もし百合ヶ丘の売店に「よく困ったことに巻き込まれる店員」がいたら   作:ぽけー

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半年くらい経ってしまったので初投稿です。
原作時間より13年前、西暦2039年春から始まる、少女たちの物語。
ゆっくり更新ですが、ご覧いただければ幸いです。



1. 引き金を引く もしくは空より出会う

「ふー、ちゃん」

 

「へへ…ごめんね?あたしはここまでみたい」

 

「ほら、もう表面まで出てきてるし…長くは、持たないよ」

 

「ふーちゃ、ん。あのね」

 

「約束、と、ふーにぃの、こと、お願いできる?」

 

「…ありが、とう」

 

「もう、そんな顔、しないで?大丈夫。ちゃんと、分かってる、から」

 

「けほ、んん、ごめんね、最後、まで。お願いばっかり…」

 

「最後は、さ。嘘でもいいから、笑顔で」

 

「…やっぱり、ふーちゃんは笑顔が似合うよ」

 

「ありがとう。ふーちゃん。あたしと一緒に居てくれて」

 

「大好き、だよっ!」

 

 

 廃墟の街並みの中で、乾いた破裂音と。

 少女の絶叫が、響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 32日前/鎌倉市周辺、鉄路上

 

 

 今から30年くらい前。

 それまでこの星で繁栄を謳歌していた人類に、突如として天敵が現れました。

 マギという正体不明の力を振るい、ただ人類を襲い続ける異形。

 その存在は、ヒュージと名付けられました。

 

 最初のころは、小さいもの─今風に言えばスモール級─ばかりだったヒュージは次第に大型化。

 個人携行火器どころか戦車砲やミサイルすら効き目が薄くなり、ラージ級と呼称されるサイズになれば、もはや周囲一帯を焼き払って時間稼ぎをするのが精いっぱいになるほど、人類は追い詰められていきました。

 そこで人類は団結し、ヒュージ出現と共にもたらされた神秘、『マギ』を解析。ヒュージに対抗できる決戦兵器、『CHARM』を開発しました。

 

 10代の若い女性とシンクロしやすい巨大な武器を手に、異形に立ち向かう、儚くも美しい戦士たちのことを、人は─

 

 ─リリィと、呼ぶのでした。

 そして、わたしも。

 

「─お姉ちゃん、リリィなの!?」

「…はっ!?えっ、うん、何!?」

 

 小さな女の子の声に、一気に現実に引き戻されました。どうやらわたしは、電車の車内でうたた寝してしまったようです。緊張から昨日はあまりよく眠れなかったので、それが良くなかったのでしょうか…。

 視線を横に向ければ、幼稚園くらいの子でしょうか。どうもこちらと反対側の座席に座っていた子が駆け寄ってきたようです。その子の後ろ、若いお母さんもまたびっくりしつつこちらに駆け寄ってきて、目線で謝ってきます。

 

「ゆりがおかのせーふくだよね!」

「あ、うん。今日から百合ヶ丘に入るんだ。まだまだ駆け出しのよわよわリリィなんだけどね」

 

 すっごーい!という女の子の声がなんともこそばゆいです。今身を包んでいる黒を基調としたシックな制服にもなんだか慣れません。

 

 ─そう、リリィ。わたしは幸運にも百合ヶ丘女学院の補欠合格者になり、今日からリリィとして生活することになっているのです。

 …なんというか、未だに実感が持てません。鎌倉周辺の防衛を一手に担う百合ヶ丘は国内でもトップレベルのリリィ養成校(ガーデン)で、その入学難易度は非常に高いのです。勉学はもちろん、リリィとしての素質や技術、果てには精神面までもが入試では厳しくチェックされます。補欠合格とはいえ、本当にわたしみたいな駆け出しが入学してもいいのでしょうか…?

 

「リリィ…すっごい…おねーさん…すっごい…!」

 

 うっ…純真な目線がとても痛いです。さすがにきちんと誤解を解いておかないと、良心の呵責で戦場に立つ前に死んでしまいます…!

 

「え、えっとね、確かにお姉ちゃんは百合ヶ丘にこれから入学するんだけどね?補欠合格って言って、本来は合格してないんだけど合格になる制度で入学になるから、そんなにすごくないって言うか…」

「…?」

「あっこれ上手く説明できてない!?え、えっとね、えっと…」

 

 あわあわと言葉が詰まってしまいます。昔、おばあちゃんの仕事を手伝っていた時はこんなことなかったのに…。

 

「…うふふっ」

 

 あぁ!お母さんにまで笑われてしまいました!恥ずかしい…。

 

「ふふ、ごめんなさいね、リリィさん。そんなにあたふたしているのがちょっとおかしくって」

「でででですよねごめんなさい!」

「あぁいえ、むしろ謝るのはこっちの方よ。寝ているところをこの子が起こしてしまってごめんなさい。この子、昔からリリィが大好きで…」

「だって皆かわいくてかっこいいもん!」

「…っていう具合で…」

 

 苦笑いしながらも、お子さんの頭を愛おしそうに撫でるお母さん。慌てていたのも忘れて、ちょっとほっこりしちゃいます。

 

「あはは…それこそ気にしなくて大丈夫です!景色とか、じっくり見たかったので。むしろ起こしてくれてありがたいっていうか」

「わたし、リリィさんの役に立てたの?」

「うん。起こしてくれてありがとうね。乗り過ごす心配もなくなったし」

 

 やったー!と女の子はガッツポーズを見せてくれました。本当に微笑ましくて、思わずわたしの顔まで緩んでしまいます。反面お母さんは全くこの子は…と困り顔。でも、その子の気持ちはわたしにもとても分かるものなので、あまり叱らないであげてください…。

 

