「お、朝からコンビニとは贅沢だな」
樹里はアジトの外の喫煙所ーーもとい喫煙者の掃きだめで、アオに声をかけた。樹里の右手には煙草、左手にはマグカップをこさえ、口には燃え尽きる寸前の煙草をくわえている。テーブルに転がった灰皿には、煙草の墓標が針山の如く聳え立ち、樹里はそこにまた一つ墓標を増やした。
「姉ちゃんはまたコーヒーステイック?」
「おう」
「不味くない?」
アオはコンビニで買った170円の珈琲を一口すると、頬を薄紅色に染める。
「んな変わらねぇよ」
「カフェインが入ってればな」と笑うと、30本入り550円の珈琲を口に流し込む。ほっと吐いた白い息が、風に流されていくのを目で追った。
アオはガサガサとコンビニの袋からサンドウィッチを取り出すと、樹里に手渡す。
「はい、どうぞ」
「もうカップラーメン食っちまったぞ」
「どうせ足りてないんでしょ?」
「…まぁな、せんきゅ」
アオは「お姉様達にも渡してくるから」とアジトの中へ消えていった。
樹里は「寒い寒い」と側線入りジャージのフードを被り、両手をマグカップで温める。そして風が弱まるのを見計らって、二本目の煙草に火を付けた。
喫煙者に厳しい世の中になっているのはプロミスドブラッドも一緒で、アジト内で吸おう物なら馬に「くさいっす」と生ゴミを見る様な目で蔑まれる。それどころか休憩所には壁一つ無く、どこからか拾ってきたテーブルとパイプ椅子、そして百均の灰皿と言ったシンプルな作りとなっており、煙草を持つ手は凍死待った無しで、喫煙者への風当たりの強さと冷たさを、文字通り体で実感していた。冬の朝日はじりじりと背を伸ばしてはいたが、頼りないことこの上なく、びゅうと吹く風に樹里はまた一つ体を震わせる。
テーブルに置かれたサンドウィッチの緑が朝日に照らされみずみずしく、そして何とも美味しそうに輝く。樹里は煙をふかしながら、その様子を何も言わず見つめていた。
白い息、輝く朝日、伸びる影、煙草に遠くに響くサイレンの音、そして琥珀色の街。ロマンチストか歌人なら何か特別な感情を持っただろう。
暇だ……。
しかし、樹里には無縁だった。
喫煙所を見渡しても誰も座っていないパイプ椅子と目が合うだけで、つまらない。誰か話し相手が来ないかと期待するが、望みが叶う様子など微塵も無い。
基本的に朝の喫煙所はいつも樹里一人なのだ。愛すべき煙草仲間は出払っていたりと色々忙しく、喫煙所には顔を出さない。
だが、一番の原因は朝から煙草を吸わないと窒息してしまう『優良喫煙者』が樹里一人だからだろう。それは樹里も分かっていた。
サンドウィッチの横に置かれた緑の箱も、朝日に照らされハイライトされている。サンドウィッチとは違う意味で美味しそうに見え、人差し指でその箱を押すと、ぱたんと後ろに倒れた。
ため息6割、煙草4割りの息を吐き出す。二本目の煙草はフィルター間近まで燃えていた。
樹里の頭の中に『禁煙』の文字が浮かび上がる。禁煙とまでいかなくても、朝からスパスパ吸うのは止めてみようかと。
「姉ちゃん」
声の先には珈琲とサンドウィッチを抱えたアオがいた。「寒いね~」とぼやきながらも喫煙所の椅子に腰掛ける。
「……吸うのか?」
「吸わないよ~」
「じゃあ何しに」と樹里が続ける前に、アオが「姉ちゃんさ」と口を開く。
「暇なんでしょ? 丸わかりだよ〜」
アオはにやにやと笑う。
「……まったく、暇じゃねぇよ」
「お前のお陰でな」その言葉を飲み込んで、樹里は煙草に火を付けた。