ができたのも大きいんでしょうねぇ」
「『危機に陥った時、人は初めて大切な人の存在を知る』…神琳がそう言ってました。だからきっと、百合ヶ丘から避難する時に決心した人も多いかも、です」
「そうやって自覚したり腹括った結果が契約数大幅増のはずなんですけどね。なーんか何人かヘタれてる人いますよね。ねぇ日羽梨さん?」
ひばっ!?とはたまたま購買前を通りかかった某毒舌司令塔の悲鳴である。開けたままの購買の入り口をジト目で見る店員に普段の毒舌も吹っ飛んでいた。
「ひ、日羽梨は別にそんなんじゃ…」
「契約届もらいに来たってしばらく前に生徒会からタレコミありましたが。ちょっと雨嘉ちゃんこっちに引き込んできてください取り調べのお時間です」
「わかりました」
むん!と気合を入れた雨嘉に背中をぐいぐいと押されて日羽梨はカウンター前へと連れてこられた。普段なら得意の毒舌を飛ばしてひるませるか、隙をついて逃げ出すくらいはしているが、隠していた(と思っている)件について触れられたためか動揺して頭が回らないらしい。
「さぁ日羽梨さんそこに座って。あと雨嘉ちゃんそこのアイスコーナーからストロベリーチーズケーキ味取ってきてくださいカツ丼代わりにします」
「カツ丼…?」
「ちょっと日羽梨は別に何も、」
「定期的にここに来ては、自分は二水ちゃんのシュッツエンゲルにふさわしくないってグチグチ言ってるのに?」
「ふーみん以外、皆気づいてて、いつ契るんだろって話題にされてるのに…?」
「べべべ別に日羽梨はそんなんじゃ!?」
じっとーと、店員と雨嘉からの視線が厳しくなる。
もちろんシュッツエンゲル契約解消という大事件の当事者であることは二人とも知っているし、店員に至っては双方のメンタルケアや仲裁を経てなお完全な和解に導けなかった苦い記憶もある。
が、それはそれ、これはこれ。放っておいたら本当にいつ契るのか分からない二人など煽って煽って煽り続けてとっととくっついてもらうのに限るのだ。
「いいんですかぁ?戦術理解の深さでけっこう二水ちゃん有名なんですよ?」
「フリーだったらうちのレギオンに入れたいって話…何度か聞いた…」
「うぐっ」
「ついでに言うとビジュアル的にも小動物みたいーって結構人気です」
「シルトに欲しいって人、いつ出てきてもおかしくない…!」
「う、」
「ついでに言うと同級生にも目をかけられてたりしますが、その筆頭が楓さんと亜羅椰さんです」
「は?」
思わず日羽梨は素に戻った。当然である。
前者はまぁ過剰なスキンシップなど問題行動はあるが、一人に対してのみ。それも一線は絶対に踏み越えようとはしていないからまぁそれなりに安心できる。
問題は後者だ。かわいい女の子に目がなく、声をかけては部屋に連れ込み『そういうこと』をしている問題児。一応同意の上でしか手は出さないようだが、その毒牙にかかったリリィは数知れず。そんな話は学内の交友関係から距離を取っている日羽梨の耳にも容赦なく入っていた。
そんな相手が、臆病で力不足ながらも、必死に戦術を学びリリィとして戦おうと頑張る二水に手を出そうとしている?