「ね!ね!お姉ちゃん!おりるまでまだ時間あるの?」

「う、うん」

「じゃあじゃあ!それまでリリィのこと、お姉ちゃんからたくさん聞きたい!ねむけざまし?の手伝いしてあげる!」

「ちょっと!リリィさんに失礼でしょ?」

「だ、大丈夫です!もう寝れないのは確かですし、あまりたくさんのことは知りませんけど、いろいろ話せると思うので!」

 

 これもきっと一期一会。『その場の縁を大事になさい』とは、大好きなおばあちゃんから出発前に贈られた言葉です。

 入寮前の緊張をほぐしてくれた、この子の恩に報いるのもきっと縁。

 何から話そうかな、と口にして、

 

 ギギギィッ、と。

 電車が急ブレーキをかけました。

 

「きゃぁっ!」

「な、なにっ!?」

 

 体が慣性に従って放り出されそうになるのを、お母さんと一緒に女の子を抱きしめつつ堪えます。

 そうこうするうちに電車は完全に止まりました。周りに何人かいた他のお客さんの顔も、それまでの日常から打って変わって一様に硬くなっています。

 なぜなら、この時代において何の前触れもなしに電車が止まる時というのは、大抵─

 

『お客様へ申し上げます。先ほど、沿線周辺でヒュージが出現し、これに伴い警戒警報が発令されました。この電車は、─ガ浜まで引き返し…』

 

 ヒュージの、出現。

 わたしが住んでいたところにもまれに襲来することはありましたし、なんならはぐれたスモール級一体のみとはいえ実戦も経験しています。それでも、体が小刻みに震えるような感覚がしました。

 

「お姉ちゃん…」

 

 抱きとめていた腕の中で女の子が不安げな声をあげています。いけない。わたしだってまだ入学前とはいえ百合ヶ丘のリリィ、ヒュージから人々を守るヒーロー。弱気なんて、見せるわけにはいきません。

 

「…、ぁ、うん、大丈夫だよ。無事なところまで引き返すって、車掌さんも言ってるから。ですよね?」

「え、えぇ…」

 

 最後にそうお母さんに確認を取ります。このあたりの地理に明るくないので、残念ながらどこに引き返すのかまでは聞き取れませんでしたが、だとすればわたしがすることはひとつ。

 

「お姉ちゃん?」

「大丈夫、お母さんの言うことをちゃんと聞いててね。わたしも、頑張るから」

「…うん」

「よし、いい子いい子」

 

 そう言って女の子の頭を撫でてから、手を体に立て掛けていた黒いケースに伸ばします。

 

「落ち着いて─いつも通り─」

 

 ジッパーを引き下ろし、取り出したのは機関部に水晶のようなマギクリスタルコアがついた単発式ライフル。怪異に抗うために生み出された、現代の魔法の杖。

 

「…それ、お姉ちゃんのCHARMなの?」

「うん。借り物なんだけどね」

 

 種類を正確に表すのならば中距離射撃型第一世代CHARM。その大量量産型です。安価で、扱いやすく、身近な機体でもあります。反面威力と連射能力は控え目ですが、癖もなく、初心者が扱うにはちょうどいいくらいでしょう。街角に配備されているCHARMポッド内にも必ず一機以上は備え付けられています。

 かくいうこの子も、故郷の町のポッドに配備されていた機体です。リリィ適正が分かった後に初めて渡され、以降半ばわたしの相棒となっていました。

 本来ならば百合ヶ丘で新しいCHARMを受領しますから、この子は所有者である町に返還する予定でした。そこを町の人たちが心配して、せめて百合ヶ丘に着くまでは、と持たせてくれたのです。

 

「…ありがとう」

 

 声援と共に送り出してくれた町の人たちの顔が思い浮かびます。いくら大量生産されている機種といっても、CHARMはほいほいと渡していいほど安価なものではありません。そんな大切なものを信じ、預けてくれたからこそ…今、わたしはこうして勇気を振り絞ることができています。

 

「それじゃあ、車掌さんとお話してくるから!お母さんや周りの人のことを良く聞いて、待っててね?」

「…うん」

「ん、えらいえらい。じゃあ、行ってくるね」

「気を付けて、おねーちゃん!」

「が、頑張ってくださいね!」

「はい!」

 

 親子二人の声援に背中を押され…わたしは、車掌さんのいる車両後方まで駆けて行きました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ごとんごとん、と隣から走行音が響きます。

 逆側を見れば、美しい鎌倉の海を一望できますが、残念ながらそちらを注視する余裕はありません。

 

「…いまのところ異常、なし」

「リリィさん!本当に乗らなくていいんですか!?」

「大丈夫です!ゆっくり進まなきゃいけないなら、外に出た方が対応しやすいので!」

 

 心配げに電車から身を乗り出して聞いてくる車掌さんに、そう答えます。

 今、私は一人徒歩で徐行する電車の護衛に当たっています。

 これが一般の人ならば全力疾走で護衛どころではないでしょうが、わたしだってリリィ、マギによる身体強化の恩恵をフルに受けて電車からつかず離れずの距離をキープしています。

 

「リリィさん!この先の直線も大丈夫そうです!少し速度を上げますよ!」

「はい!」

 

 カーブを曲がり切って、直線に出れば線路に異常がないかを確認し、少し加速。これを繰り返して、着実に避難先の駅へと近づいていきます。

 

「車掌さん!あとどれくらいかかりますか!」

「このペースだと20分ほどです、ただ途中ヒュージの目撃エリアの近くを通ることになります!」

「っ…、わ、分かりました!もう少し一緒に頑張りましょう!」

 

 20分。普段ならばちょっと休むだけで済む時間が、こんなにも長く感じたのは初めてです。

 返事こそ強がって返しましたが、そもそもわたしはまだまだ新米リリィ。スモール級数体程度ならなんとかしてみせますが、果たしてそれだけで済むのか…

 

「…だめだめ、しっかりしなきゃ」

 

 ぱしぱし、と頬をはたいて気合を入れなおします。

 もう一度CHARMの様子をざっと確認。ふと視線を横に向ければ、窓越しにこちらを見る心配そうなお客さんたちに、そっとこちらへ手を振ってくれる女の子が。こちらからも軽く振りかえします。

 …不意に、空気がざわめくような気配。

 

『キュ#、ァア!/?!』

「リリィさんっ!」

「スモール級3体…行けるっ!」

 

 線路脇のやぶを超えて出てきたのは、ヒュージの中では最小クラスとなるスモール級。自動小銃などの個人携行火器でも倒せる相手ですが、それでも丸腰の人間を殺すのには十分な力を持っています。今の互いのスピードなら、電車が攻撃範囲に入るまであと10秒といったところでしょうか。

 …最も、そんなことは絶対にわたしがさせませんが!

