もし百合ヶ丘の売店に「よく困ったことに巻き込まれる店員」がいたら   作:ぽけー

8 / 8
半年経ってしまったので初投稿です。なんか前回も同じ事言ってたな。
おそらく次回もゆっくり更新ですし、中々主人公が出てきませんが、まったりお付き合いして頂ければ幸いです。
次回はたぶん皆さんが忘れたころに出ます。


2. 斬り飛ばす もしくは腰が抜ける

 大量殺戮に特化したはずの現代兵器を大きく無効化し、さらには無限とも思えるほどの物量を有するヒュージの出現は、人類に生存圏の大幅な後退を余儀なくさせた。

 ヒュージが基本的には海から襲来することもあり、沿岸部では特に生存圏後退が顕著で、近隣に強力なガーデンが存在している地域─例えば御台場や横須賀周辺など─を除いて、日本の沿岸部の多くはよくてゴーストタウン、悪ければ戦火にも巻き込まれ廃墟へとその姿を変えていた。

 そのため、これら廃墟化した海沿いの地域には人も滅多に近寄らない。一方で、ヒュージにいつ襲われるか分からないという点にさえ目をつむり、また防衛軍が定期的に行う哨戒からも隠れられるのならば、沿岸部の廃墟群は人1人が身を隠すには格好の場所であったりもした。

 よって、青い服─実験部隊の赤とはまるで真逆のそれに身を包んだ、人間を相手取ることに特化したその一団が逃亡者を追ってこの街に来たのは、至極当然のことであった。

 

 

「ほんとーにいんのかね。ガキが二人、しかも孤立無援らしいって話だろ?ヒュージに襲われたら一発だ。死体の捜索に切り替えた方がいいんじゃねーの?」

「上からの指示は実験施設から逃走した被験者の捜索と拘束だ。死体を探せとは言われていないし、この話は今朝もしただろう?」

「だってさァ…」

 

 一団の中ほどに位置する二人の少女のうち、少し口調の悪い方が周囲を見回す。

 

「アタシらリリィだけでアンタと合わせて二人、ンでマディックが四人におっさんら普通の兵士が二人の大所帯だろ?そンで捕縛対象はリリィどころかマディックでもねぇ小娘と来た。いつから上は過剰戦力がお好きになったんだァ?」

「おっさん言わないで欲しいっす…」

「よせ、みっともないぞ」

「先輩…」

「この子たちから見れば、20代前半はもうおじさんだ」

「先輩!?」

 

 リリィの言葉が流れ弾として兵士に突き刺さり、わずかにマディック達は年頃の少女らしい笑いをこぼす。

 尖った口調のリリィが不平不満を垂らし、理論派のリリィがそれを慰め、経験豊富な兵士がそれを笑いに転換し、マディックがチームの空気を入れ替える。それは、今まで任務の中で幾度と繰り返してきたある意味『日常』の光景であった。そして、これも。

 

「…ンまぁ?こんな風に流れ弾が刺さったのも?元をただせばワガママにも逃げ出したクソ女どものせいだし?とっとととっつかませて、適当にいたぶってから依頼ラボに突き出そうぜ」

「人類を救う、そのために必要な犠牲の尊さを知らない、哀れな被検体…」

「オレは兵士にしかなれなかったっすけど、被検体になれるなんて光栄なことなのに…なんで逃げ出すんすかね?」

「必要な犠牲…恨むなら自らの運命を呪うといいさ」

 

 四者四様の、逃亡者への死刑宣告。話を聞くだけであったマディック達が浮かべる表情もまた、哀れな少女が供物として弄ばれることを良しとするものか、己がその不運に見舞われなかった幸運を誇るものであった。

 

「…ハっ、とりあえずここらへんはゆっくりいたぶりながら聞こうぜ。GEHENAから逃げ出した低能の言い分なんざ、さ」

「そうですか。とりあえずお話するつもりはありませんが」

 

 さて。

 青い装束に身を包んだ彼女彼らは、脱走した被検体の捕縛や、わざわざ死地に首を突っ込んだ活動家、『奇妙な』正義感に駆られたジャーナリストの『処理』を担当する、対人戦闘専門のチームだ。特にリリィとマディックは通常の対ヒュージ戦闘と共に、対人戦闘に関しても訓練を積んでいる。

 一方で、実戦において彼女たちは常に強者であった。マギによる防御結界は拳銃弾程度なら余裕を持って防ぎ、逆に彼女らが振るうCHARMは薄い鉄板やコンクリートブロック程度なら、その向こうの人体ごと破壊できるほどの威力を持っていた。

 裏を返せば、任務中─特に対人任務中に、自らの命を脅かすほどの強者など存在しなかったがゆえに、周囲警戒はおざなりになることが多かった。唯一警戒の対象となるヒュージはその巨体から視界に入る前に音が存在を教えてくれる以上、仕方ないことではあったが。

 

「は─?」

「あぁ、やっぱり人相手だと普通に斬れるんですね、これ」

 

 だからこそ、会話に挟まって来た聞き覚えのない声に振り向いた際には、すでに後方を警戒していたマディック二人の首が宙へと浮いていた。

 

「なンっ…」

「─、ほ、呆けてる場合じゃない!アイツが捕縛対象だ!」

「CHARM…GEHENA所属のリリィですか」

「撃て!」

 

