使徒に憑かれた三号機の中のアスカを助けに言ったら僕がヴンダーの艦長になった件について 作:モーター戦車
窓から差し込む茜色の夕日が、ネルフ司令室を照らす。
無意味に広大な司令室の影を、その紅い明かりは却って黒く際立たせていた。
大きな司令用のデスクのほか、観葉植物やロッカーのたぐいすらない空間の虚無さは、その主である男の精神の内側を今満たしているであろう、大きな諦観の顕れか。あるいは、未だ癒えぬままの巨大な喪失を、あえて埋め合わせず実感し続けていたいのか。
長年の付き合いになるが、やはりこの男の心だけは汲みきれんな。
冬月コウゾウはそのようなことを内心で思いつつ、ユーロネルフより届いたばかりの貸与契約書に視線を落とした。
「エヴァンゲリオン弐号機及び専属パイロットの『貸与』かね。譲渡ではなく?」
「多くのネルフ支部がヴァチカン条約に不満を覚えている。
北米各支部、ロシア支部、中国、インド……いちいち数え上げておれんよ」
「三機目のエヴァを貸与する名目で我々の保有枠を埋めつつ、自らは弐号機を手放した呈を取ることで新規建造枠を維持する。
パイロットこそ先方持ちとはいえ、弐号機の運用データは我々のみならずユーロネルフと共有。
消耗品や修復経費は我々持ちとは。
零号機及び初号機の損害を踏まえ、決戦都市たる第三新東京市への戦力補填への協力と言えば良くも聞こえるが、目的がこうも透けて見えてはな」
「政治だよ。いずれにせよ、我々は我々の計画を進めるまでだ。
彼らが何を目論むにせよ、当分はゼーレの思惑通りにことを進めねばならぬのはユーロネルフも同様。
案ずるにはおよばんよ」
「しかしな、碇」
冬月は書類に印刷された写真の一つに目を落とす。
髪の長い、面立ちの整った中学生の少女。
無機的というよりは己の感情を殺しているような硬質な表情。
この表情相応に、性格に難のあるパイロットであるということは、薄々察しがついた。
「シキナミタイプは感情面でさほど調整を受けていないと聞く。
ユーロ空軍でのデータもある程度集めたが……撃墜スコアこそ高いものの、集団戦法を好まず独走する傾向が強いようだ。
元は軍人ということは……使い方次第では牙を剥くということもありうる。
貸与契約であるために、弐号機のパスコードはユーロが保持したままだ。
獅子身中の虫とならんか、気がかりだよ。私はな」
「問題はない、冬月」
感情のない硬い声を、ネルフ司令は返した。
「獅子身中の虫だろうが毒だろうが、使えれば問題はない。
パイロットの訓練及び、機体の各種試験も終了している。
作戦運用に問題がなければ全ては些末だ。
新型であり、我々の手で運用が可能な限り、我々の計画の障害とはなるまい」
椅子に深く座したままのネルフ司令、碇ゲンドウの横顔を冬月は見つめた。
元々愛想とも笑顔とも無縁の男であったが、妻を失って以来、その評定はいよいよ硬さを増し、凡そ柔らかな表情を浮かべることがなくなっている。
ユイくんが存命の頃は、まだこれでも人間らしいところもあったものだが。
この男の人間としての側面は、おそらく失った妻の方角を向いたままなのだろう。
だからこそ、妻に生き写しの……あるいは複製とも言える、綾波レイにだけはわずかだが人らしい反応をみせることがある。
それも、この男にとっては、目的のために行っている演技に過ぎないのかも知れないが。
何れにせよ、目的のために必要であるのならば、この男は使えるものをすべて使うつもりなのだろう。
いや、それに手を貸している私も人のことは言えんか。
私も所詮、ユイくんの……。
冬月はゲンドウの瞳を見た。
眼球だけを動かして、ゲンドウが冬月に視線を返す。
「弐号機受領については当方からは特に要望はない。
契約内容についても不満はない旨、伝えてかまわん」
「バチカン条約迂回に手を貸したも同然であるのに、無欲なことだな」
「なに。弐号機はともかく、弐号機パイロットの身柄は我々が預かったも同然だ。
好きに使い捨ててかまわん、そういうことだろう。
予備のパイロットも、段取り済みのようだしな。いずれにせよ、我々の計画の益になるよう、最大限に利用させてもらう」
「式波・アスカ・ラングレー。
シキナミ計画で作り出された人造のパイロット。
人ならざる人、供犠の羊か。この娘にはその自覚があるのかな」
「自覚があろうと無かろうとかまいませんよ、冬月先生。
所詮ヒトは行き詰まるよう神に定められた生物。
約束の日に、全てのヒトは原罪より開放される」
「人の形の喪失と引き換えに、かね」
「在り方が変わるだけですよ、冬月先生。
それに、ユイに再び逢うためには、我々がそこへたどり着くほかない。
他の誰かであってはならない。違いますか、冬月先生」
ゲンドウの言葉に、冬月は答えない。
茜色の光はいつしか赤黒くくすみ。
司令室は夜に沈みはじめていた。
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EVANGELION ∧ i :2.22 YOU CAN (NOT) MUTATE.