 

「セーフティ解除よし、脇を締めて、重心を下げて、最後まで的を見て─」

 

 引き金を、引く。

 

「ピ#ぎィ‘ァ」

「まず一体!」

 

 地元で最低限の訓練を積んだおかげか、弾丸は綺麗にスモール級の丸い体に吸い込まれていき、見事にヒュージを爆散させました。

 そのまま狙いを左右にずらし、続けて数発残りのスモール級にお見舞いします。

 

「ぴィィイィ#!」

「…よし!」

 

 多少慌てたため、何発かは命中しませんでしたが、無事に3体のスモール級は倒せました。流れ弾による被害もなさそうです。新米としてはちょっぴり誇ってもいいのではないでしょうか?

 とはいえ、ここで喜んでいる暇はありません。周囲にヒュージがいないうちに一分でも早く安全圏に逃げなければ。

 

「車掌さん!運転士さん!速度を!」

「えぇ!少し早めます!」

「いや、待ってくれ、あれは!」

 

 車掌さんがその意を汲み取ろうとして、前方を注視していた運転士さんが悲鳴に近い声を上げました。

 そのままわたしも前方に目を向ければ…

 

「…え」

 

 片方は崖、もう片方は藪。逃げ道のない線路沿いに、両手でも数えられないくらいのスモール級が集まりだしていました。

 

 

 

かつての大戦で使われた半自動式の小銃をモデルとしたCHARMから、キーンという特徴的な金属音とともに装填クリップがはじき出されます。

 

「いい加減に…してっ!」

 

 多少手間取りながら装填しつつ、周囲をさっと見回します。

 発砲音が呼び寄せたのか、それともわたしが発したマギに引き寄せられたのか…ともかく、スモール級ばかりとはいえ、わたし一人でこの数を相手するのはかなり…無理があります。

 なんとかヒュージの触腕の射程内に電車が入る前に撃破できていますが、それでもじりじりと距離は詰められていますし、緊張と疲労からわたしの射撃が外れる回数も増えてきています。

 

「運転士さん!速度は!」

「レールが一部変形しているせいで、これ以上速くは無理です!脱線します!」

 

 運転士さんの悲鳴のような声が聞こえます。視線を進路上に向ければ、ヒュージが踏み荒らしたせいでしょうか、なるほど確かにレールが歪んでいるのが見て取れます。むしろこれ以上速く移動するのが無理なだけで、通過することはできると言外に伝えてくる運転手さんに少し驚くくらいです。

 などと現実逃避をする間にも、じりじりとヒュージは近づいてきます。装填数も連射能力も低いわたしのCHARMではこれ以上電車に近づけないようにするので精一杯です。

 

「このっ…あっち行け!」

「ォきゅィ^カ」

 

 距離を詰め、飛びかかって来た虫のようなヒュージには、ストック部分での殴打をお見舞いし、距離を離します。あぁ、ブレードタイプのCHARMの機能がこの機体についていれば、今の一体も倒せたでしょうに!

 

「リリィさん!いいニュースと悪いニュース、どっちから聞きますか!?」

 

 そうして悪戦苦闘していると、不意に車掌さんから声がかかりました。一瞬ちらりと電車を見れば、備え付けの受話器を耳に当てた車掌さんの姿が。確かこういう時は、

 

「いいニュースからで、お願いします!」

「いいニュースは百合ヶ丘から救援が来てくれるとのこと、悪いニュースは到着まであと15分ほどかかるとのこと!」

「じゅっ…!?わかり、ました!」

 

 15分。安全圏へ逃げ込むよりかは多少早いと思いますが、それでも長すぎる時間です。疲労はともかく、一体たりとも通してはならないというプレッシャーがごりごりと心を削ってきます。弾薬ポーチを指で探る時間も少しずつ長くなってきていて、余計に射撃時の焦りに繋がっている、と頭の中のかろうじて冷静な部分が教えてくれましたが、どうしようもありません。

 

「はぁ、は、あっ…!」

 

 追いすがるように後方から迫るヒュージ二体に各3発。待ち伏せのつもりだったのか、線路脇から飛び出したヒュージ1体に2発外して計4発。それぞれ打ち込んだ後にキーンと装填クリップがはじき出されて、再装填。その間にも前方を塞ぐようにヒュージが迫り、呼吸が早くなります。わたしの反対側、進行方向向かって右手が崖で、ヒュージの動きを制限できているのが不幸中の幸いです。

 

「来る、なっ…!」

「はギィ“屡」

「ひ─!」

 

 運転席にかなり近づいていたヒュージをなんとか撃ち抜き迎撃。崩れ落ちたヒュージはそのまま電車にはね飛ばされていきましたが、跳ね飛ばした運転手さんの顔はかなり引きつっていました。無理もありません、わたしだって今どんな顔をしているのやら…。

 ふるふる、と頭を振って雑念を追い払います。改めて視線を電車に向ければ、先ほどわたしと話してくれた親子が心配そうにこちらを見ていました。他のお客さんたちも姿勢を低くしながら、目だけ窓の位置に出して不安げな表情を浮かべています。

 