 リリィのうち、理知的そうな見た目の少女の発破により、各々のCHARMや小銃から火線が伸びる。咄嗟に応戦の指示を出せただけ、普段から一般人のみを相手にしていた部隊としてはよい反応であった。もっとも、上層部から出された指示が対象の『捕縛』であるのに対し、発砲しているのは実弾であるところから、彼らの隙と動揺の大きさが伺えたが。

 とはいえ普段から相手にしている普通の人間相手であれば、またこの場所が射撃戦に適した開けた土地であれば、ここから下手人を始末するなり拘束するなりが可能な程度には、青い服の一団は優秀であった。

 相手が普通の人間ではなく、今立っている場所が、見通しが悪く入り組んだ廃墟群であったことが、彼女らの最大の不幸であった。

 

「ぎゃ」

「3人目」

「当たらない…っ!?」

「4人目」

 

 弾幕の中を白い実験服の少女が駆け抜け、時に瓦礫を遮蔽にし、時に事前に把握していた廃墟の構造を活かして奇襲を仕掛け、ひとつふたつと首が宙を舞っていく。

 舞った首が5つ目を数えたあたりで、捕縛部隊は白い少女の異常な速さに気付いた。一般人ならありえない、リリィであっても、レアスキル─それも速度特化の縮地─を持たねば到底発揮できない速度。

 ただの一般人、弱い脱走者という認識のもと、獲物を集団で追い詰めていたつもりだった追跡者たちには、無感情に致死の一撃を狙う姿も相まって、死の恐怖を煽るには十分だった。

 

「この─ばけものっ」

「それは、どうも」

 

 唯一口に出た悪態も、何ら響かず流されて。

 少女の右腕に括りつけられた箱、そこから伸びる片刃のナイフのようなソレが、首へと迫った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

33日前/鎌倉府 沿線部

 

 

「─洗浄はよし…おじさん、吐き気や視界がぼやけたりはしていませんか?」

「んー…いや、そういうのはないな。どうしても切れたところが痛いが…」

「だいぶ痛みますか?」

「いや、これくらいなら我慢できる範疇だよ」

「なんて言っちゃってぇ。あんた、顔に力入ってるよ。痛いのが苦手なのにお嬢さんにカッコつけようなんてしないの」

「おまっ、お前そりゃここじゃあ秘密にしてくれよぉ!」

「なーに言ってんの、さっきまるであたしが大食いみたいに言った仕返しだよ!」

「そりゃねぇだろぉ!?」

 

 砲撃型による攻撃の余波で発生した飛散物で頭を切ったらしいおじさんに処置を行いつつ、途中入った奥さんのツッコミに思わず笑顔が浮かびます。

 ほんの10分前までは、全員生きるか死ぬかの状況でしたが、そこは百合ヶ丘から増援として、一目動きを見ただけで歴戦と分かるようなリリィが来てくれたことで、皆リラックスしているようです。開けていて、ヒュージの接近に気付きやすい線路上に戻ろうとの提案にはもう少し反発されるかと思いましたが、むしろ乗客の方たちはわたしの体の心配ばかりしていました。

 

「…はい、包帯巻き終わりましたよ。傷は浅そうでしたが、ケガした場所が場所なので、後でちゃんと病院で検査受けてくださいね?」

「ん?あー、まぁ、これくらいの怪我なら…」

「ありがとね!この人はちゃーんとあたしが縄くくってでも連れてくからさ!」

「えっちょ」

 

 …なんというか、力関係が分かるというか。おじさんの方は病院が苦手なのか、なんだかんだと理由を付けて受診しない可能性があったので、そこはひと安心なのですが。

 そんなことを考えていると、す、と横に気配が。

 

「…ふむ、手際がいいんだな…私も包帯は使うが、ここまでするするとは巻けないぞ」

「虎春先輩…じゃなくて、えと、虎春、様!巡回、大丈夫でしたか?」

「うむ、周囲一帯のヒュージは殲滅できたはずだ。隠れている可能性がない訳でもないから、要警戒だがな」

 

 はっは、と笑う姿は頼もしさを感じます。それでいて、ポニーテールに纏められた艶やかな黒髪は、同性の私でもきれいと思えるほどで。百合ヶ丘の精鋭リリィともなると、戦いだけではなく、私生活や立ち姿一つ取っても洗練されているのかなぁと、ぼんやり思いました。

 

「怪我人の方はどうだ?もし急いで搬送する必要があるならば、私から百合ヶ丘経由で救難機を呼ぶが…」

「わひゃ、すみません。ちょっとぼーっとしてました。えと、怪我した人たちですね…」

 

 声を掛けられ、我に返ります。

 

「トリアージタグがないので、印はつけられてませんが、基本的には皆さん軽傷です。切り傷ができた人には、簡単に止血だけしてます。他は避難中の捻挫が数名です。搬送は…うーん…」

「?言葉だけ聞くなら、急いで運ぶ必要もなさそうだが」

「足を捻挫した人が二人いて、あんまり歩かせたくないんですよね…あと、頭に切り傷作った人もいるので。飛来物にやられたと思うんですけど、念のため設備の整ったところで頭部に異常ないか確認しておきたいんです。変に脳に損傷あると、自覚症状も出にくいですし…」

「…詳しいな。まるで本職の医師みたいだ」

 

 ほぉ、と声を漏らしながらこちらを見る先輩に、少しだけむずがゆさを感じます。

 