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Eine Tragödie
Episode:1 Will you love me?
Apart
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U4002-01エヴァンゲリオン弐号機専用大重量貨物輸送機内、エヴァンゲリオン専任パイロット待機室。
ヨーロッパからはるばる日本へ向かう旅路はひどく退屈だった。
万一に備え、プラグスーツもシンクロ用BMIヘッドセットも装着済み。
有G機動にそなえ、四点式シートベルトで固定された座席で、ろくに身動きもできないままずっと待機して幾時間。
人任せの空の旅というのは楽だけれど、暇というのは度し難い。
あまり退屈なものだから、私は日本のネルフ本部が展開した対使徒作戦とその顛末を記したデータを再確認していた。
「それにしても、ひどいもんね」
液晶タブレットに映し出された内容を眺めながら、私は思わずため息を付いていた。
使徒と呼ばれる生命体は個体生命でありながら、それだけで一個の独立した生態圏であり、それぞれに能力や特性が異なる。
ATフィールドというエヴァ以外に突破不能な防壁の存在、陽電子攻撃能力等の異能を考えれば、苦戦が続くのもやむないが、なにより所属パイロットが酷い。
エヴァンゲリオンプロトタイプモデル、試作零号機パイロット、綾波レイ。
試作機とは言えテスト時にシンクロテストを失敗し暴走を引き起こし、重傷。
挙げ句、第三新東京市への初の使徒来襲時、負傷のため迎撃に間に合わない醜態を晒している。
達成シンクロ率もさほど高くはない。
プロトタイプのテストパイロットならいいかもしれないけれど、実戦面でアテにできるかわかったものじゃない。
で、もうひとり。
エヴァンゲリオン試験モデル、初号機パイロット、碇シンジ。
ネルフ本部司令、碇ゲンドウの息子だそうだけど、訓練も苦労もなく、親の七光りでエヴァのパイロットになれただけの奴。
第四使徒との戦闘内容も無様そのもので、まともな訓練も受けないまま出撃、敵の眼前で操縦に失敗して転倒する無様さ。
そのまま敵に捕まり、まともに交戦できないまま初号機に甚大な被害を出しつつ、結局初号機が暴走することで殲滅。
この馬鹿がしくじっていたら、下手したらそこで使徒と、使徒寄せの餌のリリスが接触しておしまい、だった可能性もあるわけだ。
ワンアウト。
続く第五使徒との戦闘でも、避難しそびれた民間人救助は、まあ命令だからしかたがない。
けれど、救助した民間人の思考ノイズが交じる状況では、エヴァの本来の性能が出せないはずなのに、なぜかそのまま使徒と交戦続行。
本当に何を考えているのかわからない。
電源喪失寸前で使徒が形象崩壊したからいいものの、これまた世界崩壊の危機。本当に冗談じゃない。
ツーアウト。
第六使徒戦では使徒撃破に成功しているものの、日本全土の電力を用いたセカンドショットの効かない狙撃なのに、初撃で殺しそびれている。
スリーアウト、問題外。
世界の存亡をかけた戦いという自覚があるのだろうか、こいつらは。
私の知らぬ間に何もできずに世界終了、私の人生ゲームオーバーなんて、本当に冗談じゃない。
ふざけるなどころの話じゃない。
まあ、そのあたりは、本部の人もそう思っているのだろう。
だから、ユーロからはるばる私が日本に出向く必要が生まれたわけで。
幸運なことに、向こうの作戦担当とは知らない仲じゃない。
葛城ミサト二佐。
話では、先日一佐に昇進したらしい。28歳なのに大佐相当という時点で、能力と才能が伺い知れる。
実際、バルカン半島での国連PKOでも何度か顔を合わせていて、奇抜で奇妙ながらも思い切りの良い作戦で、難民保護や物資輸送作戦時の防衛戦闘で、多くの成果を上げている。
陸戦はあまり詳しくないけれど、有能なのは間違いないし、ユーロネルフとネルフ本部の違いこそあるとはいえ、ネルフ職員同士ということで何度か話させてももらった。
女性としてはざっくばらんで、どこかがさつなところがあるけれど、悪い人じゃないし、他の大人と違って話していて不快じゃなかった。