「けほ、んんっ、大丈夫、です!」

 

 にこりと笑って、ピースサインを作ります。女の子がはにかみながら同じくピースサインで返してくれたのにもう一度笑顔で答えて、ヒュージたちに向き直りました。

 …今戦えるのはわたしだけ。弱音など、見せるわけにはいきません。

 なにより、あれほどリリィに憧れ尊敬の目を向けてくれた女の子が背後にいます。情けない姿など見せられません。

 海側を見据えれば、ヒュージの群れがどんどんと集まり始めています。その中には一回り大きいミドル級の姿もありました。通常兵器なら戦車砲か対戦車火器が必要な、CHARMを持ったリリィでも手こずる相手です。

 

「…負けるもんか」

 

 残弾も、残りの体力も、そもそものリリィとしてのスキルも何もかも心もとない状況ですが。

 それでも、心配や不安を抱えながら送り出してくれた家族や町の皆に応えるために!

 

「かかって、こい。ヒュージ!」

 

 背後の今は戦えない人たちを、守るために!

 

淡観美穂(あわみみほ)が、あなたたちの相手よ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヒュージ出現以前から、鎌倉周辺は緑豊かな土地であった。

 ヒュージ化やそれを恐れた人類側の駆除により、自然に住まう生命はかつてより数を大きく減らしたものの、その緑は未だ健在。むしろ海から襲来するヒュージに備え人類が内陸部に疎開した今となっては、いっそうその緑は春を祝うかのように青々としていた。

 そんな青の中を駆け抜ける少女が、二人。

 

「─ふむ。エミ、ここから救援要請のあったところまで後どのくらいだ?」

「今のペースだと…あと7、8分くらい?ちっくしょー多いのよヒュージども」

 

 口調は軽く、されど油断はなく。黒を基調とした百合ヶ丘の制服が翻ったかと思えば、海岸への進路を塞ぐように緑に潜んでいたスモール級が数体まとめて切り刻まれていた。気づかれたと察知し、これ以上の潜伏は無意味と判断したのだろう。息を潜めていた他の数体が、斬撃の主である黒い髪をポニーテールに纏めたリリィに襲い掛かろうと飛び掛かるが、横合いから銃弾の猛射を叩きつけられたちまち地面に沈んでいった。

 

「ナイスアシストだ、エミ」

「どーもー。こはっちゃんこそ相変わらず訳わかんない戦い方してるねぇ…」

「いや、だからしっかり鍛錬を積めば斬撃くらい皆飛ばせるようになるのだが…」

「身体補助にしかマギ使わないで斬撃飛ばせるリリィなんて1人で十分だにゃぁ」

 

 ふむ?といまいち分かっていないまま、黒髪のリリィは得物の刀─これもCHARMの一種だ─をかちりと鞘に納める。

 周囲を見渡し、脳内に焼き付けた周辺地形と予想されるヒュージの動向、さらには百合ヶ丘の作戦指揮所に詰める要員からの無線連絡にも耳を傾けて、一言。

 

「うむ、面倒な流れだな」

「その割には涼しい顔してるねぇ…」

「なに、エミも私もいるからな」

 

 へいへい、と全幅の信頼を寄せられたもう一方は、うんざりとした声を上げながら手を振って応えた。もちろん黒髪の少女が本心から相棒の自分を信頼してこその言葉と知っているが、これをまともに受け取っていては色々と持たないことをよく知っての反応であった。

 さて、と手を振っていたもう一人のリリィが戦況を整理する。軽く読み取れる範囲で百合ヶ丘周辺にケイヴが複数。海岸沿いからはネストより生み出されたヒュージが上陸し、新鎌倉市街地の方面へ侵攻。そして今自分たちがいる森には身を隠しながら浸透するヒュージがそれなりに。さらに悪いのは、自分たちが先ほど救援要請があった電車まで最も近いリリィということであった。

 

「…んー、人はともかく時間が足りないにゃあ…救援要請のあった電車、守ってるのはうちの新入生って聞いてるけど」

「うむ、補欠合格で今日入寮予定だったらしい。まったく災難なことだ、早く助けてやりたいが…」

 

 まだまだ経験の浅いリリィ1人で、複数のヒュージの撃破も避難民の保護も対応しているらしい、とは最初の至急電で彼女らも認識していた。

 かといって、途中ショートカットのために踏み込んだ森に潜むヒュージを放置すれば、市街地どころか避難区域にまで到達する危険もある。おまけに鎌倉全域に薄く広くヒュージが出現したため、他の方面から増援を呼ぶことも困難。

 だからと一度森のヒュージを掃討してからでは、海岸まで移動が間に合わないどころか、例え群がるヒュージを全て無視したとしても、妨害によって早期の到着は不可能。

 ならば。

 

「…エミ」

「ほいほい、今度はどんな無茶振り?」

「む、意外と嫌がらないのだな」

「いや嫌がられることするつもりだったんかい。…んまぁ、助けたいのは一緒だからさ」

 

 日に焼け、金に近くなった茶髪を搔きながら半分諦め、半分信頼の表情を見せる相棒に、黒髪のリリィは満足気な笑みを浮かべた。

 そして続ける。

 

「ではエミ、ちょっとCHARM構えてくれ」

「ほ?」

「そうそう刃を水平にして、ちょっと私を乗せられるくらいに…そう、それくらい」

「ごめんこはっちゃん、今さらっととんでもないこと聞こえたんだけど」

「うむ、くだんの電車までなら、私のスキル構成も踏まえれば間に合うな」

「こはっちゃん?おーい」

「さてエミ、人間砲弾って知ってるか?」

「…この森のヒュージ、残り全部アタシ1人で相手する感じ?」

「信じているぞ、相棒」

 