「あはは…戦時特例で準看護師の資格持ってるんです。研修も受けてて。あとは両親と祖母が医療関係者で…処置の時の話し方とかは無意識にかっこつけて、親のマネをしているだけです」

「なるほど、それで補欠合格か…なるほど」

 

 顎に手を当て、どこか意味深に納得する虎春先輩に少し首を傾げつつ、話を続けます。

 

「急いで搬送する必要があるか、って言われると、今の私だと判断できません。ただ、後で医師の診察を受けて欲しい、とは言えます。なので、できれば車両か何かで安全地帯まで連れていけたらいいなーって思ってるんですけど…」

「ふーむ…分かった。少し問い合わせてみよう。美穂、すまないが周囲の警戒を頼む。何かあればすぐに知らせてくれ」

「はい」

 

 片手を立てて、『頼むぞ』とジェスチャーを送りながら、虎春先輩は離れていきます。通話を一般の人に聞かせたくなかったのでしょう。

 それを、頭を下げながら見送って、ふと振り返ろうとして、たしたしと軽い足音が背後からします。

 

「リリィのおねーちゃん!」

「わっ!もう、走ったら危ないよ?」

 

 振り返ると、電車でお話した女の子が飛び込んできました。そっと受け止めて、少しだけ注意をしておきます。このあたりはほぼ平地ですが、線路の砂利に足を取られないとも限りませんから。

 

「えへへっ、でも、おねーちゃんが受け止めてくれるからだいじょうぶ!」

「もう…」

 

 満面の笑顔で抱き着いてこられては、こちらも何も言い返せません。甘い、と言われればそれまでですが、この笑顔を守れたのだと思うと、とてもこれ以上怒る気にはなれませんでした。少し離れたところでは、この子のお母さんが申し訳なさそうな顔をしていましたので、少し手を振って気にしないでと伝えておきます。

 

「あのねっ、おねーちゃん」

「ん?なぁに?」

「守ってくれて、ありがとっ!」

 

 呼びかけに視線を下げれば、小さな女の子はそう言って、さらに弾けそうな笑顔を見せてくれました。

 まっすぐな言葉に、少しだけ心に影が差します。頬や服のところどころには、お母さんが拭ってくれたのだろう泥や土の痕がついていました。

 

「…うぅん。わたしは時間稼ぎをしただけ。本当に助けてくれたのはあの虎春先輩だから。だから、お礼はあの人に言った方がいいよ」

 

 注意を引くことしかできなかったラージ級を二撃で沈め、跋扈していたスモール級やミドル級を数分で壊滅せしめた虎春先輩を思い浮かべながら、笑みを浮かべます。

 百合ヶ丘のリリィと名乗りながら、結局わたしにできたのは時間稼ぎだけで、それもラージ級の出現でお客さんたちに怪我まで負わせるような有様では、とても胸は張れません。

 そんな胸中を察してか、それとも知らずにか、女の子はふるふると首を振って続けてくれました。

 

「お姉ちゃん、あんなにたくさんヒュージ来てたのに、全然逃げようとしてなかった!」

「え?」

「あたしだったら、逃げてたかも。だけど、お姉ちゃん、あたしたちを守ろうって、必死にがんばってた!」

 

 だから、ありがとう!と、もう一度頭を下げてその子はお母さんの方へと戻っていきました。

 

「あの子の言う通りだ」

「虎春せんぱ、」

「敵と戦う強さもそうだが、逃げない強さも得難いものだ。それを君は持っていて、あの場で見事に発揮した。そうだろう?」

 

 通信を終え、戻って来た虎春先輩の言葉に、考え込みます。

 わたしが目指す道は、逃げないだけで済むような道ではないと…思います。最前線でエースとなるつもりも素質もありませんが、今日のような戦いを満足に捌き切れない現状のわたしのままでいいのか、どうしても考えてしまいます。

 

「これから君も強くなる。その素質は、必ず役に立つ。私が保障しよう。だから─む、意外と早かったな」

 

 柔らかく笑みを浮かべる虎春先輩の声に、バタバタと、空気を叩く音が混ざり始めました。

 空を見上げれば、青に混じるように緑色の迷彩を施されたヘリがこちらへと向かっているのが見えました。

 

「先輩、もしかして」

「うむ。物資輸送の帰りのヘリがちょうど空いていてな。要請をかけたらそれを回してくれると防衛軍から返答が来たんだ。もう少し到着に時間がかかるかと思ったが…うむ、今日は運がいいな」

 

 段々と近づいてくるヘリコプターはかなり大きめのもので、横で虎春先輩がチヌークか、当たりだな、とつぶやいていました。なんでも、今ここに居る人は全員乗れそうなんだとか。

 音に気付いた一般人の人たちもこちらに集まってきていて、車掌さんたちが一か所にまとめようと誘導していました。先ほどの女の子も、お母さんに手を引かれて車掌さんたちの方へと歩き始めています。

 

「うむ、私たちもこのまま安全地帯まで行こう。確か百合ヶ丘近くに一時避難場所が用意されているはずだ」

「は、はい!じゃあ、わたしはちょっと怪我した人たちのお手伝いしてきますので!」

「む、私も手伝おう。防衛軍の機体ならば、こちらで着陸誘導はしなくてもいいだろうし…避難場所まで着いたら、そのまま私が百合ヶ丘まで案内しよう」

「本当ですか?ありがとうございます!」

 