ユーロネルフ職員や大学の同級生と話していて、楽しい思いなんてしたことなかったのに、あの人とだけはなぜか、話せた。
温暖化したとはいえ、山岳基地の夜は冷える。だから、そのときミサトからもらったココアの美味しさは、まだ覚えている。
司令のえこひいきらしい零号機パイロットと、親の七光りでろくに訓練もなしに投入された素人パイロットで、さぞかし苦労していることだろう。
これまでの三度の対使徒迎撃戦闘も、色々みるかぎり、あの人の指揮と事後処理、ネゴシエートでなんとかなったようなもののように思える。
多分向こうでも世話になるだろうし、こんどは兵科も同じ、戦場も同じだから、ミサトと轡を並べることとなる。
他の役立たずのエヴァパイロットたちなんていらない。
私の手の届かないところで失策を連打して、世界を存亡の危機に三度も叩き落とした、馬鹿で無能な能無し共にはすっこんでもらおう。
こんな連中にまかせるくらいなら、私一人で充分だ。
各使徒との戦闘もシミュレートしたけれど、いずれも問題なく撃破できている。
とはいえ、私はいまのところスコアなしだ。
えこひいきの零号機パイロットはともかく、七光りのほうは一応三体使徒を撃破している。
嘆かわしいことに、こういう状況でのネゴシエートで物を言うのは、内容ではなく実際の数だ。
私がどれほど口で説明しても、成果ゼロでは、向こうの司令部にどれだけ言葉をつくしても、たぶん説得力が全くない。
さて、どうしたもんかしらね。
などと悩んでいる間に、端末にメールが着信した。
件名には『ACTION(行動)』の文字。
つまりは情報共有や作戦内容決定の段階を飛ばし、速やかに作戦行動に移れという事実上の命令だ。
指先で液晶画面を叩き、メールの文面に目を走らせる。
一瞬、私は眉をひそめ──そして、笑みを形作った。
機会が、向こうからきてくれたのだ。
こういう時に浮かべるべき表情は、笑みじゃないといけない。
たとえ初の実戦で、実践運用が初めての機体であっても余裕があるように振る舞わないといけない。
(──そうじゃないと、消されるから)
無意識に浮かんだ脳裏の言葉を打ち消すように、私は強く首を振った。
液晶画面の文字に目を戻す。
『作戦行動コード:TASK-02発動
エヴァンゲリオン弐号機担当パイロットは直ちに格納庫へ移動、エントリーを実行せよ。
原罪、第3新東京市に海上より接近しつつある第7使徒の邀撃準備に移られたし』
使徒。
現有兵器では破壊不可能なATフィールドを持つ、生命の実より生まれた異形の生命体。
彼らはそれぞれが完結した一個の生態系であり、彼らのセントラルドグマへの到達は、人類の敗北と滅亡を意味するという。
つまりは、私と弐号機という『商品』の性能を示すための最良の機会が訪れたことを意味する。
「負けられないわよ、アスカ」
負ければ、何もかも台無しになる。
さらに、例の零号機だの初号機だのに助けられるなんて不手際はできない。
私だけでカタをつけないといけない。
私という存在が、万一弐号機に適さないと判断されるような戦闘内容にでもなれば、不要と見なされる可能性もある。
そうなれば──私はどこともしれない場所へ廃棄され、どこかでまた、シキナミシリーズの再選定が始まるのかもしれない。
あるいは、もうそれは始まっているのかも。私じゃない私が、私の失敗に対応するため、LCLの中で眠り続けているのかもしれない
それは、いやだ。
あんなのは、私達だけで沢山で、式波・アスカ・ラングレーは、私一人で終わらせる。
だから。
絶対に、負けられない。
機体が戦闘態勢に入ったことを示すアラート音が、待機室内に鳴り響く。
灯りが、通常の灯りから、非常事態用の赤色灯へと切り替わった。
私は端末を専用ラックに戻すと、ベルトを外し、席から立ち上がる。
ドアを開け、通路へ進み、機体下部増設格納庫へ向かう。
なにしろ巨大なエヴァを運ぶ巨人機だ。広さは相応にあり、非常事態ということもあり、通路を何人かのユーロネルフ職員が作戦行動に備えて行き交っていた。
誰も私を見ない。