 にかり、と黒髪の少女は帯刀したまま笑顔を相棒へと向けた。あまりにもまぶしく、この笑顔の写真を出版社に持ち込めば、ファッション雑誌の特集でも作れてしまいそうだ…とは出会った時『コレ』に良くも悪くも騙されかけた茶髪のリリィの感想だ。

 …ただ、その実力は良く理解しているし。

 そんな親友に後を任されるほど自らの実力に信頼を寄せてもらっていることに、想うところもないわけではないので。

 

「…はいはい分かった分かりましたよ。詠美さんのリリィとしての実力見せつけてやりますから」

「うむ、それでこそ私の相棒だ!」

「へーへー…とにかく方向はあっちでいいカンジだよね?乗って、こはっちゃん」

「うむ。盛大にかっ飛ばしてくれ!」

 

 茶髪のリリィが根本にベルトリンク式の弾倉を取り付けた大剣を構え、そこに黒髪のリリィが飛び乗る。

 そして。

 

「いぃって…こぉおおおい!!」

 

 マギの補助を得ながら大剣は思いっきり振られ、刃の上に飛び乗っていた黒髪のリリィは穏やかな春の空へと飛び出していった。

 森の木陰に遮られつつも、相棒のマギの発光らしき光が見えるあたり、無事飛び出したらしい、と茶髪のリリィは息をつく。

 

「…さーてと」

 

 そんな感傷は一旦置いて、残された少女はあたりを見回す。

 最大の脅威が去ったと考えたのだろうか、木々の合間から少しずつスモール級やミドル級ヒュージが姿を現し、ひとり取り残された哀れな少女を屠ろうと迫ってきていた。

 対して、ゆるく目を閉じながら全周を『視た』茶髪の少女は口元を緩めながら語る。

 

「へいへい、女の子1人にその数はどーかと思うよ?まぁでも」

 

 右手に収まる大剣─とにかく火力の継続性と一撃の重さを重視した、既存の軽機関銃型CHARMと大剣を組み合わせた第1.5世代CHARM─をくるりと回し、うごめくヒュージにさらに挑発を続けた。

 

「─いっぴきオオカミで有名だった原沢詠美(はらさわえいみ)サンには、ちょーっと少ないかも、ね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぜ…はっ」

 

 キン、と装填クリップが地面に落ちる音が響きます。

 ヒュージの圧力に耐えられなくなり、電車を捨ててはや5分。山側に通じる道があったためそちらに乗客の皆さんを誘導しつつ、せめて数を減らそうとスモール級を中心に引き撃ちを心掛けていましたが、未だミドル級を中心に何体もヒュージは健在です。一方でわたしの方はCHARMの弾丸があとクリップ二つのみ。極度の緊張と、今まで一度も足を止めていないことから疲労も体を蝕んでいます。

 

「は…ひゅっ、この!」

 

 ダン、ダンと間隔を開けてさらに発砲、撃破を諦め行動を制限するよう脚部を狙った射撃でミドル級を数分封じます。

 後ろを振り返れば、少し離れて乗客の皆さんが運転手さんたちの誘導で走る姿が見えました。周囲の地理に詳しいお二人が、付近の山中に放棄されたシェルターがあることを知っていたのは不幸中の幸いです。そこまでの道は狭くやや険しいのですが、逆にヒュージが全周から押し寄せるのを防いでくれるという恩恵もわたしに与えてくれました。

 

「リリィさん!あともう少しです!救援もまもなく到着すると!」

「わかりました。少し下がります、車掌さんたちは誘導を!」

「任せてください、このためにここらの地図を読み込んでたんだ!」

「お嬢さんだけにいい顔はさせませんよ!」

 

 こわばり汗だくになりながらも、笑顔を向けてくれる運転手さんたちに頼もしさを感じつつ、避難ルートを駆け上ります。

 少しずつ視界が開け、春の日差しに照らされた海がきらりと光るのが見えました。鎌倉の見どころの一つとして、出立前に町の人たちや家族に海の写真をねだられているのを思い出しました。確かにこれは…写真を送る甲斐がありそうです。

 そんな風に、ちょっぴりよそ見をしていることに気付いたのでしょうか、横でおじいさんの背中を押していた車掌さんがふふと笑いながらこう言ってくれました。

 

「きれいでしょう?鎌倉の海は」

「へ?…あっ、はい!」

「あぁ、別にリリィさんを責めているわけではなくて…その、私たちも運行中によく海を眺めるので。確かリリィさんは鎌倉の外から来たんですよね?」

「はい。地元の近くに海はないので、わたしも数えるくらいしか海を見たことなくて…」

「そうでしたか」

 

 うんうんと満足げに頷く車掌さん。背中を押されていたおじいさんも会話に混ざってきます。

 

「ならお嬢さん、今日は運がいい…いや、ヒュージに追われている時点で不運かもしれんが、今日は陸の天気がいい。普段はネストの霧に阻まれてここまで海が輝かないんよ」

「ネスト…沖の霧が全部そうなんですか?」

「詳しい位置は分かっていないらしいんですけどね」

「若いころ…ヒュージが現れる前は年中サーファーでにぎわっていたし、夏は海水浴を楽しむ人が溢れる活気のある海じゃったよ。…今は面影もないがの」

「へぇ…」

 

 再度視線を海へと向けます。

 確かに海上の天気は不気味な霧と雲に覆われ、そこに世界七大アルトラ級ヒュージのうち一体が鎮座しているのだと、漠然と感じられました。

 …ヒュージを生む母船のような存在、体長だけで数百メートルとも数千メートルとも言われる規格外、そんな敵が眼前にいるのだと、今更ながら震えを感じました。

 

「ま、今は百合ヶ丘の嬢ちゃんたちがいるお陰でわしらもなんとか平和に暮らせておる。軍も頑張っているらしいしの」

「そうそう、ヒュージが出てきたころなんて毎日毎日明日生きてられるか不安でご飯も口を通らなくて…!」

「いや、お前割とばくばく食ってただろ。いつ死んでもいいようにーって」

「お黙りアンタ!」

「い゛っってぇ!?」

 