 気にするな、状況も粗方落ち着いたようだしな、と笑顔と共に話す虎春先輩に改めて感謝を覚えつつ、近くにいた足を捻挫した人のそばに行こうとして、

 

「…む、そういえば忘れていたな」

「どうかしましたか?」

「君の名前」

「…?」

「聞いていなかったな、と。いやすまない、私だけ名乗って終わったつもりになっていた」

 

 たはは、と、先ほどまでの凛々しい笑顔から打って変わった照れ笑いと共に、そう虎春先輩は問いかけてきました。

 …わたしも、出会った時の衝撃が強すぎて、今の今まで名乗りを忘れていたのを、今やっと思い出しました。

 この先輩、インパクトが強すぎると思うのです。色々と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数十分前/鎌倉周辺部森林内

 

「だぁしつっこい!モテないよーしつこいのは!」

「ピごヅ」

「そぉら次!沈めゴラァ!」

「グぅンッ」

 

 中距離のスモール級に機関銃ならではの連射性能を活かして猛射を加え沈め、その隙を狙おうと突進してきたミドル級は大剣ならではの質量をもって潰し斬る。

 一人の小柄な少女が相対するには過大がすぎる、と思われたヒュージ群は着実に青い体液へと変貌していった。避けようと木を盾にするものもいたが、大木ならまだしも細い木を盾にしたヒュージは、その幹ごと両断されるなりハチの巣にされていた。

 一方の少女はというと、これといった傷は見当たらず、大剣にベルトリンク弾倉と銃身をつけたような─実際、設計思想としては大剣と機関銃を足して割ったものである─、見るからに重い自らの愛機を振り回しては青い染みを量産している。それでも潜伏していたヒュージの数は相当だったのか、相方を空にフライアウェイしてしばらく経つにも関わらず戦闘は続いていた。

 

「あー司令部―!一応優先度低めでいいって言ったけど、念のため誰かリリィの手が空いてたら送って欲しいなー!?」

『ちょっと待って…今一人、新高等部一年の子なんだけどそっちに向かわせてる。それまで耐えて』

「うーん不安っ!」

「ぶギ#ャ」

 

 大剣はまぁマギが続く限り運用できるとして、そろそろ弾薬の方が不安になった詠美の要請に返ってきたのは、一般的には経験がまだ浅いとされる新1年生を送るとの連絡。

 軽く愚痴のように会話を返しつつ、不用意に近づいてきたスモール級を両断した。

 

「まーミドル級までしかいないからまだなんとかなるけどさっ!」

『…エミ、それってフラグってやつなんじゃ』

「ふふーんそんなもん踏み倒してやん」

「ゴァアア“リヴァ」

「oh…」

 

 ついでにと強がりを電波に乗せてみたところ、木々を押しのけながらのそりとラージ級が覗いて思わず口から英語が飛び出す。無線の先の同級生もどこか呆れた気配だ。…ここで即身を案じないあたり、メガネの少女への信頼も感じられるが。

 

『Heyエミ、一応聞くけど大丈夫そう?』

「あー…や、近接型っぽい?まだ小物も残ってるから増援は急いで欲しいけど、砲撃型じゃなければそこまで…かな?」

『分かった。今行ってる子にはこっちから伝えて─その必要ないかも』

「ん?」

 

 おそらく増援の少女の位置を確認したのだろう、司令部に詰めている友人の声に疑問符を返して、次いで近づいてくる風切り音に目を細める。

 

「─シッ」

「メいィ」

「わぁお…」

 

 詠美の視界に映ったのは、同じ百合ヶ丘の制服を纏う一人の少女。聞いた話が正しいならば、詠美の一つ下だ。

 マギによる跳躍補助を水平方向に振り、鋭い一閃をヒュージに与えていたのが先ほどの風切り音の正体であったらしい。

 

「遅れました。増援に来た者です」

「や、むしろ早くて助かったわ。…大物と小物、狩るならどっちがいい?」

 

 挨拶もそこそこに、どこか空気の堅い後輩に冗談がてら話を振る。もちろん大物とは出て来たばかりのラージ級、小物はそれ以外の残存ヒュージのことだ。

 果たして、血をそのまま映し出したかのような赤い目は一瞬疑問に細められた。

 

「…えっと。私はどちらでも構いませんが」

「ほうほう…」

「…?」

 

 返答に笑みを深める。既に彼女も目視しているであろうラージ級でも、まだ数の残っているスモール級などの群れでも、どちらでも倒せるという自信を当たり前のように持っていなければ、今の淡々とした返答はできないだろう。

 それに、と視線を後輩の手元に落とす。諸刃の剣を模した第一世代CHARM…のように見えて、ところどころ謎の可動パーツらしきものが見える。新型であろうそれの実力を、後輩のそれ共々見てみたいという欲求が詠美の中に頭を出してきた。

 

「─よっし決めた。きみ自信ありそうだしラージ級任せてもおけ?」

「了解です。となりますと、先輩は他をお願いしても?」

「もっちのろん!役割分担できるなら頼みたかったしね。むしろ引き受けてくれて助かるわ」

 

 大剣をぶるん!と振るい、気合を入れなおす。後輩の方は未だ表情に疑問符を残しているが、それはそれとして戦士の顔つきに戻し、じわりと近づくラージ級と正対した。

 

「んじゃまぁ…とっとと終わらせて帰ろっか!頼むよ後輩!」

「微力を尽くします」

 