所詮、私のことなど替えの効くパイロット、人間ではないモノとしてしか見なしていない連中だ。
闘いの味を知らない、温室育ちの科学者ども。私を人間ではなく、備品や実験対象のモルモットとしてしか見ない連中。
どうせ目を合わせたところで、あの感情のない、見定めるような、人間を見る目ではありえない目で見つめられるだけ。
私も目を合わせない。ただ、走る。
U4002-01機内で、私の権限で立ち入れる区画には、どこにも窓がない。
非常灯のせいか、奇妙な息苦しさを覚える。
空が見たい。
四方を壁で囲まれた待機室で数時間待っていただけなのに、奇妙なほどに外が恋しくなっていた。
私は生まれてからずっと籠の鳥だった。
大学時代は比較的自由だったけれど、監視されていたし、それに普通の大学生連中に気取られない演技や、バカにされない服装、ファッションに気配りしつつ、さらに12才から14才相応に振る舞うことまで強いられた。
もちろん、脱走しないよう監視だってついていただろう。街路の各監視カメラの全てが、私の挙動をマークしていたことも察している。だから、外の世界に出たというのに、私は自由を感じなかった。
息苦しかった。
あれじゃ閉じ込められているのと同じ。
何も変わらない。ユーロネルフの鳥かごに居た頃と。
増設格納庫へ続く搭乗用エレベータのハッチにたどり着く。
壁面の掌紋照合パネルに、手を当てた。
プラグスーツ越しに、パネルが私の掌紋を検知し、ハッチのロックが解除され、左右にスライドし、開く。
エレベータに入り、スイッチを入れた。
僅かな浮揚感とともに、エレベータが下方へと移動し、そして搭乗側と反対側のハッチが開いた。
赤ではない、自然の強い光に、一瞬目がくらむ。
広い、開放式増設格納庫。
全長50メートル以上はあるだろうか。
格納庫下方、頭部をこちら側に向けた、赤い巨人がうつ伏せに横たわっていた。
汎用人型決戦兵器、エヴァンゲリオン弐号機。
私だけが乗ることを許された、私が唯一自由で居られる、私のきっと唯一の居場所。
もう何度も見たにもかかわらず、何故か胸が高鳴った。
当然かも知れない。今回は選別でも訓練じゃない。
本当の闘い。私が私という存在の価値を示し、その唯一性を世界に示せる唯一の手段。
だから、知らず体が昂ぶっているのだろう。
(──戦っている間は、消される心配がないから?)
うるさい。
私は脳裏の自らの声を無視した。
下半身は飛行時の空気抵抗を抑えるため、大型の空力調節用カバーに包まれており、脚部は虚空──青空の広がる開放式射出孔から突き出した形となっている。ドア左手タラップを走り降り、格納庫中段外周通路を走り抜け、尾翼方向へ続く通路途中から、エヴァ後背部の方向へ続く通路へ。
最後のダッシュ。
そして丘のように突き出した赤いエヴァ弐号機後背を何度かの跳躍で一気に駆け上り、その頸部に近い部分から突き出したエントリープラグ開孔部へ潜り込む。そのまま操縦用シートに身体を滑り込ませた。
私の搭乗をシートのセンサーで検知したエントリープラグが、自動的にプラグの電源を待機状態から運転状態へと移行させ、プラグ内を照明で満たした。
「LCL注水、エントリースタート」
TASK-02の行動手順に従い、私は音声コマンドで弐号機の起動準備を開始した。
またたく間に足元から昇ってきたLCLがエントリープラグを満たす。手早く肺の中の空気を気泡として追い出し、私は肺胞の全てにLCLを充填した。空気よりも遥かに効率よく酸素を送り込んでくれ、さらに戦闘時の対G・対衝撃防御の役目も担ってくれるLCLは、汎用人型決戦兵器人造人間エヴァンゲリオンの作戦行動能力を著しく高めてくれ、またパイロットの生命を保護してもくれる。液体呼吸も、とっくの昔にもう慣れた。
プラグ内周囲モニタが起動され、奇妙な文様が何度か浮かんだ後、現在弐号機が存在する格納庫内の景色を、機体各部のカメラより映し出す。
とはいえ、これらの各部カメラの統合映像は、あくまでもシンクロ異常時用の補助に過ぎない。
これらの景色と二重写しとなるかのように、脳へ新たな視界情報が潜り込んできた。