 そんな未熟な私を察してくれたのでしょうか。おじいさんがそう話題を変えれば、先行して避難していた中年夫婦が合わせてくれて、思わず周りの人たちに笑いが漏れます。

 そうしている間にも、狭い道を小柄なスモール級が登ってきていますが、足止めがうまく行ったからかまだまだ距離はあります。一度過度な緊張を抜いたおかげで、もう少しだけ頑張れそうです。よし、ともう一度気合を入れなおし、追いすがるスモール級を丁寧に、かつ道を塞ぐように撃ち始めました。運転手さんたちも避難の誘導を再開し、視界の隅では先に上へと上がっていた女の子が頑張って!と声をかけてくれるのが見えました。

 まだなんとか持ちこたえられる、そう思えました。でも。

 

『ァき#ヴァd!!!』

「─え」

 

 やけに遠くの方から狂ったような叫びが聞こえると同時に、ゴバッ、と、空が青白く染められました。いえ、これは、爆風を置き去りに飛んで行った閃光は。

 

「うそ、砲撃型のラージ級…!?」

 

 のそり、と廃墟やミドル級までのヒュージを阻んでいた地形を乗り越えて現れたのは、通常兵器が通用しないラージ級のヒュージでした。しかも、多くを占める近接戦型ではなく、熱線による長距離攻撃が可能な砲撃型です。精度こそ甘いですが、その威力は着弾地点の木々を丸ごと焦がすほど強く、例えリリィでも直撃すればタダでは済まないと容易に察せられました。

 

「─っ、皆さん急いでシェルターへ!わたしだと出来て足止めくらいです、姿勢を低くして少しでも安全な場所へ!」

「は、はい、皆さん急ぎましょう!余裕がある人は、ご高齢の方や小さいお子様に手を─」

「リリィさんも、早く、」

「いえ」

 

 再度動きが慌ただしくなった人々を見ながら、車掌さんの言葉にゆるりと首を振ります。

 

「わたし、もうすぐ弾切れなんです。ここで撃ち切るだけ撃ち切ってから、皆さんに追いつきます」

「ですが、」

「大丈夫です!こういう時のためのリリィのマギ防壁ですから。無事に皆さんのところにまで帰ってきます」

 

 嘘です。

 初心者リリィの防壁なんてたかが知れていますし、たとえベテランであってもあの威力を相殺するのは不可能に近いでしょう。

 それでも、マギに引き寄せられるというヒュージの習性からして、リリィであるわたしと乗客の皆さんは離れた方がこの状況では吉。…もとより、人々を守るためにリリィに志願したのです。二度目の戦いとはいえ、最後までせめてかっこつけさせてください。

 

「…本当に、帰ってきてくださいますね?」

「…はい」

「…自分たちの娘と近い歳の子どもを死なせて生き残っては一生自分を許せません。どうか、生きて」

「もちろん、です」

 

 できるだけ普段通りにした笑顔で誤魔化せているでしょうか?しっかりと頷いてから、来た道を駆け下りました。

 ただでさえ残弾が心もとないので、道を塞ごうとしたスモール級はCHARMのストックを振りぬいて下へと殴り飛ばし、時には蹴り落としながら進みます。

 狙うはじりじりと迫るラージ級、その砲口部分です。残弾全て叩き込んでも撃破は不可能ですが、砲撃を妨害して少しでも時間を稼ぎ、今向かっているという救援に引き継げれば目標達成です。

 その後は、なんとか廃墟や細い路地を活用し、逃げて逃げて逃げ切れば、たぶん、わたしも助かってハッピーエンド。

 か細い希望でこそありますが、けして命を捨てる特攻ではないと─車掌さんや故郷の人々、家族を裏切る無謀な行為ではないと言い聞かせ、とにかく少しでも避難する人たちからヒュージを引き離せるよう動きます。

 …ヒュージをいくつ殴りとばし、蹴り飛ばし、反撃にといくつ細かな傷を作ったところでしょうか。

 細い路地を抜けた先、ラージ級の砲口を直線で狙える空き地に出ることができました。

 

「こ、こで!」

 

 ヒュージを殴り飛ばしたせいでストックが青く染まったCHARMを構えます。残弾は装填済みの5発に最後のクリップの10発のみ。距離はかなり近く、巨体の威圧感から生まれる震えを、唇を噛んでこらえました。

 ラージ級もCHARMを構えたことによるマギの励起に気付いたのでしょうか。のそりと虫でも見るようにこちらを見ました。でももう、何かするには遅い!

 

「は、は、は、すーっ…っ!」

 

 タン、とまず一発。これほどの巨体です。外すなんてことはありません。

 目標の砲口からは多少ずれましたが、薄く体表で火花が散りました。

 

「っ、っ、っ!」

 

 セミオートがもたらす速射に身を任せ、5発を撃ち切ります。宙を舞う空のクリップ越しに見えた火花のいくつかは、砲口部分から生まれていました。

 

『ァギゅガ‘ァ!』

「はっ、はっ、はっ…」

 

 悲鳴と怒りの混ざった、生物離れした叫びにさらに呼吸を荒くしつつ、それでもしっかりと腰のポーチに入った最後の10発入りクリップを掴みました。

 泣いても笑っても、これが最後の弾薬です。CHARMに差し込んでボルトを操作、しっかりと装填して改めてラージ級へと向けます。

 多少砲口部分にダメージのあったらしいラージ級は隠していた触腕を出し、振り回しながらこちらへと距離を詰めているようです。乗客の皆さんから引き離せているので万々歳ですが、至近距離で巨体が移動するため地響きが心を揺さぶり照準をずらしてきます。

 深呼吸…深呼吸…。これが、最後の射撃。今ここで、時間を稼がねばなりません。

 その時の私は、恐怖に押しつぶされそうなわたしは、一体どんな顔をしていたのでしょうか?