 片や獰猛な笑みを、片や怜悧な目を、互いの敵へと向けて。

 少女二人は、強く地面を蹴った。

 

 

 

 

「いい動きするじゃん」

「ギ#ァ」

「ヒュージは呼んでないし相槌してとも言ってないんだわ。おら沈め!」

「グぷ」

 

 後輩の露払いも先輩の仕事、と言わんばかりに小粒のヒュージの注目をこちらに集めて数分。

 詠美から少し離れた場所で繰り広げられるラージ級との戦闘は、後輩たる少女の技量をしっかりと伝えていた。

 時に距離を取り、冷静に攻撃を見極め、隙を見つけて切り結ぶ。

 時に一気に距離を詰め、大型ヒュージ周辺の高いマギインテンシティ─マギ濃度のこと─の恩恵を目いっぱいに受け、出力を増大させたCHARMを乱舞させる。

 真面目そうな性格から、もう少し教本通りの堅い戦い方をするかと思っていたが、多少のリスクを許容して大胆な一撃を叩き込むのは意外だった。もっとも、ラージ級の攻撃に対してはかなり安全マージンを取って避けているあたり、慎重な側面もあるのかもしれないが。

 小物の掃討を、その分析の間に終わらせ、本格的に観察へと移る─その時に、ラージ級の動きに変化があった。

 

「ぃ、ィィイイ“*がヅ」

「っ」

「危ない!」

 

 再度接近し重い一撃を加えようと近づいたタイミングで、体内に格納されていた追加の触腕をヒュージが振り回す。眼前の少女はその動き自体には対応し、回避行動を取れているが、観察がてら使っていた詠美の『視点』からは、さらに回避地点にちょうど届くように振りかぶられた別の触腕が見えた。

 即座に警告を発し、自前のCHARMを構え、引き金を引く。ベルトリンクに収まった実体弾が大剣の峰を兼ねた機関部に吸い込まれては銃口から吐き出され、弾幕でもって第二の触腕を消し飛ばした。

 

「今!後輩ちゃん行って!」

「っ!」

 

 ラージ級ゆえの巨体に切り札を隠しての一撃という、初見殺しのようなコンボを封殺されたヒュージの動きは一瞬固まっていた。それを見逃すほど百合ヶ丘のリリィは甘くはない。

 詠美の声が届くのと、諸刃の剣を携えた少女が踏み込むのはほぼ同時。射撃型と比べマギを込めやすく、威力の上がる近接型CHARMは、存分に大気中のマギを吸った上でラージ級を奇麗に二分割した。

 

「…は」

「ふぃー…ラージ級一体撃破を確認、と。後輩ちゃんナイスプレー」

 

 息をつく後輩に対し、ぐっじょぶ!と親指を向ける。赤目の後輩は、少し呆けたようにこちらを見て、ゆるく頭を下げようとして─警告が飛んだ。

 

「先輩、後ろ!」

「んあ?─やっべ」

 

 性質上、あまり効率のよくない『視点』を切ったのが良くなかったらしい。後ろを振り向けば、ちょうど飛び出してきたスモール級、それも射撃型が、体内に隠していた銃口をこちらへと向けていた。

 即座に体を振り向けて引き金を引き、がちん!という大きな金属音に血の気が引く。

 

「こんな時に!?」

 

 排莢口に目をやれば、排出されかかった空薬莢が引っかかっていた。まれに起こる装填不良で、空薬莢を外せば元通りに射撃できるが、今のこのタイミングではその時間すら取れない。おまけに、ヒュージとの距離があるせいで大剣部分での攻撃も届かず、射撃体勢を取ったために今から回避を選択する時間的余裕もない。

 

(意外と油断してたかも─っ!)

 

 こんなくだらない死に方では死ねないと、幅広の刀身を盾にするように跳ね上げる。こちらの防御が壊れるのが先か、あちらの攻撃が途切れるかの我慢比べとなることを覚悟した。

 しかし、我慢比べはもう一つの銃声により、早くも決着した。

 

「…およ?」

 

 視界には、弾き飛ばされ爆散するヒュージが。銃声の元へと視線を向ければ、後輩の少女が持つCHARMの刃が真っ二つに割れ、硝煙をたなびかせる銃口が覗いていた。

 ふぅ、と息を入れる声がこちらまで聞こえる。次の瞬間、ガシャガシャという音を立てて銃口が格納され、少女のCHARMは元の両刃剣へと戻った。

 

「よかった、ちゃんと動いてくれた…」

「うおーすっごいねそれ!可変型!?噂の第二世代ってやつ!?」

「なっ」

 

 ばびゅん!と駆け寄って問いかける。もちろん『視界』を再度使って今度こそ周囲の安全化は確認済みだが、いきなり近くに寄られて後輩の少女は面喰っていた。

 

「あ、いやごめん。それよりありがと。助かったわ」

「いえ、別に…それが任務ですので」

「そうだった、元々救援じゃん君。じゃあ二重にお礼言わないと」

「はぁ」

「救援に来てくれたお礼と、さっき助太刀してくれたお礼!あ、あとラージ級の処理頼んだこととか…大丈夫?まだギリギリ中等部生っしょ?怖くなかった?」

「そんな子どもみたいな…」

 

 少し背伸びして撫でようとした手は、綺麗に避けられた。よく見てるじゃん、と詠美は目を細める。たたき上げか、中等部編入組か、確かな実力を持っていることは、先ほどの戦闘からもよく理解できた。