「─ふざけないでよ」
「…やる気になりました?」
「とりあえず天葉経由で釘刺してくるわ」
「契った方が早いんじゃ…」
「べべべ別に日羽梨は」
「ウッソでしょここでヘタレますか」
「ふーみん…早くふーみんから自覚してアタックしなきゃ…」
最初こそ眼光鋭く覚悟を感じさせたが、やはりこの毒舌リリィはダメダメらしい。
果たして契約式の写真が増えるのはいつごろか、店員と雨嘉はそろってため息を吐きつつ、新しく入店してきた客に注意を向けた。
「お邪魔する─なんダ?」
「いらっしゃいませー。日羽梨さんがヘタレてるだけですからお気になさらずー」
「お前…まだそんなこと言ってるのカ…バッレバレなのに。さすがの梅もびっくりダ」
「はぁ!?べべべ別に日羽梨は二水をどうこうとか」
「梅が言えた話じゃないけどさすがにそろそろ向きあってあげてほしいゾ…」
日羽梨のヘタレ具合は極々一部を除き同級生内に広まっているからか、げんなりとした顔をする梅。店員も雨嘉もその言葉に黙って頷く。屋根裏で愚痴るのを親友に禁じられたからと言って、店内でうじうじ言っているのを聞くのもいい加減飽きてきたからだ。そろそろシルトおのろけくらい挟んでほしい。そればっかりになっても困るというのも共通認識ではあるが。
「あぁそうだ、店員さん」
「ほい?」
「これ、鎌倉市街の花屋さんから預かりものだゾ」
そんな言葉と共に、梅はカウンターにトートバッグを載せる。店員がのぞき込めば、中には紫色を基調とした花束が。今年も無事届いた、と店員は安堵の息をもらす。
「間に合ってよかったです。梅さんも毎年すみませんね、昼間は受け取りに行けないので」
「気にすんなっテ!任務で行ったついでだからナ!」
にかっ!と梅は笑みを浮かべる。実際に市街への哨戒任務のついでではあったが、それも店員の事情を知った数年前からずっととなるとやはり感謝しかない。とりあえずお礼にどうぞ、とバックヤードから取りおいていたポテトチップスの袋を持ってくる。
別にいいんだけどナーという声に、せめてもの気持ちです、と押し付けておく。返せる恩は返せるときに返すのが店員のモットーであった。
「…んー、ピーク時間は過ぎてる、お客もいない、そろそろいいですかねぇ…」
「店員さん?」
「ちょっと、日羽梨はお客カウントされないのかしら」
「日羽梨様は早くふーみんとの契りどうするか考えてください」
「ひばっ」
「アハハ、わんわんもお手柔らかにナ!」
店員の独り言に日羽梨が反応し、即座に後輩にばっさりと切られる。それにクスと笑みをこぼしつつ、店員は席を立った。
「雨嘉ちゃん」
「はい?」
「申し訳ないのですが、私は今日用事があるので早上がりします。もうピーク時間も過ぎていますし、大丈夫だとは思いますが、次のシフトの子たちが来るまで店番を頼めますか?」
「…はいっ!」
頑張ります!と言わんばかりに両の手に握りこぶしを作る雨嘉に、目を細めて感謝を伝える。
半年ほど前、びくびくオドオドと校舎内を歩き回っていた姿とは見違えるようで。
今もまた、毒舌で有名なはずの上級生を、レギオンメイトでもあるもう一人の上級生と言いくるめている。契約届が新しく提出されるのも時間の問題か。そんなことを、臙脂色のエプロンを畳みつつ店員は考える。
(…なぜでしょう。どのみちヘタレる未来しか見えませんね…)
訂正、ことシュッツエンゲル問題について日羽梨に信用はなかった。
・豪華な方のシュッツエンゲル契約届
通常の契約届(アニメ2話参照)が事務的な作りであるのに対し、こちらの方は防水・難燃紙を使った上で金糸などにより装飾されているという違いがある。
事務手続きの書類というよりは、記念品としての側面が強い。このため売店にて有料で販売している。安易な契約を防ぐためにそれなりの値段はするが、これによって契った姉妹は強い絆を有するとされ、学院内でも羨望と冷やかしの的になる。
なお、10年ほど前の同性婚合法化に伴い、この契約届は婚姻届けとして使えるようになっている。当初売店側の軽い冗談であったが、『明日をも知れない身であるのだから、せめてお互いを強く想っていることを形にして残しておきたい』との多数のシュッツエンゲルたちの希望を受け鎌倉府との協議の末、現在の形となっている。