U4002-01よりアンビリカルケーブル越しに電力を受け取っている弐号機頭部に備わった4つの眼球の映像が、シンクロ用BMIヘッドセット越しに私の脳へ、直接映像を送り込んできたのだ。
最初は自らの眼球でなく、外側から脳に映像が送り込まれてくることに違和感を抱いたけれど、それももう今にして思えば遠い昔となってしまった。エヴァの目は自分の目、エヴァの手足は自分の手足も同然。
エヴァの痛みも、展開するATフィールドが触れる風のうなりも、全て、全て、全て私の感覚。
私という矮小な縛られた存在が、この世界へ自由に飛躍できる巨人へと拡大されるこの感覚は、エヴァのパイロットでなければ、味わうことはできないだろう。
使徒のデータはまだ来ていないが、武装の選定は終了したようだった。
脳裏に、U4002-01内の臨時作戦室より送られてきた、新たなデータが飛び込んでくる。
試作型対使徒用超電磁洋弓銃。
弩弓に似た形状のこの銃は、弓と弦の組み合わせの代わりに、バッテリーより給電された強大な電磁力によって、タングステンを主材とした重合金製安定翼付徹甲弾を高速で連射が可能となっていた。
弾数は、20。多くはないけれど、弾体長が7mを越える巨大な重合金の鏃は、ATフィールドを中和・突破すれば使徒の体組織を破壊するに充分な威力になるはずだった。
つまりは、私の使い方一つ。
それにしても音声データでも映像データでもなく、シンクロ回線を通じて脳に調節武装データを送り込んでくるなんて。
私は一度舌打ちをした。
会話する時間も惜しいのか、それとも実験動物ごときとは話したくもないのか。
まあいい。こいつらとも今回で手切れ。
この闘いが巧く行けば、あのミサトの指揮下に入ることになる。胸糞悪いユーロネルフの連中なんかより、余程気分良く戦えるはずだ。
視線を私自身の肉体に戻し、操縦席のモニタに視線を落とす。
作戦開始へのカウントは、180秒を切っていた。
全てが巧くいったなら、あのいつ消されるかともわからない日々と、ユーロネルフとの決別を示す時間となる。
もちろん、それは私の解放を意味しない。
私という猟犬の首輪と、首輪に繋がるリードのハンドラーがユーロネルフから、日本のネルフ本部へと変わるだけのことにすぎない。
けれど。
私は目を閉じ、あの会話していて不快さを覚えない、いつかバルカン半島の山奥で話した、あの懐かしい女性の顔を思い出す。
良禽択木。中国の格言だったろうか。
賢い鳥は、自らが餌を得やすく、住みやすい木を選ぶ、という意味だったと思う。
ユーロネルフはそうではなかったけれど、少なくとも彼女が居るネルフ本部は、ユーロネルフよりはマシだろう。
私は目を閉じた。
思う。
そして、呟いた。いつものように。祈るように。
「私は特別。私は一人。もう私の他に、もう誰もいない。
だから、これからも……一人。一人でやるしかないのよ、アスカ」
カウント、ゼロ。
「エヴァンゲリオン弐号機、起動!」
私の音声が響くと同時、エヴァンゲリオン弐号機の全身に、起動と目覚めを意味する電気が通電され、それを活力の疾走となって弐号機の全身を走るのを、私は自分の感覚のように感じ取った。
同時に、増設格納庫と機体を連結する接合部に仕込まれた爆砕ボルトが電気雷管で起爆され、破砕される。
落下感覚は、浮遊感へ。
増設格納庫を構成していた外鈑と支柱が、空気抵抗により設計通り自壊した。
床に塞がれていた視界が同時に拓かれ、一面の赤い海が広がるのが見えた。
視線を情報にめぐらせれば、広く、青い空がある。
孤独で、けれど──とても広い空。
今、ようやく、私は自由だ。たとえ戦っている間だけだとしても、これが自由であることには変わりない。
私という猛禽は、ようやくユーロネルフという狭い鳥籠から、抜け出ることができたのだ。
もっとも本当に抜け出しきれるかは、私の手際次第だけど。
脳裏に、常時戦術情報が潜り込んでくる。
弐号機の背面増設空力調節ユニットの翼を稼働させ、同時にスカイダイバーのように弐号機の身体を躍動させながら、戦術情報に基づき、私は私の最初の獲物──人類の脅威にして最初の獲物たる、第7の使徒を視線で探した。