 

「あ、そうだ、アタシ新高等部二年の原沢詠美。さっき相方ぶん投げたところ。君はー?」

「ぶ、ぶん投げた?」

 

 人慣れしていないのか、どこか距離を感じる話し方にはっきりと困惑の色が混じる。実際話していて自分でも首を傾げそうになったが、詠美にとってこれくらいは日常茶飯事なので気にしないことにした。

 気にするとハゲるとは、件の人間砲弾少女に関わる仲間内での定説である。

 対する後輩は、赤目を一瞬疑問に埋めつつ、答えた。

 

丹村凪(にむらなぎ)、新高等部1年生で、詠美様の一年下になります。…これで、よろしいですか?」

 

 あらかた戦闘も終わったようですし、と無線を聞きながら帰る方向に足を向ける凪に、詠美が追加で声をかける。

 

「ちょいまち、ヘイ凪さんよ。ちなみにレギオンとか予備隊ってもう入ってる?」

「ずっとソロのつもりなので、入ってないです」

 

 今日会ってから、一番の声の硬さを感じて。ついでに先ほどまでの戦闘や、新型であろうCHARMを支給されているという事実を勘案して。

 詠美はもう一歩、踏み込んだ。

 

「じゃあさ、ウチ来ない?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「─さて、美穂。改めて、ようこそ百合ヶ丘へ」

「は、はい!」

 

 防衛軍のヘリが降りた臨時避難場所で、電車で出会った皆さんと別れてから歩いて数分。

 入学パンフレットで何度も見た正門の前で虎春先輩にそう言われ、体にしゃきりと力が入りました。

 そんな私を見て、虎春先輩はくつりと綺麗な笑みを浮かべています。

 

「え、えっと」

「いや、そういう初々しい新入生は久々に見たからな。なんとも微笑ましくて、つい」

「そんなにですか…?」

「うむ。緊張しすぎの肩に力入りすぎだ。おまけに今日は大立ち回りと来た。早めにどこかで気を抜かないと、体が持たないぞ?」

 

 とにもかくにも良く頑張った、と、虎春先輩は子どもにするように頭を撫でてくださいました。

 普段ならばびっくりするところですが、短時間とはいえ虎春先輩の頼れる面や尊敬できるところを多く知ったからか、不思議と嫌な気持ちはしません。…でもこの人、仲間に投げられて空から降ってきたんですよね。そんな考えがどうしても胸中にちらつきます。なんというか、そこも魅力なのでしょうけど、どことなく残念、というか。奇想天外、というか。

 

「話は変わってしまうが美穂、今日は何か予定はあるか?」

「へ?一応、今日が入寮予定の日なので、寮監さんや寮の代表の方から色々とお話があるとか…あとは荷物の整理ですね」

「ふむ…そうか。かなり忙しそうだな」

「すみません…」

「あぁいや、それはこちらの台詞だ。いやしかしうーむ…」

 

 話を切り替えた虎春先輩は、何かを悩んでいるようです。こちらも首を傾げていると、虎春先輩の中で整理がついたようで、もう一度こちらに話しかけてくれました。

 

「…うむ、ならば今日は仕方ないな。ここらで解散としよう。一応、戦闘報告等はこちらでやっておくが、時間ができたら美穂の視点からも誤りがないか確認しておいてくれ。百合ヶ丘のルールに慣れるいい機会にもなるだろうし」

「はい!ありがとうございます」

「それと、もう一つ」

「はい?」

「とりあえず私の連絡先もろもろを渡しておくが…どうしても君を誘いたい場所、というか話がある。受ける受けないは別にして構わないが、余裕ができたらぜひ連絡するか、この工房にこの時間帯に来てくれ」

「はぁ…?」

「その時間帯なら、出撃が入らない限りは私や私の仲間たちがいる。私がいない時は、高川虎春から紹介を受けた誰それだ、と言えば分かるようにもしておこう」

 

 端末の番号や部屋番号を書いたメモを渡され、受け取ります。訪問を楽しみにしているぞ、と澄んだ青の瞳を細めながら、虎春先輩とは一旦そこでお別れになりました。

 

「なんだかよく分かんないな…」

 

 CHARMケースを背負ったまま、ぼんやりと呟きます。…とにかく気を取り直して寮に向かわなければ。

 そうやって一歩踏み出そうとした私を、遠くから、なんだか顔を赤くして見ていた方が複数いらっしゃったようですが…。

 当時の私は、そんな視線にも全く気付くことなく、できるだけ背筋を伸ばしながら校門をくぐりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、こはっちゃんお疲れー」

「エミ」

 

 戦闘報告を終え、廊下を歩く虎春に声がかけられる。視線の先には、ひらりと気安く手を振る相棒の姿があった。

 

「報告もう終わった感じ?アタシはこれからなんだけど。どうだったー救援先」

「うむ、軽い怪我こそしてしまっていたが、全員無傷と言ってもいいところだろう。警護についていた新入生が大立ち回りしてくれていたみたいだな」

「うわ、リトルこはっちゃんじゃん。今年の一年生も苦労するなぁ」

「ふむ?」

 

 りとる…?と首を傾げるのは放っておいて、話を続ける。レギオンこそ組んでいないものの、虎春と詠美は基本的にコンビとして戦闘に参加している。ゆえに、互いがどう戦っていたか、そしてその戦闘で何に気付いたかの共有は、日々変化する互いの癖を知ためにも、雑談の種とするためにも重要であった。