 

「は─っ」

 

 ダンダンダンダンダンっ!と響くは最後の10連射。巨体に、海棲生物のそれに似た触腕に、そして最大の目標である砲口に弾丸は吸い込まれて行きました。

 最後に、からんと、装填クリップがはじき出されて地面に落ちました。

 

「…ぁ」

『ィ#ィイ“ギ*ガァ─!!!!』

 

 文字通りの残弾、ゼロ。もはやわたしの手中に収まるのは、持つ分には軽い鈍器に他なりません。

 反面、ラージ級は激しく体を暴れさせ、廃墟の街並みに青い体液を塗りたくってこそいますが未だ健在。時間稼ぎができたのでわたしなりの拙い作戦は成功しているのですが、厳しい中で射撃をやり遂げたという達成感からの緊張のゆるみと、巨体がわたしに殺意を向けながら暴れ狂っているという光景からの恐怖が最悪の状況で噛み合い、体が地面に縫い留められたように動きませんでした。

 

『ゴ%ぶラギ|ィィイ!!』

 

 そんなわたしを格好の標的と捉えたのでしょうか。自らを固定するかのように、あたりにいたスモール級やミドル級を弾き飛ばしながら触腕を地面に突き立てたラージ級は、ところどころ壊れた砲口を青白く輝かせ始めました。

 マギを一点に集め放つ、その準備が眼前で進むのを見せられながらも、わたしの体は微塵も動かず、口からはほとんど空気のような声しか漏れません。

 …もしかしたら、生き物としての本能が、この距離ならばどこに逃げても助からないと、冷酷に冷静に伝えていたのかもしれません。

 思い出すのは、目いっぱいの声援と共に送り出してくれた町の人たち。最後に何も言わず、強く抱きしめてくれたお父さん。黙って頭を撫でるおじいちゃん。複雑な顔で、とにかくわたしの無事と健康を祈る言葉をかけ続けるお母さん。

 そして。

 

『ミホちゃん』

『自分の気持ちに、正直にね』

『あきらめちゃダメだよ?諦めなければ、手が届く命だってあるんだ』

『優しいミホちゃんを、ずっと信じていますよ』

 

「─にたくない」

 

 優しくて、物知りで、諦めが悪くて、誰よりも尊敬している、わたしのおばあちゃん。

 

「死にたく、ないっ!」

 

 やっとまともに動いた口をあざ笑うように、ラージ級の放つ光は強まるばかりで。

 無茶苦茶になりそうな頭で、できる範囲でマギ障壁の出力を上げるのが、その時のわたしの精一杯でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「─ふむ、あそこか」

「その声、その言葉、しかと耳にしたぞ。─安心するといい」

「私が来た」

 

「『ヘリオスフィア』」

 

 

 

 

 

 

 

 熱線に焼かれるのはどんな感覚なのでしょうか、と身構えた体からは、あたりを吹き荒れる風の感触しか帰ってきませんでした。

 

「…へ?」

 

 恐る恐る、目を開いてみれば、目の前には薄緑の壁のようなものが浮いていました。

 薄いながら太い熱線を弾き散らすその壁に混乱している間に閃光と暴風は止み、今度は土煙の向こうからヒュージの絶叫と、同年代くらいの女の子の声が聞こえてきます。

 

『ァアァ#ギ‘ガアァア!?!?』

「叫ぶのならもう少し品のある叫び方をしたまえよ。…そこの君!聞こえているな!?」

「へっ?は、はい!」

「うむ!元気そうで何より。疲れたろう、私が下手人どもを片付けるまで、少々そこで休んでいたまえ」

 

 よく通る、ハリのある声でした。それ以上に、不思議と安心感を与えてくれる声です。

 まだまだ状況を飲み込めないでいると、今度は土煙の向こうから、何か巨大なものが倒れるずぅん、という音が。そこまで聞いて、やっと山の方にいる皆さんのことを伝えねばと思えました。

 

「ま、待って!あの、山のほうに、列車から避難してきた人たちがいるんです!わたしのことはいいので、その人たちを!」

「安心したまえ。知っているし見えている」

「でも、追い散らせたとはいえまだまだ周りにヒュージが!」

「そちらも承知している。落ち着きたまえ、これでも腕には自信がある方なんだ」

 

 土煙が少しずつ薄まる中、まだまだ混乱したままのわたしとは裏腹に、その人の声はまるで、風一つない湖のように凪いだものでした。しかしその言葉の裏には、何にだって負けないような力強さもまた、感じたのでした。

 

「とりあえず軽く安全を確保して戻ってくる。少し待っていてくれ」

「えっと─」

 

 次の瞬間、土煙を破って、山の方へと人影が飛び出していきました。そのまま山の方を見やれば、先ほどわたしを守った薄緑の壁がいくつも展開され、その上を蹴って人影が縦横無尽に駆け抜ける姿が見えます。合間合間に青いヒュージの体液や、時にはヒュージそのものが宙に舞い上がっては、それすらも次の瞬間には何かに斬られるように千々に分かたれていました。

 強い、ただそれだけが素人ながらひしひしと感じられます。今も目の前に展開し続けるこの板も、よくよく考えればリリィの持つ特殊能力、『レアスキル』の一種なのでしょう。未だどのスキルにも覚醒していない身としては実力差を感じるばかりです。

 そんな風に視線をあちらこちらへと向けていると、不意に後ろから空気を震わせるようなうめき声が聞こえてきました。

 後ろにいて、こんな声を上げる存在なんてひとつしかありません。

 

「まだ、生きてる、っ」

『ア“ガ;リぎぃジ!』

 

 体の中心を大きくへこませ、さらに大きな切り傷を二つも作りながら、それでも立ち上がろうともがくラージ級の姿がそこにはありました。

 砂煙に隠れていたため気づきませんでしたが、思ったよりもヒュージは近くに倒れ込んでいたようです。相手もわたしに気付いたのか、渾身の力で触腕を持ち上げ叩きつけようとして。