 

「それはそれとしてさ、例の話、進展ありそう?こっちは空振りだったけど」

「む、エミが空ぶるとは…レギオン参加者か?それとも私たちのような決まった相手で動くタイプか」

「いやーありゃ完全ソロだね。見たら分かるよ。昔のアタシみたいだった」

「ほう…」

 

 腕は確かそうだし面白いモン持ってたんだけどねー振られちゃったーと、多少疲労を感じる体を伸ばしながら詠美は続ける。昔の、というところに、相棒の未だ複雑な思いが見て取れた。

 

「…放っておけないな、それは」

「言うと思った、このお人よし武士め。まぁアタシら的にも欲しい人材だと思うよ?スピードも反応力もいいし」

「なら、迷惑になりすぎない範囲で声をかけ続けてみようか。エミもそれでいいか?」

「『迷惑になりすぎない』であって、『迷惑をかけない』って言わないところ、こはっちゃんらしいね…いいよ。報告ついでに、聞き出せる範囲でその子のこと司令部から聞いてくる」

「頼んだ」

 

 こつこつと、廊下にローファーの音が響く。

 大規模な迎撃後とはいえ、3年生が引退した校舎はずいぶんと静かだった。寮の方からも喧噪が聞こえないあたり、新一年生となる後輩たちもほとんど迎撃に出払っているようだった。

 

「あ、そーだそーだこはっちゃんの方どうだったの?ほらさっきのリトルこはっちゃんとかさ」

「リトルこはっちゃんが何を指すかはよくわからんが、新入生の子だな」

 

 静寂に押しつぶされそうなのを嫌って、詠美が話を続ける。色々と規格外なこの相棒が、新入生でありながら目をつけた相手だ。詠美の脳内では件の新入生がぶっ飛んでいるのは確定として扱われているが、そのことを虎春は知らない。

 

「私の見立てが正しければ、かなり特殊な役割を任せられるリリィに成長するだろう。私たちとしても欲しいところだ。『レギオン』に取られる前に、こちらに引き入れたいところだが」

「お、やっぱりやばそうじゃん」

「何がやばいかは知らんが、そうだな…私が見たのは、彼女の心意気や戦闘面以外の能力程度だ。実際の戦闘の場面は、彼女が弾切れだったのもあって見ていない」

「あれ、予想と違う」

「だが、苦難を前に逃げず攻めの一手を選ぶ心意気は生来の、得難いものと感じた。直接戦闘を担当しなくとも、大きな役割を果たすことになるだろう─」

 

 言葉にしながら、虎春は笑みを深める。数年といえどリリィとして戦い培った経験も、彼女はよい戦友になると告げていた。

 

「すんごい高評価じゃん…んでんで、勧誘の結果は?さすがに今年は動かさないとまずいっしょ」

「うむ…まだ詳しく話していない」

「えっそりゃなんで…」

「彼女、補欠合格の高等部編入らしくてな」

「あー…今日入寮と概要説明するんだっけ。広報見たわ」

 

 興味津々といった様子で投げた疑問の答えに、詠美は少し気落ちした。リリィとしてうんぬん以前に、学生として寮の構造や規則を把握する必要がある以上、しばらく新1年生は慌ただしいままだろう。中等部以前から在学している生え抜きならともかく、高等部編入組は慣れるのにより時間はかかるだろうし、何より同室との挨拶もある。すぐには落ち着いた時間は取れないはずだ。

 

「とりあえず連絡先と工房のことは伝えておいた。私はこのまま工房に行って、もしかしたら訪ね人が来るかもしれないと伝えておくよ」

「あ、アタシも後で合流するわ。お茶菓子も購買で買っていくからティーブレイクしようぜこはっちゃん」

「エミの見立てた菓子か。楽しみだな」

 

 おっ任せー!とテンションの高い相方に別れを告げて、工房へと虎春は歩を進める。

 今日の出会いがよい結果をもたらすことを、静かに願いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同刻/百合ヶ丘女学院学生寮(2号棟)

 

 

『─凪さん、なんかあったん?』

『いつもの無表情が、ちょっぴり崩れとるんよ』

『…なるほどねぇ。勧誘、受けたらよかったんとちゃう?もちろん、その人たちがどんな人かは、うちは知らんから無責任には言えんけど…』

『…そっか。そうやね。怖いもんね』

『ええんよ。ええ。またなんかあったら、医務室でも工房でも、凪さんの事情把握してくれとるとこに連絡してくれて構わんから』

『職員さんたちも、うちら事情知っとる生徒も、味方やから、な?』

 

「…そんなに心配しなくても、いいのに」

 

 そう呟いてから、人気が少ないとはいえ迂闊だと思い、できるだけ受けるように言われている検診を担当してくれた、京都弁訛りの先輩の声を頭から一旦追い出す。

 2、3年生の住む1号棟と同じく、1年生向けの2号棟も相当に歴史が古い。小声のつぶやきは誰に聞かれるでもなく、品の良い古さを感じさせる木製の壁へと吸い込まれていった。

 

「…誰もいないのね」

 

 エントランスで靴を脱いで、廊下の奥を覗く。1年生とはいえ、多くは中等部から引き続き百合ヶ丘に在学する生え抜きか、数としては少ないが腕に覚えのある者が大半の高等部編入組ばかりなのが百合ヶ丘女学院高等部だ。おおよそ、薄く広く出現したヒュージ迎撃のために駆り出されてまだ戻っていないのだろう。荷物の移動や新学期の準備でちらほら見かけるはずの人影はどこにも見当たらなかった。

 話しかけられるのを好む性分ではないから、今の寮は彼女にとって好ましかった。もっとも、2階にある彼女の部屋が、去年までと異なり部屋割りの都合から二人部屋になることを除けばだが。

 

「…あぁ、もう」

 

 申し訳なさそうに伝える職員の言葉を思い出す。特別寮にも行かず、一般寮に居るのは自分のわがままだし、同室となるのがそのあたりの事情に疎そうな新米リリィとなるのもだいぶ考慮されていると感じる。それでも、どこか心がざわめくのに顔をしかめた。

 だからと言って、自室は自室だし、荷物も少ないとはいえ運び込んでいる以上、今更他の場所に帰る訳にもいかない。大人しく部屋で横にでもなろうか、と階段を上がって、

 

「ぐ…この…立て…ない…!?」

「………えっと」

 

 廊下にへたり込む少女と目が合った。

 黒を基調とした制服は真新しさを感じさせながら、ところどころに埃や煤を付けて矛盾した印象を与える。背負っているライフルケースタイプのCHARMケースは一転して奇麗なままだが、他人ながら重そうに見えた。そうこうしているうちに、へたり込んだこげ茶の髪の少女が、おずおずと口を開く。

 

「…えと」

「…」

「…すみません、今日入寮する者なんですけど、その」

「…」

「…腰、抜けちゃって、えと、ここって…邪魔に、なりますよね?あ、あはは…すみませんちょっと引っ張って横に避けておいてもらえれば治るまでここにいるので…」

「…はぁ…」

 

 無視して帰るべきだ、元から他人とは関わらない方だったじゃないか、と冷めた目で語る声に頷いて、通り抜けようとして…少女の傍にしゃがみこむ。

 

「…あの」

「部屋」

「はい?」

「部屋番号、教えてください。おぶりますから」

 

 ぱぁ、と表情を明るくさせる少女に、自分とは正反対の何かを感じて、心に隙間風が吹く。

 感謝と謝罪を続ける、どこかふわりとした、それでいて何か芯を感じる少女を無言で背負って、部屋番号を聞いた。

 

 とても聞き覚えのある、部屋番号だった。

 

「…同級生なのね」

「へっあっそうなの!?じゃあ今年からよろしく!」

「…お互い敬語外れるんだ…変なの」

 

 一歩を踏み出して、ぎしりと廊下が軋んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

33日後/某所 沿岸部

 

 

 ざしゅ、と肉を切る鈍い音がした。

 白い実験服は既に返り血か自らの出血でところどころが緋色に染まっている。少女が馬乗りにしていた青い服のリリィはと言えば、雑多な傷を作ったまま血の海に沈んでいた。専門的な教育を受けていない少女なりに、情報を聞き出そうとした果てであった。

 

「…当分、追撃は、なし、ね。─げほ」

 

 ふらりと立ち上がった少女は、そのままげほがほとせき込んだ。頭も多少重い。その理由が無茶であることを少女は知っていたが、同時にその無茶が避けられないものであることも良く知っていた。

 

「く、そ、マギバッテリーも残り一本しかも半分…」

 

 たどり着けるのか?と弱音が口から滑りかける。距離どころか具体的なことは何一つ知らない。唯一知るのは、それが彼女に残された、約束を果たすための唯一の手段だということのみ。

 

「ぶっし、集めないと…水と食料、持てるだけ……あぁ全然持ってないじゃない…!」

 

 がさりと、周囲に転がる遺体を漁る。出てきたのはエナジーバーや飴玉程度。いくつか有用そうな道具も手に入れたが、ここ数日満足に食べられていない身としては落胆の方が大きかった。

 だが、うなだれて止まる訳にもいかない。時間は彼女の敵で、彼女の敵全ての味方であったから。

 

「準備、よし。…行かないと」

 

 奪ったリュックに、これまた奪ったわずかばかりの食料と水を詰め、さらに奪った道具を厳選して詰めて背負う。

 一瞬、振り返って、右手が腰のホルスターを撫でる。

 それもふるふると振り払って、呟きと共に、一歩を踏み出した。

 

「約束のために、ユリガオカへ」

 

 




Tips:百合ヶ丘女学院 学生寮

 13年前時点では、高等部校舎の近くにほぼ同規模の1号棟及び2号棟が存在し、1号棟を2・3年生が、2号棟を1年生が利用している。どちらも改修を重ねているものの、特に共用部に良い意味で歴史を感じさせるつくりとなっており、最初のうちは慣れないと言う新入生もいる。
 基本的には2人一部屋であり、同居できるのは同級生のみ。基本的な内装は共通で、シングルベッドとテーブルが各1セットずつ、その他収納やCHARMラックがある程度のシンプルなもの。
 シンプルな部屋を自分流に染めるのは、百合ヶ丘生の日々の楽しみの一つである。

 なお、2号棟がほぼ満室であるのに対し、1号棟は特に年度末に空室が目立つことがある。
 これは、加齢によるスキラー数値の減少に伴う引退・卒業か、戦死が主な要因である。
 どちらにせよ、年度末の1号棟は、引退・戦死による居住者現象により寂しい場所となる場合が多い。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。