 

「ふむ、想っていたよりしぶとかったか…解析に回せればしたかったが仕方ない」

『ピィぎ』

「去ね」

 

 いつの間に戻ってきていたのか、黒髪をポニーテールにした、先ほどのリリィさんが空を駆けるようにラージ級に迫っては触腕二つを瞬く間に切り飛ばし、最後は胴体を下から右上へと切り捨てていました。

 

「す…ごい」

「さて…うむ、これでよし。すまない君、待たせたな」

「あっ、い、いえ!」

 

 思わず呆けたわたしに、かちりと鞘に刀─これもきっとCHARMなのでしょう─を納めたリリィさんが歩み寄ってきます。

 落ち着いて見てみれば、その制服は黒を基調とした、わたしが今着ているものと全く同じもの。違いを上げるとすれば、すらりと伸びながらも女性らしさを感じさせる体に合わせて、細かい丈が異なっていることくらいでしょうか。

 すなわち、わたしと同じ、百合ヶ丘のリリィ。

 

「こっ、こちらこそ、助けて頂きありがとうございます!」

「リリィはみな助け合いだ。気にする必要はない。それに、謝るならこちらの方だ。いかにヒュージが多かったとはいえ、到着に時間がかかってしまった。申し訳ない」

 

 ぺこりと感謝を伝えれば、リリィさんはそう言ってゆるく頭を下げてきました。ぶんぶんと両手を振ってそんなことはない、と伝えれば、リリィさんは少しきょとんとして、そのあとふ、と笑みをこぼしました。

 

「…あの?」

「…あぁいや、実に謙虚だなと思ってな。山にいる人たちに少し話を聞いたが、みな君のことを案じていた。この状況でなら逃げだしても誰も文句を言えんが、君は最後まで逃げず立ち向かい、誰一人として死なせなかった。そこにさらに君は入学前で戦闘経験も浅いと来た。問答無用の賞賛に値する。もっと胸を張っていい」

「あ、あんまり褒めないでください…!恥ずかしい…」

「何、ただ事実を述べているのみだ」

「だとしてもです…!」

「ふむ?」

 

 わたしがやったことと言えば、せいぜいスモール級を散らしてミドル級とラージ級を足止めしたくらい。なんとか時間を稼いで、後は今こてりと首を傾げたリリィさんに全て始末してもらったのです。ここで結果だけを見て誇るのは時期尚早でしょう。

 とにかく今は山に逃げた皆さんに合流しなければ。もしかしたら、ねんざや切り傷を作っている方もいるかもしれません。そう考えているのが伝わったのか、山へと足を向けたわたしの横に、リリィさんが並んでついてきてくれました。

 

「とりあえず先ほど見た限りでは数名ねんざや切り傷を作る程度のけが人がいた。迎えが来るまではとりあえず周囲警戒と応急処置に専念しようと思う。それでいいかね?」

「はい!あの」

「む?」

「そういえば、お名前…」

 

 頭の中では今しがた聞いた症状への対処方法を考えつつ、せっかく並んで歩いてくれたのだからと、お名前を聞くことにしました。いつまでもリリィさんリリィさんと心の中で呼ぶわけにはいきません。

 そうして問うと、青空のような目を丸く見開いて、失念していた、とつぶやきながらこちらを見据えてくれました。

 

「申し遅れてすまない。私は高川虎春(たかがわこはる)、百合ヶ丘女学院二年のリリィだ。君のひとつ上にあたる。─ようこそ、鎌倉へ。歓迎するよ、新たなリリィ」

 

 

 時間にして、もう30分と経っていませんが…。

 わたしの人生が大きく動き始めた、そんな気が確かにしました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところでえと、虎春…先輩?は、その、先ほどはどうやってここに?どこかに道があるんですか?」

「む?あぁ、少し空を飛んでな」

「…空?」

「うむ、親友に少し投げてもらって」

「投げてもらって…?」

 

 あと、ついでにですが。

 とってもキャラクターの濃い先輩と、お会いすることにもなりました。

 




・CM-1 チャームドガーランド
中距離射撃型第一世代CHARM。第二次世界大戦においてアメリカで使用されたM1ガーランド半自動小銃をCHARMに改造したもの。
装弾数10発(クリップ装填方式)。
 既存銃器をCHARM化することで安価に対ヒュージ戦力を確保しよう、という目的のもと、2031年より開発が開始され、2034年に各国でCHARMとしての正式認定を受けた。
 実際には装填数の少なさや、イチからCHARMとして設計された他の第一世代機よりも最大発揮出力が劣っており、使用弾薬に威力が大きく依存する等、欠点も多く、以降銃器転用CHARMはほとんど開発されなくなった。
 しかし、改造元が『傑作だろうと駄作だろうと、とにかくたくさん兵器を作って余ったら外国に押し付けるか砂漠で保存する』が習慣付けられたアメリカであったこと、例に漏れずガーランド小銃も二次大戦時に大量に生産され、良好な保存状態で大量に保管されていたこともあり、結局CM-1も交換品含め大量生産された。
もとより射撃性能自体は良く、重い本体も反動を吸収し、一方でCHARM化により運用中はリリィへの重量負担は小さいなど、10代の少女たちが安定して射撃できるというメリットもあり、ヒュージへの恐怖心が拭いきれない初心者向けとして、また量産効果により抜群のコストパフォーマンスを誇ったため、非常用のCHARMポッド備え付け機として、2040年代半ばごろまで使用されていた。

 現在では性能の陳腐化やヒュージ自体の凶暴化もあり、ほぼ退役している。
 例外として、一部のガーデンでは儀仗、もしくは式典でのドリルパフォーマンスに使用する儀礼用CHARMとして、運用が続けられている。
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